58-(5) 語られる真実
公開処刑。
獄卒の一人から発せられたその一言に、昇降機内の空気が一瞬にして凍り付いた。
ジークと仲間達は勿論、どうやら初耳だったらしい他の獄卒らも。
そんな皆の様子をウゲツはじっと肩越しに見つめている。じっと感情を押し殺すような表
情をしている。ジーク達はすぐには言葉が出なかった。皆それぞれに目を丸くし息を呑み、
定まらぬ視線を方々に向けて黙している。
「……やっぱりお咎めなしとはいかねぇか。詰まる所、見せしめか」
横たわった重い空気。
だがそれを破ったのは、またしてもボリボリとうなじの毛を掻いたダンだった。
「死んで償えるものならね。フォーザリアだけじゃない。今までだって、散々……」
「そうですけど……。でも、本当に効果があるんでしょうか? 相手はテロ組織です。仮に
彼の処刑で統務院の面子が保てたとしても“結社”はそれを『尊き犠牲』と言い張る可能性
が高いですよ?」
「聖戦……」
「でしょうね。どちらにとっても、彼の命は今や戦略材料だ」
「で、でも! クロムさんはあの時、仲間になってくれた筈でしたよね?」
「エエ。ソモソモコーダス様ヲ救イ出セタノハ、彼ノ協力ガアッテノ事デシタ」
「大を取るか小を取るか、かな? 少なくとも僕達の立場じゃあ、処刑それ自体を覆すのは
難しいと思う」
「……」
彼を皮切りに、仲間達が口々に言う。
疑心や賛同、或いは諦観。
しかしそんな皆の中にあって、ただ一人ジークだけは、壁に寄り掛かったままぎゅっと強
く唇を結んだままだった。
『そのおかしな方向にぶっ飛んでいた考えを、こいつの無鉄砲さが叩き直したんだとよ』
先刻、ダンが言っていた言葉を思い出す。
そういえば大都の一件でも、迷宮の天辺で副団長はそんな事を言っていたっけ。
どうやらクロムとは一度サシで戦ったらしいが、結局あいつがこちら側につく事になった
理由について、結局自分は何も詳しいことを知らない。
改心してくれた……。そういう認識でいいのだろうか?
仲間というフレーズ、文字通り身を粉にして黒騎士とぶつかっていた姿。何よりそんな崖
っぷちの転換を決意をしたにも拘わらず、戦いの後は罪人として捕らわれた現在。
当人とて想定していなかった筈はないのだ。
でも、それでも、このまま統務院の為に死ななければならないなんて……報われなさ過ぎる。
「……俺は、処刑するべきじゃないと思う」
ゆっくりと。ジークはそう固く閉じていた口を開いた。仲間達が、ウゲツ以下監獄の面々
が怪訝に静かにこちらを見遣ってくるのが分かる。
「あいつは“結社”の中身を知ってる人間だ。急いで殺るには勿体無さ過ぎる。それに殺し
てきたって意味じゃ……俺達も似たようなモンじゃねぇか。冒険者は魔獣を──元はヒトだ
ったかもしれない奴らを殺す。戦場で他人を殺す。オズに至っては元・戦争兵器だ」
『……』
皆が黙り込んでいた。反論しようにも出来なかった。
静動。激情に駆られるレジーナや獄卒らが視界の端でハッとしている。引き合いに出され
たオズも、その過去を抉られたにも拘わらず、それでも鎮痛なまま俯きがちな主を気遣うよ
うにそっと身を乗り出している。
「“敵”だから殺してもいい。そんな基準、幾らだってひっくり返せる──」
吐き出し、絞り出すように呟いた言葉。
ちょうどその時だった。昇降機が最下層に辿り着き、チンと小気味良い金属音を奏でた。
誰も二の句を継がなかった。ただ「……案内します」とウゲツが扉を潜り、一行を目的の
封印房へと誘う。
カツンカツン……。暫し石畳に響く足音と左右の囚人らの殺気を感じながら、ジーク達は
ただその最奥にある牢屋へと近付いていく。
「──」
殺風景な牢の中に、彼がいた。
既にずらりと並んでいたのは武装した獄卒や看守。その道を空けた奥にじっと座するよう
に、両手足に枷を嵌められ、血であちこちが汚れたクロムがこちらを見上げている。
「……来たぞ。随分、意固地になってるみたいじゃねぇか」
最初、ジークはその姿に、身体中の血液が沸騰するような激情に駆られた。
何だこのボロボロさは? てめぇら、今日までこいつに何をした──!?
ジークはそう第一声を発する前、ぎろりとウゲツら関係者を睨んだ。だがウゲツを除き皆
が皆、そ知らぬ顔でわざとらしく視線を逸らしてくる。
「……要らぬ犠牲は増やしたくなかったのでな。……来てくれて有難う」
ぱくぱく。クロムがフッと笑った、その事がジークをどうしようなく悶々とさせた。
ダン以下仲間達も、すぐ後ろでじっと二人のやり取りを見守っている。クロム当人の指名
もあり、暗黙の内に代表するは彼以外にあり得ないと一致しているようだ。
「ムショ暮らしはきつそうだな」
「そうでもないさ。……君達だってこの先、統務院の身代わりをさせられるんだろう?」
どうやら特務軍の件を、彼は聞き及んでいるらしい。ジークは仲間達と一度ちらっと顔を
見合わせた。
嗚呼、そうだ。
あまり無駄話をしている余裕なんてものはない。
「それで……何なんだ? そんなにされてまで、先ず俺達に話したいことってのは」
「ああ。積もる話は色々あるのだがな。しかし先ず……何よりもこれだけは君達に伝えてお
かなければなるまい」
クロムはそう言って静かに目を細めた。核心に、本題に迫ろうとしていた。
ジーク達がごくりと息を呑む。周りを囲むウゲツ達も多かれ少なかれこれに倣っている。
彼はゆっくりと口を開き始めた。時間がにわかに酷く遅くなったように感じる。
明朝、清峰の町の各戸に届けられる新聞。
団長イセルナを囲む、クラン・ブルートバードの面々。
中空に浮かぶ映像らに向き合いながら会議を続けているケヴィンと、何処か暗がりの中で
身じろぎしている何者かの影。
「結社“楽園の眼”の最終目的は──“大盟約”の完全消滅だ」