7-(4) 僕らの原点
一度ホームに戻って軽い昼食を摂った後、ジーク達は学院へと向かった。
サフレの言うように、ここには魔導師がわんさかと居る。
専門家の眼なら、愛刀達についてより詳しい情報が得られるのではと思ったのだが……。
「また君か。今日も弟さんに用事かな?」
「いえ……魔導具について調べ物をしたくて。そういう専門家、いるでしょ?」
「そう言われてもなぁ。自分達はただの警備員だからな」
「そういう事なら、事務局で訊いた方がいいと思うぞ」
先ずは守衛達に呼び止められて怪訝の眼を向けられ、たらい回し的に。
「アポイントなしの、個別の問い合わせには対応しかねますね」
「えっ? アポ……?」
「……まぁ、そうなるかもしれないとは予想はしていたが」
次いで事務局へと顔を出して話してみても、返ってきたのはそんな事務的な拒否で。
ジークは少しムッとなったが、サフレは慣れているのか窓際に背を預けて涼しい顔をして
いた。暫くジークは対応してきた事務職員と粘っていたが、やがて諦めて戻ってくる。
「チッ。何だよ、俺の事をどいつもこいつも余所者扱いしやがって……」
「間違ってはいないだろう? 冒険者は基本的にこっちとは違う。君の弟が在籍していると
いうだけの繋がりだよ」
「そうだけどよぉ。これじゃあ何も進展しねぇぞ」
「では専門書を見てみますか? 途中、図書館があるのが見えましたけど」
「……それはやめとく。俺に学問の本とか、拷問だから」
マルタはそう提案したが、ジークは苦笑してやんわりと、割と本気で首を横に振った。
「物に訊くよりは人だ。生徒を捉まえて訊いてみよう」
だが──ジークのそんな方針は、やはり上手く回らなかった。
再び構内に出ると通り掛かる学院の生徒に魔導具について、自身の愛刀についての見立て
を訊ねてみていったのだが、まともに取り合ってくれた者は数えるほどしかいなかった。
無理からぬ事ではあったのだろう。
学問に浸かって生きてきた大半の学院生らにとって、ジークのように剣を下げた見知らぬ
青年にいきなり声を掛けられれば何事かと思う筈だった。
「す、すみません。自分は分からないです……」
「え? お、おいちょっと……。何も取って喰うわけじゃ」
「……すまないね。手間を取らせた」
「勉強頑張って下さいね~」
サフレやマルタが荒っぽいジークの緩衝材役を果たすものの、自分たち冒険者という存在
は彼らにとって別世界の人間とでも思われているらしい。
結局、ジーク達はろくに聞き込みする事も叶わずに、ただ時間を浪費するだけになってし
まっていた。
「……参ったなぁ」
気付けば、時刻はたっぷりと昼下がり。
ジーク達は一旦聞き込みを中断し、構内のオープンテラスの一角に着き暫しの休憩を取っ
ていた。テラス内のスペース、或いはその外側の学院の通路に学院生や職員らがぽつぽつと
点在し行き交っている。
木板の横長テーブルの上にぐったりと顔を伏せ、ジークは困ったなと嘆息をついていた。
「皆さん、何だか怖がってましたもんね……」
「言い出したのは僕だとはいえ、いきなり学院に乗り込むのは無理があったか」
「う~ん……。そう言われても学院にコネがあるわけでもねぇし。一旦アルスが帰ってくる
のを待って仲立ちしてもらえないか頼んだ方がいいのかもなぁ」
マルタもサフレも、同じく思った以上に反応が悪かった事に戸惑っているようで。
ジークはぼそりとそんな事を呟きながら、次の手を模索しようとする。
「……アルス?」
ちょうど、そんな時だった。
ふと通り掛かりの中から自分達に返ってきた反応。
むくりと顔を上げてその声のする方を見遣ってみると、そこには学院生らしき活発そうな
ヒューネスの少年と知的な感じのウィング・レイスの少年が立ってこちらを見遣っていた。
「ん? 何だよ」
「えっ。あ、その……もしかしてにーさん、アルス・レノヴィンの知り合い?」
眉根を寄せて視線を返すと、そう活発そうな方が確認するように訊ねてくる。
