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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-61.君の闘うべきこの世界(前編)
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61-(1) 命の天秤

 ギルニロックから飛行艇を乗り継ぎ、ジーク達は再度帰還の途についていた。アトス領に

入った後は鉄道に乗り、南北を文字通り縦断する。

 自分達がやった事の反響、報い。

 梟響の街アウルベルツに近くなるにつれ、道中こちらを窺うマスコミの群れや見物人らの姿が多く見ら

れるようになった。

「皇子です! ジーク皇子一行がやって参りました。あの中に渦中の彼もいるのでしょう」

魔人メア反対ー!」

「“結社”の侵入を、許すなーっ!!」

『……』

 駅に迎えに来てくれた鋼車に分乗し、一路ホームを目指す。

 だがジーク達は、そんな道中の人々が必ずしも自分達を歓迎していない事を充分に理解し

ているつもりだった。時折『魔人メア反対』の横断幕を掲げた集団がシュプレヒコールを唱え、

車内の一行を暗澹とした気持ちにさせる。


『ジーク・レノヴィンだ。今日は皆に、大事な話がある』

 それはギルニロックでの事件が一段落し、一行がまだ島内に滞在していた頃。

 ジークはリュカの発案で映像機の前に立っていた。

 場所は殺風景な内装で統一された面会室の一つ。

 手前にジークがこちらを見るように、半ば画面の右半分に寄るようにして立ち、更にその

奥のガラス窓の向こうには、囚人服姿のクロムが封印錠を施された状態で座っている。

 それは世界中に向けて発信された、彼からのメッセージだった。

 一度ごくりと息を呑む。

 だが次の瞬間、ジークはクロムの姿を見せつけるようにして、一人語り始めた。

『今、俺は統務院が持ってる監獄に来てる。後ろに見えるだろう? あいつがクロム。この

前の大都の事件で捕まったっていう“結社”の魔人メアだ』

 だけど。ジークは言う。それまでクロムは俯き加減だったが、彼が目配せをしてきたのを

見ると、小さくでも確かに頷き返す。

『だけど、その言い方は本当じゃない。こいつは自分の意思で投降したんだ。あの場所で実

際に戦った俺が断言する。俺達が無事に帰って来れたのも、王達が助かったのも、こいつが

土壇場で“結社”を抜けてこちら側についてくれたからなんだ』

 この映像が導信網マギネット上に公開されれば大騒ぎになるだろう──。当のジークやクロム、そして

映像機側でこれを見守っていた仲間達は思っていた。

 だがこの収録現在、室内はむしろ寒気がするほど冷たく静まり返っている。

 びぃんと響く自分の声。

 それを聞きながら、ジークは引き続き統務院の嘘を暴いて、宣言する。

『今回俺達がクロムに会いに来たのは他もでもない。こいつを此処から出す為だ。……考え

てみてもくれ。このままこいつの首を刎ねたって、俺達は“結社”の何も分からねえ。だか

ら迎え入れたいと思うんだ。団長達には話を通してある。クロムを、ブルートバードの一員

にする。これからの──特務軍としての戦いが始まれば、これほど頼りになる戦力は無いと

思うんだ。だってそうだろう? その力は言うまでもねぇし、何より結社やつらの内情をよく知っ

てる。知らない事で抱く余分な恐怖も、ずっと少なくなると思うんだ』

 脳内予測シミュレーションの中で、自分にブーイングが浴びせられるのを聞く。

 だがジークは続けていた。握り締めた手は気付けば二度三度と空を掻き、眉を寄せた表情

は心からの必死さを帯びている。

『確かに、それで今までの罪が消える訳じゃない。でも俺は、こいつに生きていて欲しい。

下手すりゃ大都のあの場で殺されてたかもしれないこいつを、失わせたくないと思ってる。

生きて生きて、生きまくって……死にたくなるくらい後悔させてやる。それでも生かし続け

てやる。……こいつが失わせた命を全部、憶えさせ続けるんだ。それが俺の考える、こいつ

への一番デカい償わせ方だ』

 頼む──。だからジークは映像機に向かって、後日このメッセージを視るであろう世界中

の人々に向けて願った。深々とその頭を下げた。

『クロムと一緒に戦うことを、許してくれ』


 しかし実際の反応はどうだろう? 鋼車内から見渡してみるに、導信網マギネットに流した自分の

メッセージは、予想よりもずっと強い反発を招いているように思える。

 好奇の眼、と言ってもいいのだろうか。少なくとも聞こえてくる声色は歓迎するそれでは

なさそうだった。

 シュプレヒコール。魔人メアは要らない、ブルートバードは我々を裏切った──時折耳には、

そんな仲間達に飛び火するような誹謗中傷までが届いてくる。

(何も知らないで……。いや、だからああやってメッセージを出したっていうのに……)

 ギリギリ。膝の上で組んだ拳に軋むほどの力が篭る。

 同乗のリュカやサフレ、マルタが各々にじっとこちらの様子を窺っていた。

 忌み嫌われている事は知っている。職業柄、とうに。

 だが、それでも。

 自分達のやった事は“間違い”だというのか……?


