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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-54.団員達(かぞく)の帰還と廻る歯車(前編)
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54-(6) 張り詰めた糸

 時を前後して、ホームの宿舎。

 旅荷を解き終わり、昼食を挟んで人心地をつき、クランの面々はそれぞれ思い思いの時間

を過ごしていた。

「──じゃあ、当分は」

「ええ。統務院から連絡があるまでは依頼遂行つうじょうえいぎょうでいきましょう」

 イセルナやダン、クランの幹部メンバーは会議室に集まり、これからのクラン運営につい

て話し合いを持っていた。

 レノヴィン兄弟の身分が公になってからというもの、自分達の仕事は専ら彼らの守護に費

やされてきた。それはコーダス救出の旅が終わり、ジーク達がクランに復帰したことでより

顕著になるだろう。さりとて、それだけで現在の団員全員の衣食住を賄えるのかとなれば、

必ずしもそうはいかないのだ。

「特務軍か……。予算が降りてくるとして、果たして私達にどれだけの配分と裁量が認めら

れるか、だね」

「金の話は分からんがな。その辺は任せる。ただまぁ、増強した分の戦力も含め、今の手狭

な状況が改善されりゃあ御の字だろ」

「改善といっても……。ダン、実際にどうする気だい? 運動場にでも増築する? それと

も新しく土地を取得して?」

「どちらにせよ、大掛かりになるね」

「それに、アルス君の事もあるわ。学院生活はまだ四年半も残ってる。少なくとも彼が卒業

するまでは、私達も大きくは動けないわよ?」

 うぅむ……。ダン以下、幹部と同席した団員らが頭を抱えた。団長イセルナは、そんな皆

の様子を、何処か距離を置いたかのように見つめている。

(それでも……いずれ私達は、きっとこの街には居られなくなる)


「──あ、はい。ではそういう形でお願いします」

 イヨら侍従衆の詰める部屋では、既に慌しく雑務が始まっていた。受話筒を肩と耳に挟み

ながら書類を捌く彼女を筆頭に、侍従達の忙しない作業音と声が混じり合う。

 喫緊の課題は、公務のスケジュール調整だ。

 大都バベルロートの一件を経て、レノヴィン兄弟は一躍、より一層有名人となった。世界の危機を救った

ヒーローと目されている。

 仕える者として鼻が高い……などと言っている場合ではない。それだけ自分達に飛び込ん

で来る仕事は少なからず増える訳だから。

 アルス皇子は、まだいい。公務の経験があるからまだ安定感があるし、そもそも陛下より

留学──学院での生活を優先させてくれとの命がある。かち合うケースがあれば、基本的に

学院側に舵を切ればいい。

 問題はジーク皇子だ。兄弟が、二人が揃った。公務を分担できる──そう単純に考えるの

は甘いのだと、イヨ達はこの仕事をこなす中で経験的に学び取っていた。

 必然的に増える件数、巻き込む地域の増加、何より警護計画の再策定……。やるべき事は

待ってはくれない。そもそもジーク皇子は、弟君のように公務経験がある訳でもなければ、

留学生という身分がある訳でもない。……色々と、お教えしなければ。

(あと、頼まれてる“あれ”もあるしなあ)