「知り合いも何も。弟だよ、俺の」
ジークは頭に疑問符を浮かべながらも答えていた。
するとこの二人──フィデロとルイスは互いの顔を見合わせ、破顔した。
「おー。じゃああんたか。アルスが話してた冒険者してる兄貴ってのは」
「初めまして。僕はルイス・ヴェルホーク。こっちはフィデロ・フィスター。アルス君とは
学院でも仲良くさせて貰っています」
「ああ……。アルスのダチか? いやいや、こちらこそ」
目の前の彼らが弟の学友だと分かり、ジークもだらりとしていた居住いを正した。
サフレとマルタも、近付いて回り込んでくる二人を見遣り、調査にちょっとした光を見た
ように和やかな表情を浮かべる。
フィデロはルイスと共にジーク達の空いた席に腰掛けると言った。
「それで、お兄さんらはどうして学院に?」
「ああ、それなんだがな」
言われて思い出す。そうだ、こいつらになら訊けるかもしれない。
ジークはテーブルの上に愛刀達を置いてみせる。
「よく分かんねぇんだけど、どうやら俺の刀が魔導具らしいって分かったんだ。でも俺は素
人だからよ。ここなら専門の人間がいるし、何か分かるんじゃないかと思ってさ」
「なるほど……。なら、俺の出番ッスね」
「こう見えてもフィデロは魔導具職人志望ですからね。視て貰いましょう」
「おぉ。そうか! じゃあよろしく頼む」
「へへっ。了解ッス」
するとフィデロは腰に巻いていた大きめのポーチからもそもそと何かを取り出し始めた。
出てきたのは幾つかのパーツに分かれた機器。彼は手馴れた手付きでそれらを組み立てる
と、完成したそれ──ゴーグル状の機器を頭に巻き、レンズ越しに刀を手に取る。
「……それは?」
「導力走査用のゴーグルっす。魔導師ならある程度マナは視えるんですけど、複雑な回路を
視るにはこういうツールがあった方が便利なんですよね。まぁ扱う側もそれなりに導力がな
いと宝の持ち腐れになっちゃいますけど」
刀を抜き、ゴーグル越しに刀身を検めていくフィデロ。
その視界に映るのは、深い紅を染め掛けたようなビジョンで。
「……確かにこいつは魔導具ッスね。かなり細かいですけどちゃんと刀身に呪文が刻んであ
るみたいです。……んぅ? これは」
「? どうかしたか?」
「いや……。妙なんすよねぇ。回路もルーンも、見た事がない感じで」
だがややあってフィデロは首を傾げていた。
六刀をざっと走査しながら、ぶつぶつと口にする疑問。
ジークらが頭に疑問符を浮かべていると、傍らでその様子を見ていたルイスが言った。
「フィデロ。僕にも見せてみて」
「ああ。ほいよ」
今度は代わってゴーグルをルイスが着けて見立てを始める。
静かに息を呑んでその反応を見守るジーク達。耳元のダイヤルを回し、何度かピントを調
節し直しながら、やがてルイスは呟いた。
「もしかしてこれは……古式詠唱かもしれないね」
「古式ぃ? おいおい。何でそんな古臭いもんが……」
「何だよ、それ?」
何処かで聞いたような。
だがジークはその記憶を辿るのも煩わしく、目の前の専門家の卵らに問う。
ルイスはゴーグルを外してフィデロに返すと、少しこの素人らに対する説明の内容を考え
込んだようだった。
「何と説明すればいいでしょうか……。皆さんも、魔導は呪文という言語で以って精霊と交
渉し、その奇蹟の力を借りるものだというのは、ご存知ですよね?」
「ああ」「はいです」
「え? そういうものなのか?」
「……。ですが、魔導はある時期を境にその型が大きく違っています。古代、魔導とは特権
的な魔法使いらによる門閥毎の秘伝の法でした。つまり、似た内容の術式でもその発動に用
いられる呪文はそれぞれに大きく異なっていた訳です」
ルイスの講釈。サフレやマルタはこくこくと頷いていたが、ジークは目を瞬いて既に疑問
符で頭が埋もれつつある。
「しかしそのままでは、その個別の呪文を知らぬ者は永遠に魔導を扱えない。そこで下級の
術者や民衆を中心に起きたのが『魔導開放』運動でした」
