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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-59.汝は正しきものなりや
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59-(0) 歩み異なれど

 アルス達が清峰の町エバンスに滞在し始めてから一週(=十二日)が過ぎようとしていた。

 山々からゆっくりと降りてくる、川面から立ち昇る朝霧。

 この日もカルロはまだ日が昇り切らぬ内から起き出し、店を開ける準備を始めていた。

 ひんやりとした朝の冷えに身を任せ、軽く鼻歌を歌いながら軒下の郵便受けに差し込まれ

てあった新聞を抜き取る。

「……。ッ!?」

 だがざっと紙面を開いて目を通している内に、彼の顔色が変わった。

 ふと目を留めた記事を暫く食い入るように見つめ、やがて慌てて家の中へと駆け戻る。

「お、皇子! 皇子! 起きてますか!?」

 向かった先は二階──現在はアルスを泊めている息子フィデロの部屋だった。

 室内には四人。

 昨夜、夜遅くまで夏休みの課題を消化する勉強会をやっていたため、アルスやエトナに加

えルイスもこの部屋で寝落ちした格好になっている。

「うぅん? なーにー?」

「何だよぉ。まだ起こすには早ぇぞ……。親父……」

「……おはようございます。どうしたんですか? そんなに慌てて」

 むくり。寝惚け眼を擦りながら、アルスは相棒と共に毛布を除けながら身を起こした。

 フィデロとルイス、更には階下のルーディ、奥の居間で寝泊りしているリンファとイヨも

このカルロの慌てぶりを聞きつけ何事かと顔を出してくる。

「こ、これを。お兄さん──ジーク皇子の記事が」

 言われてアルス達ははたっと目を覚まされた。彼に差し出された新聞、そのとある記事を

皆で覗き込み、読む。


『フォーザリア慰霊式 ジーク皇子暗殺未遂!』

『左手負傷の皇子 温情に加害女性号泣』


 それは先日フォーザリアで執り行われた、テロ犠牲者の追悼式典を報じる記事だった。

 印刷された記事の詳細を読み込む。報道によると、何とジークが献花している最中、これ

を狙って刃物を持った女性が飛び出してきたのだという。幸い彼はすぐに迫るこの女性に気

付くと攻撃を──左掌を刃で傷付けられながらも防ぎ、更に警備兵らの怒号が鳴り響く中、

彼女を諭して戦意を喪失させたとも。

 後の調べで、彼女は先の同爆破テロで犠牲になった鉱夫の妻であると判明したらしい。

 なのに、自らの身が危険に晒されのに、当のジークは彼女を赦したという。拘束・連行し

てゆく警備兵達に向かって、彼は寛大な処理を懇願したと記事は伝えている。

「お兄さん……」

「相変わらず、型破りな人だね」

「もう。あいつってば、無茶しちゃって……」

「フォーザリア? 慰霊式? 兄さん出席してたでてたの……?」

「……申し訳ございません」

「ジーク様より、ギリギリまで黙っておいてくれと……」

 負傷の二文字に背筋が凍り、しかし詳細を読むにその怪我も大した事がないと判りアルス

は一先ず胸を撫で下ろす。

「そんな。謝る必要はないですよ。兄さんの事だから、大方僕の療養に水を差すのを嫌った

んでしょう? まったく、しょうがないんだから」

 そして頭を下げてきたリンファとイヨに、ふっと優しい声色を向けて苦笑わらう。

 兄らしいと思った。向こうでの行動も、今の今まで黙っていたことも。

 実際、今回が初めての公務であった筈だ。自分だって未だに緊張してばかりなのに……。

「大事にならなくてよかった。でもこの日付だと……もう向こうを出たのかな?」

「あ、はい」

「その事なのですが……」

 しかしアルスの内心を波立たせる情報は、何も一つだけでは収まらなかった。

 一度互いの顔を見合わせたイヨとリンファ。数拍の逡巡からの開口。

 更に二人から、アルス達は新たな動静を知らされる事になる。

「実は先日、ジーク様に付けさせた侍従達と、ダンから連絡がありまして」

「クロムの居場所が分かったので会いに行ってくる、と……」

 カルロ以下、フィースター家の面々とルイスは頭に疑問符を浮かべていた。当然だろう。

まだ彼の名までは公表されていない。まさか“結社”の魔人メア──あの大都での戦いで“捕ら

えられた”者の名だとは、つゆも思わないだろう。

「そっか……」

 故にただ短く、アルスは彼らをそっと一瞥しながら、そう呟いた。

 手の中できゅっと握り締めた朝刊。改めてこの静かな時間の中りょうようちゅうでも世界は動いているの

だなと思う。

(……。待っててね、兄さん)

 窓の外、少しずつ昇ってきた日が差してくる方向を遠望する。今日もまた新たな一日が始

まろうとしている。

(すぐに……追いつくから)

 軽く唇を結んで、その小柄ちいさな身体に活力を。

 アルスは遠い北の地から、兄ら仲間達の姿を想った。

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