55-(6) 昼下がりの会談
「──?」
その時、ハロルドはとある店の中にいた。
先日ジーク達が訪れた甘味処である。和風──トナン等の風土に近しいそれに統一された
店内では、今日もまったりと菓子を摘まみながら談笑する客達が方々の席を埋め、穏やかな
賑わいをみせている。
「どうした?」
「……。いや、何でもない」
ハロルドはそんな店内の奥にある、宴会用の座敷席にいた。周りは木製の壁と襖で囲まれ
ており、外の物音が遠く感じられることから存外その気密性は高いらしい。
案内された部屋は貸切状態だった。既に対座するもう一人──リオを除きこの場には他に
誰もいない。一瞬、ハロルドは遠くに感じ取った既視感に店の外の方を見遣ったが、すぐに
荒立てては元も子もないと思い直し、改めてリオの対面に着く。
「しかし珍しいな。まさかお前からコンタクトを取ってくるとは思わなかった。ハロルド・
エルリッシュ。ブルートバードの参謀役……」
二人きりで話がある。そう突然精霊を介して伝えたというのに、当のリオは至極落ち着き
払っていた。
……いや、元々こういう性格か。
眼鏡のブリッジを押さえ、ハロルドはその第一声には応えずに終わる。
座敷部屋の中はしんと静かだった。店舗が建ち並ぶ通りの一角にあるとは思えない。
「それで? 何故俺を訪ねてきた? 一人ということはクランではなく、お前個人の懸案だ
と解釈するが」
「……」
ハロルドは尚、無言のまま目を伏せていた。改めて深く静かに呼吸を整える。
余分な世間話は要らない。彼も好まないだろう。ただ本題をぶつける、それだけだ。
「団員達から聞いた。昨日貴方はジーク達に“色”を臭わせる話をしたそうだね? 今のま
までは、次“結社”と戦った時、必ず大きな犠牲を払うことになる。足りないものがある。
自分はその正体を知っている……と」
切り出した。応えなかった。大人数が座れる筈の木のテーブルには、茶の一つもない。
暫しの沈黙が横たわっていた。リオの細めた目、ハロルドの窺う眼が交差する。
「……やはりそうか。クラン内で“使える”のは“紅猫”とお前だけのようだが、どうやら
ちゃんと“知って”いるのはお前一人だけらしい」
ふぅ。ようやくの吐息、呼吸。言ってリオはまたこの元神官を見た。
この場を自ら作った胆力、眼鏡の奥にある瞳。そこに見え隠れしているのは……。
「ああ、そうだ。貴方の言うそれと私の予測するそれが同じであるなら、私は予め貴方に強
く言っておかなければならない」
そしてハロルドが応え、動いたその所作に……リオは静かに目を見開いた。
頭を垂らされていた。両手をテーブルの上に広げて踏ん張り、彼はぐぐっとその頭をこち
らに下げて懇願してきたのである。
「──娘には絶対に教えないでくれ。ただ、それだけの頼みだ」




