50-(6) 星矢に乗って
ダンの戦斧が、また一体魔獣を真っ二つに叩き割っていた。
どうっとその亡骸が崩れ落ちる。ちらりと周りを見渡してみれば、仲間達も皆各々懸命に
なって“結社”の軍勢を押し留めては弾き、押し返しては得物を叩き込んでいる。
「……イセルナ達が天辺に着いたか。アルス達も無事だといいんだが……」
鳴り止むことなく響き続ける剣戟。ダンは呟いて天を仰いだ。
高く遠い、迷宮の最上層を覆っていた石のドームには風穴が空き、周囲に妨害を切り抜け
た跡とみられる不自然に盛り上がって砕けた岩柱や凍て付いたままの箇所が点在する。ここ
からでは流石に内部の音は聞こえないが、今まさにイセルナ達は“教主”らと相対している
ことだろう。
側面から迫ってくるオートマタ兵を数体、振りざまに一閃。ダンは静かに眉根を寄せる。
大丈夫だろうか。おそらく敵の主力はこちらに振り込まれているとはいえ、その本丸まで
がもぬけの殻という事はない筈だ。少なくともこの結界の術者やヴェルセーク、彼らを守護
する他の魔人などが居ると考えて間違いはない。
いや……それよりも心配なのはあいつだ。
クロム。今も信じられないが“結社”を裏切ってまでこちらに付いてくれると約束してく
れた魔人──鉱人族の僧兵。
お咎め無しなどあり得ない。奴らは彼を抹殺しようとするだろう。それだけは避けなけれ
ばとダンは思った。やっと、やっとジークに“報い”がもたらされようとしているのだ。少な
くとも今ここで、あいつを失わせる訳にはいかない。
「ダンさん!」
団員達の声が聞こえた。目を遣ればオートマタ兵や魔獣を皆で押し返し、少しずつ少しず
つ叩き伏せながらも、こちらに向かって呼び掛けてきている。
「行ってやってください! 俺達なら大丈夫です!」
「魔人連中は長官さんらが押さえてますしね。向こうに加勢を。アルスを、多分上に向かっ
てる筈のジーク達を頼みます!」
「……ああ!」
ダンは頷いた。サッと混戦模様の中でシフォンやユイ、オズを捜し、互いに目で合図し頷
き合って一旦集まろうとする。
それを、周りのオートマタ兵が邪魔しようとした。四人がすぐに察知し、迎撃しようとす
るが──代わりにそれを担ったのは、援護するように割って入って来た数名の兵達だった。
「ここは自分達が!」
「終わらせてください。この戦いを!」
二丁拳銃や携行型大砲を装備した統務院兵、或いは剣や矛を握り締めた冒険者など。
見ればこの中層域に新しく兵が増えているように思えた。先刻からの騒ぎを目撃し、迷宮
内各地の友軍兵力がそれぞれに合流しようとしているのだろう。
ダンは改めて頷いた。シフォンら三人も程なくしてこちらに到着し、急ぎイセルナ達の後
を追おうとする。
「……さて。行くにはいいが、どうやってあそこまで行くかだな」
「走って行っても到底間に合いそうにはないですものね……」
「それなら任せてくれ。僕が送る」
言って、シフォンが弓を構え始めた。
向ける先は中空、目指すべき最上層の方向。引き絞った右手のオーラから無数のマナの矢
が生み出され、しかしそれらは次の瞬間、ぐっと気合いの一呼吸で以って一本の極太な矢へ
と纏め上げられる。
「さぁ、柄に掴まって! 撃つよ!」
「お、おう……」
「えっ。ゆ、ユーティリア殿はどうなさるのですか? それではご自身が──」
「何とかなるさ。すぐに追いつく。どうやらオズ君は飛行機能もあるようだしね」
ダンとユイ、二人は一瞬顔を見合わせて、しかしすぐに彼の言葉に従うことにした。武器
を一旦しまって両手を開け、マナの輝き眩しい矢の柄部分にしっかりとしがみつく。
シフォンは目を凝らした。標的はこの迷宮の最上層、風穴の空いた石のドーム。ただ飛ぶ
だけでは結界主に邪魔されてしまうだろう。だが自分なら──矢の軌道をこの空間内のスト
リームに乗せてやれば、多少変則的な動きをしても辿り着く筈だ。実際、凝らすこの眼には
最上層へと集束するように流れる多数の力の流れが視える。
「──流星、巨砲っ!」
限界まで弦を引き絞り、矢にありったけのエネルギーを詰め込む。そうして放たれた極太
の矢は、銘の通り目にも留まらぬ速さで空を駆けていった。
味方達が目を見張り、小さくガッツポーズをする。一方でダグラスやヒュウガ達に食い止
められている使徒達はその策に驚き、しまったといった様子で目を見開いている。
「の、おぉぉぉ……!?」
「んぐぅ……!」
二人は必死に食らい付いていた。恐ろしく速い。加速度がつくが故の風圧に、ややもすれ
ば振り落とされそうになる。
(? あれは……)
そんな途中だった。ダンは眼下、軌道上の少し先にその姿を見つけた。
クロムである。彼は生え散らかった石塔を尋常でない身体能力で次々と跳び移り、最上層
を目指そうとしているようだった。
「──クロム!」
躊躇いなどほんの一瞬でしかなかった。気付けばダンは、腹の底からそう彼の名を叫び、
気付いて石柱の上で立ち止まったこの男へと片手を伸ばす。
驚いたような眼。互いの距離。躊躇い。
だがそれでもクロムは、すぐに彼の意図する所を察し、伸ばされたその手に応えたことで
ぐんと飛翔。共にマナの矢に乗ってドームの風穴へと吸い込まれていく。
「グ……オォォォォォーッ!!」
戦鬼の容赦ない刃が、ファルケンやサウル、セキエイにウル、サフレといった前衛組の
組み付きを払い除けようとしていた。
バキンッ! つんざくような金属音と共に弾き飛ばされる面々。右に左に薙がれる斬撃を
方々に散りながら何とかかわしては、彼を押さえようとする。
そんな時だった。不意に何かが近付いてくる気配を察知してファルケン達が大きく飛び退
くと、まるでそのタイミングを合わせたかのように高速の飛行物──極太のマナの矢がヴェ
ルセークの左半身に直撃、大量の土埃を伴って場に大きな轟音が響き渡ったのだった。
「……えっ?」
「な、何? この光は……シフォンの?」
半身を破損しながらも、やはり自動修復していくヴェルセークがゆっくりと立ち上がる。
アルスやセド達、場の面々はそれぞれに虚を衝かれたように唖然としていた。そんな中で
逸早くイセルナだけは周囲に飛び散った光──シフォンの矢の残滓を認め、少なくともこれ
が敵襲でないことを察知する。
「……ほう?」
「来やがったか」
ルギスが、リュウゼンが呟いていた。濛々と立ち込める土埃が少しずつ四散していく。
その中に立っていたのは、三人。
武器を抜き直したダンとユイ、そしてただ構えずに立っているクロム。
『……それが“答え”か。鉱僧クロム』
彼は応えなかった。じっと黙していた“教主”がそう静かに紡ぐのを、ただついっと顔を
上げて見返しただけで、その身は戦斧を、不可視の剣を構えたダンやユイの傍らに在る。
「悪ぃ。遅くなった」
ニッと不敵に。
にわかに綻ぶ仲間達を見て、そうダンは嗤った。