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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-54.団員達(かぞく)の帰還と廻る歯車(前編)
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54-(1) 歓声轟く中で

 三度目の帰還は、それまでとは違い、まるで十数年ぶりでもあるかのような錯覚をジーク

達に与えた。

 大都から何度か乗り継ぎを挟んだ飛行艇が、空港ポートに着陸する。皇国トナンからの帰国時の記憶に

馴染んだ風景が、サァッと目の前に広がっている。

 各々に荷物を手に肩に、引っ提げて機体の外へ。タラップへ。

 そこで一行待ち構えていたのは──やはりというべきか、マスコミの大群だった。

 ストロボの光が、眩しくて無遠慮だ。次々と「長旅お疲れさまでした。皇子」だの「今回

の一連の事件について、ご自身思う所はありませんか?」だのと矢継ぎ早にコメントを求め

られたが、ジークやリンファ、イセルナらがアルスやシノ、コーダス──訳あって同伴中の

皇国トナン側一同を庇うようにして寡黙に進む。

 ちなみにレジーナ・エリウッドとは、既に大都むこうで別れている。今頃は二人とも鋼都ロレイランに戻り、

社員達とも再会している筈だ。

「皆様。お帰りなさいませ」

「どうぞ、こちらへ」

 空港ポートの建物前には既に、迎えと思しき官吏達が待ってくれていた。

 アウルベ伯か、或いはアトス政府か。折り目正しい所作で一礼し、促してくれる彼らに頷

き返して、一行は事前の打ち合わせ通り複数の鋼車に分乗する。

 用意された鋼車は、皆そっくり同じ型の、いわゆる黒塗りの車体で統一されていた。

 警備周りの関係から、自分達が乗る瞬間はマスコミに撮らせない。

 がっつりと武装した警備兵らが文字通り彼らの前に肉壁を作り、盾を並べ、誰がどの車両

に乗ったかを確認させない。

 大きく分けて、一行は四班に分かれていた。

 一つはジークとアルス、リンファやイセルナを中心とした皇子グループ。

 一つはシノとコーダス、彼女ら夫妻を守るサジ以下皇国トナン関係者のグループ。

 一つはダンやシフォン、大都げんちに出向いていた団員達のグループ。

 そしてもう一つは、ジークとアルスを模したオートマタを乗せた、ダミーのグループだ。

 ……こういう移動は何も今に始まった事ではないのだが、正直ジークもアルスも、あまり

いい気分にはなれなかった。

 もしかしたら誰かに殺されるかもしれない。魔導の人形とはいえ、そんな身代わりを用意

させてしまう境遇を含めた、どうにも己の身の丈に合わないような周囲の厳戒さ。或いは彼

らの期待に応えられているのか怪しいという、一種の自己不信だろうか。

「ジーク皇子、アルス皇子~!」

「“結社”をぶっ飛ばしてくれてありがとうよ!」

「う~ん……顔が見えない。イケメンだって聞いたのになぁ」

「万歳ー! ブルートバード、万歳ー!」

 それでも、現実は進んでいく。自分達も“歩んでいかなければならない”。

 それは、鋼車の列が梟響の街アウルベルツに入って程なくすると顕著になった。

 熱烈な歓迎。沿道には既に多くの人々がジーク達の帰還を待っていた。

 自分達を呼ぶいくつもの声と、謝辞、或いは時折交じる黄色い歓声。

 とはいえ窓を開ける訳でもなく、ジークは肘掛けの上で頬杖をついてむすっとしていた。

アルスも皇国内乱後のそれを思い出しているのか、何とも言えぬ苦笑いを隠せない。

「どうせとは思ってたけど、やっぱり凄いねえ。こっちもちょっかい掛けられてたって聞い

てるのにさ?」