 ジーク皇子、そしてダン。事件の後、二人から内々に頼まれていることがあった。

 “結社”の魔人メアにして協力者に転じた人物・クロムについてである。

 事件の後、彼は一体何処に収監されたのか? その追跡調査を頼まれていたのだった。

 責任を感じているのだろう。皇子は加えて、できるだけ近い内にフォーザリアへ手を合わ

せに行きたいとも伝えてきている。償いといった所か。それも、実現してあげたい。

「……んぅ?」

 そうして忙しなく仕事をこなす中。

 イヨの端末に、また一つ新たに外部からの通信が届いてくる。


「──あ、アタック?」

「そう。ジークもアルスも、ちょうど帰って来た今がチャンスじゃない」

 一方でレナとミアの自室には、ステラと、そしてクレアが押し掛けて来たことでにわかに

ガールズトークが繰り広げられようとしていた。

 ちょこんと、頭に疑問符を浮かべてベッドの上に座るレナ。カーペットの上の座布団に胡

坐を掻いて、黙したままコキコキと指の骨を鳴らしているミア。そんな二人に、ずずいっと

ステラの熱弁が飛ぶ。

「二人とも分かってる? 特務軍の話が本格的に進み始めたら、また私達の日常は日常じゃ

なくなるんだよ? ジークもアルスも、落ち着いてどうこうって所じゃなくなる筈。だから

今、この時期を狙ってそれぞれ二人にアプローチしなきゃ。……好きなんでしょ?」

「……ッ!?」「す、ステラちゃ──」

「ははは。大丈夫大丈夫。二人ともレベルは高いんだから。好きな相手には、押して押して

押しまくる! ママも、そうやってパパをゲットしたんだから♪」

 ミアとレナは、顔を真っ赤にして互いを見合わせた。

 自分達それぞれの恋心、想い人がバレている? いや、それ自体はこちら側も何となく分

かっていたことではあるが……。だが、そんな急に。

「そ、そんな」

「そんな事言われたって、なんて言わせないよ? 言ったじゃん。ジークもアルスも、こっ

ちが動かなきゃどんどん遠い所の人になっちゃうんだってば」

「……。う、うん」

 ぐうの音も出ない。レナは珍しく強気で、そして何より大真面目に語る親友ステラについ押し黙

ってしまった。

 そんな泣きそうな表情とは逆に、ミアもまたミアで、何やら眉間に深い皺を寄せてじっと

考え込んでいるのが見て取れる。

 遠い所の人。皇子さま。

 そもそも最初はそんな事も知らず、好きになった。そして今もその気持ちは変わらない。

 だけど、あの人達を取り巻くそれと同じように、自分の想いが明らかになってしまえば、

彼を一層余計に苦しめてしまいはしないだろうか……?

「……そう泣きそうな顔しなさんなって」

 だからか、今度はステラは笑ってみせた。床を這って近付いたその手が、ぽんっと優しく

レナの肩に触れている。

「何も無策で当たれなんて言ってないよ。少しくらいなら、プランは考えてあるからさ?」


「──ふっ!」

 宿舎の運動場では、サフレが団員達と組み手を行っていた。

 堅い木の訓練用の杖。彼はそれをいつものえもののように操り、四方八方から襲い掛かって

くる団員達を次々に捌いていく。長旅で鈍った身体を、少しでも取り戻したいと思って誘った、

彼らなりの一齣にちじょうだった。

「……っつう」

「あいたた……。しかし腕を上げたなぁ、サフレ」

「はは。こんな事なら俺も大都バベルロートに行けばよかったかなあ? やっぱり実戦経験ってのは

大きいよ」

「ばっか。不謹慎だぞ? まぁ、経験の差は確かにそうなんだろうけどさ……」

 息を荒げ、されど気持ちよく笑う団員達。彼らはサフレの成長を心から祝していた。

 少しおどけるように言う仲間に、別の団員がそう釘を刺す。全体として心地のよい疲労感

だった。サフレもサフレで、少し片眉を上げただけで、本気で彼らに怒るようではない。

「お疲れさまです~。お茶、持ってきましたよ~」

 そして渡り廊下の向こうから、盆に人数分のコップを載せたマルタがやって来た。

 汗を拭い、礼を言いながら受け取る一同。サフレも「どうぞ。マスター」と微笑みかける

彼女に、心なしか生真面目な雰囲気を解いているかのようだ。

(……熱心だな。悪いことではないが)

 そんな彼らを、リンファは窓から眺めている。彼女はこの時、宿舎ロビーに設えられた導

話を使わんとするアルスに付き添っていた。

 相棒エトナを頭上に漂わせたまま、手帳を片手に番号を押しているアルス。リンファは改めて彼

に視線を向け直すと、ぼんやりと思う。

 自分たち侍従衆は携行端末を持っているのに、当の皇子達にはそれがない。誰かと連絡を

取るにしても、わざわざ設備のある所まで足を運ばなければならない。

 世間一般、庶民レベルではそれは当たり前の事ではある。

 だが、ご学友らと共に学院生活を満喫していただくには、ご自身用の端末を用意して差し

上げた方がいいのではないか……?

