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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-54.団員達(かぞく)の帰還と廻る歯車(前編)
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54-(3) 逗留者リオ

(……なぁ。あれって、ジーク皇子じゃないか?)

(ん? あっ、ホントだ。機人キジンと……団員達も一緒だな)

(ねえねえ。サイン貰っちゃおっか?)

(止めとけよ。ガード固そうだし。それにそもそも──)

 旅荷を解いて部屋に戻って人心地つき、休まったと思った頃には時刻は昼を指そうとして

いる頃だった。

 ホームの酒場でジークは手早く昼食を摂ると、その足で街中に出た。別にいいと言いたか

ったが、その後ろから団員達が数人、ついて来ている。他にリュカとオズも一緒だ。

(……聞こえてるっつーの)

 コートのポケットに両手を突っ込み、腰の六華を揺らして、ジークは何とも言えぬ複雑な

面持ちをしながら歩いている。

 街に戻って来た時分は大層な歓迎であったが、人間とは慣れの生き物である。ホームに戻

ってあれこれと雑事を済ませている間に、どうやら街の人々の熱気も随分とクールダウンさ

れたようだ。最早良くも悪くも注目されることが避けられない身の上であるにも拘わらず、

比較的問題なく動けるのは、元々自分がこの街の住人であったことも大きいのだろう。通り

を往きながら、ジークはぼんやりと思う。

「此処ガ、マスターノ普段過ゴシテオラレル街デスカ……」

「そうよ。こっちではオズ君みたいな機人キジンは珍しいかもしれないけど、大丈夫。すぐに馴染む

と思うわ」

 横に並ぶオズとリュカの横目にしつつ、ジークはそれとなく久しぶりの街並みを眺める。

 二度三度。先日も“結社”の襲撃に遭いこそすれど、今回はハロルドら留守番組の面々や

バラク達──他のクランの冒険者勢、アウルベ伯の兵達、何よりリオが加勢してくれたお陰

で街中への被害は最小限に防がれているとみえる。

 それでも、心なしか街の空気が疲れているように感じるのは……気のせいだろうか?

 先程ひそひそと話していた彼氏クンの言動もある。全体としては“結社”に打ち勝った祝

賀ムードが支配しているが、個々人のレベルにその実感を落とし込めばやはり少なからず、

自分がこの街に関わったから災難続きなのだと、憎まれているケースはあるのだろう。

「なあ、本当にリオはこっちにいるのか? この辺、結構賑わってる区画だぞ」

「多分な。どうやら街に来てから、気に入った店が出来たみたいでさ」

「剣聖って呼ばれても、女傑族アマゾネス──トナン人なんだよ。ああいうテイストは懐かしいんだろうな」

「……?」

 行く先が徐々に混雑してきた。他でもないこの街の繁華街だからだ。

 ジークはそう、何だか妙に嬉しそうな団員達に、頭に疑問符を浮かべて視線を返す。

 リオの性格からして、あんまり人気の多い所は好まない気がするんだが……。

 そう思ったのは彼を知るリュカも同じようで、ちらりと小首を傾げつつもジークの隣で歩

いている。

「着いたぜ。ここだ」

 そして案内された場所、とある飲食店に着いて──ジーク達三人は静かに目を丸くした。

 そこは言うなれば和風喫茶、甘味処といった所か。内装は涼しげな木造と畳敷き、簾など

で統一されており、店内にはあの地方独特のほろ甘い菓子の匂いが控え目なアピールをして

その雰囲気の演出に一役買っている。

『……』

 肝心の剣聖リオは、そんな店内の一角に居た。

 幾つか設えられている座敷風のテーブル席。その一つを一人で占有し、彼を知る少なから

ぬ街の人々──周りの客達が緊張してガン見しているのを微塵も気にせずに、ゆっくり黙々

と、竹編みの皿に盛られた和菓子をちみちみと口に運んでいる。

「なっ?」

「な? じゃねーよ。一応知り合いなんだから注意ぐらいしとけよ……。明らかに皆ビビり

まくってるじゃねーか……」

 やれやれとため息。ガシガシと入り口に突っ立ったまま髪を掻く。

 若い売り子さんの「い、いらっしゃいませ~……」の弱々しい声に予め客ではないからと

断りを入れて、ジーク達は改めて店の奥へと入って行った。

 床も木板だった。足音が少し違って聞こえる。

 やがてジーク達が自分のすぐ傍に立つのを認めると、リオは楊枝に刺した羊羹を片手にし

たまま、ちらりとこちらを見遣ってくる。

「……来たか」

「ああ。まさかこんな所でのんびり菓子摘まんでるとは思わなかったけど」

「この店はいい味をしている。皇都で修行をした職人を何人か抱えているそうだ」

 訊いてねぇよ、んなこと。

 ジークは思わずツッコミそうになったが、当のリオは至極大真面目に語っているものだか

ら、聞き流すのが賢明である。リュカやオズと互いに顔を見合わせ、ジークは改めて彼に言

うのだった。

「先ずは、ありがとな。街を守ってくれて。まさか此処まで来てくれるとは思わなかった」

「礼は要らん。俺も目的があって来たまでだ。それに皇国トナンなら……ロッテの傘下がカバーして

くれたろう?」

「ロッテ? ああ“海皇”か。何だ、結構親しいのか」

「……昔馴染だよ」

 ぱくり。リオはそれだけを言って羊羹を口に含んだが、ちらと視線を向けみてたリュカは

何かを察したようで、唇に指を当て小さな含み笑いを持たせている。

「コーダスを取り戻したらしいな」

「ああ。今母さん達と一緒にホームで休んでる。流石にいち国主をうちみたいな場所に泊め

る訳にもいかねぇし、今日中には取ってる宿に移る予定だがな。俺は先に顔を出して来たん

だが、その時にゃアルス達が見送ってくれるだろうさ」

「……そうか。長い、旅だったな」

 じっくりと咀嚼して楊枝を皿へ。掻い摘んで伝えてくるジークに、リオはただそれだけを

言った。

 充分だった。それだけでも、自分達にとっては充分過ぎる労いだ。

「話は皇国ほんごくの伝手から多少は聞いている。これで少しはシノの心労も和らいでくれるといい

のだが」

「……。そうだな」

 まったくだ。ジーク達は頷き、改めて彼の、この物静かな達人の篤さを知る。

「で、リオ。訊くが、そもそも何でこの街に? そりゃあ心強いしありがたかったが、さっ

きも目的があって来たっつってたろ。……俺達か? 俺達に何か用があって、今の今まで帰

らないでいてくれたのか?」

 そして核心ほんだいに入る。ジークが問うと、周りの客達も言葉なく、固唾を呑んで見守っていた。

 だがリオはすぐには口を開かない。彼は一度茶の入った湯飲みに口をつけて喉を潤すと、

皆がじっと見遣る中、一人おもむろに黒衣を翻しながら席を立った。

「……此処では人目が多過ぎる。場所を変えるぞ」

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