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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-57.言葉と魂、吐き出す先に
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57-(3) フォーザリア慰霊式

 式典当日は、あたかも嘆きを体現するかのように鈍い灰色が空一面を覆っていた。

 フォーザリア鉱山現場近くの丘。各々に喪服(ジークはハガル・ヤクラン)を纏った一行

は慰霊式が行われるそこへ、他の参列者に交じって訪れ、始まるその時を待っていた。

「しっかし何で此処なんだよ。肝心の場所はあの下だろ」

「仕方ないわよ。今でも瓦礫の撤去は済んでいないし、そんな所へおいそれと大人数を遣っ

て二次災害を起こす訳にはいかないでしょ?」

「表向きは、そうでしょうね。でも……統務院、いやヴァルドーも憎いチョイスをしてくれ

たと思いますよ。現場で見上げるよりも、こうして崖から見下ろす方があの惨状がどれだけ

大きいものか、手に取るように分かる。人々に印象付けるには好都合だ」

 流石に、あの事件の現場に直接入る事はできなかった。

 リュカの言うように安全性の問題もあるだろう。一方でサフレが推測するように、運営側

の思惑もあるのかもしれない。演出パフォーマンスは、もう始まっているのだから。

「……」

 白黒のヤクランに袖を通し、ジークは幾つもの参列者らのグループの一角として場に混ざ

っていた。

 あの時の現場、未だ巨大な瓦礫──鉱山だった岩山の破片が転がり積み上がっている全景

を臨む崖の上で、既に各種設営は済まされていた。

 ヴァルドーを始め、見渡せば各国の代表者と思しき貴族、或いは鉱山関係者らがあちこち

で早速雑談を始めている。だが大都バベルロートでの一件もあり、何処も皆国主や首脳級の人物が来ては

いないらしい。名代の者ばかりのようだった。

「お? 始まるみたいぜ」

 そして……そんな暫くの待ち時間を経て、設えられた壇上に、ファルケン王と数人の衛兵

らが悠然と現れて来る。

 参列者一同の声が、波打つように止んでいった。

 壇上の背後、現場を見下ろす崖の先端には、大きな石の慰霊碑と、それらを取り囲むよう

に既にたくさんの白や黄色の菊が添えられている。

 ダンの声に、ジーク達もこの西方の盟主を見遣っていた。置かれていたスタンドマイク。

それを軽くぽんぽんと叩いて反響をチェックし、ファルケンは語り始めた。

『あー。ごきげんよう、参列者の皆さん。本日は忙しい中集まって頂き、ありがたく思う。

これより我々ヴァルドー王国及び王貴統務院による、先のフォーザリア鉱山爆破事件の慰霊

式開会を宣言する。“結社”の心なき凶行の犠牲になった者達の無念に、是非皆で手を合わ

せて欲しい』

 式典のスケジュール通り、ホスト・ヴァルドー王ファルケンによる開会挨拶だった。尤も

彼自身、その性格から、完全に丁寧な敬語で話すのには苦労しているようだったが。

『……先ずは、この国の王として皆々に謝らねばならない。見ての通り、このフォーザリア

鉱山は大都消失事件より前“結社”の襲撃によって無惨にも破壊されてしまった。その折、

多くの関係者が犠牲になり、当時の現地責任者・オーキス公爵も死亡した。私の落ち度だ。

この場を借りて、深く謝罪と哀悼の意を表明する』

 だが意外な事に、ファルケン王が語り始めたのは謝罪──自らの非を認めるような文言で

あったのだ。

 ジーク達、或いは彼の人となりをよく知る他国の貴族ら。その各々に静かな動揺が走り、

互いに顔を見合わせる変化が散見される。

『……しかしだ。私は問いたい。我々はここで、こうして一様に暗い顔をして押し黙ったま

までいいのだろうか?』

