60-(1) 凶刃、別命にて
ヘイトの身体を貫いた刃から、ぼたぼたと血が滴り落ちる。
突然の出来事に、ジーク達は目を見開き立ち止まっていた。何よりヘイト本人も口から赤
を垂らしながら血走った目で振り返り、この一撃の主──セシルを睨み付けている。
「セシ、ル……。てめぇ、何、を……??」
「おいおい、そんな眼で見るなよ。全部お前の自業自得だぜ?」
セシルは平然と哂っていた。その周りを持ち霊──百足女の魔獣・ヒルダがぐねぐねと蠢
きながら同じく冷笑を向けている。
「お前は任務より、自分の感情を優先し過ぎたんだよ」
「貴方は知らないだろうけど、私達は“教主様”から別命を受けているの。もしまた貴方が
私情に走る事を繰り返すようなら“処分”しておけってね」
「……そんな」
馬鹿なこと。ヘイトは更に二度三度吐血しつつ、絞り出すような声で呟いていた。
だがセシルとヒルダ、そしてオズ・リュカと戦っていたヘルゼルは表情を変えない。既に
切り捨てた、そんなにべもない冷たさで見下すばかりである。
「ぐぅ……ッ!!」
だからヘイトは絶望した。怒りが全身を支配した。
血走った眼が向けようとしてた矛先がクロムから彼らへ。じゅくじゅくと瘴気が血と傷口
を食んでいくのも構わずに、彼は無理やり前のめりになって串刺しから抜け出ると、辺りに
その血を撒き散らしながら苦痛の声を上げる。
「……。ふん」
そして小さく眉根を上げ、セシルが一歩また一歩と彼を追い始めた。
振り上げる剣には尚もヘイトの血がべったりと。されどそのまま瘴気と化すオーラで刀身
を包み、追撃の一発を叩き込もうとする。
「ッ──!」
だがそれをヘイトは寸前の所で回避した。彼は咄嗟に魔流の錨を部屋左側の出入口へと射
出し、同時に引き寄せる要領で自身をその場から離脱させたのである。
セシルの瘴気剣が空を切った。そしてガコンッと、ヘイトは左側──東進入路の上枠にぶ
つかってこれを瓦礫にして落しながら、何度も魔流の錨を鎖フックの要領で用いこの暗い通
路の奥深くへと逃げていく。
「ありゃま。逃げちゃったよ」
「どうするんだ? あいつ捻くれ者だから、逃すと後々面倒だぞ」
「ああ……。ヘルゼル、追ってくれ。こいつらは俺達で殺る」
言って、セシルはサッと剣を持ち上げた。
合成獣の姿のままなヘルゼルは一瞬迷ったようだが、すぐに一旦変化を解いて本来の鴉系
鳥翼族の姿に戻ると、軽く飛び立ちながら瓦礫を越えて東通路へと消えていく。既に自分の
能力が見破られ、オズという機械相手では分が悪くなっていた事も後押ししたのだろう。
「さて……」
ゆらり。セシルとヒルダは、改めてジーク達に向き直った。全身のオーラが漂い、石畳の
床が一部また一部と侵されていく。
ジーク達は逃げようとしてた。クロムを、獄卒達を連れて彼らが仲間割れをしている間に
ぐるりと反対側から、自分達が降りて来た南通路へと逃げ込もうとしていた。
だがそれもセシルがひゅっと片手を振るい、瘴気が行く手を遮るように広がると足を止め
て後退せざるを得なくなった。
「ちっ……」
ジークやダンが小さく舌打ちをする。それを見てリュカが、遠隔操作で獄卒達を守らせて
いる騎士団を動かし、この瘴気と彼らの間に割って入らせた。
「逃がさないよ。クロムもお前達も、皆ここで始末するんだから」
そしてスッと左手の中指を突き上げ、セシルはヒルダの名を呼ぶ。彼女はニッと嗤い、蠢
きながらぐるぐると彼の周りを回り始めた。彼のオーラと彼女のオーラ、二つの力が急速に
混ざり合って激しく燃える。
それはあたかも毒々しい濃い緑の炎のようであった。ジーク達が思わず後退り、手で庇を
作った次の瞬間、彼ら二人は一つに──新しい姿に変わっていた。
『……』
全身の要所を覆う革鎧。その肩や肘当てには鋭く湾曲した爪が備わっており、首周りから
背中にかけて獣の毛を彷彿とさせるモフが広がっている。更にそこからは百足のような無数
の触手が生えており、めいめいが不気味に酸毒の吐息を吐いている。
「なっ──!?」
「まさか、精霊融合……?」
封印房フロア全体に広がらんとする瘴気。それらからクロムや獄卒達を守ろうと、ジーク
達は険しい表情で間に立って身構える。
そんな彼らを、ヒルダと合体したセシルはニヤリと哂いながら見つめていた。
ゆっくりと迫って来る。剣を握り、静かに殺意を湛えるその表情が刀身に映り込む。
『さぁ、覚悟なさい?』
「全ては……我らが大願成就の為に」