「だからこそ、だろう? 彼らには我々が、英雄か何かに見えているのかもしれないな」

「英雄、ねぇ……」

 車内でそう語るのはエトナとブルート、持ち霊の二人。

 ジークはちらりとこの場にいる面子を見渡した。エトナは穏やかな苦笑でこちらを見返す

アルスの頭上に浮いているし、イセルナはイセルナでじっと目を細めて何かに思いを巡らせ

ているようにも見える。

 外は気楽なものだ。内側こちらはリンさん以下、護衛担当の皆が現在進行形で神経を尖らせて

いるというのに。

「……皆、浮かれてるんだ。俺達は奴らに“勝った”らしいからな」


 世界の要人達が集まる統務院総会サミットを狙った“結社”の強襲。そもそも今回の事件はそこ

から始まった。

 囚われた王達、何より仲間達。

 奴らは皆を人質とし、世界中の国々にその王器──聖浄器を明け渡すよう迫った。

 内側から団長達が、外側からは自分達が、これを打ち破り、救い出さんと奔走した。結果

正義の盾・剣イージス・カリバーや冒険者達、現場に居合わせた人々の協力もあって何とか最悪の結果だけは

免れることができた。

 それでも……失われなかったものが無い訳ではない。後々で聞いた話ではあるが、実際に

“結社”の要求を呑んだり、或いは攻め落とされてしまった国も幾つか出たという。

 何より、大都バベルロートの街がボロボロになってしまった。

 人の傷は勿論の事、これから先その復興には少なからぬ時間や労力が掛かることだろう。

 ……なのに、なのにだ。統務院おかみはのたまった。

 対結社特務軍──今回のサミットで決議された、セカイの秩序に仇なす不穏分子らにより

強力に対処する為に創設される常備軍。

 そして事実上、その中核に自分達クラン・ブルートバードが据えられた格好な訳で……。

『要するに身代わりか』

『そう、ね。身も蓋もない言い方をすると』

『だが誰かがやらねばならぬ役割なのだと思うぞ。ここまで対立が拗れている以上は、な』

『そりゃあ、そうだけど……』

 だから最初、見舞いに来てくれたリュカ姉や団長、ブルートにその話を聞かされた時、正

直言ってすぐには割り切れなかった。

 好意的に取れば、世界屈指の公権力が自分達の闘いに太鼓判を押してくれる。

 だがその実、統務院が少しでも“結社”と直接血を流し合うことを回避する為に採った人

柱な策。

『貴方は、不満?』

 だから団長がそう、そっと目を細めて訊ねてきた時、自分はもう諦めないといけないのか

もしれないなと思った。

 自分が“結社”と喧嘩を始めたこと。それが今回で終わる筈もないこと。

 何よりそこへ次々に皆を巻き込み……引き返せない深みに誘っているのだということ。

『……不満っていうか、何ていうか。声明が公表されたでたってことは、もう団長達は承諾済み

なんだろ? 喧嘩自体を後悔してる訳じゃねえさ。だけど、俺たち兄弟の所為で、どんどん

皆が巻き込まれていくのが……怖い』

 最後には唇を結んで、尻すぼみになった自分の声。正直に喋るのが怖かった。

 いや──まだ違う。正直じゃない。一方で思っていたからだ。

 仮に運命って奴が在るのなら、自分に振りかかるそれに。そして翻弄される中で、解って

いるのかいないのか、その時々の面子やら感情やらで事態を混ぜっ返すお上やら市民やら。

 憎しみが、在る。

 自分の中にぐらぐらと煮えるそんな感情を見つけた時……自分で自分が恐ろしくなった。

 俺は守りたかったんじゃないのか? 誓ったんじゃないのか? もう二度と、自分の所為

で大切な人を失わせたくないと願った筈なのに。

 区別しているのか? 大切な人達を蝕む無遠慮な外野たにんに、牙を剥きたいなどという衝動を

抱えているのか──?