 それでも皆は程なくして気付かされる事になる。呑み込まれる事になる。

 一度は小さく壇上で頭を下げたファルケン王。だが次に紡いだ言葉は、文字通り彼と多く

の者達を鼓舞する、リベンジの表明であったからだ。

『知っての通り、今回の犯人は結社“楽園エデンの眼”だ。彼らは我々の幸福と富を追求する権利

を真っ向から否定し、力で以ってそれをねじ伏せようとしている。そんな彼らの横暴に、これ

で我々が屈するような事が──これまでの戦いを止めてしまうな事があれば、一体何の為

の死だったのだろう? このフォーザリアで、過去の戦地で散っていった者達の命は、如何

ほどの価値に貶められるだろう?』

 ざわっ……。声こそ無かったが、周囲の参列者の気迫が増していくのが肌で分かった。

 いや、気迫と言っては語弊があるだろう。戦意ぞうおだ。

 ファルケン王が口にした過去少なからず“結社”の犠牲になった人々と、部下達。そんな

彼らの喪失の記憶が、萎えかけていた参列者らの心に赤黒い火を点けていったのである。

『我々には責任がある。より多くの人々を豊かにし、繁栄を約束すること。その為の王だ。

我々は戦わなければならない筈だ。ヒトが社会を作る、その最たる目的を哂い、人々の命を

も奪う彼らを止めなければならない筈だ。……今日この場は祈りである。だが同時に、決意

を新たにする場でもあると私は確信している。再びここから、我々は失われた者達に報いる

べきだと』

 しん……。びりっとマイク越しに響いたファルケン王の言葉に、刹那出席した場の面々が

押し黙っていた。

 だが次の瞬間、爆ぜる。

 貴族・商人さんれつしゃ達の大きな拍手が、彼へと惜しみなく向けられたのだ。

「こいつは……」

「先手を、取られたみたいだね」

 そんな中でこの流れに乗らなかったのは、ジーク達や一部の反戦メディアくらいだろう。

 にわかに沸き立った会場に、ジークは静かに眉を顰めた。エリウッドもかつての総指令官

が壇上で彼らに軽く手を挙げて応えているのを、そう酷く落ち着いた様子で見つめている。

 鎮魂にかこつけた、リベンジ宣言。

 おそらく彼は始めからそのつもりで開会の挨拶に立ったのだろう。

 ジークは唇を結んだ。同じくめいめいに不安や、面白くないといった表情をする仲間達と

ちらと視線を交じらせる。

 道理でスピーチ原稿の一件の後、何もリアクションが無かった訳だ。

 関係なかったのである。或いはああいう反発を多かれ少なかれ秘めるであろうことを、彼

自身は予測していたか。

 ──少なくともこれで、後に続くスピーチ者は、反戦的な意見を述べ難くなる。


 それでも式典は容赦なく続いた。直後ファルケン王の開会挨拶は終わり、本来メインであ

る筈の献花がしめやかに行われていった。

「……」

 列に並び、順繰りに花束を慰霊碑の周りに置いていく。手を合わせ、その背後に広がる現

場に向けて鎮魂の祈りを捧げる。

 ジークも同じくその所作に倣っていた。自分の番が回って来、仲間達を後ろにじっと手を

合わせ、瞳を閉じて祈る。

 パシャパシャ。流石に控え目にだが、後方のメディア席から写姿器のストロボを焚く音が

耳に入った。目をこそ瞑っているが、肌でその光が届くのも感じる。

 祈りは……届いているのだろうか?

 あの時、守れなかった人達。そうでなくとも怪我を負った人達。

 彼らメディアを通じて世界に発信される自分の姿は、どう映るのだろう? どれだけただ犠牲者達みな

に謝りたくて頭を下げても、そう取って貰えるのだろうか?

 風都エギルフィアでの一件が、脳裏に過ぎる。

 自分は結局、災いを撒き散らしているだけじゃないのか? 同じなんじゃないか? ファ

ルケンら権力者というものがどれだけ己らの“正義”を語っても、現実に傷付いた人達にと

ってそんなことは、何の慰みにもならないんじゃないか……?

