53-(5) 古巣ではなく
「そういや先生さんから聞いたぞ。お前、あん時随分と無茶な技を使ってたんだって?」
「うっ……。え、ええ、まあ。……すみません」
「ビビるなよ。弁えてるんならいい。その様子だと充分に絞られたみたいだしな。実際、あ
の力のお陰で俺達も助かった訳だしよ」
院内の主区画へ戻る道すがら、そんなやり取りを挟みつつ。
ジークとダン、そしてユイにオズの四人は並び立って病棟の玄関付近に戻って来ていた。
場にはずらりと種々の受付・窓口が並び、それらと向かい合うように多くの患者が待合用ス
ペースに設けられた椅子なりソファに腰掛けている。
「お? あれ、イセルナ達じゃねぇか?」
すると、ダンが見知った人影らを見つけて小さく指を差した。
見ればこの待合用スペースの更に奥には板張りの間仕切りが設置されており、天井側の隙
間から辛うじてその向こう側の様子が覗ける。
どうやら導話をかける為のスペースのようだ。そのずらと並ぶ導話器の一つに、イセルナ
ら仲間達の姿がある。
「──ええ。だからそっちに帰るのはもう少し落ち着いてからになりそう」
ジーク達が早速通路を跨ぎ、彼女達の下に近寄っていった。
ホームの留守番組にだろうか。受話筒を取るイセルナ以外にも、シフォンやリュカ、リン
ファにイヨといった面子がその場を囲んでいる。
「よう。それ、ハロルド達にか?」
「? ああ、ダン。ジーク達も。ちょうど良かったわ。貴方達も話す?」
お互いに気安く挨拶を交わし、振り向いたイセルナが言いつつ受話筒を差し出してきた。
ジークとちらっと顔を見合わせ、最初にダンがそれを受け取る。導話の向こうはハロルド
だった。次いでグノーシュ。どうやら向こうも“結社”達の襲撃をしのげたらしい。
「そっか。悪ぃな、随分と手間掛けさせちまった」
『無用な心配さ。ああいうことも含めて留守を預かった訳だから』
『というか、後半は殆ど“剣聖”の独壇場だったぜ? 流石の貫禄だな。でも何か、戦いが
終わった後もぼーっと街に居座ってるけど』
「ん~、何か用でもあるのかね? わざわざそっちまで足を運んでくれたってことは……」
言って、ダンはぽりぽりと不精の顎鬚を掻いていた。
もう全くの他人ではない彼だが、あの人は未だに何を考えているか分からない所がある。
そうして何となしにダンがジーク──彼の親族にあたる当人を見遣ると、それを合図に今
度はジークが受話筒を受け取る。
「代わりました。俺です。よく分かんないですけど、帰ったら俺から聞いてみます。内乱の
後、気付いたらいなくなってたし、俺個人も色々話したいことがあるし……」
『ああ、そうだね。君達の生還祝いもやるだろうから、一緒に──』
『ジークさん!? ジークさんなんですかっ!?』
と、急に導話の向こうが騒がしくなった。
レナの声だ。随分と興奮している。ドタンバタン、どうやら養父から受話筒をもぎ取って
いるらしい。
そしてジークが目を瞬いていると、耳元で大音量の──半分以上泣きじゃくった彼女の声
が響き渡る。
『ジークさんジークさんジークさん! 無事、なんですよね? 生きてますよねっ!?』
「お……おう。もう団長達から聞いたかもしれんが、病院だ。まだ本調子じゃねぇけど、歩
けるくらいにはなってる。生きてるぞ。大都に突っ込んだ時のは、もうそっちも映像機で視
てたと思うんだが……」
『そうです、けどぉ。そういう事じゃ、ないんです……。ぐすっ、よかった。本当に……よ
かった……』
導話の向こうでレナが泣き崩れたのが分かった。嗚咽する声が聞こえる。
すまん──。ジークはか細く呟くことしかできなかった。ヴァルドーとの約束、敵を欺く
為であったとはいえ、やはり仲間達には随分と心配を掛けてしまった。
『……この馬鹿たれ』
「ぬ? その声、ステラか? た、確かにお前らには悪いことを」
『帰ったら、陰影の眷属百回の刑だかんね』
「ちょっ?! 死ぬ! そんなに魔導ぶっ放されたらマジで死ぬって!」
加えて直後相手がステラに代わり、そんな妙な威圧感満載の一言を。
ジークは何故だか背筋にぞわわっと悪寒が走った。それだけ怒らせた──心配させてしま
った故の表現なのだと思いたいが、ここ半年ほどの彼女を思い出すに、丸っきり冗談だと笑
い飛ばせないのが怖い。
『代わった。私』
「マジ勘弁──って、今度はミアか。すまんがあいつら宥めといてくれ。レナはともかく、
ステラは本気っぽくて流石に背筋が寒くなったぞ」
『……自業自得。ジークは乙女を舐めてる』
「お前までっ?! つか、お前の口から乙女って──」
