54-(2) 泣き果たし
「ジークさん……っ!」
鋼車の列がホームに着き、尚も湧いている見物人達から自分の姿が見えなくなったかと思
うと、不意にとすんと胸倉に少女の身体が収まってきた。
「……レナ?」
少々、おずおずとした声色でジークは口にする。何故ならそれはあまりにも柔かく、且つ
か細く震える感触だったからだ。
抱き締められていた。ホームの、宿舎のロビーに入った所でジークはレナに抱きつかれて
顔を埋められていた。
ぎゅっと彼女の両手が自分の上着を握っている。ふるふると震え、一方でふんわりと長い
綺麗な金髪からいい匂いがして──慌てて煩悩を退治しに掛かる。
「よかった……。無事で、本当に……」
「……」
泣いていたのだと思う。こんなにも心配して、壊れそうなほどに。
すまん。ジークは短く言って、そっとそんな彼女の頭を撫でてやった。くすん……涙の鼻
声はすぐには直らないが、握る手に込められた力は心なしか緩んだ気がする。
「この、馬鹿たれ。レディを泣かせるなんて何事よ……」
加えてぽすっと、横からステラがこちらの腕に拳を打ち付けてくる。
だがその力は弱い。吐き出す感情と共に動くだけだ。見れば彼女も両目に涙を蓄え、今に
も泣き出してしまいそうだった。
「悪かったよ。ごめんな。確実に皆を助けに行くには、奴らの状況を逆手にとった方が何か
と都合がよかったんだ」
「……百回」
「え?」
「陰影の眷属、百回」
「それ本気だったの!?」
傍から見れば、確かに女の子二人に囲まれた構図だったのもしれない。
ハッと気付けば、同じく宿舎に入ってやれやれと一息をついた仲間達に生温かい視線を送
られていた。
にやにやと面白がるエトナやら団員達、或いは母さん。
いや、違っ……。母さん、そういうのじゃないから! 父さんもそんなにこやかな微笑み
を返さなくていいって! つーか何二人してレナとステラに深々と頭下げてんの……?!
「よう、お疲れさん。よく生きて帰って来れたな。毎度そのしぶとさには脱帽するぜ」
「そりゃあこっちの台詞だっつーの。……ホームと街を守ってくれて、ありがとよ」
そんな中で、仲間達もまたそれぞれに留守番組の仲間達と再会を果たす。
ダンは盟友グノーシュと。
「お帰りなさい、おじさん! 大丈夫だった? 怪我はない?」
「ああ、大丈夫。ダメージの殆どは向こうで治して来たから心配要らないよ。……それより
ごめんね? 連れて行かなければ危険はないと思っていたのに、結局こっちでも敵襲は来て
しまった……」
シフォンは大切な従妹、尊敬する伯父の愛娘であるクレアと。
「ただいま。……いいものね、やはり本拠というものは」
「そりゃあ戦場に比べれば天地の差さ。皆が無事で何よりだよ。いやお互いに、か」
イセルナはハロルド、留守番を任せていた責任者と。
お互いに拳を打ち合って、慣れ親しんだような憎まれ口を。或いは無事な従妹に安堵し、
同時に配慮が足りなかったとの侘びを。
「──」
わいわい、がやがや。
団長イセルナは、そんなジーク達の様子を横目にふっと優しい眼差しを湛えていた。
ハロルドやグノーシュが指示を出し、団員達が早速、遠征中に持っていった諸々の荷物の
整理・運搬作業に入っていく。
「? ミアさん?」
「……何でもない。それよりアルスは、大丈夫だった? 怪我してない? 疲れてない?」
「お陰さまで。確かに長旅で、多少疲れはありますけど」
「……。そう」
そしてミアもまた、苦笑いではにかむアルスを前に出迎えの言葉を掛け──つつも、如何
せんぎこちなさが否めないでいる。
(流石に、レナ達みたいにはできそうにない……。ボクには、無理……)
ほうっと頬を赤く。
なでりことジークに頭を撫でられているレナとステラの姿を遠目に、ミアは内心悶々とす
るばかりだ。
「……なるほど。ジークが腰を落ち着けたのも、分かる気がするなあ」
そうして、また一人ごちて微笑う者が一人。
コーダスだった。同じく微笑ましく皆を眺め、自身の車椅子の取っ手を握ってくれている
妻と顔を見合わせ、まだ少なからぬ痩せ細りを残す両手を組む。
「あ。えっと……」
「貴方が、シノさんの」
「うん。そうだね、こうして直接自己紹介をするのは初めてだったね。改めて初めまして。
僕はコーダス・レノヴィン。ジークとアルスの父親だよ。──元・黒騎士と名乗った方が、
分かり易いのかもしれないけど」
何人かの団員達を切欠に、こんななりからですまないがと、コーダスは皆に口上した。
戦鬼──主に留守番組だった面子が思わず緊張した様子になる。
大都での戦い、彼の救出とそれまでの経緯は、既にイセルナ達から導話で聞き及んでいる
所ではある。だが実際、ほんの一瞬だが血色の赤眼をきたした彼を目の当たりにすると、思
わず気を張ってしまわざるを得ない。
(おじさま……。雰囲気は逆だけど、確かに顔立ちはジークさんによく似てる……)
(アルスの、お父さん……。人族だし、優しい雰囲気もそっくり……)
(……私やクロムって人と同じ、か。私もいつか、ああやって笑っていられるのかな?)
レナがミアが、そしてステラが、各々にそんなコーダスの姿を見遣って内心に思慕や不安
を抱いていた。一方で、そのコーダス当人は、クレアに視線を移し「そうか。君がハルトと
サラの娘さんかぁ」と昔を偲ぶようにその頭を撫でてやっている。
──旅荷を運び直したり、或いはロビーの椅子に座って人心地ついたり。
暫し、ゆったりと安堵した時間が流れていた。
相変わらず耳さえ澄ませば、まだ外でマスコミや見物人が張っているようだが、もう此処
まで来れば大丈夫。イヨが車中で話していたように、せめて今日一日くらいは好きなように
ゆっくりとさせて貰おう。
「そういや……リオがまだ街に居るって聞いたんだけど」
「ん? ああ、それなんだが」
「結局何でか分からないんだよなぁ。もう“結社”は追っ払ったし、てっきりその助太刀の
為に来てくれたもんだとばかり思ってたんだけど……」
ふと思い出したように、ジークが留守組だった団員達に訊ねる。すると彼らも、やや鈍い
反応を返しながらも、そう首を捻ってみせる。
「ま、何考えてるかよく分かんねぇ人だからなあ。親戚の俺が言うのも何だけど」
言って苦笑う。見ればアルスも「どうしてかな……?」と同じく苦笑気味にこちらを見返
しているようだった。
「……荷物を置いたら、ちょっくら会いに行ってみるかねえ」
ぽりぽりと軽く髪を掻く。
今はあいつ、何処で何してる──?
そんな事を二・三、団員達に訊いてみてから、そうジークはぐぐっと伸びをしてごちた。