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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-59.汝は正しきものなりや
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59-(6) お前は生きろ

『大方余計な“犠牲”を出すまいと考えたんだろうが……甘かったな』


 セシルがそう自分を嘲笑うように言った時、クロムは何一つ反論出来なかった。

 その通りだ。そして頑なに「最小」を狙い続けた結果、今まさに事態は裏目に出てしまっ

ている。

 迫るかつての同志らを見て、彼は密かに自らの右腕に視線を落としていた。

 痛み汚れた囚人服の下。その褐色の肌には一見何の言語とも判らぬ文様が集まった、闇色

の刺青が刻まれていた。

 証である。これは結社“楽園エデンの眼”に加わり、その幹部エージェントたる使徒にのみ許さ

れた魔導の発動媒体──ルーンなのだ。

 “結社”は世界樹ユグドラシィルの内奥にその本拠地・摂理宮を構えている。

 これはそこへ帰還する、或いは各地へ飛ぶ為のいわば空間転移の魔導具なのだ。名実共に

世界の中心である世界樹ユグドラシィルを基点とし、複数の座標軸を宛がう事で、自分達はこの広大な世界

のありとあらゆる場所へと飛んでいける。或いは覗き見る事が出来る。

 俗世の人間達が自分達を神出鬼没と呼ぶカラクリはそこなのだ。尤も覗き見る場合は観察

者の消耗が激しく、一度に何ヶ所も把握は出来ない。そもそもこの観察が許されているのは

“教主”を始めとした、ごく一部の者だけなのだが……。

 だが今は、この刺青も自分の魔力マナに反応しない。それは即ち“結社”から既に見限られた

という事だ。

 もう後戻りはできない。自分は造反者。そして……罪人なのだ。

「──接続開始コネクトっ!」

 サフレ達と替わったオズ、そしてリュカから魔流ストリームを受け、ジークが奥の手を使っていた。

 跳ね上がるオーラの量。全身に漲る力。

 だがそれでも対するセシルは小さく目を開く程度で、殆ど動じた様子はない。

 ジークが激しく地面を蹴って襲い掛かった。瘴気のオーラを纏う彼に、左手で握った白菊

でそれを打ち消しながら、内包された彼本体を狙う。

 しかし届かない。白菊という得物では小さ過ぎたのだ。

 こちらは点を中心に潰していく。だが敵は範囲と奥行きをもってオーラを瘴気に変える。

これでは、数秒だけならばオーラを剥ぐことが出来ても、すぐに無傷な部分がそれを覆い隠

してしまう。

 ジークは接近しては退き直すを繰り返すしかなかった。かわすばかりにならざるを得なか

った。強化された身体能力・反応速度で以ってようやく、霞む程に鋭いセシルからの剣撃、

ヒルダからの追撃から身を守る事が出来るといった状態だった。

「無駄な足掻きを……。クロムはどうせ死ぬ。俺達に殺されるか、統務院が首を刎ねるか、

その違いだけだ。何故庇う? 敵だった男を。そこまで命を張る価値があるのか?」

 息も切らさず、左右上下から次々とセシルの剣が迫る。

 かわしたり受け流したりが精一杯のジークに対し、彼は一歩一歩押し進みながら言った。

その向こう側でダンとエリウッド、ミアを加えた三人に阻まれているヘイトが叫ぶ。

「そうだよ! さっさと殺されとけ! そいつは……“敵”だろうがっ!!」

 烈火を纏ったダンの斧と魔流ストリームの錨が克ち合い、二人が何度目ともなく弾かれ合っていた。

 連撃が止まらない。だがジークは、それらに押されながらもぎりっと歯を食い縛って踏み

留まり、爆ぜる。

「うるせえ! だから……だからてめぇらは共感されみとめられねぇんだよ! そう簡単に切り捨てち

まうから、お前達は世界の敵になっちまうんだ!」