『──これは一体どういうつもりだ!?』

 映像ビジョン越しに、噴火寸前のウォルター議長の表情かおと怒声が響いた。

 先だって導信網マギネット上に公開したクロム解放のメッセージ。ケヴィン達にその発信を行う旨を

前もって統務院に伝えて貰った所、案の定四大盟主を始めとした各国の王や責任者らの少な

からずが、怒り心頭といった様子で会議に出席してくれた。

『どうもこうも、伝えた通りですよ。俺達はクロムを仲間にします』

『何を勝手な! 大体イーズナー、セラ。お前達まで一緒になって──』

『そう言われましても。我々はあくまで監視員であって、一存で手続きを拒否する権限など

ありませんし……』

『保釈申請に不備はありません。身請人も保釈金の用意も、提出された書類はしっかりと規

定に沿って作成されています』

『ぬぬ……』

 結局身請人は団長・イセルナが引き受けてくれる事になった。懸案だった保釈金も、事情

を話すと彼女や、シノやセド、サウルなどが快く援助を申し出てくれた事で解決した。

 勿論、ジーク自身も出す。心許ない貯金は一瞬で空っぽだ。

 だがそんな事はさも些事のように、努めて事務的にこの王達に応えるウゲツやケヴィンを

見ていると、申し訳ないながら内心溜飲が下がる思いがする。

 ウォルターら少なからぬ王達は、見るからに歯痒く地団駄を踏んでいるようだった。

 無理もなかろう。ようやく大口の“結社”を捕らえ、大都の一件の“マイナス”を帳消し

に出来そうだったのに、これでは批判の矛先──彼らに襲撃を許してしまった自分達の失策

に対する不満が自分達に向いてしまいかねないのだから。

魔人メアクロムについての経緯は、レヴェンガート長官ら複数筋から同様の報告を受けている。

だがそうなら、せめて事前に私達には話して欲しかったな』

 だがそれでも貫禄という奴なのか。四大盟主筆頭・ハウゼン王は、この時も至極落ち着き

払ったまま玉座の上で両手を組んでいた。

『それは……』

『……すみません』

 出し抜かねばこの多数の王に握り潰される。そう思ったからこその行動とはいえ、いざこ

うも物静かに諭されてしまうと、流石にジーク達も申し訳なくならざるを得ない。

『はは。何、気にすんな。面白いじゃねぇか。まさか俺達に吹っかけてくるなんてよ』

 一方、そう呵々と笑っていたのはファルケン王だった。

 何を呑気な……。他の王達が苦し紛れに睨み返している。だが彼は元よりそんな視線を気

にするような男ではない。

 むしろジーク達は油断ならないと思ったほどだ。吹っかける──つまり自分達がクロム解

放を既成事実化しようとしている事も、おそらく彼は解った上で言っている……。

『し、しかし。本当に奴の解放を許すつもりですか?』

『既に方針は確認したではありませんか! これまでの損害を考えても、あの魔人メアには死ん

で貰わねば──』

『いいえ。その論理ロジックには賛同しかねます。処刑ありきの議論を私は議論とは呼びませんよ?

彼の処断は、あくまで粛々と法に基づき行われるべきです』

 そして更にサムトリア大統領・ロゼがこれに加わった。慌てて許容を示すハウゼンを止め

に掛かる王達に、彼女はぴしゃりと冷静な一言を放ったのである。

『それに、私もロミリアぶかから報告を受けています。そもそも大都バベルロートを奪還出来たのは、ひとえ

に彼の助力ひるがえしがあったからではないですか。そしてそんな彼の頑なだった口を開かせたのは他

ならぬジーク皇子。なのに我々組織の意向のみで処刑を断行してしまっていたら……得られる

実利ものはどうなっていたでしょう?』

 それは……。他の王達が思わず口を噤んでしまっていた。

 歯痒い。言葉にこそ出さないが、何故どいつもこいつも我々の思い通りにならないのか?

