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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-56.第二皇子(アルス)の夏休み
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56-(7) 二人の夜

「ふい~……。食った食った……」

 ルイスも加え、夜にはまたフィスター家でささやかながらも楽しい宴が行われた。

 最中ルーディは「あまり贅沢な物を用意できなくてごめんなさいね」と苦笑していたが、

アルスはとんでもないと微笑み返した。それが本心だった。

 むしろ心地良かった。

 貴族らしく贅を尽くした料理ともてなしよりも、むしろああいうアットホームな雰囲気の

食卓の方が、アルスにはずっと親しみも好感も持てる。何より彼女達の心遣いがしっかりと

感じられるそれに、敢えて文句をつけるほど自分は横柄ではない。

 故郷サンフェルノで過ごした、家族や村の皆との素朴な田舎暮らしの日々。

 梟響の街アウルベルツで過ごした、兄やクランの仲間達との和気藹々とした日々。

 此処は、似ている。そんな場所に。今までそうだったように、感じてきたように、自分が

安らぎと思える空間にこの一家は属していると思う。

「食べ過ぎだ。主賓ゲストを差し置いてバカバカと……」

「はは。いいんだよ、気にしないで。僕も楽しかったし。ルイス君も一緒だし」

「……だったらいいんだけど」

「そうそう。気にしない気にしない」

「お前は黙ってろ」

「あはは……」

 そんな夕食時も終わり、アルス達四人は二階のフィデロの部屋にいた。

 広めの和室。今は客人が来ているからか、襖も開けっ放して二部屋が一つにして使われて

いる。いつも通りのやり取りに戻った友人らに苦笑しつつ、アルスは敷いてある布団の上に

腰を下ろした。

 今日から暫く、自分達はここで寝泊りする。

 尤もリンファやイヨなどを除き、他の侍従達の多くは流石に入り切れないため、最寄に宿

を取ってあるのだが。

「? ねぇフィデロ君。これは何?」

「ん? ああそれか。図面だよ。うちの研究室ラボの、夏休み間の課題。休み中に一つ魔導具の

図面を引いてみろ、だってさ。一回生にはぶっちゃけ無茶だと思うんだがな」

「へぇ……」

 部屋の中を見渡していると、机の上に大きな図面紙が広げられていた。

 フィデロが答えるに魔導具の設計図だという。近付いて来て指先で撫で、どうやら中々形

に出来ないでいる事を苦笑いしている。

「そういうアルスの方はねぇのか? 課題。次の定期試験って休み明けだろ?」

「先輩達の話じゃ、青珠節(=九月)の試験は休み中の課題から出したり、課題自体で済ま

せる所が殆どだそうだからね。僕の所も、ほら。こんなに分厚い問題集」

「うわぁ……」

「……大変だな。お前のとこも」

 そしてフィデロから、言って鞄の中からエマ手製の問題集を取り出してみせたルイスに訊

ねられ、アルスはう~んと口元を撫でた。

 休み中の課題。次の定期試験。研究室ラボでのやり取りの記憶が蘇る。


『あ? 休み中の宿題?』

『そういやそうだったな。お前が来るまで生徒が居なかったから、用意だの何だのってこと

すっかり忘れてたわ』

『まぁお前が希望すりゃあ、問題集でも何でも作れんでもないが……ぶっちゃけお前が優秀

なのはこれまで散々証明してるだろ? 繰り返したって時間の無駄なんだよなあ』

『なら休み明け、またオーエンと一戦ヤるか? これまでのデータで色々と改善点が見えてきた

からなあ。フフフ、今までのようにいくとは思うなよ?』


「……ホント自由だな。レイハウンド先生」

「まぁ、それだけアルス君の実力を評価してるって事さ。僕らも恥じぬよう、頑張らないと

ね。フィデロ?」

「ういうい。分かってますよ~」

 友らは改めて苦笑し、そして微笑ましくやり取りを交わしていた。

 アルスも微笑わらう。確かに一口に研究室ラボと言っても、その内実は担当教官によって十人十色

な面がある。

「……だがまぁ、先ずは羽伸ばしだ。うちまで帰って来た目的はアルスに元気になって貰う

事だからな。明日から覚悟しとけよ? これでもかってくらい楽しませてやる」

「いや、療養させろよ」

「あははは」

 ドヤ顔と間髪入れずにねじ込まれるツッコミ。アルスはまた微笑わらった。

 良い友に出会えた。甘え過ぎるかもしれないけれど、厚意で貰えた夏休み。

 せめて今を目一杯楽しもう……。

 友に囲まれ、改めてそう、アルスは夜長に想う。


「──じゃあ、行って来る」

 時を同じくして、旅支度を整えたジークは夜の空港ポートにいた。

 同伴するのは他に十数人。リュカとサフレ、マルタにオズ。クラン側代表としてマーフィ

父娘と、加えてジークの側に残っていた侍従達。

 イセルナ達が見送りに来てくれていた。夜のターミナルも相応に騒がしい。だが既に日が

落ちた所為もあり、心なしか肌に伝わる空気は、外気の寒さとターミナル内の生温い空調が

入り混じった何とも息詰まりしそうなものに感じられる。

「気を付けてね。向こうも万全を期してはくれている筈だけど」

「ええ。分かってます。でも、俺がやるべき事は……変わりませんから」

「……」

 イセルナの心配。ジークの抱いた決心。それらを見比べながら、仲間達が押し黙って戸惑

っている。これから向かう場所。そこはある意味、彼が最も訪れては拙い場所だった。

 フォーザリア慰霊式。

 先の鉱山爆発事件で犠牲になった人々を、統務院が中心となって公式に弔い、悼む催しが

近日執り行われることになったのだ。

 当然、事件当時そこに居た、奇しくも生還したジーク達も招待された。もう一度きちんと

手を合わせたいと願っていたジークにとっては断るべくもない誘いだった。

 だが、平穏無事に終わるだろうか? それがイセルナ以下仲間達の正直な本音だった。

 今回が彼にとっての初めての公務という事もある。

 しかしそれ以上に、今の彼に、事件の一端を担った現実は……酷ではないのか。

『お客様にご案内申し上げます。二十二大刻ディクロ・十三小刻スィクロ発オルタヴェネク行の便をご利用の

お客様。間もなく離陸致します。まだ搭乗なされていない場合は速やかにお席にお急ぎくだ

さい──』

 しかし引き留める時間はなかった。程なく館内アナウンスと端末な運行掲示板に、次の各

便を報せる音声・表示が現れる。

「じゃあ、そろそろ行くか。ジーク」

「はい」

 まぁ大丈夫だろ……。ポンとジークの肩を叩き、ダンがそう眼でイセルナ達に語り掛けて

来た。渋々、だが仕方なく彼女達は頷く。レナやステラも心配そうだ。想い人に友、彼らが

また平穏無事に帰って来ることを切に願う。

 ゆっくりと踵を返し、ジーク達は歩き始めた。ターミナルの各所にある搭乗口から人の波

に揉まれていって、やがてその姿は見えなくなる。仲間達はその後も暫く、彼らを見送り、

その場に佇み続けていた。


(……もう一度、あの場所へ)

 眉根を寄せ、その身に走る緊張。着席し、混雑する機内。そして──飛翔。

 この夜、ジーク達を乗せた飛行艇は、予定通り粛々と夜闇の空へと飛び立ったのだった。

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