「あ、おい!」

「そこの女ァ、止まれェ!!」

 だが──ちょうどそんな時だったのだ。ふとずっと背後の方で騒がしい物音と兵らの声が

したかと思うと、次の瞬間、荒削りだが確かな「殺気」がこちらに向かってきたのである。

「ジーク、レノヴィン……ッ!!」

 一人の中年女性だった。彼女は隠し持っていたのか、ナイフを両手で握って構え、悲鳴を

上げて逃げ始める参列者らの合間をごり押すように飛び込んで来ようとしていたのだった。

「ジーク!」

「チッ。避けろォ!」

 仲間達が、周囲の兵らが目を丸くした。或いは舌打ちをして駆けつけようとした。

「……」

 なのに、ジークは突っ立っている。

 明らかに彼女が自分を狙い壇上へ一直線に突っ込んで来ているのが見えているのに、ただ

振り向いてその場に立ち、悲壮な表情を浮かべる彼女とその切っ先を見つめている。

「っ!?」

 がしっ。早業だった。いよいよ彼女の刃がジークの胸元に届こうとしたその瞬間、彼は霞

む速さで左腕を上げ、彼女をその刃ごと握り止めたのである。

 女性は目を丸くしていた。大きく瞳を揺るがせていた。避けなかった事に、真正面から受

け止められた事に、酷く驚いた様子だった。

「くっ!」

「この──」

「馬鹿野郎ッ! 撃つんじゃねぇ!」

 だが驚いたのは何も彼女だけではない。咄嗟にこの襲撃者に反応し、四方八方から銃口を

向け、抜剣した兵士やファルケン以下各国の出席者らも同じだった。

 即時射殺。

 だがその結末を他ならぬジーク自身が鬼気迫る絶叫で以って制し、世界が再び動き出す。

 彼はがしりと受け止めていた。この女性の繰り出してきた刃を左手で強く握り止め、掌か

ら血が滴り始めているにも拘わらず彼女を食い止め続けている。

「……撃つんじゃねぇ。ここでもし、この人を問答無用で殺してしまえば……俺達はもう二

度と“彼女達”の声を聞けなくなる」

「ッ──?!」

 絞り出すような呟き。そんな彼の言葉に、途端彼女に篭っていた力が抜けた。

 ギィンッ。ジークの左掌からナイフが血を帯びて滑り落ち、固い地面の上に落ちる。

 仲間達が出席者が、或いは後方のマスコミが唖然としていた。写姿器や映像機のレンズの

中に、彼の血滴る立ち姿だけが映っている。

「どう、して……? だって、貴方が来た所為で……貴方が来た所為で、主人はッ!」

 立ったままのジークを見上げるように、尻餅をついた彼女が言った。いや、吐き棄てた。

 おそらく夫がフォーザリアの関係者だったのだろう。ごく普通の喪服・身なりであること

からしても──いち鉱夫か。

 それはきっと怨嗟だった筈だ。こんな無茶をした理由だった筈だ。

 なのにジークは応えない。只々、酷く哀しそうな眼をして彼女を見下ろし、

「……すまなかった」

 そして次の瞬間、何の躊躇いもなくその場で彼女に向かって土下座をしてみせる。

『な──!?』

 驚いたのは出席した貴族達だ。仮にもジーク・レノヴィンは爵位の最高位、皇爵家の嫡男

である。そんな“選ばれし者”がいち庶民に土下座して謝るなど……彼らの常識では考えら

れない事だった。

「すまなかった……俺の力が足りないばっかりに。謝って済む事じゃ、ないとは思うけど」

 なのに彼は現にそうしている。ジークは自身に襲い掛かってきた──状況からも十中八九

復讐をしようとした彼女に、そう地面に頭を擦り付けながら謝っている。

 当の彼女は、愕然としていた。

 警備兵らも怒鳴られた手前、困惑して立ち尽くすしかない。参列の貴族達や一般人、取材

に来ていた報道陣も、その多くが同様のさまだ。

『……』

 ファルケン王や統務院の高官は、密かに舌打ちをし、或いはジークを見下している。

