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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-8.錆びた筈の歯車は
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8-(3) その六本、曰くにつき

 ハロルドからの連絡を受け、ジークは仲間達と足早にアウルベルツへと帰って来ていた。

 一旦ホームに戻り、軽い身支度と愛刀らの手入れを済ませると、サフレ・マルタの両名を

伴って学院へと向かう。

「お兄さん達~。こっちッス~」

 正門をくぐると、すぐ傍の広場(休憩スペース)の一角で自分達に手を振って呼びかけて

くるフィデロの姿があった。どうやら迎えに待ってくれていたらしい。

 ジーク達は彼と合流し、学院の敷地内を進む。

「すみません、急な連絡になっちまいまして。どうやら先生、先に出張の予定が入っていた

らしくて……。その調整をしていたらこんなタイミングに」

「そっか。まぁ気にすんな。無理を言ってたのはこっちなんだしな」

「念のため確認しておくが、博士は?」

研究室ラボッスよ。待ってるんで迎えに行ってやれって言われて」

 暫く構内を進み、四人はラボが収まっている教員棟の玄関をくぐった。

 入ってすぐのホール横にはマナを導力に動く昇降機があった。物珍しそうに見遣っている

ジークを横目にフィデロは慣れた手付きでボタンを操作し、エスコートしながら乗り込む。

「へぇ……。こんなのもあるんだな」

「珍しいッスか? でも西方や南方はもっと凄いらしいッスよ? 何せそれぞれ機巧技術と

魔導の聖地がありますからね」

機巧師協会マスターズと、魔導学司アカデミアですね」

「これも、魔導と機巧技術の融合の例という訳か……」

 ゆっくりとグラデーションするマナの光を受けながら上昇する機械の籠の中に暫し身を委

ね、ジーク達は目的の階へと到着した。

 チンとねじ巻きが弾け戻る音と共に扉が開いた。左右には等間隔にラボらしき部屋のドア

が点在し、それらの中央、真正面に円形にくり抜かれたラウンジが見える。

「こっちッス」

 その廊下を左折し、ジーク達はフィデロの案内のまま進んだ。

 目的の場所はその中ほどに在った。確かにドアの傍に掲げられたプレートには「在室中」

の表示とマグダレンの名が確認できる。

「先生、フィデロです。連れてきました~」

「ご苦労。通してやってくれ」

 軽いノックの後、ドア越しにフィデロが声を張ると、中から男性の返事がした。

 それを確認してから彼は「どうぞッス」とドアノブを捻り、ジーク達をラボの中へと通し

てくれる。

「……君がアルス・レノヴィンの兄か。それと……後ろにいるのは魔導具使いにオートマタ

だな。ようこそと言っておこうか。既にフィスターから聞いているだろうが、私がバウロ・

マグダレンだ。魔導工学を専門にしておる」

 ラボの窓際で階下を眺めていた当人、バウロはジーク達の足音を耳聡く聞いて振り返ると

そう悠然として自らを名乗った。

 長身で隆々としたガタイのよい体躯。加えて頭はスキンヘッド。短く剃り揃えられた顎鬚

がただでさえ威圧感のあるその外見に拍車を掛けているようにも思える。

「は、初めまして。ジーク・レノヴィンです。アルスの兄です」

「サフレ・ウィルハートです。ジークと同じ冒険者クランに所属しています」

「その従者をしておりますマルタです。本日は時間を割いて頂いてありがとうございます」

 ジークは驚き混じりの緊張気味に、サフレとマルタはこういう社交に慣れているのか落ち

着いた対応を見せていた。

(本当にこのオッサン、魔導師か? 見た目だけじゃ冒険者でも通用するぞ……)