「ああ。それは聞いた事がある」
「歴史のお勉強でもよく出てくるフレーズですものね」
「そうだっけ? 覚えてねぇんだけど……」
「……。この一連の運動により、成立したのが“大盟約”──統一され定型化された呪文体
系です。これによりそれまで一部の者に独占されていた魔導が広く人々の手に開放される事
となりました」
「で、今自分らが使っている魔導ってのが、そのコードに基づいた呪文体系ってわけです。
だからそれ以前の統一されていなかった頃の古式詠唱ってのは、はっきり言ってお払い箱に
近い状態になってるんですよ。今でもそれを現役で使ってるのは……最後まで開放に反対し
てた連中の末裔──古仰族くらいなんスよね」
ちなみに、眞法族は逆に当時開放賛成に回った術者らの末裔に当たる。
元は同じ銀髪を湛える魔法使いの民だったが、この魔導開放運動を期に袂を分かち、その
まま今日に至っているという歴史を持つ。
「……ええと、ややこしい事は分かんねぇんだけど、要するに俺の刀はその大昔の呪文が使
われているんじゃないかと。そういうことなんだな?」
「ええ。そんな理解でオッケーっす」
「だからこそ、僕らには知識不足でこれ以上の事は……」
ジークがガシガシと頭を掻きながらざっくりとまとめた結論に頷き、フィデロとルイスは
言った。
だが申し訳ないと表情を曇らせた二人に、ジークは笑ってみせる。
「いや、それが分かっただけでも充分な前進だ。少なくともこいつが相当年季の入ったもの
らしいってのがこれではっきりしたんだしな。ありがとよ」
フィデロとルイスはちらと互いを見合わせて、笑い返した。
ジークが六刀を再び鞘に収め、腰に差し直し始める。
「……ねえ、フィデロ」
そうしていると、ふと何か静かに考え込んでいたルイスが傍らの幼馴染に口を開いた。
「マグダレン先生ならもっと詳しい事が分かるんじゃないかな?」
「あぁ……そうだな。訊いてみる価値はあるかも」
「マグダレン? 誰だ、そいつ?」
「バウロ・マグダレン。俺の指導教官をしてくれてる先生っス」
「何せ専門が魔導工学──魔導具関連ですからね。僕らよりもきっと知識も経験も豊富な筈
です。彼に見立てて貰えればもっと詳しい事が分かるかもしれない」
彼のその言葉に、ジーク達は更に光が見えたような気がした。
ジークはサフレ達と顔を見合わせ、表情を驚きと期待に染める。
「俺でよければ先生に取り次ぎましょうか? 保証はできないっスけど」
「本当か? なら是非頼む」
「了解っス。先生の都合もあるでしょうし、すぐに返事できるとは思えないですけど」
「ああ、構わねぇよ。進展があったら連絡してくれ。アルスからもう聞いてるかもしれねぇ
が、住所はクラン宿舎の同室だ。今夜にも皆に大体の話は通しとく。導話の番号は……ここ
に頼む」
持つべき者は優秀な弟か。
ジークはフィデロらの申し出を快諾し、マルタからメモ紙とペン(サフレの従者という事
もあり、細々とした用意はお手の物なのだそうだ)を借りてその場で連絡先を書き記すと、
二人に手渡した。
「うッス。了解です」
「できうる限り協力しますよ。アルス君の友人として」
「……ああ。ありがとよ」
何とかなって良かったぜ。
ジークは弟とその友人らとの出会いに感謝しながら、再び笑みを見せたのだった。
「──そっか。フィデロ君とルイス君が……」
夕暮れの帰宅の路を、兄や新たな仲間達と共に歩く。
アルスは「何故学院に?」という疑問に答えた兄の横顔を見つめながら、そう呟いた。
「そういう事なら言ってくれればよかったのに。先生達に掛け合うなら僕にもできなくはな
いんだし」
「そうだよなぁ。思えば遠回りだったかも。でも、俺はこれで良かったと思ってるぜ?」
「……?」
傍らで漂っているエトナを背に、アルスは小首を傾げる。
ジークはにかっと笑って答えてみせた。
「お前にも、ちゃんと友達ができたってのが分かったからな。……正直心配だったんだよ。
