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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-56.第二皇子(アルス)の夏休み
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56-(4) 残党討伐・序

 それはアルス達が出発した後の昼下がりのこと。

 午前中に軽く便利屋畑の依頼をこなし、一度クランに戻って昼食を摂った後、シフォンと

クレア、そして何人かの団員達は再び支部ギルドに顔を出していた。

 ギルド内は、朝方に比べれば半分ほどに人の入りは減っている。

 それでも依頼を探す者、託そうとしている者、或いは達成の報告に来た者や特にそうでも

なく談笑している者など。

 掲示板上か導信網マギネット上かを問わず、ここには相変わらず業界人らの醸し出す“荒くれ者”な

空気が満ちている。

「あ、剣聖さんだ」

「えっ?」

 そうして中に入りながらぐるりと人々を見渡していると、ふと隣にいたクレアが言った。

 シフォンは小さく驚き、この従妹が指差す方を見て──やはり立ちぼうける。

『……』

 剣聖リオがいた。

 いつもの深く黒いヤクランを羽織り、腰に太刀を一本。当代最強の剣客と呼ばれて久しい

その当人が、今この街のギルドにてじっと掲示板に張られた依頼書類らを見つめている。

「な、何でこんな所に」

「そりゃあ……依頼探しに来たんじゃねぇの? 七星っつっても冒険者どうぎょうしゃな訳だから」

 団員達も戸惑っていた。そしてリオが立っている、その周囲からサーッと退くように他の

居合わせた冒険者達も、心持ち間合いを取ったまま困惑の表情を浮かべている。

「リオさん」

 なので、彼らから「おい。どうすんだよ」と一斉に視線を向けられたこともあって、仕方

なくシフォンは皆を代表して彼に話し掛けてみることにした。

 ゆたり。黒ヤクランの袖を揺らし、当のリオは何食わぬ顔でこちらに振り返る。

「ああ、ユーティリアの。どうした」

「どうしたって……。依頼をお探しですか? 七星が、直々に」

「路銀が少なくなってきたんでな。だがやはり昼は目ぼしい依頼ものは少ないようだ。朝の内に

割のいいものが売れていくのは、何処の支部ギルドでも同じらしい」

 はあ。シフォンは苦笑する他なかった。

 分かり切っている事だが、別に彼はこの街の同業者を如何こうするつもりなど無い訳で。

 されどその世界に知れた名声から、どうしても皆が萎縮してしまう。

「お困りでしたら、うちのホームにられればいいですのに」

「……そうはいかんさ。お前も幹部の一人なら解っている筈だ。色々と大変な時期だろう?

