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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-52.待ち侘びた彼(か)の肖像
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52-(0) 壊決の音

 遥か頭上で、不意に轟音が鳴り響いた。

 迷宮内中層域。一進一退の戦いを続けていた連合軍と“結社”の軍勢は、それぞれがはた

と攻撃の手を止めると空を仰いだ。

「……何だ、あれは」

 巨体があった。見上げた遠く上空に、巨大な人影らしきものが浮かんでいる。

 そしてそれはヒトではなく、何かの使い魔のように見えた。

 目を凝らす。黒地に豪奢な文様と装飾が彩られた全身鎧の武者。見ればその巨体が突き出

した大刀が、最上層の岩のドームをざっくりとぶち抜いているではないか。

「鎧武者……? まさか」

「お、皇子です! じ、ジーク皇子が、最上部に突入を!」

 一旦相手──セシルとヒルダを足元からの岩槍で以って突き放し、ダグラスは呟いた。

 するとすぐに近場の部下が双眼鏡を取り出し、確認してくれる。わぁっと仲間達が喜声を

上げていた。そして勿論、一方で“結社”側の魔人メア──使徒達は面白くないと、静かに剣呑

な表情を浮かべ出す。

「……まさか、本当に辿り着くとはね」

「さっき“蒼鳥”達がカチコミを掛けていたからな。リュウゼンの奴も流石に対応が後手に

回ったってことなのかもしれん」

「アヴリルとヘイトは? 彼らを追って行ったんじゃなかったの?」

「さてね。むしろ返り討ちに遭ってるんじゃないか? アヴリルはともかく、ヘイト程度の

戦闘力じゃあ、あの裏切り者を押さえるのは難しいし」

「ねぇねぇ、バトちゃんは? バトちゃんは何処に行ったの?」

「“武狂”殿か? 確かに召集に応じていないな。……まさか、レノヴィンに?」

 それでも尚、彼ら五人(と一体)には余裕さが感じられた。

 状況は連合軍にとり好転している筈だ。なのに彼らは、この状況にも殊更怒りを剥き出し

にするでもなくただ淡々と、それでいて「忌々しい」という態度こそはみせている。

(どうあっても、私達のことは歯牙にもかけぬつもりか。しかし……)

 妙だ。エレンツァ以下部下ら、そしてサーディス兄妹とも改めて横並びなり、視線を戻し

たダグラスは槍を握ったままそう暫し沈黙する。

 そもそもこの場は、脱出させた王達を奴らに追撃させない為のものだ。

 既に他の敵友軍が外に出、襲撃している可能性はある。だがそれをさせぬよう、この結界

内に散る友軍には可能な限り通信を繋いでおいた。少なくとも此処で奴ら使徒クラスの敵を押さ

えておけば、これ以上致命的な失敗になるとは考え難い。なのに。

「まだ余裕綽々といった様子、だねえ。よっぽど最上層あっちの残存兵力に自信があるのか……」

「だとしても不自然です。奴らがこの大都を襲ったのは、王達を一網打尽にする為ではなか

ったのでしょうか?」

「うむ……」

 言ってゆらりと隣に立つヒュウガと、それとは反対側の傍らで呟くエレンツァ。

 ダグラスはこの副官の言葉に頷きつつも、明確な肯定まではできなかった。利発な彼女の

ことだ。向けてきた表現こそ疑問形だが、彼女もまた既に勘付いてはいるのだろう。

(奴らには何か、他に目的がある……?)

 とはいえ、それが何かは分からない。結界の外と充分に連絡が取れない以上、王達を人質

に何かをしようとしていたという大雑把な推測が関の山だ。

 それに、ヒュウガの言葉もある。

 見当たらないのだ。トナン内乱の報告にあった、先皇アズサを死に至らしめたという白髪

の剣士、ここに来る道中で交戦もしたその使徒と、その時一緒だった竜族ドラグネスがこの場には姿を

見せていない。

 これも推測でしかないが、彼らは最上層あちらに回ったのだろうか? そもそも奴らが今回、どれ

だけの数を投入されているのかすら分かっていない。イセルナ・カートン達に結界からの

解放を託したのは、もしかすれば失策だった可能性もある。

「……」

 それでも、そんな諸々の思考──手前勝手な推論をここで漏らす訳にはいかなかった。

 第一、メリットが乏しい。今ジーク皇子が最上層に突入した、その変化が部下達の士気を

明らかに高めているというのに、不確定な自分の言葉でそこに水を差すべきなのか。

 少なくとも王達を脱出させることはできた。その部分は事実で確かな進捗だ。

 繰り返すが、なのに今ここで兵力を──そんな己の漠然とした不安を理由に──分割し、

目の前の魔人達かれらを獲り漏らせば、それこそ外で進行中であろう王達の避難をふいにしてしま

いかねない。

 自分は正義の盾イージスだ。彼らを、護る者なのだ。

「総員!」

 故にダグラスは叫んだ。部下達、ヒュウガや傭兵らがそれぞれにこちらを見遣る。

「もう少しの辛抱だ! 全力で、食い止めろ!」

 過ぎった疑問がある。不安がある。

 だがその所為で今なすべきことを怠ってしまえば……またどれだけの犠牲が増えるのか。

「……はい!」

「元よりそのつもりだけどね……。これが“全て”の終わりにはならないにしても」

「正直、一番おいしい所を持ってかれるのは惜しいが、まぁしゃーねぇわな」

「少なくとも収穫はあるしね。使徒サンプルが一人、確定してる訳だし」

 ヒュウガが長剣を、グレンが大剣を構え担ぎ直し、ライナが両腕に磁場と化したオーラを

燻らせていた。正義の盾・剣イージス・カリバー、その他兵達。そのずらり波打って横並びになっていた面々に、

小さく舌打ちするフェイアンらと“結社”の軍勢が向かい合う。

「押し返せぇ!」

『おぉォォーッ!!』

 そして、再び激しくぶつかり合う両陣営。

 無数の剣戟と共に、今災いたたかいは最終局面を迎える。

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