 内心でそんな事を思っていても、流石に口にはできない。

 ジーク達は次の瞬間にはバウロに席に促され、目の前のテーブルに着いていた。

 左からマルタ、サフレ、ジークの順。

 その真正面に向き合う形でバウロ、そして少し距離を置いてちょこんとフィデロが座る。

 バウロは小振りのアタッシュケースを別の卓上から手繰り寄せながら言った。

「それで。頼みというのは君の魔導具について調査して欲しいというものらしいが」

「はい。自分の刀なんですけど、どうもこいつらが魔導具らしくて。それで今回専門家に診

て貰おうと」

「……ふむ。では早速拝見しようか」

 ジークが腰から六刀を抜き、刀身を晒した状態でテーブルの上に並べると、バウロはその

アタッシュケースの中から部品毎に分けられた機器を組み立て始めた。先日フィデロが使っ

ていた走査用のゴーグルだ。しかもこちらの方がずっと高級そうである。

 バウロは組み立てたゴーグルを頭に巻くと、一本一本を検め始めた。

 至極真剣そのものな──というよりむしろ強面が増している目を細めた表情。

 ジーク達が固唾を呑んで見守る中、彼はそっと刀身の表面をなぞるようにして呟く。

「……確かに、これらに刻まれているルーンは古式詠唱だ。フィスターや生徒連中には確か

に手に余る代物だろうな。おい、フィスター」

「は、はい。何でしょう?」

「左奥の本棚に『古詠録』という文献がある。赤い表紙に金の刺繍がしてある本だ。こっち

に持ってこい」

「了解ッス」

 ゴーグル越しの眼を向ける事なく言われ、フィスターがすっくと立ち上がった。

 そのまま身を返してラボのずらりと並ぶ本棚の一角へ。視線を上下へと移して指示された

文献を探し始める。

「あの~、見つけましたけど、十巻とか二十巻とかあるんですが……」

「ああ。とりあえず全部こっちに持ってこい」

「う、ういッス」

 あっさりと重労働が決定し、フィデロは分厚い図鑑サイズのその文献らを本棚と往復しな

がらバウロの傍らに積み上げ始めた。途中でメイド気質が刺激されたのか、マルタもその作

業に加わる。サフレは最初やんわりと止めようと口を開きかけたが、結局ジークと顔を見合

わせた後、二人して同じく作業に加勢することとなった。

「ふぅむ……」

 その間も、バウロは刀身のルーンを見比べながら、多数の付箋が貼り付けられたその図鑑

を片っ端から手に取り、照合作業を進めているようだった。

 フィデロはともかくジーク達は専門外だ。

 只々、三人は暫くその様子を見守るしかなかった。

「……これは。いや、まさか。そんな──」

 そうしてそんな沈黙がどれだけ続いた頃だったろうか。

 やがてバウロの眉間に深い深い皺が刻まれていた。ゴーグルをずらしては巻き直し、何度

も文献の内容を指でなぞっては確認している。

「あ、あの。どうかしたんですか?」

 その動揺が尋常ではなかった。ジークは何か拙い事でも起きたのかと、おっかなびっくり

に声を掛けて訊ねてみる。

「……。少年、これはただの魔導具ではないぞ」

「はぁ……。というと?」

「私の見立てが間違っていなければ、これは……“聖浄器せいじょうき”だ」

 ゴーグルを外し、ぐっと眼力を込めたバウロの一言。

 その瞬間、場の空気が──ジークを除いて凍り付いていた。

「セージョーキ? 何です、それ?」

「せ、せせせ先生っ、それ本当なんスか!?」

「ああ、間違いないだろう。封印が施されていた理由も……これで頷ける」

「? フィデロまで……。何なんだよ。そんなにヤバいのか、俺の刀?」

「危険という意味ではないがな。……フィスター、説明してやれ」

「う、ういッス」

 ごくりと息を呑み、居住いを正したフィデロがゆっくりと口を開き始めた。

