表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-55.団員達(かぞく)の帰還と廻る歯車(後編)
338/434

55-(5) 想い、交錯し

『だだ、大丈夫ですの?!』

 イヨから「シ、シンシア様からです」と携行端末を渡された時点で嫌な予感がしたが、案

の定応答した瞬間、大音量で聞こえてきたのはそんな彼女の第一声だった。

「こらー! いきなり大声出さないでよ! 病人だって分かってるんでしょーが!」

「あはは……。もしもし、アルスです。お陰さまで何とか。まだ何日か安静にしてください

とは言われてますが」

『そうですの……。びっくりしましたわ、急に倒れただなんて聞いて……』

 大方セドさんから聞いたんだろうな。

 アルスはベッドに敷いた背もたれマットに寄り掛かりつつ、この導話の向こうの学友に苦

笑していた。

 時刻はお昼過ぎ。アルスは相変わらず自室で養生をしている。時折団員や侍従が様子を見

に来てくれてはいたが、如何せん寝っ放しなのは退屈だったのだ。声色からして酷く心配し

てくれたようだが、内心こうして連絡を寄越してくれるのはとても嬉しい。

「セドさんから、ですかね? イヨさんがあちこち導話して手を回してくれていたので」

『ええ。今朝ですわ。お父様も心配しておりましてよ? ……無茶を、し過ぎたのです』

「……そうですね」

 分かっている。気付いた時にはこんな体たらくになっていた訳だが。

 アルスは端末を耳に当てたまま、その微笑にフッと影を差した。

 自分に療養が必要になった──その旨の発表が近日中にもメディアへ為されるらしい。

 賢明な判断だと思う。ただひた隠しにして、事が意味もなく大きくなってしまうのは自分

も本意ではない。何より皆に迷惑が掛かるからだ。

 そのため、既にイヨさんやリンファさんによって、各地の仲間や盟友には先んじて第一報

が届けられている。

 ブレア先生に学院側、約束が守れそうにないよごめんねと、フィデロ君とルイス君に。何

よりも父さんと母さんにだ。

 イヨさんの機転で、慌ててこちらに舞い戻らず、先ずは村での墓参りと帰省を済ませて来

てくださいと進言したそうだが……やはりまた一つ心配を掛けてしまったのだろう。我なが

ら情けない。

「本当に……わざわざありがとうございます」

『そ、そんな。当たり前の事……ですわ』

 故に、そう導話の向こうで彼女が照れるのも、アルスの意識には届いていない。

 改めて、何処か他人事のように繰り返す。原因は過労とのこと、栄養剤も打って貰ったし

数日も寝ていれば回復するとのこと、だからそう事を荒立てなくてもいい──貴女の皆の、

それぞれの今を優先して欲しいという思いと。

「ま、大丈夫よ。昨夜だってミアが付きっきりで看てくれていたしね。あんたはそっちでお

嬢様をやってればいいわ」

『み、ミア・マーフィが!? ど、どういう事? 付きっきりなんて羨──破廉恥な!』

「……?? 言葉の通りですよ? 夜中に一度起きたんですが、その時におしぼりと水を貰

いました。流石に今は、疲れて部屋で眠っているみたいですけど」

 そ、そうじゃなくてぇ……! 導話の向こうで、シンシアは何やらのたうち煩悶している

ようだった。アルスは一度端末から耳を離し、頭に疑問符を浮かべる。その後ろでにやにや

としたり顔をしている相棒には……気付かない。

『と、とにかく……。災難でしたわね。今はゆっくり休んでくださいませ。ああでも、確か

フィスターやヴェルホークと遊びに行くという話をしていたような……?』

「ええ。そうなんですよ。夏休みに、二人の故郷に遊びに行く予定だったんですが……僕が

こうなってしまってはお流れでしょうね」

 アルスは素直に残念そうに苦笑する。自嘲する。

 そういえばあの時、次いでリンファさんが何か二人と話していたようだったけど……?


