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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-52.待ち侘びた彼(か)の肖像
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52-(1) 再会の刻(とき)

「助けに……来たぞぉぉぉー!!」

 それは切っ先と言うよりは、巨大な鉄柱のように見えた。

 護皇六華の一つ、黒藤。その性質は使い魔(鎧武者)の召喚。

 大刀の突き。ジークの絶叫に近い気合いと共に、アルス達を閉ざしていた岩のドームは、

その天井からも大きく大きく風穴を空けられる。

「兄さん……」「ははっ、ジークったら」

「嗚呼、ご無事でしたか……。よかった……」

「登場は、随分と派手にしてくれたみたいだけどね?」

 空高く浮かぶ彼に、黒藤とリュカに、仲間達──とファルケン王、四魔長はそう仰ぎなが

ら笑みを零さずにはいられなかった。風穴の下では大量に土埃が舞い、瓦礫となったドーム

の破片がばらばらとあちこちで落ちていく。

 敵はどうなったろう?

 苦笑しながらも、しかしイセルナはまだルギス達から警戒の眼を解かないでいた。

「しかしよ。あいつのデカブツ、あんな派手だったか?」

「言われてみれば……。トナンの時と比べて感じが違うね」

「……彼のオーラ量が尋常ではなくなっている。何があったかは知らないが、ああいう一体

型であれば、強く使い手の影響を受けて変化してもおかしくはない」

 一方でダンは、黒藤の変化に気付いて眉を寄せていた。

 シフォンも以前の記憶を辿りその巨体を見上げていたが、魔人メアであるクロムには皆とは違

ってある程度、ジークの身に起こった変化には見当がついているらしい。

「──」

 ガリゴリッ。ゆっくりと黒藤の大刀が石畳から引き抜かれていった。大きく抉られたその

痕、そこを中心に攻撃に巻き込まれたルギスの使い魔達が残骸となって転がっていく。

 空中で鎧武者とぴたりと動きを合わせ、引き寄せた黒刀を片手に、ジークは目を凝らした

まま眼下の様子見ていた。

 どうやら仲間達を巻き込むという失敗はせずに済んだようだ。尤もこの一撃の狙い自体、

リュカに示して貰ったストリームの集束先──ドームの奥側である。侵入経路からして中で

は敵味方、半分に分かれて戦っていたものとは思うが……。

(ありゃあ……何だ?)

 それでもジークは尚眉を潜めていた。近くで浮かぶリュカも、同じくその視線の先を怪訝

に注視している。

 光球があった。薄紫に光る大きな光球が、石塔の頂上、自分達がかち割った岩のドームの

中で静かに佇んでいたのだ。

 白衣の男──ルギスが、ゆっくりと眼鏡のブリッジを押さえながら立ち上がっていた。

 まだ土埃が激しい。仰ぎ見て安堵している仲間達は手前側に集まっているが、肝心の敵の

頭数がまだ把握し切れていない。

 あれは一体、何なのだろう?

 少なくともリュカが示してくれた通り、この結界を操っている術者──おそらくあの着流

しの鬼族オーグ──をぶっ飛ばすことはできた筈だが。

(……少なくとも、味方じゃねぇわな)

 両手で黒藤を握り、ジークは平行に剣を構える。

 よく分からない。しかしルギスが生き残った継ぎ接ぎの機械人形達を呼び寄せているのを

見るに、どうやら奴らにとって大切な何かではあるらしい。

 しかし、それで充分だった。

 平行から持ち上げ大上段に、背後の鎧武者くろふじも大刀を持ち上げて構える。

 ……なら、ついでにぶっ潰す!