 それでもジークだけは頭に疑問符を浮かべたまま。サフレとマルタ、そしてバウロ。三人

それぞれの驚愕な視線が左右・正面から向けられている。

「聖浄器というのは、対瘴気用に開発された浄化促進器ッス。その起源は大盟約成立期まで

遡ることができるもので、魔導開放によってそれまで以上に魔導の行使者が増え、結果的に

マナの消費量──論理上発生しうる瘴気の増加とその種々の変化に対応する為に」

「あ~……すまん。頭痛くなってきた……。悪ぃけどざっくり説明してくれねぇか?」

「えぇっと。要は瘴気に対して効果の高い、特殊な魔導具なんスよ」

「かの“志士十二聖ししじゅうにせい”も利用したとされる武具だ。……驚いたな。まさかそんなアーティファ

クト級の代物だったとは」

「志士十二聖って、あれか? 帝国をぶっ倒したっていう英雄だろ? でもそれっておとぎ

話なんじゃねぇのかよ」

「確かに後世人々によって脚色された部分も多いな。だが、ゴルガニア帝国の存在はれっき

とした史実だぞ? 結局は強権政治の末に彼ら解放軍によって滅ぼされたが、機巧技術が現

在ほどの進歩を遂げたのは、当時から帝国によって研究と実践が積み重ねられていたからと

いう側面も大きいんだからな」

「……ぬ、うぅぅ」

 フィデロからサフレから講釈を受けて、ジークは頭が煙を上げてオーバーヒートしそうに

なっていた。何とも言えないもどかしさを呟きながら、ガシガシと自身の髪を掻き乱す。

「難しい話はいいや。俺の頭じゃ分かんねぇし。……要はすげー珍しい魔導具なんだな?」

「……そうッスね。ぶっちゃけるとそれで済みます」

 フィデロは答えながら苦笑していた。

 弟とは違って勉強は苦手らしい。それが分かったのだろう。

 だが、バウロだけは眉間に皺を寄せた真剣な面持ちのまま、クスリともしていなかった。

「仕事の合間にと軽く受けたつもりだったが、とんでもない物を持ち込んでくれたものだ。

少年よ、一体これらを何処で手に入れた? 何故君ような者が聖浄器を持っている?」

「何でって……俺もよく分かんないんですってば。母さんから受け取ったとか、昔父さんが

使っていたとか、それぐらいしか知りませんし……」

「……そうか」

 バウロは大きく息を吐くとがっしりと両腕を組んで考え込み始めていた。

 落とした視線の先には、ジークの六本の愛刀──いや、聖浄器。

 暫く、その沈黙に身構えていたジーク達だったが、

「ならば私が君に勧めるべき提案は一つだ。これらの出自、君の母上に今一度訊くべきだ。

場合によっては更に遡らなければならぬかもしれんが、正体が判明した以上、このまま君の

手の中に収めておく訳にはいかなくなるだろう」

 キッと顔を上げたバウロはそう確かに、命令のような懇願のような言葉を投げていた。


「あ、兄さん。おかえり」

「おっかえり~」

 日は沈み、辺りはすっかり薄暗くなっていた。

 学院からホームに帰り、宿舎の部屋に戻ると、机に向かっていたアルスとその傍らで漂っ

ていたエトナが振り向いて迎えてくれる。

「ああ……。ただいま」

 ジークは色んな意味での疲労をひた隠しにしながらも、笑みを返すように努めていた。

 少し前までは何だか辛そうだったのに、今は何だか嬉しそうで。

 そんな勉学に励む弟を見ていると、暗い表情かおを見せるわけにはいかなかった。

「ちっと横になってるわ。飯時になったら起こしてくれ」

「うん……。分かった」

 ゆらりとした歩みで掛台に六刀を安置すると、その足でどうっと投げるようにベッドへと

身を任せて腕を枕に仰向けになる。

 色々、疲れた……。

 勉強机の照明を中心とした明暗のグラデーションの中で、ジークはぼんやりと身体を休め

始める。

(ジーク、どうしたんだろ?)