入学早々一悶着に巻き込まれたろ? それで他の連中に距離を取られてたらどうしようかと
思ってたんだ。もしかしたら、苛められてるかも……とかさ。お前は何だかんだで控えめな
性格してるしな。でも安心した。ちゃんとダチが出来てたんだな」
「兄さん……」
アルスは口篭もっていた。
付き合いが長いから、兄弟だから分かる。兄さんは嘘を言っていない。
自分の刀に何か曰くがあるらしいと不穏が纏わりついていても、自分の学院生活を案じて
いてくれた。そんな余裕が、兄さんにはあった。
なのに、自分といえばどうか。
ずっと一人で悩んでいた。ブレア先生の言葉に迷っていた。
そんな姿をエトナに心配されているのを分かっていても、言い出せずに抱え込んで。僕は
ただ決断を先延ばしにし続けて。
「…………」
ジークが、サフレとマルタが自分の左右を歩いている。
支えられているのに。自分はなんて小さいのか。
「……ねぇ。兄さん」
「うん?」
だからこそ、いやようやくアルスは意を決していた。
ごくりと唾を飲み込んで、か細い声で恐る恐るとそう口を開く。
「兄さんは、自分の夢の為に大切な人を切り捨てないといけなくなったら、どうする?」
それでも臆病が邪魔をして。
アルスはストレートに打ち明けられずにそんな遠回しに訊ねていた。
だが弟のその神妙な表情と声色に何かを感じ取ったのだろう。ジークははたと笑っていた
表情を真剣なそれに収め直し、じっと不安げなアルスの顔を見返す。
「……。何でなんだ?」
「えっ?」
「何で、どっちかじゃないといけねぇんだ?」
たっぷりと数十秒。
そして兄から返ってきたのは、思いもがけない回答だった。
「何でどっちかなんだよ。夢も大切な人も、どっちもひっくるめて守りゃいいじゃねぇか」
「……そうだな。そもそも、夢というのはそういった人達と分かち合うものだろう?」
ジークが至極あっさりと言い放ってみせたその言葉に、サフレも頷き繋げていた。
彼がちらと視線を移したのは、微笑むマルタの姿。
きっとそれは、危うく大切な人を悲しませかけた自戒も兼ねているのだろう。
アルスは唖然としていた。いや、そんな選択肢を知らぬ間に排除していた自分に驚き呆れ
ていたという方が正しいかったのかもしれない。
(どっちも、守る……)
だが兄のその言葉は、じわじわと胸の奥へと染み入るかのようだった。
同時にもやもやしていた迷いが、解れていく感覚が全身を包んだ。
「アル、ス?」
そして次にアルスが顔を上げていたその表情は、パアッと明るく元気を取り戻したそれへ
と変わっていた。
エトナが驚いている。だがややあってこのパートナーの想いは伝わったらしい。
拗れた糸が解けたような解放感。微笑んだアルスに、エトナもこくんと頷き返す。
「……ありがとう兄さん、サフレさん。僕、行ってくる!」
「へっ? 行くって何処に」
今度はジークが呆気に取られる番だった。
しかし訊ね返す間もなく、アルスとエトナは踵を返して猛然と来た道を引き返して走り出
して行ってしまった後で。
「……何なんだよ、一体?」
サフレ・マルタと共にジークは取り残されて、戸惑い気味に眉根を寄せる。
「ブレア先生。失礼しますっ」
アルスは夕暮れの学院内を逆走し、一気にブレアの研究室へとやって来ていた。
息切れする呼吸を整えながら入って来るその姿に、ぼんやりと読書をしていたブレアは思
わず面食らっていたが、すぐに気だるい顔つきに戻って言う。
「……一体どういうつもりだ? また性懲りもなく来るなんて。まさか俺の条件を忘れたっ
て訳じゃねぇよな?」
「はい。その事について、お話があります」
そうはっきりと告げるアルス。ブレアもその声色に何かを悟ったのか、開いていた本を閉
じるとじっと彼とその持ち霊の姿を見据えた。
無言の催促。アルスは一度大きく深呼吸してから、言った。
「……エトナは、捨てません」
はっきりと言い放つ。
するとブレアは静かに眉根を寄せ、持ち上げた。
「そうか。じゃあ俺とは、縁がなかったって事で」
