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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-53.勝ち取ったもの、失ったもの
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53-(0) 閉幕と軍靴と

 災いは、去った。

 だがそれは「悪い夢だったんだよ」と逃避するような思いとはイコールではない。

 大都バベルロート、顕界ミドガルドを含め世界有数の大都市。そんな街が“結社”による襲撃と制圧

に甘んじた事実はもう変わることはない。

 それでも、続いていく。

 失われたものは決して少なくはなかったが、それでも生き残った人々には容赦なくこれか

らという名の日常が待っている。つい数日前までは石廊の迷宮の中で上がっていた悲鳴も、

今ではトンカンと街のあちこちで家屋の修理に勤しむ人々の音で溢れている。

「──議論もたけなわだな。諸君、そろそろ決を採りたいと思うが、どうだろう?」

 そんな一方、今まさに世界情勢が新しい一歩を踏み出そうとしていた。

 場所は第四隔壁。大都の最外周にして、開発途中が故に“結社”の襲撃を免れた地区。

 王達や統務院議員、随伴の官吏といった者達が、その一角に設けられた仮の議事堂に集結

していた。言わずもがな、一旦中断させられていた統務院総会サミットの続きを改めて行う為である。

 議長役であるハウゼン王が、上座のテーブルに両手を組んだまま言った。

 それまで残った調整作業を消化していた王達が、めいめいに顔を上げて頷く。勿論その中

には、皇国トナン代表としてのシノやアルスも一緒だ。

 うむ。皆の首肯にハウゼン王も頷いた。

 厳粛な面持ち。されど何一つ纏まらなかった最初の事を思えば、その雰囲気は随分と安堵

したもののようにすら感じられる。

「では、採決に移る。本件・統務院共同声明──及び『特務軍』創設に関する統務院令案に

賛同する者は、挙手を」

 にわかに王達のざわめくような吐息が漏れる。

 彼らはお互いに近くの相手を、他国の王らの様子を窺っているようだった。

 横目に何度もちらちらと。だがこの場において、もう議案に頑なな反対を示すような者は

いなかった。

(……随分な変わりようだよなあ)

 理由は明らかだ。現実として当の“結社”が、自分達の至近距離まで襲い掛かってきたか

らに他ならない。

 他の王達と同じくすいっと挙手する母の隣で、顕現を解いて気配だけで寄り添うエトナと

共に、アルスは目の前の推移に何とも喜べない皮肉を感じていた。

 あれだけ“関わりたくない”と「団結」せずにいた王が、議員達が、一つになった。

 だけど解っている。これは心根からのそれではない。利害の一致──或いはその身に刻み

込まれた恐怖心が故だ。

 皮肉なものである。あれだけ“結社”と真正面から戦いたくないと及び腰だった彼らが、

いざ当の連中から脅されたことで一つに纏まろうとしている。

 当たり前と言えば当たり前の流れなのかもしれないが、人間というものの浅さに、アルス

はつい失望しそうになる。

(これじゃあまるで逆じゃないか。……いや、奴らはむしろそれを狙った……?)

 まさか。ふと脳裏に過ぎる可能性に、ふるふるとアルスは密かに首を横に振る。

 “結社”は、自分達を倒そうとする勢力の結集を恐れ今回の襲撃に踏み切った──という

のは、いざその瞬間になるまでの推測はなし

 今やその線は薄いだろう。母も、おそらく他の王達も勘付いているのではないだろうか。

 あの時“教主”を名乗った光球は言った。王器──聖浄器を差し出せと。実際その一連の

全世界規模での攻勢で、幾つか中小の国が陥落してしまったとも聞く。

 だがアルスには、妙にしっくりとこなかったのだ。

 ……稚拙過ぎる。他にやりようがなかったのか? トナンの時のように、密かに国の中枢

を侵していった上で掠め取るという事も、奴らの組織力では不可能では無い筈だ。敢えて慎

重さに推測を向ければ、同じ手は何度も通じないと一気に「攻め」に転じたとも考えられな

くもないが……。

 だとしても、返ってくるリスクが大き過ぎると思うのだ。

 実際、襲撃事件が梃子になり、今回ファルケン王らの連名で提出された国際軍──最終的

には『特務軍』という名称になった──が現実のものと為ろうとしている。

 統務院直属軍・正義の盾イージス正義の剣カリバー

 法案はその権限と規模を拡大し、“結社”を始めとした反社会的勢力の討伐を主要任務と

する常設軍を創るというものだ。事実上の対“結社”軍と言っていい。

 更に当面、その主軸・先頭に立つべしとされたのが自分達──これまで“結社”達と何度

も戦い、退けてきた実績を持つ、我らクラン・ブルートバードな訳で……。

(要は人身御供なんだよね。イセルナさん達を前面に出しておけば、名義に名前を連ねても

直接奴らとぶつかるケースは減る……)

 密かに嘆息。法案の原稿を読んだ、各国の折衝が進む時点で分かり切っていたことだが、

アルスは改めてこれが「大人」のやり方なんだなと思った。

 そりゃあこのまま、これで奴らとの戦いから身を退きます──なんて事を兄さん達は言わ

ないだろうけれど。

 でも心配であることは変わらない。むしろ増すんじゃないかとすら思う。

 少なくとも父さんは、コーダス・レノヴィンは、やっと取り戻せたのだし……。

「満場一致。よって本議案は可決された。諸君の協力に感謝する」

 そうしていると、厳としたハウゼン王の声が響いた。ぱちぱちと、王達がそれぞれの席で

お行儀のよい拍手を鳴らしている。

 ハッとアルスは我に返った。皆が皆、貼り付けた微笑を浮かべている。

 いけない。そんな周りの様子を見て、アルスは一人むすっとしそうになる自分を堪える。

(……ごめんね。アルス)

(母さんの所為じゃないよ。僕が、まだまだ青いってだけ)

 そんな息子に、シノはこっそりと労いの言葉を向けてくれた。

 それだけで嬉しくって、申し訳なくて。改めてアルスは、務めて笑おうとする。

(うーん……。言っとくけど、アルスの所為でもないんだからね? むしろ周りのこいつら

の方がよっぽどゲスいんだって)

(……。それを言っちゃおしまいだよ)

 更に気配だけのエトナも、そんな相棒をフォローしたくなったのか声を掛けてくる。

 今度こそ苦笑混じりに。アルスは感じるその存在に、振り向きはせずとも言って、尚も続

く大人達の拍手の嵐の中にただ佇む。

「では、これにて新聖歴九八五年度・統務院総会サミットの閉会を宣言する。起立!」

 議長ハウゼンの合図にて、拍手を止めて一斉に立ち上がり、上座に掲げた統務院の旗印に一礼を。


 ようやくの閉幕。催事の終了。

 だがそれは──お世辞にも全ての戦いの終わりだとは、場の誰もが思わなかった筈で。

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