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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-58.獄なるセカイに彼は想ふ
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58-(3) ある鉱僧の話(前編)

 私は、顕界ミドガルド西方北部、マインロッキーの山々の一角にある鉱人ミネルの里に生まれた。

 生家は、先祖代々僧侶を輩出する信仰に篤い一族だった。そんな両親や親類・縁者を見て

育ったからか、やがて成人した私はさも当然のように同じく信仰の道に入ることになる。

 ……神とは何か?

 少し言及を割こう。その正体は遥か天上層に棲む創世の民・神格種ヘヴンズである。

 創世。その異名の通り、彼らはこの世界が始まった頃より存在した。

 幾つもの世界に分岐し広がっていく世界樹ユグドラシィルの生育を見つめ、守護し、その少なからぬ者達

が後世神話として語り継がれる張本人となった。

 故に彼らは──今でこそ後発のそれらが多くを占めようになったが──現在に至るまでず

っと“不滅の存在”であり続けてきたのである。

 語られること。即ち、信仰。それが彼らの力の源だ。

 同時にそれは彼らを不滅たらしめる全てでもある。神格を得る以前、彼らの多くは不死身

でも何でもなかった。しかし人々に祀られ、畏れられ、語られるようになった時、彼らは神

と為る。物理的な肉体を必要とせず、信仰というエネルギーの集合体によってその不滅性を

維持する。彼ら神格種ヘヴンズが他の種族と大きく異なる点はそこにあると言えよう。

 幼い頃は、ただ漠然と「神」を信じて、見様見真似に祈りを捧げていた。

 しかしいざ信仰の道に──僧侶として学び、修行を積む中で神格種かれらの詳細を知る事となっ

て、私の中では二つの思いが同居し始めた。

 一つは「神」が実在すると知った嬉しさ。

 そしてもう一つは、あくまで「神」は“信者にとっての神”でしかないという事実。その

事実に対する、ある種の失望に近い念であった。

 神は、その奇蹟を自らを信仰する者達の為に振るう。

 信者は、その恩恵が故に彼の者を信仰し、その思念がエネルギーが神を神たらしめる。彼

の者はそれ故に、信者に「のみ」救いの手を差し伸べる。

 ……当たり前の話だ。そう言ってしまえば確かにそうなのだろう。

 ギブアンドテイク。信じる者は救われる。だが私は修行を続ける中でずっとこの“常識”

に違和感を覚え続けていた。やがて一人前と認められ、僧侶としての実績も積み、相応の地

位に就くことが決まっても尚、結局私の中のもやもやは晴れる事はなかった。


僧都そうずクロムエル・オルダイト。貴殿をサディーハ院の住職に任命する』

 二つの出会いがあった。

 内一つは転勤。地底層の一つ、器界マルクトゥムのとある寺院を任される事になった点である。中には

自分を左遷されたと噂する同僚もいたが、私は特に不満ではなかった。これも修行の一環、

より歳月を重ね、修行を積めばいつかこの胸のまよいも消えてくれるのではと、この頃はまだ信

じようとした節があったからだ。

 地底層。魔界パンデモニム器界マルクトゥム幻界アストラゥム

 魔族と総称される四種族がその多くを占め、一年を通して薄暗い闇が空一面を覆う地。

 私は赴任した後、ずっと寺の軒先でそんな空を見つめていた。或いは雑念を断ち切らんと

読経や写経に丸一日を費やし続けたこともある。

 この地底層の更に深くには、冥界アビス──俗に言う「あの世」が在る。

 肉体から剥離し、彷徨う死者の魂は、かの地に流れ着き、死神達の導きによって閻魔らの

裁定を受けることになる。そして三存(肉体・精神・魂)の分離を防ぐ結界に守られながら

やがて彼らは再び世界を巡る魔流ストリームに乗り、次の生誕の時を待つのだ。

 転生。この魂の、生命の再生産こそ輪廻の真実である。

 だからこそ……私は思った。ならば、ここまで修行の道に苦する必要はなかったのではな

いか? より良い転生の為の信仰上の善行。だが実際により深く潜れば直接逝けるのなら、

そもそも神が信者の──己が力の源の為にのみ動くのであれば、この営みに果たして意味は

あるのか?

 救いなど……何処にも無いではないか。

 私達は“生かされて”いる。この世界のサイクルに、歯車として回り続けて。

『──う~ん。クロムさんは、神様にいっぱい期待し過ぎてるんじゃないかなぁ?』

 だが、もう一つの出会いがあった。

 名をシオンという。鬼族オーグの、私が赴任した寺院にしばしば足を運ぶ熱心な信徒の女性で

あった。

 年中薄暗い空をものともしない鮮やかな赤と白の着物、何より屈託の無い笑み。

 私達は、いつしか膝を突き合わせて語り合うようになっていた。住職といち信仰者。そん

な肩書きの差など酷くつまらないと思えるほどに、彼女の言葉は明朗だった。

『期待、し過ぎる?』

『うん。大事なのは神様が万能かどうかじゃないと思うの。困った時に支えになってくれる

誰かがいる。信じるって、そういうことなんじゃない?』

『……』

 そうだったのだ。今思えば、彼女はあの若さにして足るを知っていたのだと思う。

 尤も本人はその素晴らしい境地を自覚していなかったようだが……。少なくとも私は此処

に来れてよかったと思った。彼女と、彼女のような瑞々しい信仰に出会う事ができて、一体

どれだけこの穴だらけの胸奥が救われたことか。

『神様もクロムさんも、私達も。それぞれが手の届く人達と幸せになれれば充分じゃない。

それって、凄く素敵なことだと思うよ? 私も……幸せ』

『シオンさん……』

 肩を寄せ合った。どちらからという訳でもなく。気付けば私達は惹かれ合っていた。

 そうなのかもしれない。

 何も“全て”を救おうとしなくてもいい。ただ、すぐ傍にある幸せに気付いて、少しずつ

皆がそれを守っていければ……。地道ではあっても、そうすればきっとより多くが救われる

結末を迎えることが出来るのかもしれない。

『シオンさん』

『うん?』

『来週、私は本山の総会出席のため一度地上むこうに戻ります。そうしたら──』

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