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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-55.団員達(かぞく)の帰還と廻る歯車(後編)
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55-(7) 次なる一歩(プラン)

『何だよ、宴やってんのか? くっそ。なら今日出なきゃ良かったじゃんかよ~』

「痺れを切らしたのは貴方でしょう? 大体、毎日のように飲んでるじゃない……」

 受話筒を耳と肩の間に抱え、イセルナは苦笑していた。

 導話の向こうでは、無事依頼主と荷馬車ごと目的の街に着き、現地で一晩の宿を取ってい

るダンの、そんな悔しそうな微笑ましい声が聞こえてくる。

 二人は暫し、何度かやり取りをしてから通話を切った。

 今日一日の進捗、何よりも道中での商人が話していたという“結社”の魔人メア──十中八九

クロムに対する憎悪、その萌芽が既に顕れ始めているのではないか? という点。

 酒場の受話筒を下ろし、イセルナは一人静かにため息をついていた。

 カウンター越しの向こう、貸切状態の現在。そこには車椅子に座ったアルスと、彼を囲ん

でご馳走の数々を並べてみせているジーク以下仲間達の姿がある。

「じゃあ、帰還祝いとアルスの回復を願って……乾杯!」

『乾杯~!』

 皆々お互いに合わせたグラス。今夜はクランの酒場を貸切にした宴だった。

 ジークの音頭で始まるそれ。一日遅れの帰還祝いと、倒れたアルスに早く元気になって貰

おうと皆で丹精込めた料理の数々を。

 そんな心遣いにアルスは静かにはにかんでいた。中空のエトナと、車椅子の取っ手を握る

ミアから自分の分のグラス(但し酒ではなくジュースだ)を受け取り、控え目にその輪の中

に交じる。場にはフィデロとルイスもいた。何でも昼間、リンファがわざわざ下宿先まで赴

いて招待してくれたのだという。そしてイセルナもやがてフッと頬を緩め、肩にブルートを

連れると、その中に加わっていく。

「……どう? 基本さっぱりめに仕上げたつもりだけど」

「はい。凄く美味しいです。僕の為に……。本当、ありがとうございました」

「そんな。気にしなくていいんですよ? その、私達も得るものはありましたし……」

「そうそう、仲間だからね。気兼ねして無理に食べたりもしなくていいからね? それなら

それで、私達で楽しむから」

「……ったく。導話の後にぶっ倒れてたって聞いた時はどうなるかと思ったんだぜ? まぁ

思ったよりピンピンしてて安心したよ。今日は呼んでくれてありがとな?」

 だからこそ、今宵は代替だとアルスは思っていた。

 一日遅れの帰還祝いと、自身の回復願い、そしてきっと……お流れになるであろう友人達

との夏休み。

 宴は、楽しい時間はあっという間に進んでいく。料理も皆で次々に消化し、酒場内には暫

くぶりの笑い声が満ちた。アルスは微笑む。中身が少なくなってきたグラスをくるくると弄

びながら、今はただこの一時を愛そうと思う。

「あの~……皆さん。少しよろしいでしょうか?」

 そんな時だった。気付けば皆の輪の正面にイヨが乗り出し、リンファもそれに続く格好で

寄り添おうとしている。

 兄達が「何だ?」と彼女達を見遣っていた。

 だが気のせいだろうか。ふと見れば、同じ反応であろう筈の友人二人が、不思議と神妙な

様子になっているようにもみえる。

「実はここで一つ、皆さんにお話があります。他でもない、アルス様の今後についてです」

「これは侍従衆やイセルナ達と話し合ったことなんだがな……。当面、アルス様の公務全般

をキャンセルしようと思う」

 ジーク達が互いの顔を見合わせた。だがそれは彼が倒れた時から予想はついていた筈で、

ざわめきそれ自体は程なくして皆々の中から退いていく。

「そりゃあ仕方ねえさ。俺達も分かってる。でも、別にここで言うことじゃ──」

「いえ。この場だからこそ、言わなければならないんですよ」

 珍しくあたふたとしないイヨの微笑みに、ジークの片眉が上がった。

 その視線が、ちらりとこちらを見遣ってくる。アルスもまた、何のつもりだろうと頭に疑

問符であった。

「公務は当面キャンセル致します。ですがその代わり、アルス様にはたっぷりとご静養を取

っていただこうと考えています。そう──清峰の町エバンスで」

「っ!?」

 故に理解した。次の瞬間、イヨが言葉の続きを口にした時、アルスは宴の途中に彼女達が

割って入ったの理由も、フィデロとルイスがこの場に招待された理由も、理解した。

 彼女達は伝えたかったのだ。

 精一杯の、彼女達から自分へのプレゼントを……。

「イセルナさんには既にお話し済みです。フィスター君とヴェルホーク君にも先日導話し、

今日の昼間リンが直接お家に赴いて趣旨を説明して来ました」

「アルス様が二人と夏休みを過ごされる話は以前よりあったからね。ならばちょうどいいと

思ったんだ。約束も果たせる、親しくしている学友らの案内なら私達も心配は減る。なので

昼間、正式に二人に打診したんだ。二人とも、快く引き受けてくれたよ」

「──」

 揺らぐ両の目。ゆっくりと親友二人の方を見ると、アルスは彼らから満面の笑みのサムズ

アップと、静かな微笑による頷きを得た。

 ごくりと息を呑む。わさわさと、膝の上で両手を揉む。

「ま、そういう訳だ。ちょっぴりのサプライズって奴さ」

「勿論、アルス君がオッケーと言ってくれるなら、だけどね?」

 イセルナや兄、クランの仲間達。

 イヨにリンファ、侍従の皆。

 そして何より、そう言って手を伸ばしてくるかのような我が友ら。

「……うんっ、勿論だよ。ありがとう! 皆、本当にありがとう!」

 はらり、涙が伝う。兄がフィデロが相棒が、笑いながら小突いてくる。仲間達が、そんな

自分を優しく取り囲んでくれている。

「ありがとう……」

 呟くような声。

 この日の夜、アルスは久しぶりに心の底から笑えたような気がした。

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