(さぁ……。お仕事が大変だったのかな)

 エトナがひそひそ声でそんな事を問い掛けてくるが、アルスには心当たりはなかった。

 机の上に積まれているのは、ブレアから借りてきたこれからのゼミで使うテキストの魔導

書たち。ゼミの時限のあと特に予定のなかったアルスは、早めに帰宅し早速その精読と予習

に勤しんでいたのだった。

(あんな様子じゃあ、尚更言えないよね……)

 テキストに目を通しながらも、正直アルスは心配半分安堵半分の気持ちだった。

 ブレアから言われた、自分に必要なのは実践という言葉。その一番の手が冒険者に交じり

魔獣や瘴気への対処を実行することだという言葉。

 幸い、伝手がないわけではない。

 兄やイセルナ達クランの中心メンバーに、自分にも冒険者の仕事──魔獣討伐を手伝わせ

て欲しいと頼んでみればいい。

 だが兄はきっと……反対するだろう、心配するだろうと思った。

 だから今すぐに相談しなくてもいいのかなと思えると、正直ホッとしていた。それが一時

しのぎなものであると分かっていても。

(……今は、もっと知識を積もう)

 だからアルスは改めてテキストに視線を落として集中し始めた。

 自分の身を案じて立ちはだかってくるであろう、頭の中の兄の姿から距離を取るように。

(……セージョーキ、か)

 一方でジークもまた目を瞑ったまま考えていた。

 門外漢な自分には結局よく分からないままだったが、愛刀らはとんでもないレア物である

らしい。サフレとマルタも帰宅中、しきりに驚いていた。そしてまだ安易に今回の結果を誰

かに報せない方がいいと釘も刺されていた。

 愛刀らの正体がレア物だというのは、正直自分にはさほど驚きはない。

 だがそれ以上に気掛かりなのは、バウロが自分に告げた警鐘のようなあの言葉。

 ──君の母上に今一度訊くべきだ。

 それは導話越しで、という意味ではないのだろう。

 彼が言っていたように、もっと遡ること──母すら知らない可能性もある。真に問い質す

のならば、故郷サンフェルノに戻る必要がある。

(村に戻れ、か……)

 ごろりと寝返りを打ち、弟に背を向けた状態でうっすらと細めた目を開く。

(今更戻れるのか? 殆ど、勝手に飛び出していった俺が……)

 それだけが、何よりも気掛かりだったのだ。

「──うん?」

 ちょうど、そんな時だった。

 不意にドタドタと遠くから複数の慌しい足音が聞こえてきた。

 エトナは逸早くその外の様子に気付いたようで、

「ねえ。何だか外、騒がしくない?」

 部屋の外へと視線を向けながらそうジーク達に投げ掛けてくる。

「お前もか、エトナ」

「何だろう? ご飯の時間はまだ先だし……急な依頼でも入ったのかな?」

 互いに顔を見合わせて頭に疑問符。

 だがそんな足音はどんどん近くなり、次の瞬間、バンッとサフレ・マルタと数名の団員ら

がいきなりジーク達の部屋に飛び込んで来たのである。

「チィ……。ここにもいねぇのか」

「おいおい何だよ、ノックもせずに。俺はいいが、こっちにゃ学生がいるんだぜ?」

 ベッドからむくりと身体を起こし、ジークが窘める。

 だが仲間達はそんな気だるい反応すら惜しいと言わんばかりに口々に叫び出していた。

「それどころじゃねぇんだよ。なぁ、お前シフォンさん見てねぇか?」

「シフォン? いや。今日は朝から副団長達と出てたし、帰って来てからは学院に顔出して

たし……。あいつがどうかしたのか?」

「ああ。僕らも、さっき皆に聞かされて知ったんだがな」

 そして場の団員らを代表するように、サフレが代弁して告げたのは。

「シフォンさんが帰って来ていないんだ。ここ何日もずっと。誰も行方を知らないんだ」

 そんな、ジーク達が思わず目を見開くような緊急事態で。

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