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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-55.団員達(かぞく)の帰還と廻る歯車(後編)
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55-(3) 庶民感情

 まるであの事件が嘘だったかのように、見上げる空は青々と晴れ、そして汗ばむ。

 梟響の街アウルベルツ郊外に延びる街道、他の町村へと続く道。ダンとグノーシュ、そして数人の団員

達は、今回の依頼主たる商人の荷馬車に同乗していた。

 依頼内容は至ってスタンダードだ。この荷馬車──商人と商品の護衛である。

 車内に空けてもらったスペースに陣取り、ダン達はゴロゴロと鳴る轍の音と、揺らされる

己の身を感じながら、この午前の一時を過ごしている。

「──いやぁ。まさか“あの”ブルートバードに護衛していただけるとは。これほど心強い

味方はおりませんな!」

 一方で対する商人いらいぬしはと言うと、終始上機嫌だった。こちらはもっと気楽に済ませたいのに、

事あるごとに御者席から話し掛けてくる。

 それは十中八九、自分達が大都バベルロートから人々を救った“英雄”であるという認識が故のこと

なのだろう。だが……昨夜の一件も重なって、正直鬱陶しい。

「映像器で見ておりましたよ。何でも“結社”の魔人メアと一対一でやり合ったとか」

「……ああ。一応な」

 忘れる訳がない。だが決して彼のように興奮して語るようなことではない。

 グノーシュは荷の奥でじっと腕を組んで俯いており、念の為にと連れて来た団員達にも辟

易の表情かおが見て取れる。

 ダンは荷馬車の縁から顔と半身を出し、なりゆきのままこの商人の語り相手になってやっ

ていた。腐ってもプロだ、流石に馬の操作を誤ることはしないだろうが……あんたも自分の

仕事に集中すればどうなんだ?

「それでですね? そのブルートバードご当人だからこそ訊きたい事があるんですが」

「うん?」

「人伝に聞いた話なんですが、何でもあの戦いで、統務院が“結社”の魔人メアを捕まえたらしい

んですよ。実際の所……どうなんですかね? 本当だとしたら、やっぱり処刑になるんで

しょう?」

『……』

 だからこそ、はたと一方的な言葉達の中にそれが出てきた時、ダン達は思わず無言なまま

に内心緊張していた。

 ヒトの口に戸は立てられぬという奴か。

 確かまだ、統務院は正式な発表はしていない筈だが……。

(捕まえた……ねぇ)

 幌の中の相棒と部下達を見遣り、ダンは安易な返答を控えた。

 なるほど。やはり奴らは自らの面子の為に事実を捻じ曲げようとしているらしい。

 事実病院であのとき自分は見ているのだ。統務院の兵らが、大まかな治療を済ませたその魔人メア──

クロムを連行していく所を。

 他に捕らえたという話は聞いていない。奴らが隠していないなら、そもそも公表前に世間

に漏れ始めている状態からして、おそらく彼のことで間違いないだろう。

「これまで散々世の中を掻き回して来たんだ。当然の報いですよ。私だって、奴らの所為で

どれだけ商売に支障をきたしてきたことか……」

 ふんむ。そう商人は、やはり一方的に語って鼻息を荒くしている。ダン達は改めて暗澹と

した心地にならざるを得なかった。

 分かっている。これが“普通”の──庶民の感覚なのだろう。

 だが実際にあの苦悩する破戒僧と出会い、刃を交え、その決意を自己犠牲的に走った反転

を知っているからこそ、一同は決してこの商人に賛同することはできなかった。

 ……恐ろしい。

 予想していなかった訳ではない。事実、結社かれらは世界の憎まれ役だ。

 だがそれは、彼らも同じく自分達セカイにということ。連中個々人の事情まで詳しく知っ

ている訳ではないが、その憎しみの眼は本物だった。

 なのにただ、彼らを嬉々として「処刑」すべきと言ってしまえる“普通”の感性に、ダン

達はやはり寒々しいものを感じずにはいられない。やり切れない。

「一体何処にいるんでしょうねぇ? 多分牢屋だとは思うんですが。統務院おかみも特に言及して

いる訳ではありませんし……」

「……そうだな。むしろ俺達が知りたいくらいだよ」

 えっ? 商人が一瞬怪訝な視線を向けたが、ダンは努めて視線を逸らして無視し、はぐら

かす事にした。ガタガタ、車輪が道の轍を作りながら回り続けている。いい天気だ。まるで

気鬱になった自分達を哂うかのように。

 これ以上付き合っていたらボロが出かねん……。

 そう思い、内心理由をつけて、ダンは幌の中に戻ろうとしたのだが。

「──ッ!? マーフィさん、皆さん! ぞ、賊です!」

 突如、荷馬車が急ブレーキを掛けた。御者台の方で商人が悲鳴を上げる。

 ダンとグノーシュは互いを見合わせ、両側から車外に飛び出した。同時に団員達が馬車の

中を通って御者台に渡り、数人で商人を守るように陣取る。

「か、金を出せ……!」

「飯でもいい。ありったけ、寄越せ……!」

 行く手に立ち塞がっていたのは、見るからに身なりの悪い集団だった。

 数は十四・五人といった所か。皆汚れ痩せこけ、威圧する声も弱々しい。短剣や棍棒で武

装しているとはいえ、明らかに素人だと分かる。

「ま、マーフィさん!」

「……分かってるよ」

 それでも善良な市民様には充分な脅威だ。追い込まれた精神ほど筋道立っていない凶器は

ない。ダンとグノーシュが、戦斧と幅広剣を抜き放って構えた。御者台の団員も二・三人、

一応の加勢として得物片手に降りてくる。

(やっぱ、素直に休んでりゃよかったのかねぇ……?)

 思ったが事実が変わる訳ではない。もしかしたらこの商人が手負いになる未来だって有り

得たのだから。

 内心、小さく舌打ちをする。それはどうやら相棒も同じらしい。

 ふぅ……と一度静かに深呼吸を。得物を握り締め、胸奥に湧いた情をもぎ捨てる。

「お前ら、巡り合せが悪かったな」

 悪いがこのもやもや、お前達で晴らさせて貰うぜ──?

 次の瞬間、武器を手に、ダン達は地面を蹴る。

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