そんな感情が映像ビジョン越しに見て取れる。

『無断で彼を連れ出すと、彼は捕らえられたのではなく投降したのだと公言されたのは確か

に性急ではあったでしょうが……実際、保釈手続きに問題はないのです。ならばともあれ、

私達にはその権利行使を妨げない義務があります。もし魔人メアクロムが再び人々に手に掛ける

ようなことがあれば、その時に今度こそ討ち取ればいい』

『だな。保釈で失うのは精々てめぇらの面子だろ? んなモン、どうでもいいじゃねぇか』

『ッ!』

『貴様──』

 ガタン。他の王達が少なからず、映像ビジョンの向こうでいきり立っていた。

『俺もあいつはまだ使えると思うぜ? 奴らとの戦いは益々激しくなる筈だ。その時内情を

知ってる人間がこちら側にいるというのは大きい』

『むぅ』

『それは……』

『──』

 だがそんな中にあっても、同類であろうウォルター議長を始め、残りの四盟主はそれぞれ

に平静を保っている。装っている。

 彼の挑発に一々乗ってはならない、あくまで自分の利益になる状況を作る腹黒さ。毎度皆

を掻き回してくれる彼への呆れを含んだ眼差し。さて如何折り合いをつけようか……。その

為の静かな思案。

 ジーク達は正直、呆気に取られていた。

 王や元首、政治家同士の“話し合い”とは、果たしてかくも嫌らしいものなのか。

『……だがまぁ』

 しかしジークは、次の瞬間そんな感慨に落ちたのを強く後悔する事になる。

 にやり。気付けばファルケンが、こちらを見て何やら不穏な笑みを向けてきていたのだ。

『お前らも身に沁みて解ってるだろ? 実際、大都バベルロートの一件で俺達が失ったものは少なくない。

お前はその“酬い”を、どうやって民草に与える?』

『……酬い?』

 ファルケンは笑った。未だそこまでじゃねぇか、という具合に。

 嫌な予感がした。仲間達が互いに顔を見合わせる中、ジークはこの破天王から目を逸らす

事が出来ない。

『クロムの保釈、認めてやるよ。但し条件がある。奴の代わりにそっちにぶち込んである信

徒・信者級の奴らの公開処刑を認めろ』

『ッ!?』

『なっ──!』

 はたしてその予感は直後、的中した。彼はジーク達に、そんな交換条件を提示してきたの

である。

『……身代わりって事か。処刑は必ずしもしなくてもいいんじゃなかったのか』

『俺個人はな。だがお前ら、それで世界中の人間が本気で納得すると思ってんのか?』

『それは……』

統務院そしきとしての利をわざわざ手放してもいいと言ってるんだ。そうさな……ざっと二百人

くらいか。ケヴィン、ウゲツ。今回侵入した奴らがぶち殺しやがった頭数、それくらいだっ

たよな?』

『え、ええ』

『そう、ですね。詳しいリストは近日そちらに送付しますが……』

 ダンを始め、仲間達が苦い表情をする。それでもファルケンは構わず、監獄の責任者たる

ケヴィンとウゲツにそう訊ねた。言わずもがな、今回ギルニロックに潜入したセシル達によ

って殺された、収監中の“結社”構成員の数である。

『お、おい。ちょっと待て!』

『何がだよ? ……やっぱここまで解っちゃいなかったか』

 ジークもまた、身を乗り出して遮ろうとした。だが対するファルケンは動じない。むしろ

彼のそんな──おそらく予想済みの反応に、一抹の失望感すら浮かべてこちらを見下ろして

いる。

『いいか? 今回俺達は“結社”の囚人達を殺られた。元より処罰する筈だった、落とし前

をつける為に必要だった連中をだ。状況が悪くなったんだよ。もうちんたら御託を並べて喧

嘩してる場合じゃねえ、何時また今回と同じようなケースが起こされるか分からねえんだ。

さっきも言ったよな? 大都バベルロートの一件で民草が被ったダメージに見合うほどの“酬い”を、お前

は一体どうやって与える?』

『……。どうやってって……』

『はっきり言う。クロムはレアケースだ。だがあいつと違って、他の“結社”どもはそんな

簡単に改心しやしねぇよ。それとも何か? お前はあいつらも全部、一人一人改心させて回

ろうってのか? 救えるとでも思ってるのか?』

『……っ』

 ぐうの音も出なかった。ジークはぐらぐらと瞳を揺らし、黙り込む。

 つまりそういう事なのだろう。

 改めて自分は、クロムを、何百人もの「同胞」を犠牲にして救った気になっていたこと。

 どれだけこの彼を死なせたくないという想いが“自分にとって正しく”ても、絶対多数の

他者にとって、それは“正しい”とは限らないのだということ。

『まさか、やっぱり止めますなんて言わねぇよなあ? お前さんらはもう、俺達に無断であ

いつを解き放つって世界に宣言しちまったんだから』

 加えて出し抜くように手を打った事がここに来て重い枷となった。戸惑うジークに、ファ

ルケンはさも追い討ちを掛けるようにそう言ったのだ。

『ジーク……』

 仲間達が居た堪れない様子でその背中を見ていた。

 ウォルター議長以下、処刑を推していた王達がここに来てほくそ笑む。一方のロゼやハウ

ゼンは相変わらずじっと平静を装っていたように見えたが、かといってこちらを擁護してく

れる気配はない。彼の組み立てる論理ロジックは、政治と民意という点において、余りにも俗物的過

ぎて──それ故痛烈なまでに“現実”を捉えていたからだ。

『さぁ選べよ。クロム一人の命と、信徒・信者級二百人の命。お前の願いってのは……結局

そういう事なんだからよ』

『……』

 有無を言わさぬファルケンの声。完全にやり返された、勝者からの眼。


 逃げられない。

 故にジーク達は、苦渋のままその条件を受け入れるしかなく──。

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