 鬼気か。刹那、左手の白菊と右手の紅梅が間髪入れぬ連撃を刻んでセシルの剣を弾いた。

 思わず彼が目を見開く。その見下ろした視線に、見遣ったヘイトに、ジークは猛然と斬り

掛かりながら言う。

「俺達はひたすら戦ってきた。“敵”から皆を守れば、皆幸せになれると信じてた! でも

実際はどうだ? 戦いは終わりやしねぇ。次から次に出来てきやがる。何度も自分を呪って

きたよ。俺はむしろあちこちで憎しみを作って回ってきたんじゃねぇかってな!」

「ジーク……」

「マスター」「ジークさん……」

「……。ふん」

「それでも、現れてくれた。俺と出会って、もう一度人を信じてみたいなんて言ってくれる

奴が現れたんだ! 嬉しかった。救われた気がした……。俺の戦いは、全くの無意味じゃな

かったんだ!」

「──」

 仲間達が目を細めていた。

 声色を落とし、泣き出そうになり、或いは「全く、お前らしいな」と切ない苦笑いを零す

者達もいた。

 セシルらは哂っていた。くだらないと。

 だがクロムは絶句していた。牢の中で。

 救われたのは、目を覚まさせられたのは、自分ばかりではなかった。あの少年とて悩み、

戦い続けてきたのだ。齢二十に届くか届かないかの青年には、きっと重過ぎる筈の運命を背

負ったままで。

「……確かにこいつは数え切れない罪を犯してきた。でも俺は、やっぱりこいつをこのまま

死なせたくない! 俺は連れ出す、こいつを外に連れ出す! 生きて生きて生きまくって、

何度も死にたくなるくらい後悔させて、最期の最期まで生かし続ける。それが俺なりの……

こいつに背負わせてやれる償いだ!」

 激しく立ち回り続けた中、一瞬の隙間を白菊が縫い、ジークの剣が初めてセシルの間合い

にまで届いた。

 剣と剣がぶつかる。激しい金属音が響き渡る。すぐにセシルは瘴気のオーラで押し包み直

し距離を取ったが、内心深く眉を潜めるほど驚きはしたらしい。

「ジーク君……」

 交替したサフレ・マルタ及びリュカの騎士団シュヴァリエルらと共に場を迂回しながら、来た道──昇降機

のある場所へと続く通路を目指して獄卒達を押していたレジーナは、思わず立ち止まって

ぐらぐらと瞳を揺らしていた。

「──。皇子……」

 そして時を同じく、この一部始終が流れていた監視室でもジークの叫びは響き渡り、急ぎ

部屋を飛び出そうとしていたケヴィンらを思わず降り返らせる程に驚愕させる。

「馬鹿馬鹿しい……。クロムの話を聞いていなかったのか? ヒトはどうでもいいんだよ。

俺達はあくまでこの世界を救う為に闘っている。連中が設定する罪やら償いやらなど知った

ことか」

「そうさ、ぶっ壊すんだよ! こんなクソみたいな人の世せかいなんざ!」

 セシルのやはり鼻で笑う態度に、ヘイトが激昂しながら同調していた。

 ちらりと彼の方を一瞥するセシル。だがその視線は次の瞬間には牢の中のクロムへと向か

い、改めてこの裏切り者に訊ねを投げ掛ける。

「……本当に加担するのか? お前は見たんだろう? どちらが真の“救済”か。あんなに

も拘っていたのはお前自身じゃないか」

 だが対するクロムは答えなかった。じっと右腕に視線を落とし、ただ無言の肯定──もう

後には引けない己の状況に身を硬くするのみだった。

「そうか……。残念だ」

 ジークが相対して剣を構えている。セシルはふぅと小さく嘆息をついた。

「教主様とあの方からの伝言だ。『残念だよ。君なら僕らのことを分かってくれるかもしれ

ないと思っていたのに』──だとさ!」

 そして言い切るや否や、彼は再び地面を蹴った。瘴気のオーラを大量に纏い、異形たる相

棒ヒルダを携え、この裏切り者を庇うように立ち続けるジークに今度こそ終止符を打つべく

袈裟懸けの斬撃を放つ。

「──」

 だがジークはこれをかわしていた。寸前、クロムの牢に届くギリギリまでセシルの剣を引

