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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-59.汝は正しきものなりや
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59-(2) 綻び見ゆ

 時を前後して。

 長丁場の会議を終えたケヴィンは、ようやく解放されて人心地をつきながら会議室を後に

していた。

 ぐぐっと両肩のストレッチをしつつ、その後ろに会議に同席していた部下達数名が従う。

 部屋を出て構内を歩いた。カツンカツン。階層が浅い管理者区域という事もあり、辺りは

冷え冷えとした静けさに包まれている。

「……ふぅ」

 この身は獣人の巨体だが、立場上自分は板ばさみになる事も珍しくない。

 ケヴィンは先程までの会議のさまを思い出していた。あの場に(映像越しで)出席してい

たのは、王貴統務院・正義の冠クラウンズ──各国を治める王達である。

 今回の議題は他ならぬ、先の戦いで捕らえた“結社”達の処遇だった。

 大都消失事件。近年稀に見るあの巨大な戦いの中で、連合軍は多くの敵兵を捕らえる事に

成功した。それは下級兵たる“信者”級に始まり、各部隊長に相当する“信徒”級、果ては

幹部たる“使徒”──魔人メアのエージェント。あの鉱人ミネルの武僧まで。

 何分、多過ぎたのだ。

 先の戦いにおいて、統務院はあまりにも多くの捕虜を囲い過ぎた。それが今、数千人にも

及ぶ“世界の敵”をどう捌くかという実務上の問題として大きく圧し掛かっている。

 彼らは罪を犯してきた。何は無くとも、彼らは然るべき償いを為すべきだと自分は思う。

 ……だが、それはあくまで彼らが等しく公正に、法に基づき裁かれたという大前提がある

からだ。しかし会議での王達、政府高官らの発言を観るに、その期待は難しいと思われる。


『一人残らず処刑するべきだ! 我々世界の秩序に楯突くとどうなるか、改めて全ての民に

示す必要がある!』

『数千人規模を……ですか? 危険です。報じられ方によっては我々による虐殺と受け止め

られる可能性がある』

『それに、大々的に彼らの死を演出すればするほど“結社”にとっては聖戦ほうふくの大義名分を与

えてしまうのではないか? 今までだって、奴らはそうして幾度も傘下の生命を駒として使

ってきたろう?』

『ここは一度慎重になるべきです。冷静に法に則り、粛々と刑を課していくべきでしょう』

『だからといって、徒に時間を掛けていては舐められてしまうぞ? そもそも彼ら一人一人

の罪状をどうやって確定する? 皆が皆、素直に自白するとは到底思えんが……』

『ふん。多少重く盛っても構わんではないか。奴らは散々世界中を荒らしてきたのだぞ? 

