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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-61.君の闘うべきこの世界(前編)
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61-(0) 自罰の遺伝子

 梟響の街アウルベルツの財友館。その日も此処は、少なからぬ利用者達が足を運んでいた。

 銀行業務から貸し倉庫、貨幣の両替に至るまで。

 人々はめいめいに窓口に並び、自分の番を待っている。

「──そう、焦らなくてもいいんじゃないか?」

 そんな館内の、メインスペースから少し逸れた壁際にリオはいた。

 ずらりと防音仕様の個室が並ぶブース。小銭を入れれば誰でも利用できる、導話器だ。

 彼はその一つに入って陣取り、壁に背を預けるようにして受話筒を頬に押し当てている。

『焦っては……いるかもしれませんね。でも、コーダス本人や家臣団の皆さんとも話し合い

ました。このまま逃げるように黙っている事で被りかねないデメリットを考えれば、早い段

階で打ち明けてしまった方がダメージは最小限に抑えられるだろうと。その点ではこの場に

いる全員が一致している所です』

「それは、そうだが……」

 導話の向こう。その相手は他ならぬシノ──現トナン皇国女皇だった。

 王宮内の夫妻の部屋。そこに設えられた導話器を手繰り、入口で複数の臣下達に不安そう

に見守られながら、彼女は傍らで車椅子に座るコーダスと共にそう答えている。

 リオはあまり強く食い下がる事が出来ないでいた。彼女は口調こそ穏やかだが、その芯は

存外に強い。既に身内とすり合わせを行っているのなら、もう自分が入り込む余地は無いだ

ろう。

 ──会見を行おうと思っています。彼女から切り出されたのは、そんな決意だった。

 曰く近々、夫・コーダスを人々に紹介しようと考えているとのこと。

 それは即ち彼の今日までの軌跡──彼が魔人メアである事と、長らく“結社”に囚われ、黒騎士ヴェルセーク

として操られていた事実を打ち明ける事でもある。

 リオは勿論これに自身としては難色を示した。デメリットが容易に想像できたからだ。

 魔人メアだった。

 確かに今までレノヴィン兄弟の父親たる彼が表舞台に現れなかった説明にはなるだろう。

 しかしそれは人々の嫌悪感・忌避感情を招くには十二分過ぎる。茨の道だ。少なからず彼

女ら夫妻に、ひいては皇家に排斥的な言動を放つ者が出てくる筈だ。

 何より……操られていたとはいえ“結社”の魔人メアだったという経緯を、人々がすんなりと

受け入れてくれるかどうか。

「……まったく、親子揃って気の早い。統務院の沙汰が出てからでもよかったろうに」

 尤も、だからと言って奴らを信用している訳でもないのだが。

 リオは参ったなとうなじを擦りながら、何とか自分の中で、もう起こった事は仕方ないと

言い聞かせようとする。


 一度は死んだものだとばかり思っていた、姉の忘れ形見。

 そんな彼女が生きていた。あの日の炎から逃げ延び、自分に救いの手を差し伸べてくれた

仲間の一人と恋に落ち、遠い北の地でひっそりと暮らしていたのだ。

 しかし運命は、彼女達をいつまでも安寧の中に落ち着かせてはくれない。

 彼女が愛したその人は村を守る為に奮戦し、行方知れずに。更に数年後、息子達に襲い掛

かる“結社”の魔の手と、再燃する祖国との因縁。──アズサ皇あねじゃは、彼女達を決して許さな

かった。

 必死に抗う息子達の姿と、国に戻る決意。そうして打ち破ったかつて因縁。

 彼女が背負い込んだものは筆舌に尽くし難いものがあるだろう。それでも必死に、彼女は

祖国の為に尽くしてきた。一度は見捨てるように逃げた、その罪滅ぼしをするかのように。

 だからもう……安堵していいのだと、自分は思う。

 大都消失事件。“結社”の猛攻から王達を救ってみせたジーク達。

 その手土産は、彼女にはどれだけ嬉しかったことか。

 コーダスが、愛する人が戻って来た。尤もその身体は長年の洗脳によってやつれ、未だ車

椅子生活を余儀なくされてはいるが。

 だからまだ……噛み締めていたって、罰は当たらないと思う。むしろそうしていてくれと

すら思うのは、自身の負い目であるのだろうか。

 何故そう急ぐ? 全て打ち明ければ、己の周りが慌しくなるのは目に見えているのに。

 全ては姉達を止められなかった、見てみぬふりをした自分に起因する筈なのに。

 シノ。

 お前はもっと、幸せになっていい──。


『ごめんなさい。叔父さま』

 だから辛かった。諭し返せばお互い虚しいだけだった。

 導話越しにシノの、そんな優しくもトーンの落ちた声色が聞こえる。

 リオは静かに瞼を伏せていた。向こうでコーダスが彼女を励ましている声が聞こえる。小

さく「……ありがとう」と言ったのを聞く。

『お気遣いは有り難く受け取らせていただきます。でも……息子達がああまでしたんです。

なのに自分達はこのまま隠し通すなんて、不義理じゃないですか』

「……」

 導話の向こうでふいっと、控え目に咲くように微笑むかのじょの顔が浮かぶようだった。リオは

その一言に、遂に折れる。やはり自分が差し出る余地はないのだなと思った。

「分かった。お前の思うようにやれ。俺も、出来る限りの事はしよう」

 敢えて茨の道を往くのだな……。リオは内心哀しかったが、口には出さなかった。

 そうだ。何てことはない。今まで通り、身分を捨てた身内として動けばいい。

『はい。……すみません』

「謝るな。お前の、人生だ」

 そうして二言三言やり取りを交わした後、リオは導話を切る。

 ざわわ。にわかに館内のざわめきが耳に障る気がした。戻した受話筒を握っていた手をゆ

っくりと離し、腰の太刀や着物を揺らしながら、彼はこの防音の個室を出る。

(さて……)

 自分の姿を認め、ちらちらと見遣ってくる者達に構うことなく、彼は考えていた。

 彼らのホームに顔を出そう。アルスの静養も終わった事だし、ぼちぼちあれを始めるべき

頃合だ。

 そして思いながら、リオは口元に小さく孤を描いていた。

 だがそれは不敵な笑いではない。むしろ自嘲ばかりを込めたそれである。

 ジークを皇国トナンに帰らせる事も出来ず、シノ達が茨の道を往こうとするのも止められない。

同じだ。かつて二人の姉を救えなかったように、もしかしたら自分は……。

「──」

 静かに哂う。

 彼らを救えないで、何が“剣聖”だ。

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