『ジーク……』

『分かってるわ。でもこれはもう貴方だけの闘いじゃないのよ? 私たち皆のこと。決して

貴方だけが抱え込むなんて必要は、ないの』

 リュカ姉の、団長の、同情と慰みと寄り添いと。

 自分は言葉なくゆっくりと頷いていた。知らぬ間に左手で右腕を押さえ込んでいた。

 分かってはいる。分かってはいるつもり、だけど……。

『……構わないじゃない。どれだけ彼らが面子や上辺を繕ってきても。確かに“偽物”では

あるけど、チャンスでもあるわ。私達の力で、彼らの笑顔を“本物”にできるかもしれない

のだものね?』

 少し茶目っ気を含んで、だけどきっと彼女は本気で。団長は微笑わらう。


 あの時、自分は酷く苦笑わらっていた。大人だなと思った。

 ぐつぐつ。脳裏に蘇る。他でもないクロムの事だ。あんなになっても“結社”を裏切り、

味方をしてくれたあいつを、統務院おかみは“罪人”として捕まえて行ってしまった。

『仕方ないと思うぞ? お前は……甘いな』

 そんな事を漏らしたら、サフレに言われたっけ。確かにあいつが“結社”の魔人メアとして今

まで犯してきた罪は、あれくらいで消えるとは思わない。

 だけどあいつは、副団長が話していた通りなら……俺のお陰で考え直してくれたらしい。

 だから失ってしまうには惜しかった。せめてもう一度、ちゃんとサシで話をしたいと思っ

ていた。

 周りの人間は、自分が大都を救ったという。だがそんなのは大嘘だ。

 皆がいたからだ。仲間達が、力を貸してくれた者達が──特に父さんの救出に関しては他

でもないクロムの協力がなければ成し得なかった。

 俺は、無力だ。周りの連中がいうほど強くはない。やってる事といえばがむしゃらに剣を

振り回しているくらいなもんだ。

 なのに、持て囃してくる。俺達の“勝利”だなんてのたまって喜んでいる。

 ……自分達は立っていると思うんだ。

 数え切れない程たくさんの犠牲があって、この今に。


「──兄さん? 兄さんってば」

「……ッ!」

 ぼうっと、イメージの中。

 そんな深みから引っ張り出すように、アルスの声が聞こえてきた。

 ジークはハッと我に返る。弟がエトナが、いつの間にか訝しげにこちらを見つめていた。

(やべ。バレちまったかな……)

 半ば無意識に片手で顔を覆い、四指の先でぽりぽりと額を掻く。

 鋼車の列は滞りなく街中を進んでいるようだった。ならば程なくホームにも着くだろう。

「大丈夫? 難しい顔してたけど」

「……ああ、心配要らねぇよ。大したことじゃねえから」

 だが何となく察してるんだろうなあ。こいつ、なまじ頭いいから……。

 ジークは苦笑えみを繕って応えつつも、対座するこの弟がそのまま納得するとは思えなかった。

 事実アルスは眉を下げている。何というか、こっちもこっちで疲れているなと思う。

 イヨは相変わらず緊張した面持ちだし、リンファやイセルナもめいめい何か予想する所が

あるのか、それとなくこちらに目を遣りつつも口を挟む様子はない。

「そ、そうだ。もっかい確認しときたいんだけど、この後って俺達はどうするんだっけ?」

 だからジークは逸らすようにそう自ら話題を振った。「あ、はいっ」とイヨだけが生真面

目にわたわたと自身の手帳を取り出してから教えてくれる。

「一先ずジーク様とアルス様、ブルートバードの皆さんにはお休みいただこうと思います。

向こうではただでさえ強行軍でしたから、休める時に休んでおかないとです。強いて言えば

皇国ほんごく側──陛下とコーダス様、キサラギ隊長達のお見送りでしょうか」

「ああ。サンフェルノの墓参り……だっけ」

「はい。こちらに着いて早々では慌しいですので、数日宿でお休みになられてからの出発と

なりますが」

「……そっか」

 ジークらが頷く。そうなのだ。シノ達がわざわざ梟響の街アウルベルツまで同行して来た理由はここに

ある。ようやく帰って来たコーダスと共に村を訪れ──かつて亡くした同胞と故郷の皆々に

挨拶を、謝罪をしたいという意向があったからだ。

 ちなみにジークやアルスも一緒に行こうかと申し出たのだが……やんわりと断られた。

『大丈夫よ。二人の無事なら映像器で皆さんも知ってる筈だから』

『無理はしなくていい。あんな大変な目に遭ったんだ。僕らで済ませてくるよ。気にしなく

ていいから、今はゆっくりとお休み』

 加えて「必要以上に村に波風を立たせるのもね……?」とまで言われると、もう通す強情

すら持てなかった。

 まぁ久しぶりの夫婦水入らずだ、好きにさせてあげよう。

 それに傍らにはサジやユイがいる。一緒に戦ってその力量の向上は確認済みだし、いざと

なれば飛んで行ける距離だ──結局そうお互いに言い聞かせて、ジーク達は二人の言葉に甘

えることになったのだ。

「……」

 今の自分達には休息が必要。内心ぐうの音も出ない。特務軍の話も、そう遠くない時期に

正式な編成などを統務院むこうと詰める機会がやってくる筈だ。

「中々、そっとはしておいてはくれねぇもんなあ」

 クロムのその後については、ホームに着いてから彼女に調べて貰うよう頼めばいいか。

 何より、まだ──。

 そしてそう再び押し黙ったジークの耳に、引き続き外の歓声が響いている。

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