今回に至っては大都バベルロートを占拠だ! ……民は詳しい罪状など求めておらぬ。刎ねてしもうて、

よいと思うがな』

『それは……』『いえ。それはいくら何でも乱暴です!』

『ではどうすればいいんだ!? 千人だぞ? 野に放てるか? できないだろう。なら消す

しかあるまい。世界の敵たる烙印は無くならんよ。一度に処刑するのが拙いと言うなら何度

かに分ければよかろう? 例えば出身別。その別によって各国がそれぞれ彼らを処する』

『おお。それなら領民らの溜飲も下がる』

『いやいや、待て! こちらの管轄でやるのか!? 今回の一件は統務院の連名でという合

意だった筈だ。そんな負担、負いきれないぞ』

『ではどうしろというんだ? 処すやるのか、処さやらないのか?』

処すやるに決まっているだろう。罪人は何も“結社”関係だけじゃない。彼らを如何やって“処分してさばいて

ゆくかの話だぞ』


 そこに法治という言葉はなりを潜めていた。建前の理性よりも、彼らの多くが如何に先の

戦いの“成果”を見出すかという、腹の探り合いとリスクの押し付け合いばかりがそこには

あった。

 確かにいち監獄の責任者として、実際に収監されている囚人達を如何するかは猶予を待た

ない問題ではある。ぶち込んでもぶち込んでも、罪人は次から次に現れる。何処かで彼らに

“ピリオド”を打たなければ、今ある収容能力はいずれパンクしてしまうだろう。

 ……ウゲツが、あの武僧の檻の前で佇んでいた時の事を思い出した。

 自分はあまり情を掛けるなと言った。実際、その所為で心を病んでしまった者達を自分は

何人も見ている。知っている。

 だが正直言って、あいつの心持ちの方がよっぽど正義だと、私は思う。ただ機械的に、罪

を犯した肉塊だと云って処分する。それは本当に、自分達が望んだことなのか……。

 結局会議はハウゼン王とファルケン王、ウォルター議長にロゼッタ大統領という四大盟主

の仲裁・誘導によって一先ず終了した。

 改めて今回の件は統務院が責任を持って──この世界全体の問題として事後処理に当たる

という旨と、出来る限り捕虜達一人一人の罪状を把握するよう各機関が努める旨。その二つ

が確認された。

 これもひとえに経験豊富で穏健派なハウゼン王あっての結果だろう。尤もファルケン王や

ウォルター議長らによって、処刑ありきの路線は堅持されたが。

 やはりあの武僧は刎ねられる運命にあるようだ。

 だがまだ彼は口を割らない。ジーク皇子によって、状況が好転してくれればいいが……。

「──あ。御勤め、ご苦労さまです!」

 そうして暫く構内を歩いている途中のことだった。ふと通路の向こう側から二人の獄卒が

通り掛かり、そう慌ててこちらに敬礼をしてくる。

「うむ。異常はないか?」

「はっ! 異常ありません!」

 そうか……。ケヴィンは小さく頷いた。

 そしてそのまま彼らの横を通り過ぎようとし──だがはたと思い出したように足を止める

と、彼らに問う。

「そういえばジーク皇子達はもう来ているのだろう? ウゲツはちゃんと案内したか?」

「? ええ。そうですけど……」

「ご一緒では、なかったんですか?」

 だが次の瞬間だった。何と無く気になって訊いたその言葉に、この獄卒コンビは目を瞬き

ながらそう頭に疑問符を浮かべていたのだった。

 更にもう一人の方が訊ね返してきた一言ワンフレーズ

 ケヴィンは、どうも要領を得ずに深く眉根を寄せる。

「何の話だ?」

「へっ? だって……なあ?」

「ええ。半刻くらい前でしたかね? 遠巻きからではありましたが、お二人が連れ立って歩

いている所を見かけたので……。てっきり自分達は、会議が間に合って、お二人で皇子を迎

えに行かれたのだとばかり」

『──』

 ケヴィンは、背筋がぞぞっと激しく凍り付くような感覚に襲われた。

 そんな筈はない。自分はついさっきまで、会議室に缶詰になっていたのだ。それは後ろの

部下達もいて間違いない。半刻前? 会議は手元の時計でもざっと三大刻ディクロ近くは掛かって

いた筈……。

(……まさか)

 同じく異変に気付いたのだろう。振り返った先の部下達も、目を丸くして互いの顔を見合

わせていた。少なくとも自分はその時間にウゲツとは会っていない。だがこの二人が嘘をつ

いているようには見えない。そもそもつく理由がない。

 つまり自分にそっくりな誰か。或いはウゲツもまた同じように。

 ──侵入者。

 そんな言葉が、ケヴィンの脳裏で激しく赤色灯を打ち鳴らす。

「お前達、至急兵を集めろ! 監視室に向かう!」

 顔を引き攣らせ、小さく舌を打ち、彼は大声で部下達に指示を飛ばした。

 い、いきなり何で……? 会議同伴ではない二人を除き、彼らはその一声によって慌てて

署内各所へと連絡を取り始める。

「……我々ではない誰かが、この監獄しまにいる」

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