「~♪」

 時を前後して、ジークは梟響の街アウルベルツの商店街を歩いていた。

 その隣にいるのは、妙に上機嫌なレナ。手に買い物篭を提げたその横顔はほんのりと朱く

染まっている。

『ねぇねぇ、ジーク。暇、なんだよね?』

 そもそもの切欠は今朝のあの時だ。ダンにもミアにも“休め”と窘められた挙句、有名税

で安易に外出する訳にもいかない自分に、ステラ達がとある頼みごとをしてきたのが始まり

だった。

『買い物に行こうよ。アルスに美味しいもの作ってあげて、元気になって貰おうと思って』

 だから最初あまり疑わなかった。あいつに元気になって欲しいのは、兄として仲間として

自分も同じ思いだったからだ。

(……なのに)

 いざ蓋を開けてみればどうだ。

 商店街に着くとステラもクレアも、手分けして材料を買おうと言い出して何処かに行って

しまうし、にも拘らず残されたレナはほくほくと自分の隣を歩いている。

 案の定、皆の視線はあった。皇子だからの、彼女を連れているからだの、その「好奇」の

理由は色々あるのだろうけど。

 だが侍従達が何も文句を言ってこなかったという事は……近くに護衛役がいるのだろう。

 リンさんか、或いは。

 気配を探ってみれば四方に数人、妥当な数だろう。今日は大人しく目くじらを立てず、ゆ

ったりとオフを過ごした方が無難であるらしい。

「にしても……俺でよかったのか? 料理ならハロルドさんとか、もっと詳しい面子もいる

たろうに」

「それは……。皇国トナンの内乱の後、ジークさんと中々会えなかったから。それに加えて大都バベルロート

じゃ、あんな危ない目にも遭って……私……」

「……」

 だから何気なく振ったその質問の答えが返ってきて、ジークの頭の中は一瞬眩しい光を受

けたかのように真っ白になる。

「そっか……」

 はにかんだ彼女の表情。先程から上機嫌であった意味。

 自身の首筋をポリポリと掻きながら、ジークは小っ恥ずかしくなってつい視線が逸れる。

 あの旅で得たもの、失ったもの。

 それだけではなかったのだ。置いて来たもの──傍に在った筈のものも、在った。

「ごめんな、勝手な真似して。確かにお前らのことなんて、放ったらかしだった」

「そ、そんな。頭を上げてください。仕方のないことです。私の、我が侭じゃないですか」

 歩きながら、でもジーク頭を垂れて謝った。するとレナは、その性格からかつい恐縮して

しまい、結果暫く二人はお互いに謝り合う格好になる。

「……まぁあれだ。どちらにしろいい気分転換だよ。何処かに出掛けようがギルドに行こう

が、俺一人じゃ周りの眼が鬱陶し過ぎるからなぁ。お前らがついて来てくれてそれも多少な

りとは和らいでる」

「そ、そうですか?」

「ああ。もう以前みたいな暮らしは無理だろうからなぁ。なまじ有名になっちまったもんだ

からやりにくいよ。アルスが寝込──疲れるのも分かるな。あいつ、こんなプレッシャーの

中でずっと公務と学生を行ったり来たりしてたんだな」

 そうですね……。レナは握った手同士を揉み揉みし、静かに目を細めていた。

 一見、これまでと変わらないように見える街の息遣い。しかしその中には今も、隙間を縫

うようにして自分達を「特別」に見てくる者達の視線が在る。

「俺も近い将来、アルスみたいに公務に出なきゃいけなくなるのかねぇ……? 性に合う気

がまるでしねぇんだが」

 ジークは苦笑いしながらごちた。

 それはともかく、先ず自分が望むのはイヨさんに頼んでいる“アレ”だが……。

「ま、いずれ“結社”の連中もまた動き出す筈だ。そこからが正念場だな」

「……」

 だからつい内々の思考が勝り、そんな言葉が衝いて出てしまった。

 言って数拍。ハッと我に返って隣を見ると、しょんぼりとしたレナの顔。

「あああ! 悪い、悪かった! もうクランを離れたりはしねぇから! と、とにかく買い

物を済ましちまうぜ? なっ?」

 ジークは慌てて、そんな連れの彼女を宥め始める。


「……ふむふむ。いい感じね。ま、元の女子力スペックが高いんだからあとは押してく度胸だけの話

ではあったんだけど」

 そうした二人の様子を、ステラとクレアは遠くの物陰から観察していた。

 周りの通行人がちらちらと目を遣るが関わりもしない中、二人の少女は満足げに何度も頷

いている。

「最初の計画よていとは随分違っちゃったけど、結果オーライだね。ミアもミアでばっちりポイント