 侮蔑の視線を感じた。だがジークはその姿勢を止めなかった。そんな彼を唯一仲間達だけ

は程なくして理解し、駆けつけようとしかけたそのままの位置で見守っている。

「……何で、ですか」

 するとどうだろう。ぴしゃん、女性の両の目から大粒の涙が零れ落ちた。

「何で……何でそんな簡単に謝っちゃうんですか。貴方は、あのレノヴィン兄弟でしょう?

行くところ行くところで事件を起こして、無関係な人達を巻き込んでいく、あの」

「……」

「なのに、そんな事されたら……貴方を、憎めないじゃないですかぁっ!」

 参列していた人々の少なからずが、ぎゅっと自身の胸元を掻き抱いて俯いた。彼女の心の

叫びに、仲間達の言葉に出来ぬ辛さがその顰めた表情かおに出る。

 それでもジークはただ黙って土下座の格好をしたままだった。じっと、彼女から投げ掛け

られる言葉に、想いに、ただ黙して耳を傾ける。

 ──予想はしていた。人々(かれら)には、大よそそんなイメージを持たれていたのか。

 疫病神。そうだ、疫病神だ。少なくとも彼女らにとって、その認識は事実であると思う。

実際これまでも自分達と“結社”との戦いは、多くの者達を巻き込んで行われてきた。

 これは、世界の危機なんだ!

 そう言った所で、一介の市民を自負する彼らに何の切迫感があろうか。

 ただ広がっていくのは、自身と関連の薄く、しかし突然に理不尽な破壊だけである。

 ……いつもそうだ。皺寄せを喰らうのは、いつもごく“普通”の人達だ。だから彼らに宿

った各個の憎しみに耳を傾け、その炎を弱めるよう消せるよう努力し続けなければ……きっ

と争いは繰り返される。

(貴族のプライドが何だってんだよ。そんなモンこそがこの世界を滅茶苦茶にしてるんじゃ

ねぇのかよ……?)

 女性は激しく嗚咽していた。害意はすっかり削ぎ落とされ、只々その場に泣き崩れてしま

っている。

「お、皇子」

「もう、頭をお上げください」

 ようやく指示が飛んだのだろう。ざりざりっと数人の兵士がこちらに近付き、土下座した

ままのジークに呼び掛けて来た。

「……」

 黙したまま。ジークはゆっくりと顔を上げた。

 共に地べたに座ったような格好。だが対する女性の方は、程なくしてこの兵士らに両脇を

固められ、場の一同の注目をストロボの光を浴びながら連行されていく。

「頼む。その人に、手荒な真似だけはしないでくれ」

「それは……」

「……お答えできかねます」

 では。去り際、ジークは言ったが、末端の警備兵にそんな権限はないということか。

 次第に人ごみから遠くなっていく彼女の姿。足元に落ちたままのナイフ。

 一般的に貴族に、それも王族に危害を加えようとした不審者に待っているのは概して極刑

の類だが……。

『ジーク!』『ジーク君!』

「マスター!」「ジークさん!」

「大丈夫なの? もう、無茶するんだから……」

「ジーク様。お、お怪我は?」

「すっ、すぐに手当てを──」

「……大丈夫だよ。心配すんな。それよか金菫を持って来てくれねぇか? これくらいの傷

なら、あれを使った方が手っ取り早い」

 仲間達が、参列者らの脇に控えていた侍従らが駆けつけて来た。

 それでもジークは平然としている。すいっと自力でその場から起き上がり、軽く土埃を被

った衣を払いながらそんなことを頼む。

(……そうさ。これくらい)

 遺族達かれらの痛みに比べれば。

 そう静かに自嘲わらう彼の左手からは、尚もぽたぽたと赤い雫が垂れ続けていた。

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