『……。それよりも、アルスは大丈夫? そこにはいないみたいだけど』
「ん? ああ。少なくとも俺よりは軽症だった筈だぜ。今は母さんと一緒に、父さんの看病
に行ってる。……だったよな?」
更に今度はミアに代わり、またもや妙に手厳しいお言葉。
彼女に訊かれてジークは答えた。ちらりと肩越しに傍らのユイへと振り向き、首肯という
名の確認を取る。
『そう。よかった』
「心配してくれるのはありがたいんだけどな。もっかい団長に代わるぜ?」
「もしもし? ……レナちゃん、大丈夫?」
『ああ。ステラちゃん達と一緒に部屋に戻ったよ。今はそっとしておいた方がいい。さっき
クレアちゃんもシフォンに同じようなことを叫んでいたけれど、皆心配だったのさ』
「そうね。色々と、迷惑掛けちゃったみたい」
『何、そっちに比べればまだ易い方さ。とにかく無事でよかった』
それからまた暫し、イセルナの導話が続いた。
既に互いに心配はたんまりと吐き出したこともあり、その殆どは今後の動き方についての
話し合いのようだった。
もう少し落ち着いたら帰国準備に掛かるわ──。やがてそう言って、長々と続いていた導
話は終わった。カシャンと、受話筒が導話器本体の横フックに収められる。
「……ねぇ、ジーク」
そしてゆたりと、彼女が振り向いてからだった。イセルナが、はたと面々の中に立ってい
たジークの方を見て、にわかに神妙な面持ちになって言う。
「貴方、クランに戻って来る気はない?」
それは即ち懇願であった。コーダス救出の旅に出る為、自分達に要らぬ悪影響を及ぼさな
い為、自らクランを抜けたジークに、団長たる彼女はまた戻って来て欲しいと言ったのだ。
「それは──」
「分かってる。あの時も、私達を巻き込まないようにと思って出て行ったんでしょう? だ
けど知っての通り、統務院は私達をこのままフェードアウトさせる気はない。特務軍の創設
とは言っても、実質は私達に“結社”とぶつかるリスクを肩代わりさせようっていう魂胆で
しょうしね」
淡々と、自虐すら自らの中に溶かし込んで語り出す彼女に、イヨやユイが慌てた。周りの
第三者達に聞き耳を立てられないか、何度も間仕切り越しに辺りを見渡している。
「だけど……ある意味、これは大きなアドバンテージよ。何せ公権力のお墨付きですもの。
今までは自分達の事情でのみ戦っていたのが“正当化”される。物資などの支援もついてく
るとすれば、得るものは少なくない筈だしね」
ジークは一度口を開こうとし、だけどもすぐには言葉を継げなかった。
ああそうだ。ふいになりつつあるのだ。どれだけ自分がこれ以上、皆に本来不必要な危険
を負わせまいと願っても、お上はそれを許さない。父を取り戻したからといって、自身はこ
のまま“結社”を見てみぬふりをする気はないのだが……それに彼女達が追随して来ようと
している。それは当たり前だとすら言わんとしてくる。
「でも、もう団長達に因縁は」
「なくなったと? 水臭いじゃない。まさかただの義理だけでこれまで命を懸けてきたと思
ってるの? ……同じ団員じゃない。とことん、付き合うわよ」
おうよ。ダン以下、場の仲間達が笑っていた。
ジークは気難しい表情をしつつも、ざっとそんな皆の眼差しを見遣る。
「実はね、サフレ君とマルタちゃんにはもう話を通してあるの。快諾済みよ。“結社”がい
なくなった訳ではないってね。シノさん達のこともある。勿論、再始動は貴方や皆の回復を
待ってからになるけれど……これからも一緒に、戦ってくれないかしら?」
あいつら……。ジークはどうにもばつが悪い気がして、ついっと目を逸らしていた。
外堀は埋まっている訳だ。母さんの名も出されている。
嫌味って訳じゃないけれど、これじゃあ突っ撥ねられやしないじゃないか……。
「……団長達が、それでもいいってんなら」
よしっ! 仲間達が、そんなぶっきらぼうなジークの返事に沸いた。
団員。そうだな団長。あんたの願った理想は、こんな関係だっけ。
ぽりぽり。片眉を上げて気恥ずかしげに頬を掻く。イセルナ以下、仲間達の『おかえり』
の声が、中々どうして──こそばゆい。
「ん……?」
そんな時だった。皆と微笑っていたシフォンが、ふとスペースの向こう側、病院玄関から
入ってくる人影に既視を感じたのである。
「どうした?」
「うん。ほらあそこ。あれって、ダグラス長官とエレンツァ副官じゃないかな?」
「あら……本当」
「だな。正義の盾の頭目コンビが、何で……?」
ダグラスとエレンツァ。今回の戦いで共闘もした、正義の盾の正副長官。
ジーク達が見たのは、そんな二人が、ちょうど受付の前に立つ姿だった。