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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-50.檻の只中、叫びは満ちて
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50-(5) ジークの覚悟

「ジーク!」

 殴り飛ばされたジークに向かって、リュカは思わず叫んでいた。

 遠巻きに見守るしかなかった彼とバトナスの一騎打ち。

 ジークは“接続コネクト”を使って挑んだが、結局マナ量の時間経過による減少──鈍化を看破

され、石柱に叩きつけられて土埃と瓦礫に埋もれてしまう。

(やっぱり駄目よ。こんな、こんな戦い方……)


 それはまだ大都に駆けつける前、フォーザリアから鋼都ロレイランに戻って来た頃のことだ。早速

オズの修理・改装に掛かるレジーナ達、出発に備えて買出しに出掛けたサフレとマルタ。自分以外

が傍にいない状態でふとジークがその話を持ちかけてきたのだった。

『──無茶よ、そんなの! 確かに、理論上強くなることはできる、けど……』

 名付けて接続コネクト。それはストリームを身体に直接挿し込み、一時的にだが持てるマナの、

ひいては練り上げるオーラの量を大幅に強化しようという試みだった。

 勿論、リュカは反対した。いくら何でも無茶過ぎる。

 要するにやろうとしている事はドーピングだ。身体が無事な訳がない。

『無茶なのは分かってる。でも他に魔人達あいつらに敵う方法があるのかよ? ずっと考えてたんだ。

悔しいけど、今の俺達じゃあ奴らには勝てねえ。今回のことで痛いだけじゃ済まないくらい

思い知らされたろ』

『それは……』

『だろう? だから必要なんだ。切欠は前に、アルスと導話して訊いた話なんだよ。あの洗

脳野郎が使ってた能力だ。ストリームを挿して、他人を操ってたんだろ? だから思ったん

だ。操るとかはしなくても、事実ぶっ挿せるものなら俺にもできるんじゃねえかって。マナ

の塊なんだろ、ストリームってのはさ? なら有効活用できる筈だ。魔人達あいつらが単に導力の差

であそこまで強いってのは正直怪しいけど、少なくともその差を埋めるくらいはできると思う

んだ。でも俺はアルスやサフレみたいにマナを視れないし……だからいざって時はリュカ

姉に頼みたいんだよ。合図をしたら、近くのストリームをぶっ挿してくれ』

 真剣な面持ちで熱心に語るジーク。リュカはふるふると首を横に振った。

 場所はルフグラン・カンパニー社屋内の休憩室。向かい合っていた椅子を心持ち彼の方へ

と引き寄せて座り直すと、リュカはこの危険な提案を何とか思い留まらせようとして彼の肩

を取る。

『そんなの……できないわ。本当に解ってるの? 貴方のやろうとしている事は自殺行為に

等しいのよ? 蓋をした瓶の中で延々火を燃やし続けるようなものなの。力が上がっても身

体がついてこないわ。導力が高まる前に、貴方というからだが壊れてしまう……!』

『じゃあどうしろってんだよ!? また繰り返せってのか、またあいつらにボロ負けしろっ

ていうのか!? もう嫌なんだよ! 俺の所為で、俺がいつまでも奴らに勝てない所為で、

これ以上人が死ぬなんて許せねぇんだよッ!!』

『──っ』

 だがジークにそう叫ばれて、リュカは次の言葉を出すことができなかった。

 反論できる訳がない。事実そうして今までも、フォーザリアでも“犠牲者”が出た。彼の

焦りは自分とて同じだった。でも……それは貴方一人の所為なんかじゃ……。

『頼む、この通りだ! もうこれ以上、負けられねぇんだ……ッ!』

 肩を取られた手を振りほどき、ジークはそう懇願していた。がばっと床に滑り込み、頭を

低く低く擦りつけて頼み込んできた。

 リュカは胸の痛みで、引き攣った表情を隠せない。

 結局この時、ジークは彼女から承諾を得るまで、土下座を止めることはなかった。


「さて、と……」