 少なからず身に余るそのオーラを伝わせ、ジークは再び“結社”達に、眼下に佇むこの薄

紫の光球目掛けて刃を振り下ろし──。

『ッ!?』

 だがその一撃は届かなかった。

 振り下ろされた刃、その真正面に黒い靄と共に転移してきたジーヴァとヴァハロ、二人の

剣と手斧・手槍によって次の瞬間、これが受け止められていたからだ。

「あいつら……!」

 アルスが、場の面々が険しい表情になって身構えた。

 忘れもしないあの白髪の剣士。

 トナン内乱の際、玉座のアズサ皇を斬り捨てた魔人メア……。

「……」

「どっ、せいッ!」

 無言で、或いは呵々と笑いながら両腕に力こぶを作り、二人は何とこの巨大な一撃を弾き

返してしまった。その反動で黒藤と大刀は上空へ打ち上げられ、動きを連動させるジークも

この反撃の一発によって大きく後方へと飛ばされる。

「ジーク!」

 斜め上を滑っていった彼に慌てて振り返り、リュカが叫んだ。

 だが弾き飛ばされた勢いも、当のジークが歯を食い縛りながら踏ん張ることで止まる。

「……っ」

 空中でぐっと立ち直し、ジークは大きく息を荒げた。

 見える、感じる。奴らだ。皇国トナンで南方で、まるで歯が立たなかった奴らだ。

 暫し遠く眼下の彼らを睨み、対峙する。二人とルギスらは、さっきの光球を守るようにし

て立ち、同じくこちらを見上げている。

 唇を強く結び、ジークはぐんとその高度を下げて行った。リュカも慌ててこれに続く。

 風穴から石塔に、皆の下に着地する。黒藤はその召喚を解き、黒刀も鞘に戻した。代わり

にざらりといつもの二刀を抜き放つ。消耗もそうだが、黒藤こいつをこのまま振るい続ければアルス

達にも危害が及ぶ。

『……済んだか?』

「はい。先ほど」

「多少邪魔者はいましたがね。ですがそれもまぁ、あの方のお陰で随分と」

『うむ。連絡は受けている。大儀であった』

 なのでその光球──“教主”が喋った瞬間、ジークやリュカは目を丸くして驚きを隠せな

かったようだ。

 あくまで得物を手にしたままジーク達を警戒し、ジーヴァとヴァハロが答えている。

 もしかして……あれが奴らの親玉だってのか?