余所者の俺に構う余裕は持ち合わせていない筈だがな」

 故にそう言われて、シフォン達はぐうの音も出ない。

 おそらくは遠回しな遠慮なのだろう。或いは彼なりのけじめ、もしくは群れるのが苦手と

云われる彼自身の性分故か。

「お前達も見繕いに来たんだろう? さっさと探せ。俺に越されても知らんぞ」

「は、はい……」

 なので剣聖と横並びになって掲示板から依頼を探す。そんな奇妙な構図になった。

 特に何か別な意図がある訳ではない──それが分かって他の冒険者達も少しずつ何時もの

様子に戻っていくが、それでも如何せん硬さは抜けない。

「そう言えば、アルスが静養なつやすみだそうだな。身体は平気なのか?」

「はい。お陰さまで回復はしています。でも、元々友人達と約束してたこともあり、折角の

機会だからと」

「そうか」

「ジークも、クランに戻って来た事で今後公務に加わることになるでしょう。今朝もこっち

に残った侍従達にあれこれ指南されて、四苦八苦していましたよ」

「だろうな」

「……」

 間が、持たなかった。

 シフォンは残る依頼書類に一つ一つ目を通しながら、そうここ数日の様子を交えて会話し

ようとしたのだが、対するリオの方は最初の訊ねを覗き最低限の言の葉。次に繋がらない。

 確かに雑談をしに来た訳ではないが……ないが、やっぱり慣れない。

「中々良いのがありませんね」

「そうだな。賊の一つでも出てくれれば手っ取り早いんだが」

「さらっと恐ろしい事言いますね……」

 ──ちょうど、そんな時だったのだ。

 それまで多少のざわめきはあったものの、リオの存在が故に大人しかったギルドに、突然

転がり込んでくる者が現れた。

 一人は土埃で汚れた、何処ぞの村人風な男性。

 そしてそんな彼に付き添うように、軍服姿の守備隊員が数名、同伴している。

「? 何だぁ?」

「困るぜ隊員さんよ。ここは冒険者おれたちの縄張りだ」

「ああ、分かっている。だがそれ所ではなくてね」

「たっ……助けてください! う、うちの村に“結社”が出たんです!」

 故に、この闖入者に睨みを利かせ始めた場の冒険者達の表情がにわかに険しくなった。

 まさか。先日の、あの忌々しい防衛戦が記憶に蘇る。ギルド内のざわめきは本格的な不安

へと変わり、受付にいた職員らも巻き込んで皆がこの村人の男を囲み、詰め寄る。

「“結社”って……マジかよ?」

「襲われたってのか。まだダメージも消えきってねぇこの時期に……」

「は、はい。一週間ほど前、村に奴らを名乗る一団が。魔人メアはいませんでしたが、どのみち

自分達では太刀打ちできません。それからというもの、村は奴らにやりたい放題されていて……」

 ぐすっ。男は汚れた顔を拭いながら泣いていた。

 守備隊員らが補足する。どうやら彼は、必死の思いで村から抜け出し、この窮状を最寄の

詰め所が在るここ梟響の街アウルベルツにまで伝えに来たらしい。

「お願いします! 村を助けてください! 金は、多くはありませんが、必ず……!」

 男が懇願する。だが場の面々が総じて快諾しなかったのは、何も金額の問題ではない。

 言わずもがな、相手が“結社”だからだ。話をなぞる限り本物な否かから確認する必要が

ありそうだったが、万が一の場合、そのリスクは何百・何千倍にも跳ね上がる。

「──おいおい。ビビってんじゃねーよ」

 そんな時だった。ふと地を這うような哄笑が皆の耳に届いた。

 みれば談話スペースの奥、テーブル席の一角を囲んで、見覚えのある面子がこちらを不敵

に見つめている。

 バラクだった。

 キリエ・ロスタム・ヒューイら幹部達。そこには彼らを含めた、クラン・サンドゴディマ

の面々が勢揃いしていたのである。

「“毒蛇”の……!」

「び、ビビッてなんか。でも、万が一って場合もあるだろ。慎重になった方がいい」

「じゃあそいつを見捨てるのか? 面白そうじゃねぇか。あの時と格は落ちるだろうが、奴

らにリベンジできる絶好のチャンスだとは思わねぇか?」

 立ち上がり、こちらに歩いてくるバラク達。冒険者らは、その言葉に口篭った。

 巧いな。それまで様子を見ていたシフォンは思う。これまでの付き合いからして、彼は今

皆を挑発──誘導しているだ。二度三度“結社”に蹂躙された恐怖を辛酸に変えさせ、感情

の側から彼らを団結させようと企んでいる。

「守備隊。お前らが連れて来たって事は、そっちじゃ手一杯って訳か?」

「……ああ、そうだ。撃退したとはいえ、まだ結社やつらへの警戒を解くには時期が早過ぎる。悪い

が街の兵力を大きく割くのは難しい。今隊長達が、執政館へ事情を話しに向かってくれて

はいるがな……。頼めないか?」

 渋々。だけども守備隊せいきぐん冒険者あらくれが手を組める事自体、かつてのこの街ではあり得なかった

だろう。

 隊員らは改めて請うた。そして執政館──アウルベ伯が出て来たのを聞き、バラクはにま

りと口角を吊り上げて笑う。

「いいぜ。その依頼、受けてやる。但し追加手当は貰うぞ? 守備隊ないし執政館から仲介

の依頼って事でいいよな?」

 守備隊員らは互いに顔を見合わせて確認していたようだが、程なくして頷いた。

 決まりだ。バラクがぱちんと指を鳴らす。部下達が動く。

 それを、シフォン達やリオは遠巻きに眺めている。

「……ならば、俺も行こう。本当にその者達が“結社”なら、並の兵力では太刀打ちできん

からな」

「け、剣聖?」

「マジですか!? よ、よし。それら俺達も! あんたがいれば百人力だぁ!」

 故に、この遠征にリオが志願した時には、場の冒険者達が一気に沸き立った。

 七星が一人・剣聖。その実力は折り紙つき。何よりもあの時、その圧倒的な強さは自分達

の目の前で披露済みでもある。

「お~……。何だか盛り上がってきたねえ」

「さてはリオさん、待ってたな。やれやれ。これは僕らも加わるっきゃないね」

 かくして急遽、結社(自称)への遠征軍が組織される運びとなった。シフォンらブルート

バードも、成り行きとこれまでの関わりから、これに加わる事を決める。

 け、剣聖!? ま、まさか、貴方があの……?

 ついでに言うと、件の村人はあまりの驚きと嬉しさにぼろぼろと泣き出していた。

 嗚呼、神様! 有難うございます……っ! 文字通り手を組んで跪き、天を仰ぐが如く。

 そんな彼に、リオはそっと目線を合わせるように屈むと、問う。

「さて御仁。もっと詳しい話を聞かせてくれ」

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