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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-58.獄なるセカイに彼は想ふ
358/434

58-(2) 引き金は君で

 使者達が言っていた通り、翌朝には飛行艇がチャーターされていた。

 そう大きくはない小型の船。人数もそう多い訳ではないし、悪目立ちしてマスコミに嗅ぎ

付かれるのを警戒しているのだろう。夜も明け切らぬ薄暗い内に、ジーク達は早速これに乗

り込み目的地を目指した。

「──見えましたよ。あそこです」

 そうして霊海上空を西に飛ぶこと数刻。一行は操縦士の向けてきた一言に、一斉に窓へ寄

って行っては眼下に現れたそれを見る。

 監獄島ギルニロック。その姿は確かに空の孤島であった。

 浮遊大陸りくち同士が霊海を介して離れていることはそう珍しくはない。だがそこは土地自体が

比較的に小振りなそれである事に加え、遠目からも分かるほど外敵に備えた要塞の様相を呈

している事でより孤立した印象を与える。

 吹き過ぎていく風が、無数の魔流ストリームが鳴いていた。

 ジーク達はじっと、丸く切り取られた窓ガラスからその全景を見つめ、誰からともなく改

めて緊張した面持ちになる。

「あそこに、あいつが……」

 そんな一行の中で、とりわけ神経を尖らせている人物がいた。

 土色の髪をアップにまとめ、着古した作業着ふだんぎ姿で先程からぐっと、窓際の壁に指を立てて

いる女機巧技師──レジーナだった。

 睨み付けるような眼。咀嚼しようにもまだ自浄し切れていない感情。

 そんな相棒を、同じく簡易のスーツを着たエリウッドが、その視界の端に捉えたまま佇ん

でいる。

(……やっぱ、恨んじゃうよなあ)