きつけ、半身を返しながら大きく身を反ってこの瘴気の剣をかわしたのだ。

「ッ!? しまっ」

「てめぇこそ、クロムの話を聞いてなかったのか? お前とは、無策では当たるなってよ」

 不敵に笑って言うジーク。セシルは直後その失策を悟った。

 瘴気なのだ。彼の剣はあらゆるものを朽ちさせる瘴気を纏っているのだ。

 それは即ち、クロムを捕らえている目の前の鉄格子とて同じで──。

「今だ、クロム!」

 そしてジークが叫んだ。目を凝らさねば薄暗い、牢の中のクロムがキッと顔を上げる。

 瘴気の液が中にまで飛び散っていた。床を点々と、じゅくじゅくと溶かしている。

 クロムはそこに枷を押し当て、両腕そして両脚と瞬く間にその拘束を解くと、鉄格子の眼

前で急ブレーキを掛けながら慌てた顔のセシルを睨む。

「部分解放──石修羅いしゅら!」

 次の瞬間だった。大きく振りかぶった右腕が急激に硬質化し、その拳は牢を突き破りなが

らさながら巨人のような岩石の腕になる。更に彼はこれに自身の《鋼》を加えて全体を黒鉄

色に変えると、そのまま全力を込めて目の前の“敵”に打ち出した。

「ぐぅ……ッ!?」

 鉄格子を粉々に突き破って、クロムの巨大な拳がセシルを殴り飛ばした。流石に彼も、こ

の強烈な一撃をいなし切るのは難しかったのか、咄嗟にありったけのオーラを以ってこれを

防御するしかない。

 大きく大きく、後ろに弾き出されていた。衝撃で少なからぬ瘴気が飛び散り、思わず剣の

腹で防御した格好のまま、ズサザザッと石畳の上を滑って止まる。

 忌々しい。さもそんな感情で面持ちで、セシルが顔を上げた。再びオーラが瘴気となって

彼を取り囲んでいく。一方でクロムはゆっくりと牢から歩み出つつ、彼のオーラに直撃した

石修羅いしゅらの腕を早々に自身から切り離し、その朽ちて崩れていくさまをぼうっと眺めている。

「す、凄ぇ……」

「ああ……」

「っていうか、これ拙いんじゃないか? あいつ封印枷も無しで出て来ちまったぞ?」

 思わず足を止めてあんぐりと口を開けた獄卒達は勿論、場に居た全ての面々が驚愕のまま

固まっていた。

 ヘイトやヘルゼルは取った間合いのまま視線が釘付けになっているし、ダン以下仲間達も

突然の出来事に唖然としている。その中でも唯一大丈夫──むしろ内心ハイになっていたの

は、他ならぬ反り返って回避した後、地面を転がりつつ起き上がったジークくらいだろう。

「セシル何やってる!? ちんたらするな!」

 だがそんな沈黙をヘイトが破った。それまで戦っていたダンやミア、エリウッドから再び

飛び退き、クロムと直線状に相対するセシルの前に躍り出たのだ。

 ヘイトは怒り狂っていた。自由になったクロムを、まるで仇のように猛烈な憎悪の眼で睨

み付けている。

「僕が殺る! あいつは……“敵”だぁぁぁッ!!」

 ──しかし、その叫びは現実のものとはならなかった。

 次の瞬間だった。彼に代わりクロムに襲い掛かろうとしたヘイトを、突然セシルが背後か

らざっくりとその剣で刺し貫いたのだから。

「えっ!?」

「仲間を、刺した?」

「……」

 今度はジーク達がより一層驚かされる番だった。

 すぐには理解出来なかった。だが間違いなく、ヘイトの身体の真ん中を、セシルの瘴気を

帯びた剣が串刺しにしている。クロムが、牢を出たその場で眉を寄せ、立ち止まっている。

「おま、え……」

 かはっ。ヘイトが血を吐きながら振り返っていた。

 引き攣った顔、大きく揺らぐその瞳。

 だが当のセシルは、ヒルダは、はたまたヘルゼルまでもがこの事態に平然としている。

「──大丈夫。その必要はないさ」

 血走った眼で見つめくるヘイトに、セシルはそう剣を握ったままで応えたのだった。

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