「いえ。志望はこのラボから変えるつもりはありません」
「……分からねぇ奴だな。言った筈だぞ? 瘴気の研究をしようって奴が持ち霊を連れてた
ら、そいつを失うリスクが大きいんだ。それでも学びたいなら、持ち霊は捨てろと言ったん
だぞ?」
「はい。でも僕は、捨てません」
目を細めて睨むように見つめてくるブレア。
彼のそんな視線に耐え、対抗するようにアルスは、そしてエトナは強い眼差しを返す。
「迷っていました」
互いを見合わせる事なく、でも心は一つで。
「それは自分の夢を……瘴気を浄化する研究に携わる事と、エトナを切り捨てる事を天秤に
掛けていたからです」
「だけどさ。おかしいよね? 何でどっちかじゃないといけないのさ?」
アルスとエトナは、続ける。
「そもそも二者択一で考えるのが正しい事なのかなって。僕は、皆を瘴気や魔獣から少しで
も救いたいと思ってこの道を志しました。なのに、その為にエトナを捨てなけれないけない
なんて……間違ってると思うんです」
それは兄の言葉でようやく自覚できた、いや認める事のできた心の奥の本心。
原点だった。
かつて、自分の力が足りない事で守れなかった者達への申し訳なさ。後悔の念。
「一番身近な、大切な人を捨てたら、僕の目指しているものの本当の意味はなくなってしま
います。守りたい筈のものを捨ててしまったら、僕の夢は、意味を成さなくなる」
だからこそ、アルスは迷っていたのだ。身近な存在であるエトナを捨てるという選択をす
る事に、無意識に近い場所からずっと疑問の声がストッパーを掛け続けていたのだった。
「だから僕は……エトナを捨てません。夢も彼女もどちらも守りながらこの道を進みます」
お願いします。
アルスは深々と頭を下げた。エトナも見よう見真似でそれに倣っている。
「……それは理想論だ。お前の持ち霊をリスクに晒す事に変わりはねぇんだぞ?」
「分かってるよ。それでも、私はアルスと一緒だもん!」
「覚悟は、できています。そうしたリスクを克服する為にも、研究をしたいんです」
ブレアは静かに指摘していた。
だがそれでも二人はぶれなかった。頭を下げたまま答えるアルスと、顔を上げて少しムキ
になって頬を膨らませ、離れないと宣言するエトナ。
「……」
ブレアは、じっとそんな二人を目を細めて睨み付けていた。
ピンと張り詰め始めるラボ内。
アルスとエトナはその視線に無言のまま耐え続ける。
「……ふっ」
だがその緊迫は、他ならぬブレア自身によって解かれていた。
それまで真剣だった表情が一転、ふと緩んだかと思うと徐々に笑い声を漏らしたのだ。
室内に響くブレアの笑い。
思わず顔を上げたアルスは、エトナと目を瞬かせて顔を見合わせる。
「合格だ」
『えっ……?』
そして次の瞬間、ブレアはそう告げた。
頭に疑問符を浮かべ、声を重ねたアルスとエトナ。だが彼はそんな二人を、今度は間違い
なく好意的な表情で見つめ返している。
「合格って、どういう事……?」
「そのままの意味だ。お前らは、俺の出した条件をクリアしたんだよ」
エトナが少し不審気味に言ったが、ブレアは笑っていた。
テーブルに片肘をつき、彼は言った。
「俺は確かに、俺の下で学びたいなら持ち霊を捨てろとは言った。だが俺が聞きたかったの
は、自分のパートナーを切り捨てるのか、学問を諦めるのかっていう答えじゃねぇ。お前ら
に瘴気のリスクと向き合う覚悟があるかのを聞きたかったんだよ。……瘴気を研究しようっ
て奴が俺の小手先の言葉だけで引っ込んじまうようじゃ、遅かれ早かれ自滅するからな」
「むぅ。試されてたんだ……。何か嫌な感じ」
「あはは……。あの、じゃあ僕らは……?」
「さっきも言ったろ? 合格だってな」
心地よくないと唇を尖らせるエトナを苦笑で窘め、アルスはおずおすと問い返す。
すると今度こそブレアは言った。
もう徒に二人を突き放すわけでもなく、
「歓迎するぜ? アルス。今日からお前は……俺の教え子だ」
にっと笑って、そう安堵させるかのように。