 ハッとリュカが我に返る。気付けばジークを殴り飛ばした当人であるバトナスが、ふぅと

一息をついてこちらを見遣っているところだった。あちこちが魔獣化した身体、両拳を包ん

でバキボキと鳴らし、ゆっくりと近付いてくる。

「先ずはお前だな。さっきの細工をしたのはてめぇだろ? 潰しときゃ素人のあいつにもう

同じ手は使えねぇ……違うか?」

 リュカは眉根を寄せて身構えた。踏み込まれればおしまいだ。どうする? 詠唱している

暇はない。ならばもう一度、駄目元で騎士団シュヴァリエルを──。

「ッ!?」

 その時だった。バトナスが迫ろうとした次の瞬間、立ち込めていた土埃から三発、蒼桜の

斬撃が飛んで来たのだった。

 慌ててバトナスは回避する。左右。されど最後の一発は正面で受けざるを得なくなる。

 土埃を引き裂いて、そこへジークが二刀を引っさげて突っ込んで来た。

 霊石……!? 見ればその口にはマナの結晶が一個、がしりと咥えられている。バトナス

はにわかに頬を引き攣らせた。こいつ、霊石で剥がれていく分を補充してきやがった──。

 それから再び、二人の撃ち合いが始まった。リュカも心持ち後退り、また距離を取り直そ

うとする。

 しかし今度はバトナスではない、ジークの優勢だった。

 最初の奇襲が効いたのかジークは相手の体勢がグラついたのを直させず、次から次へと斬

撃を叩き込んでいく。結果バトナスはこの石廊の端へと、徐々に追い遣られる格好になる。

「ぐぅっ!?」

 飛んできた突きをかわそうと身を捻り、しかしフェイントを掛けられて返す手でもろに腹

に柄撃ちを喰らい、バトナスは大きく吹き飛んだ。ズザザッと地面を穿って後退し、石廊の

端で思わず片膝をつく。

「……」

 顔を上げれば、ジークは紅梅にマナを集中させていた。振りかぶった刀身が激しく紅い輝

きを放ちながら膨らんでいく。強撃が来る……! バトナスが急ぎ、対応しようとする。

「ぬんっ──!!」

 溜めと共に小さくなっていく口の霊石がぽろりと空中に舞いながら、ジークはその一撃を

叩き付けた。紅色の大きな斬撃が抉り込むように石廊の地面に撃ち込まれ、バトナスをその

足元から粉砕しに掛かる。

 予想外だった。バトナスは駆け出そうとした体勢を崩し、そのまま崩落していく石廊だっ

た物の瓦礫達に巻き込まれていく。

「……チィッ!」

 力んだ末の結果か? いや、おそらく違う。これは奴が狙ってそうしたのだ。霊石で補完

はしたものの、向こうもあのドーピングの正体に気付かれたと分かったのだろう。このまま

戦い続ければ──少なくともあの竜族ドラグネスにもう一度ストリームを挿して貰えなければ、勝敗の

天秤は確実に相手の方に傾く筈だと。

 舐め腐りやがって……。バトナスは憤りに全身を奮わせた。空中に放り出され、瓦礫の中

にこの身があること自体が、腹立たしい。

 てめぇこそ、逃げてんじゃねぇよ。こんな姑息で勝ちにする気かよ? くわっと目を見開

き、全身のバネを使って身を捻り、近くの瓦礫に脚をつける。

「まだだ……まだ、終わらねぇよォッ!!」

 踏みしめて、跳ぶ。また別の瓦礫を踏みしめて、跳ぶ。

 バトナスは空中からそんな猛烈な復帰をみせようとしていた。空中の落ちていく無数の瓦

礫を足場として伝い、次々に昇っていってジーク達のいた高さまで戻ろうとする。

「っ!?」

 そんな執念に、崩落の際に立っていたジークは驚き、そして迎え撃とうとしたのだが。

「盟約の下、我に示せ──伏さす風威ダウンバースト!」

 彼の背後に、リュカが駆けつけて来ていた。眼下、バトナスに向けてかざされたのは、天

属性を示す白い魔法陣。

 詠唱は完成した。刹那、目の前の空間を丸ごと押し潰すようにして目には見えない巨大な

風圧がバトナスを瓦礫の群れを襲う。

「くっ、そぉぉぉぉぉーッ!!」

 その威力で、次々と粉微塵になっていく無数の瓦礫。

 そんな中でバトナスは、二人に迫る寸前で押し戻され、遥か眼下へと落ちていく。

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