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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-60.咎人達の狂想曲(カプリッツオ)
369/434

60-(0) 驟雨の人

 時を前後して。

 本物のセラ・ウゲツは、薄暗く狭い中に閉じ込められていた。

 目が覚めた時には既にここに放り込まれていた。出血の痕が痛々しい頭部を中心に、傷だ

らけの身体がじんじんと痛みを訴えてくる。

 更に肌に接触している金属の冷たさ。目線の辺りに細く差し込んで来る明かり。

 おそらく此処は、ロッカーの類なのだろう。

「んんっ、むぐっ……!」

 だがそんな彼の状況を、署内の部下達は知る由もない。ウゲツはその両手足をロープで縛

られており、口も粘着テープで塞がれていたのだから。

 必死にもがく。たとえ拘束されていても、とにかく外に出ようと抗う。

 だがどれだけ身体を揺すってぶつかってみても、目の前の金属板(扉)はびくともしなか

った。手応えからして外側から何かしら重石になる物で塞がれていると思われる。明らかに

自分を外に出さない為の、第三者による細工があるようだった。

(……しくじった。私とした事が……)

 そもそもあの時点で怪しむべきだったのだ。今朝、封印房で署長ケヴィンさん自身が会議に付きっきり

になると言っていたのに、ひょっこり顔を出して来るなどおかしいと。

『ウゲツ、ちょっといいか?』

 そう言って自分を一人呼び寄せて来た署長──の姿をした何者か。ジーク皇子らを迎える

準備と警備配置の変更で忙しくなくしていた自分は、思考の多くをそこに奪われたまま彼に

ついて行ってしまった。

『一体どうしたんですか? まさか皇子達に何か──』

 そして通路の一つに入り、作業する皆の視界から外れた次の瞬間、奴はつい皆の様子が気

になり一瞬目を逸らした自分の隙を突いて襲い掛かってきたのである。

 ハッと気付いて目に映ったのは……振り上げられた腕だった。

 だがそれは明らかに普通ではない。手首から上が、重い鎚に変わっていたからだ。

 かわす事すら出来なかった。完全に不意を突かれた。

 数度、繰り返し頭を殴打され、声を漏らすより先にもう片方の手で塞がれる。自分は剣を

抜く暇すらなく一方的にやられてしまったのだった。

 そうして気が付いてみれば……このざまだ。十中八九、あの偽者の仕業だろう。

 侵入者。自分ですら襲われる寸前までそれと気付かなかった変装技の使い手。

 しかし霊海上の孤島であるこのギルニロックへどうやって? やはり出入りする関係者の

誰かに化けて紛れたのだろうか。

 ……いや、今考えるべきはそこじゃない。ケヴィンさん達だ。ジーク皇子達だ。あれから

どれだけ時間が経ったのかは分からない。だが一行が既にこの監獄に到着していれば拙い事

になる。

 賊は巧みに他人に化ける術を持つ。そして今、皇子達を迎えるべき自分はこうして人目の

つかない場所に押し込められてしまっている。

 もし、賊の目的が皇子ならば? あの魔人メアならば……?

 彼らに、危険が迫っている。

 奴が自分の命を取らずにこうして押し込めただけなのは、おそらく事を為した後の流れも

計画に入っているからだ。一時的に今回の案内役たる私に成り代わり、その後全ての責任を

本物こちらに負わせようとしているのではないか……?

「──副署長~!」

「何処にいるんですか~!」

(……ッ!?)

 ちょうどそんな時だった。さも壁越しに阻まれるようにぼやっと、ウゲツは遠巻きに自分

を呼ぶ者達の声を聞いた。

 はたしてそれは獄卒達だった。先刻、異変を察知したケヴィンの命を受け、本物のウゲツ

を捜し回る面々の内の一団だったのだ。

 少しずつ遠くなっていく足音と呼び掛けの声。どうやら自分が今いる部屋の前を通り過ぎ

ようとしているらしい。ウゲツは焦った。今しかない。ここで気付かれなければ、また時間

だけが徒に過ぎてしまう。

「んぐぐッ! むぐぐむぐーッ!!(此処だ! 助けてくれッ!)」

 故に、ウゲツは必死になってもがいた。身体の痛みなどどうでもいい。縛られていようが

塞がれていようが知った事か。

 彼は狭いその中で力いっぱい限り暴れた。外にある重石は相変わらず扉を閉ざしたままだ

ったが、ガタンガタンと立った大きな物音は、あわやそのまま通り過ぎようとしていた獄卒

達を寸前で引き留める事に成功する。

「……おい。今、何か聞こえなかったか?」

「えっ?」

「ああ。聞こえた。更衣室か……?」

 獄卒達、その数五人ほど。彼らの何人かが足を止めて振り返り、残りの面子がこれに続い

て通り過ぎようとしていた部屋──獄卒用の更衣室へと近付いていく。

 腰に下げた剣や、担いだ銃に心なし手を。

 彼らは思い切って出入り口の扉を蹴破ったが、中はしんとして誰の姿もない。

 だが目を留めるものがあった。奥のロッカーの前に、幾つもの段ボール箱が積み上げられ

ていたのだ。

 あれは確か……備品の予備が詰められている箱。

 怪しかった。普段あれは、もっと部屋の隅にまとめてられていた筈だが……。

「……副署長?」

「そこに、いるんですか?」

 誰からともなく顔を見合わせ、そうおずおずと呼び掛けてみる。

 するとどうだろう。そうだそうだと激しく自己主張するようにこのロッカーがガタガタと

大きく音を立てて揺れたのである。間違いなかった。また顔を見合わせ、頷き合い、彼らは

慌ててこのロッカー前に飛んでいくと、急いで邪魔になっていた段ボール箱を除けて中に押

し込められたウゲツを助け出す。

「ふ、副署長!」

「ご無事ですか!?」

「こいつは酷い……。おい、誰か医務部に連絡を──」

「……私なら大丈夫だ。それより、署内はどうなっている?」

 ようやく扉が開き、転がるように出て来たウゲツ。その両手足は固くロープで縛られ、口

には粘着テープが貼られている。獄卒達は急ぎ先ずもってそれらの戒めを解き、ボロボロの

彼を見て少なからず狼狽していた。

 だが当のウゲツは、傷付きながらも一度大きく呼吸すると、助けを呼ぼうとする彼らを制

止するように開口一番、そう問うてくる。

「あ、はい」

「そうなんですよ、大変なんです! 少し前に署内に侵入者が──“結社”の魔人メア達が現れ

たらしくって……」

 そこでウゲツは現状の大よそを聞いた。理解した。

 やはり標的は使徒クロム、及び彼の面会に訪れる皇子達一行だったのだ。

 唯一幸いな点があるとすれば、自分に化けた偽物を皇子らが看破したらしいという事か。

「……署長達は、封印房に向かったんだな?」

「は、はい」

「むっ、無茶ですよ! そんな身体で! 今連絡していますから、先ずは手当てを……」

 故にウゲツは、次の瞬間にはよろよろと立ち上がっていた。

 幸い太刀えものは一緒に放り込まれてある。それを鞘ごと握り取って杖代わりにし、ふらつく身

体に鞭打つと、彼は獄卒達の制止も聞かずに歩き出していく。

「……このまま、おちおち寝てなどいられない……」

 自分の所為。

 何より不意を突かれたまま終わるなど、自身の武人としての誇りが許さなかった。

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