 二人は昨夜、使者達が帰った後すぐに連絡を入れて誘った格好だ。導話の向こうで大層驚

いていたようだったが、クロムと対面できると聞いて程なく二人も同行を申し出てくれた。

 だがしかし。一方でジークは、本当に彼女達を呼ぶべきだったのだろうかと内心不安を抱

いてもいる。フォーザリアは勿論、大都バベルロートも。相次いだ事件を仲立ちに、彼らには少なからぬ

仇怨がある。

 自分としては……組織を裏切ってまで皆を助けてくれた彼を憎み切れない。そこまで心変

わりした理由が知りたい。

 あわよくば。もう気取られているのかもしれないが、そう思っている。

 だからこそ、レジーナさんにはきっと気分のいい事にはならないだろう。

「あの。レジーナさん、エリウッドさん」

「……ん?」

「その、ギルニロックに入ってからの事なんですけど」

 なのに微笑わらっていた。ジークが意を決して言ってしまおうと思っていた言葉を、やんわり

とエリウッドが遮ったのだ。

「……分かってる。団長さん達から大体の話は、あの迷宮なかで何があったのかは聞いてるよ。

話し合いもした。仮に向こうでレジーナが暴走しようものなら……僕が止める」

 言って一瞬、スーツの懐に手を。

 ガチリと金属の音が聞こえた。あの時と同じく、護身用に持っている拳銃だろう。

 見ればレジーナもちらっとこちらを振り返っていた。表情こそ不服、むすっとしたものだ

ったが、彼の話通り、少なくとも復讐せいぎかんを振るう為に一緒に来ている訳ではなさそうだ。

「皆さん、そろそろ着陸致します。席に着いてベルトを装着願います」


 操縦士と、そのすぐ後ろに控える例の役人達が、何度か映像越しにやり取りをしていた。

 読み上げられたコード番号とこちらの映像を確認、着陸許可が降りると、いよいよジーク

達を乗せた飛行艇は高度を落としながら監獄島へと入っていく。

 植樹スペースこそ点在しているものの、その地面は殆どが黒く固い石材で均されていた。

ゴゥンゴゥン。やがて飛行艇は唸りを上げながら地上の係員らの誘導を受け、どしりとその

巨体を落ち着ける。

「お待ちしておりました。私の名はセラ・ウゲツ。当監獄の副署長を務めさせて貰っており

ます。本来は署長のケヴィンがお迎えするべき所なのですが、現在所用で手が放せない状態

でして。代わりに、我々が案内させていただきます」

 そして船旅を終え、タラップを降りたジーク達を出迎えたのは、一人の青年将校率いる島

の関係者達だった。

 ウゲツと名乗ったその青年。髪と瞳の色からして女傑族どうほうらしい。

「……おう。よろしく頼む」

 だが一瞬、ジークは彼に妙な違和感を覚えていた。

 単なる気のせい、知識のなさなのかもしれない。こっちが祖国の皇子だからという事なの

だろうか。

 軍人の割には随分洒落ているというか、女傑族らしくぶじんぽくないというか……。

 それでも脳裏を掠めたのは数拍の事。ジーク達はそのままウゲツら関係者らに案内されて

ギルニロック内部へと入って行った。

 外の草木も伴った要塞とはまた一味違った、剥き出しの閉塞感。

 流石に統務院直轄の監獄の一つというだけあって、その内部は冷たく暗い石造りという、

らしい雰囲気に包まれている。

 ウゲツと二十人ほどの獄卒、及びここまで同行してきた侍従の武官らに先導され、囲まれ

ながら監獄内を往く。

 やがて程なくして一行は、その内部を上下に貫く昇降機へと乗り込んだ。

「使徒クロムが収監されているのは、当監獄の最下層。地下封印房です」

「封印房?」

「対魔導、錬氣使いの為に作られた厳重なエリアです。ここに収監された囚人は皆、手足に

魔導を封じる呪文ルーン入りの錠を嵌められ、抵抗の術を持ちません。既に警備要員らも増員して

待機させてありますので、ご安心を」

 昇降機がゴゥンゴゥンと降りていく中、ジーク達はウゲツとそう幾つかのやり取りをして

到着を待つことになった。

 何はともあれ肝心のクロムについて。

 どうやら彼はかなり高いレベルの警戒の下に置かれているらしい。

「……ジーク様」

「うん?」

「その、深入りする形を承知でお聞きしたいのですが、何故使徒クロムは頑なに貴方がたを

名指しにするのでしょう? 大都バベルロートの折、彼と何かあったのですか?」

「あ~……。それはぶっちゃけ、俺もよく分かってねぇんだけどよ……」

「迷い、だそうだ。何でもあいつ、フォーザリアでジーク達を仕留める間際に躊躇いっての

を持っちまったみたいでさ」

 少し思案したように口元に手を当てた後、ウゲツが訊ねてきた。

 それはむしろこっちが知りたいくらいなんだが……。ジークは苦笑いを零したが、それに

答えてくれたのは壁に背を預けて黙していたダンだった。

「どうやらあいつにとって“救い”の有り無しどうのこうのってのは随分と大きな問題だっ

たらしい。ま、あの見てくれからして坊さんなのは間違いないからな。でもって、そのおか

しな方向にぶっ飛んでいた考えを、こいつの無鉄砲さがはたき直したんだとよ」

 わしゃわしゃ。笑いながらダンはジークの頭を撫で回していた。

 当のジークは、その掌の大きさに気持ち沈みながらも為すがままにされ、ミアやサフレが

妙に白い眼でそれを見ている。

「一度あいつとはかち合った身だが、少なくともただの快楽殺人者って訳じゃなさそうだっ

たぜ? あんたも此処のお偉いさんなら多少どんな人間かは見てるだろ? 今までの罪は、

消えないがな」

『……』

 リュカは口元に手を当ててじっと考え込んでいた。マルタも最初こそダンの話を聞いて表

情を綻ばせていたが、ややあって一方で皆のそれが浮かないままであると気付いてしゅんと

してしまう。

 オズはランプ眼を点滅させつつ、エリウッドと顔を見合わせていた。

 そんな中レジーナは箱の隅で、居た堪れないといった感じで視線を逸らしたまま、じっと

片肘をついたまま動かない。

「……なるほど。心を許した、という訳ですか」

「そういう事になると思うんだがな。とはいえ、肝心の話ってのは実際に会ってみねぇこと

には分かんねぇけど」

「俺達に先ず、か……」

「一体、私達に何を伝えたいんでしょう?」

「どうなのかしら。でも彼は“結社”の内部にいた人物、幹部クラスよ。少なくともこれま

で以上に踏み込んだ話が聞けるとは思うわ」

 仲間達も、階が深くなるにつれ不安と期待がより入り混じるようになっていた。

 ひそひそ。マルタのハの字に垂れ下がった眉のまま訊ねる声に、リュカは彼女を優しく励

ますように答えている。

「……お言葉ですが、あまり期待はされない方がいいかと」

「我々の経験からして“結社”達の拘束力は非常に強いです。彼もまた、延命の為に自分に

都合のいい相手を呼び出している可能性は、ない訳ではありません」

 だが同伴する獄卒らは、一方でそう消極的な意見を持っていた。

 何を……? そしてジーク達は、ただ言葉なく頭に疑問符を浮かべる。

 嗚呼そうか。世間的にはまだ、あいつが事件の最中に鞍替えしたことはちゃんと広まって

いないんだっけ。

 まだ大半の人間は、あくまで彼が統務院に“捕らえられた”と思っているのか……。

「……そうですね。情報さえ引き出せれば、上層部も生かしておく必要はないでしょう」

 だからこそ、ウゲツが彼らの諫言に同調してそんな事を呟いた次の瞬間、ジーク達は思わ

ず目を見開いていた。

 それは即ち、殺されてしまうという事か。

 しかし幾らなんでも、現場のいち責任者がこの場で断言してしまうのは拙いのでは……?

「い、いいのですか? 話してしまって」

 加えて動揺したのは獄卒ぶか達も同じだったらしい。今更ながらこちらの顔色を窺いつつ、尚

も流れゆく昇降機の外を見つめているウゲツに顔を向けつつ、彼らは言う。

「──」

 コクリ。ちらりとこちらを見たウゲツは、小さく首肯していた。

 ダンの話も大きかったのかもしれない。彼はもう、自分達をただ会いに来ただけの顔見知

り程度では済まないと考えたのだろう。

 ジーク達が息を呑む。視線で、未だ若干戸惑う彼らに促した。

 獄卒らは互いの顔を見合わせていた。しかし上官の首肯きょかもある。このまま黙ってしまうの

は印象が悪かろう。

「……これはまだ内々の話なのですが」

魔人メアクロムは、近い将来公開処刑されます」

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