(……今度、イヨに相談してみるかな)

 そうリンファが思案をする中で、どうやら導話が繋がったようだった。リンファも気付い

て近づいて行く。横顔ながら、アルスの表情が優しく解け始めている。

『ふぁ~い……こちらフィスター。営業・勧誘はお断りでーす……』

「あ。もしもし、フィデロ君? 僕だよ。アルスだけど」

『ん? おお、アルスか! 待ってたぞ!』

 導話の向こうで、アルスは受話筒を取った親友の声を久しぶりに聞いた。

 名乗った次の瞬間、ガタンッとフィデロが身を乗り出す音が聞こえる。疑いもない喜色だ

った。受話筒を少しずらし「おい、ルイス。アルスからだ」と呼んでいるやり取りもしっか

り入っている。もそもそ。二人が導話の前に集まる物音だった。

 最初の、暑さにだらけた応答は何処へやら。

 彼は呵々と笑い、次の拍子には大人しいアルスに代わって矢継ぎ早に喋り始める。

『とりあえず、お帰り。大変だったな。ニュースは観てる。つーか観てない奴の方が少ない

んじゃないかね? まさかサミットがあんな事になるとは思わなかったからよ』

「そうだね。色んな人に迷惑を掛けちゃった……。二人にも、随分待たせちゃったし」

『気にすんな。無事に帰って来てくれたのが何よりの土産だよ。大体、そっちの公務が済む

まで下宿こっちで待ってるって言ったのは俺達だ。気に病むこたぁねぇよ』

 アルスは言葉なく苦笑した。そうなのだ。

 今日導話したのは他でもない。無事帰って来たことの報告と──以前より約束していた話

を動かすため。その為に夏休みになっても街の下宿先に居てくれている、この学友二人には

早い段階で連絡を入れておく必要があった。

「……ありがと。それで、清峰の町エバンスの件なんだけど」

『ああ。今夜にでも親父に話を通しとくよ。荷支度も始めるから、そっちも予定が組めたら

また連絡してくれ。……で、いいよな? ルイス』

『問題ない。むしろ僕達がアルス君に合わせた方がいいくらいだよ』

 導話越しに、首肯するルイスの声も聞こえてくる。一度代わり、彼もまたアルス達の帰還

を祝ってくれた。ほっこりとする。帰って来たんだなと、そしてあの事件は決して夢や幻で

はなかったんだなと、改めて意識してしまう。

 それから暫く、向こうと入れ替わり立ち代わりながら取り留めもない話をした。

 アルスはこの後、ブレアや学院側にも連絡を入れるつもりだと言った。帰還の挨拶と、再

三に渡って迷惑を掛けてしまった謝辞のつもりだった。それでも二人は笑う。お前(君)が

背負い込むことはないんだぞと。アルスは苦笑わらった。言葉こそ穏やかでも、この時己の内側

では、見通せないような深い黒が渦巻いているような心地がした。

「じゃあ、そろそろこれで」

『ああ。またな!』

 そして、やがて導話を切る。ニカッと快活に笑うような、フィデロの笑顔が鮮明に脳裏に

再生されていた。

 受話筒を下ろす。カチャンと器械が受け止める。思わず大きな深い息をつく。

 サァッと、外の運動場からサフレ達の、街の息遣いが次々に耳に届いてきて──。


(ッ……?!)


 次の瞬間だった。ぐわり。突如としてアルスの視界が歪み始めたのだ。

 強く眉を顰めて手で顔を覆う。だが歪み出すセカイは止まらない。身体の自由が利かなく

なっていた。アルスはそのまま、抗う術をも持てずにその場に崩れ落ちる。

「アルス!?」

「アルス様!?」

 相棒エトナがリンファが、慌てて駆け寄ってくるのが分かった。背中から抱きかかえられ、何度

も名前を呼ばれるのが分かった。

 だが、応えられない。気付けば全身が酷く重い。

 まるで糸の切れた人形のよう。身体中の感覚が遠い。さも他人のように感じられる。

「アルス様! アルス様! お気をしっかり!」

「どどっ、どうしたのよ?! アルス~!」

 従者と相棒の、慌てふためき覗き込む顔が見える。

『──』

 だが応えられない。

 そしてその映像すがたを最後に、アルスの意識はどんどん深く深くへと沈んでいったのだった。

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