 ようやくその正体に気付いたジーク(とリュカ)の下へ、仲間達が駆け寄ってくる。

「兄さん!」「ジーク!」

「どうやら無事に追い返せたようだな」

「で、でも何か、ジークさん、凄いことになってません……?」

「……その辺の諸々は後でいいだろ。それよか今は」

 ぐるり。やっと再会できた仲間達に囲まれ、ジークはリュカと共にこれをざっと見渡して

いた。

 アルスとエトナ、団長に副団長、リンさん、シフォン。サフレとマルタにオズ、サジのお

っさんにユイ、トナンの戦士達。加えてセドさんとサウルさんが此処に残ったままというの

は、やはり戦鬼とうさん絡みか。その当の本人も、さっきの一発に巻き込まれた筈なのにもう復活

している。

 しかし……何でファルケン王あいつまで交ざってるんだ? てかなに嗤ってんだよ。

 あとあそこの魔族四人組は──見覚えがある。大都ここに来る途中、リュカ姉の端末で映像を

見た。確か四魔長とかいったっけ。

 あ~、いやいや! それよりも……。

「うん?」

 言いたい事は山ほどあった。

 しかしジークは、今この状況とマルタに問われたそれから逃れる為に、一つ最低限の疑問

だけをダンらに向けることにする。

「その。何でこっちに坊さんがいるんだよ? これじゃあ、まるで──」

「ああそれな。心配すんな。色々あって仲間になったんだよ」

「既に下層の市民や王達は避難させた。あとは、僕らがやるべき事をやるだけだ」

「お、おう……?」

 なのに、当の仲間達は既にこちら最大の謎をあっさりと認めているようだった。

 次いでシフォンが補足のように結界内の現状も伝えてくれる。だがジークはリュカと顔を

見合わせるだけで、生返事のような反応しかできない。

「いいんだよ。どーんと構えとけ。そもそもこれは、他ならぬお前のお陰なんだからさ」

「……??」

 だが、そんな時だったのだ。

 ガラガラ。四散してきた土埃の向こうで、リュウゼンが息を荒げながら瓦礫の中から起き

上がってきたのである。

「馬鹿……野郎。てめぇ、自分が一体何やったか分かってんのか?」

 一同が一斉に彼の方を向く。それぞれに武器を手に身構える。

 リュウゼンは着流しを大いに血や土埃で汚していた。それでもダメージは魔人メアの再生能力

が順調に回復させているようで、即ノックダウンという様子でもない。

 しかし一つ変わったことがあった。魔導具である。

 この空間結界が発動した、その最初の瞬間から彼が装備していた『天地創造』が、鎖から

輪っかの部分から砕けて崩れ落ちていたのである。

 “教主”やルギス、ジーヴァ、ヴァハロ。

 淡々と視線を遣っていた面々が、そこでようやく彼を静かに見開いた目で捉え始める。

「崩壊しちまう。制御器がお釈迦になった今、もう空間結界ここは長くもたねぇ。敵も味方も、

全部まとめて空間の狭間に押し潰すことになるんだぞ!」

 叫ぶ。イセルナ達が眉を深く深く寄せていた。

 そして次の瞬間、さもその言葉を待っていたかのように──セカイが揺らぐ。

 崩壊が始まったのだ。足元から繰り返し強く揺さぶられる感覚。それは徐々に威力と頻度

を増やしていき、皆々が持つ本能的な感覚に火を点けるのに事足りなかった。

「……これ、拙くない?」

「警告。魔流ストリーム座標ノ基軸群ニ深刻ナ揺ラギヲ検知シマシタ。速ヤカナ脱出ヲ提言シマス」

「あわわっ! どど、どうしましょう!? 結界が解けるには解けますけどぉ!」

「落ち着きなさい。……私達にはまだ、やり残したことがある」

 エトナが青褪めた顔芸を見せ、オズが橙のランプ眼を点滅させながら言う。皆が起こり始

めた事態に忙しなく周囲を見渡し始め、サウルが半泣きになって狼狽するマルタをそっと宥

めている。

『……撤収する。目的は果たされた。もう此処に用は無い』

 なのに“結社”側は何を思ったか、一方でそんな命令が下されようとしていた。

 たっぷり数十拍黙り込み、“教主”がその薄紫を点滅させながら場の使徒達に言う。

 するとリュウゼンを含めた彼らはただ「御意」と恭しく頭を垂れ、そのまま踵を返すと何

処かへ行こうとするではないか。

「ま、待ちやがれッ!」

 思わずジークが、ダン達やファルケン王、四魔長が追いすがろうとした。

 だが先に黒藤の大刀の一撃を叩き込んでいたのがここ来て仇となった。再会の時を喜ぶに

は有用な間合いであった両者の隔たりも、逆に逃げる“結社”達を追うには妨げになってし

まったからである。

 次々と、使徒や“教主”は姿を消していった。黒い靄や弾けるストリームの光、多段に重

なったそれだけが残っていき、追いすがるジーク達の視界を邪魔する。

「さぁ、戦鬼ヴェルセーク。行くゾ」

 そしてルギスもまた、先を行こうとするリュウゼンを追いながら振り返り、次々に消えて

いく使い魔達を背景にこの黒騎士を持ち持ち帰ろうとする。

 だが。

「──」

 蹴っていた。次の瞬間、ジーク達も予想していなかったクロムが、まるで射出されるが如

く地面を蹴っていた。

 飛び込んでいる。その先にいるのは、他ならぬ戦鬼ヴェルセーク

 ルギスや背後のリュウゼンが驚き、目を見開いていた。

 何よりも虚を衝かれたのはヴェルセーク当人だろう。何せルギスに振り向こうとしたその

半身の姿勢のまま、彼はクロムの“石罰”を受け、その右脚を地面に固着される格好になっ

てしまったからである。

「坊さん!」

 ジーク達が叫ぶ。ルギスらが眉間に深い皺を寄せる。当のヴェルセークの眼に、凶暴な光

が宿る。

 それでもクロムは止めなかった。全身でこの黒騎士の右脚に組み付いて抱え込み、まるで

有りっ丈の力を注いでこの部位周辺全てを硬く硬く留めようとする。

「そうは、させない。せめてお前だけは……彼らの為にも……!」

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