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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-57.言葉と魂、吐き出す先に
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57-(2) 膨れし蒼鳥

「──あ。おかえりなさい、団長」

 夕暮れの梟響の街アウルベルツ。そろそろホームの酒場も本格開店となる所で、今日の依頼を済ませた

イセルナ達以下団員らが、一グループまた一グループと帰って来る。

「ただいま。皆、大体帰って来た?」

「ですね。遠出組以外はもうこっちか宿舎にいる筈ッスよ」

「そう……」

 イセルナ・カートン。クラン・ブルートバードの団長。

 加え同伴していた団員ら数人と共に、彼女は空いているテーブル席の一つに着いた。

 カシャリ。そして懐から取り出し、置いたのは──金が詰まった麻袋だった。

「どうしたんですか? これ」

「ああ。クランうちの口座から下ろして来たんだよ。途中、財友館に寄ってたんだ」

「そろそろ伯爵に謝礼を渡す頃合なのよね。結局今も、伯爵にはうちの宿舎で抱え切れない

分の団員達の滞在先を手配して貰っている状態だし……」

 答えながら、イセルナは袋から、一つ一つ中の硬貨や紙幣を取り出しては整理し始めた。

 まめな性格も手伝って、たくさんのそれを綺麗に、百単位を一まとめにしてテーブルの上

へ並べていく。

「一、十、百……。えっと、三万ガルド?」

「おお。大金ッスね」

「んでもまだ一部だぞ? さっき言ったように謝礼用だしな」

 へぇ……。何となく二人を囲み、見物と洒落込んでいた団員達が驚き、そして心持ち緊張

したようにテーブルの上のそれを見ている。

 ざっと数えてみて三万ガルド。庶民にとっては大金の域だ。しかも同伴した団員は、これ

がまだ自分達クランの口座額のほんの一部だと言う。

「何ていうか……感無量ッスね。ジーク達護衛のお蔭なんでしょうけど、気付けばすっかり

金持ちになってたんだなあ」

 ぽろり。団員の一人が正直な感想を呟く。

「……そうね。でも、まだまだ足りないわ」

 だが当の勘定をしていた、団長イセルナはあくまで冷静だった。むしろそう言い、並べた

資金の一部を見つめると、じっと思案顔をしていた。

「足り、ない……?」

「えっ? まさか伯爵の側、もっと寄越せって言ってきてるんです?」

「ううん。そうじゃないの。ただ、色々やろうと思うとね……」

 要領を得ない感じだった。故に団員達は、誰からともなくお互いに顔を見合わせている。

 どういう事だろう? 支出が多い、という意味なのだろうか?

 だが団員達は他に思い当たる節はない。この前の“結社”の偽者の件だって、リオさんは

報酬の三割ほどを受け取ると、またふらり一人出て行ってしまったし……。他にすぐさま支

払わないといけないような相手方といっても……見当がつかないのだ。

「なら、運用でもしてみるかい? ミィル立てか、セイニー立てか。最近のレートからする

に前者を勧めるけどね」

「……そうね。全部をとはいかないけど、考えておいた方がいいかも」

 そうして皆の頭に疑問符が浮かぶ中にあって、カウンター内にいたハロルドがその様子を

見てやって来た。ど、どうぞ。その傍らではトレイを持ったレナが、ちょんとイセルナの前

に淹れたての珈琲を一杯、置いていく。

 ──因みにミィルは地底層で、セイニーは天上層で主に流通している通貨である。

「ふぅむ? 深刻だな」

「やっぱり、何か手を打たないといけない……か」

「ええ」

 向かいのテーブル席で休憩をしていたシフォンとグノーシュが、他の団員達を交えながら

そう言葉を向けてくる。イセルナは頷いた。彼らやハロルド、幹部級の面々も、ここまで口

にする彼女に何か思い当たる節があったようだ。

 自分達の知る我らが団長は、いわゆる守銭奴という性格ではない。

 そんな彼女が、より多くの資金を必要と考えている。その理由となる懸案がある。

 即ち、それは──。

「皆。聞いて」

 スッと場の皆に振り直り、イセルナは言った。

 その言葉に団員一同が注目する。宿舎の方からぼちぼち酒盛りにと顔を出してきた残りの

団員達に加え、それまで店内の壁に背を預けていたリカルドもちらとその視線に倣う。

「知っての通り、私達クラン・ブルートバードはその規模を大きくしたわ。それはひとえに

ジークやアルス君を守る為。この先の戦いに備え、戦力を増強する為よ」

 コクと頷いた。皆分かっている。

 幹部が目を細めている。おそらく彼らは、次の言葉に察しがついている。

「確かに規模は大きくなった。そのお蔭で大都バベルロートの一件でも何とか王達を助け出し、皆で帰っ

て来ることが出来たわ。勿論、この街を守ってくれたハロルド達も」

 ハロルドが無言で、眼鏡のブリッジを押さえる。イセルナは言って、ばさりとマントを翻

すと、その場から立ち上がって皆を見渡した。

 沈黙。相棒ブルートが、彼女の肩に顕現した。清峰の町エバンスでの静養に出掛けたアルス達、フォーザリア

の慰霊式へ出発したジーク達を除き、今ここには大よその主要メンバー全員が揃っている。

「だけど、さっきも話したように今のホームじゃ、新しく増えた分の皆を抱え切れないわ。

個別に、或いは伯爵に融通して貰って、彼らの滞在先を確保している状況なの。その意味で

も伯爵には本当に感謝しているわ。でも……このままじゃいけない。何より対結社特務軍が

本格始動すれば、私達はもっと機動的な体制を余儀なくされることになる」

 それに……。イセルナは言いかけたが、まだこの場では話さなかった。

 しかし団員達は少なからず読み取る。一瞬、ほんの一瞬だが影が差すように苦笑わらった彼女

の横顔に、自分達は間違いなく“居た堪れなさ”の類をみたのだから。

 皆は待った。受け止めるつもりだった。

 だって自分達は団員だから。このクランのメンバーだから。

 だから団長かのじょの意思には、真摯な想いには、ついていこうと思う。

「──ホームをね、移そうと思うの」

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