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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-51.君の想いがセカイを焦がす
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51-(6) 滑空一閃

 高く高く空を飛んでみても、今は邪魔が入らないらしい。

 無機質な灰色の空。ジークとリュカは風紡の靴ウィンドウォーカーの風を纏い、一路迷宮の最上層を目指して

いた。

「どうやらツキが巡って来たみたい。友軍みんなが突入してきたことで、結界主もおいそれと制御

のみに集中できなくなっているのかも」

 彼女曰く、友軍が最上層てっぺんに突入した事により状況が好転しているらしい。

 確かに結界内ここに進入してすぐの頃は、直接飛んで行くこともままならなかった。結界主が

空間──距離を改変し、辿り着くことが出来なかったからである。

 しかし今はその干渉が起こる気配はなかった。それでも二人は、直線ではなく大きく円を

描くような曲線的な軌道で以って飛んでいる。

 彼女の推測では、先に突入した友軍もこの攻略法に気付いたのだろうという。

 距離を弄られぬよう円状に動き、行使がされればすかさず内円側に駆ける。

 理論上、それができれば結界主からの干渉もものともしない筈なのだそうだ。実際、自分

達が飛んでいる──なぞっている軌道上には、明らかに不自然・作為的に迫り出された多数

の石柱が円を描くように残っており、加えてそれらを破壊し、凍て付かせた跡がそこかしこ

に見受けられる。先達の足跡というやつだ。

(氷……。あのキザ野郎か、それとも……団長?)

 それら石柱群を横目にしつつ、ジークははたと浮かんだ可能性に眉を顰めていた。

 先に突入した者達は無事だろうか? サフレ達は? 他の魔人メア達に返り討ちに遭ってはい

ないだろうか?

 広かった。いざ空を舞って俯瞰してみると、この迷宮内は予想以上に広々と、そして殺伐

としているように思えた。

 灰色の無機質な空、ぐねぐねと絡み付きながら登っていく石廊、まるで立ちはだかり自分

達を見下ろすように建つ方々の淡い藍色の石柱群。

 此処には、これだけ広大な土地には、本来それらを覆い尽くすほどの街並みと人々の営み

があったのだ。

 それが今は、変貌してしまっている。眼下のあちこちで黒煙や火花、友軍と“結社”達が

戦っている様子が窺える。

 刻一刻と移ろいゆく状況と戦火、戦場となった大都。

 これが──自分達が突き進んだ先にみた風景。

「……っ」

 ジークはぎゅっと強く唇を結んだ。噛み締めていた。

 本当にそうなのか? こんなものを、自分は望んだのか?

 確かに自分は力を求めてきた。皆を守れる力を。もうこれ以上、誰も失わせないように。

 なのに……このざまだ。

 誰の声だろう、今まで出会った者達の声か? それとも自分自身の声か。

 頭の中でそれらが悲鳴のように反響する。俺達は“正しかった”のだろうか?

 思い出す。皇国トナンの時も、風都エギルフィアの時も、フォーザリアの時も。

 そもそもに、あそこに自分達がいなければ、関わらなければ、結末はもっと違っていたん

じゃないかと思うことがある。自分の所為で争いが起きているんじゃないか──? そう罪

の意識が湧き起こる度、自分はそれを“結社のせい”として押し込めてきたように思う。

「見えたわよ!」

 だが意識を揺り戻すように、リュカの声が聞こえた。

 ばたばた、高所ゆえの風圧が全身を撫で回す。見れば目的の最上層──石のドームで隠さ

れた大きな石塔の頂上がそこにはあった。かち割ったような風穴が一つ。まだここからでは

辛うじて剣戟や爆発の音が聞こえる程度だが、今まさに皆があそこで戦っている。

「リュカ姉、あの着流しの鬼族オーグはどの辺にいる?」

「あそこ。奥よ。結界内のストリームが、あちこちからあそこに集束してる」

 傍らのリュカに訊ね、じっと目を凝らした彼女はびしりと指をさした。

 天井、全体を見下ろすに、石のドームの奥の端。マナを視れる魔導師かのじょ曰く、この空間結界

を成す力の流れの大元はそこに在るのだと。

「……。リュカ姉、ぶっ挿してくれ」

 ざらり。ジークは腰の三本からずしりと重い黒刀を──黒藤を抜いて言った。

 目を丸くしてリュカがその横顔を見ている。

 だが数拍の逡巡の後、彼女は彼のやらんとしていることを悟り、コクと頷いてから手近な

ストリームを掴んで手繰り寄せると一気に挿入、彼の二度目の“接続コネクト”を後押しした。

「突き崩せ! 黒藤!」

 爆発的に跳ね上がったオーラの量。真っ直ぐに掲げた黒刀の刃。

 叫ぶジークの背後に、巨大な鎧武者が姿を現した。

 しかもその姿は、以前顕現した時よりも明らかに重厚に、豪奢になっている。

 ジークがこの太刀をむんずと両手に握り、脇へ引きつけて構える。同じく鎧武者も手にし

た大刀でその動きに倣う。

「いっけぇぇぇーッ!!」

 放たれる刺突。鎧武者の切っ先が真っ直ぐに石のドームを狙う。


「──? 何か来る」

 弓を構えていたシフォンが、はたとその尖り耳をピクつかせて振り向き、呟いた。

 ルギスの使い魔、或いはヴェルセークと押し合い圧し合いを続けていた仲間達が「え?」

とめいめいに彼の方を見遣っている。

 そんな、次の瞬間だった。メキメキッと、分厚い石の天井が突如裂け始めたのである。

 危険であることは明らかだった。イセルナ以下突入組が慌てて後方──風穴の方へと下が

っていく。ルギスの使い魔達も、何事かと頭上を見上げている所だった。

(!? しまっ──)

 そしてリュウゼンは、ようやくそこで自身の状況の拙さに気付いた。

 逃げ場がないのである。結界制御に集中できるよう、場の奥へ奥へと引っ込んできたこと

がここに来て災いし、彼の後ろにはもう僅かな石壁しかなかったのだ。

 中空の“教主”が心なしか点滅している。石の天井が大きくひび割れていく。

「ガッ……!?」

 刀だった。おそろしく巨大な刀の切っ先が、真っ直ぐにこちらに向かって突き立てられて

来たのだ。

 砕け散る石のドーム、天井。

 響き渡る爆音と、大量の土埃と共に吹き飛んでいく使い魔達やヴェルセーク。

 辛うじて突入口付近へと避難したイセルナ達は唖然とその瞬間を目撃していた。立ち込め

る風圧で思わず身を硬くし、何が起こったのかをすぐには把握できないでいる。

 ──直撃に近い一発を受けていた。

 リュウゼンは魔導具を装備したそのままの格好で、血を吐きながら白目になり、大きく身

体を弾き飛ばされながら宙を舞っていく。

「アルス! 皆!」

 そしてイセルナ達は見た。アルスとエトナが涙目になって、破顔して、その高く上空から

呼び掛けて来る声の主を認める。

「助けに……来たぞぉぉぉー!!」

 風を纏うリュカと、黒藤を突き出して空中に在るジーク。

 閉ざされた迷宮で今、仲間達を再会させる大穴が空いたのだ。

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