稼いだみたいだし」

 それは言わずもがな、アルスの突然のダウンのことだ。

 当初ステラ達は別の名目をつけてジークとレナ、アルスとミアを二人きりの外出──事実

上のデートに誘導するつもりだった。

 とにかく、アピールが足りない。

 恥ずかしいと頬を染めて引け腰になるのは分からなくもないけれど、先日も言い含めたよ

うにチャンスはそう多くはないのだ。まだ(表面上)穏やかなこの一時にこそ、より親密に

なれるよう、魅力を押していくべきなのだと思う。

「それにしても……意外だったなあ。まさかリンファさん達が協力してくれるなんて」

 なので、現在順調なさまを確認してから、二人は自身らの背後を。そこには何気なく、気

配を消して待機しているリンファの姿があった。

 ステラにとっては、思わぬ計算外だった。

 てっきり警備の都合上、彼女はそう、ホイホイと皇子達ふたりの外出を歓迎するとは思っていな

かったのだが……。

「確かにね。でもこれでも合理的な判断のつもりだよ? 現状、リオ様が統務院に爵位の返

還を請求していない以上、ジーク様とアルス様は確実に陛下の跡目を継ぐお方だ。となれば

その伴侶も必要だろう? 何せ女傑族アマゾネス──女性に力がある民だからね。これは個人的な考え

かもしれないが、もしそうだとしてお二人が誰かを選ぶのであれば、何処の馬の骨とも知らぬ

相手よりは、まだ仲間内の女性を選んでいただけた方が安心だ。少なくとも彼女とは付き合い

も長い。少々控え目過ぎるきらいはあるが、信頼できるだよ」

 故に二人に、リンファはそう微笑みをみせて言った。なるほど……。二人はコクコクと何

度も頷いている。

 尤も最大の問題はジーク(とアルス)当人にその気があるかどうか、だが。

「しかしステラ。いいのかい? これは恋敵ライバルに塩を送る行為だと思うんだが」

「ああ……そのことなら」

 すると今度はリンファがステラに訊ねてきた。想いなどとうに見透かされている、その上

で、多分同じ女性として。

 黒味がかった銀髪が揺れる。ステラは、フッと静かに自嘲わらっていた。

「……だって、私は魔人メアだから。もしジークが傍に居ていいよって言ってくれても魔人メアは子供

を産めない。この身体になった時、お腹の中もとうに別物になっちゃってるから。リンファさん

の言うように世継ぎが必要になるなら、私は不適格だよ。王妃にはなれない。だから応援

するの。幸か不幸か、親友が自分と同じ人を好きになった。応援するしか……ないじゃない」

「ステラ……」

 無理に笑っているんだと解った。故にクレアは居た堪れない気持ちになった。

 しかしリンファはじっとそんな彼女を見つめている。だがややあって、彼女はフッと神妙

に結んでいたその唇と表情を解く。

「そうかそうか。まさかと思ったが、やはりステラもジーク様を好いていたのだな」

「え……?」

 ポカンとするステラ当人、及びクレア。

 だが程なくして彼女達は悟った。それは彼女なりの確認で、返ってくるであろう理由に慰

みを与える為の布石だったのだと。

「……わ、分かってて協力してくれたんじゃないんですか!?」

「うん? どうだったかな。協力するとは言ったが」

「リンファさ~ん?!」

 ばたばた。ステラがにわかに顔を真っ赤にして、リンファの身体にその両拳をぶつけ始め

ていた。当のリンファは微笑わらっている。ステラが涙目になっている。急な展開に、クレアが

「わわっ……! あんまり大きな声出したらバレちゃうよ~!」と二人を止めようとするが、

ままならない。

 一方で向こうのジークとレナは、いい雰囲気で買い物デートを続けていた。

 顔見知りの商人と出会うと「アルスの労をねぎらって、何か美味いもんでも食わせてやり

たくてな」とのオブラートな説明。商人もその心意気に賛同し、通常よりも多めにサービス

してくれる。

「武官長」

「ああ。後は任せたよ」

 そして、ステラの反撃が一通り収まったのを見計らって、別の物陰から侍従の兵と思しき

何人かがリンファ達の前に姿をみせた。

「? 何処かに行かれるんですか?」

「ああ。ちょっと別件がね」

 交代するように部下達に尾行げんばを任せ、問われる声。

 リンファは去り際に答えると、そう真面目に優しく微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