8-(0) 女傑の護り人
世界規模の商業ギルド・全陸財友会。
各地に設けられた支店は通称「財友館」と呼ばれ、金品の倉庫業や投資窓口、導話などの
インフラの代行サービスといった様々な業務を提供している。
「じゃあ、イセルナ」
「ええ。見張ってるからごゆるりと」
そして此処アウルベルツにも、勿論財友館は設けられている。
イセルナはリンファを病院へ連れて行ったその帰り道、通りの一角にある同支店へと立ち
寄ると、導話を掛けたいという彼女に付き添っていた。
ずらっと壁際に設置され、防音の個室式となっているブース。
その中にリンファが入ったのを確認し、イセルナはドアを閉めてその前に背を預ける。
「……」
一度ちらりと遮音壁で囲まれた周囲を見渡して。
リンファは目の前の導話に手を掛けた。
指先が覚えた番号──少なくとも今までに何度も掛けた事のあるその向こう側の人物へと
発信を始める。
『は~い、もしもし? レノヴィンです』
やがて導話の向こうから応対したのは、一人の女性の声だった。
「……お久しぶりです。リンファです」
『あら、久しぶり。どうかした? 定期の連絡はまだ日があった筈だけど……?」
優しい穏やかな声色。
その声にフッとと頬を緩ませかけたリンファだったが、すぐにそれを自戒するように引き
締めると、真剣な表情を──相手への“最大級の敬意を込めた態度”を保っていた。
リンファの名を聞いて、向こう側の彼女も一抹の硬さをすぐに解いていた。
だが当のリンファ本人は、そんな彼女の優しい声色に対して、あくまで冷静に振る舞いな
がら告げる。
「──“護皇六華”の封印が解けました」
衝撃が導話越しに伝わってくるようだった。
それまでにこやかだった向こうの彼女が、その言葉を聞いた瞬間凍り付く。
ガタンと物音がするのが聞こえた。ややあって、己を宥めさせながらの声が返ってきた。
『それは、本当……なの?』
「はい。間違い御座いません。私もこの目で、間近で目撃しました。ただ解放は一時的なも
のだったようです。その場が収まった後は再び元の状態に戻っています」
『そうなの……。六華が……』
「……申し訳御座いません。切欠は私自身でした。私の、所為で」
『? どういう事?』
問い返す声に、リンファは先日の襲撃事件の詳細を話した。
ジークの刀を狙う者達が刺客を差し向けてきたこと。その交戦の最中に自身の負傷が切欠
で封印が一時的に解ける事態を招いたこと。そして、その刺客だった者──サフレとマルタ
をイセルナの提案により自分達の懐で抱える事になったこと。
導話の向こうで、彼女は暫く黙り頷いていたようだった。
淡々と報告をしながらも、その苦悩は察するに余りある。リンファもまた、内心でこれか
らの彼らに降りかかるであろう受難を思うと胸が痛んだ。
『息子達は、どうしてるの?』
「ジーク様はシフォンと共に、サフレとマルタをクランメンバーに申請するべくギルドに向
かったそうです。アルス様はいつも通り学院に登校されたかと」
『そう……』
ため息が聞こえた。
何を思っているのだろう。自身故の禍根への後悔か、それとも息子達への憂慮か。
証拠がある訳ではないがおそらくは後者だろう。
リンファは思いもかけない再会を経てから今までに至るまでのやり取りの中で、彼女が今
や家族というささやかな幸せに寄り添って生きているのだと強く感じていた。
『ねぇ、リン。この事は』
「分かっております。最大限、私どもで事態を大きくしないよう努めるつもりです。それは
同時に私達の望みでもありますから。……ですが、お二人自身が気付き、追求を始めてしま
えばそれも何時まで続くかは」
『……そうね』
再び、今度はか細くため息が漏れる。
『仕方ないのかもしれない。どれだけ逃げても、私は私なんだもの……』
そして誰ともなく呟いたその言葉に、リンファは無言のまま居た堪れなくなる。
暫く二人は導話越しに黙っていた。もしかしたらこの場でこうして話している事自体が、
状況をより望まない方向に進めていってしまうのではないかと錯覚するようだったから。
それでも、向こう側の彼女──レノヴィン兄弟の母・シノブは気丈を装おうとしていた。
穏やかな声色を少し真剣なそれに軌道修正するようにして、ゆっくりと言う。
『お願いね、リン。どうかあの子達を……守ってあげて』
するとリンファは胸元に手を当てると、
「勿論です。……この命に代えてでも」
最敬礼で以ってその懇願に応えたのだった。