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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-50.檻の只中、叫びは満ちて
302/434

50-(3) 耳障りなセカイ

 ──二人の出会いは、まだセキエイが年端もいかない少年だった頃に遡る。

 地底層・魔界パンデモニム

 当時四魔長の一角である鬼族オーグの首長は、テンドウという名の男が務めていた。リュウゼン

はその彼が率いた幹部達の一人であり、セキエイはその首長邸にて働く小間使いの一人であ

った。

 周囲の、当時を知る者達は語る。

 このテンドウという鬼族オーグはまこと義侠心に溢れ、身分の上下を問わず大兄貴と慕われる存

在であったらしい。

 そんな面倒見の良さは、いち小間使いである若きセキエイにも及んでいた。現在、次代の

首長となった彼が同じような生き方を貫いているのも、この先代の影響が大きいことは言う

までもないだろう。

 当時、魔界パンデモニムを始めとした地底層の世界群は、まだ今ほど開拓が進んでいない状態だった。

それは即ち、地上だけでは飽き足らなくなった者達の食指が天地上下層へと延び始めていた

ことを意味する。

 故に鬼ヶ領──鬼族オーグ達の本拠地たる山麓地帯に在る首長邸では、連日そうした新興勢力へ

の対応について話し合いが持たれていた。

 受け入れるか、否か。

 元来、地底層の世界は「力」を至上とする群雄割拠が続いてきた土地だ。

 最も多くの種族と住人が暮らす“魔界パンデモニム”。

 険しい山岳と荒地帯で占められる“器界マルクトゥム”。

 年中濃い霧に覆われ夢と現が混じり合う“幻界アストラゥム”。

 いわゆる「魔族」と総称される地底の住人達は、地縁と種族を梃子に大小様々な派閥を作

っては長らく離合集散──縄張り争いを繰り返してきた。

 現在でこそ四大種族である妖魔族ディモート鬼族オーグ宿現族イマジン幻夢族キュヴァスによってこれら雑多な諸勢力を

ピラミッド式に纏め上げるシステムが構築されているが、今も昔も彼らの基本精神は『我ら

門閥ファミリーが第一』──身内同士の結束と独立色が強いのである。

 だからこそ意見の集約は困難を極めていた。

 自分達の土地が開拓という売り文句よって荒らされるという懸念。それでも人々の豊かさ

に繋がるのなら、地上のような発展ができるのなら受け入れいくべきだという反論。その賛

否や付随する意見の但し書きは方々のベクトルに及び、特に器界マルクトゥムでの最大勢力である宿現族イマジン

達からは強烈な反発があったという。

『これはやはり、四魔長への委任という形でないと収拾がつかんな……』

『だが首長ドンラポーネは反対しているんだろう? 幻夢族キュヴァス内でも難色を示す重鎮が多いと聞くし、

仮に委任となっても意見が割れるんじゃないか?』

『ああ。そうなると連合体制自体が揺らぐことに……。どうします、兄貴?』

 幹部達は忙しなく領内を飛び回り、各門閥ファミリーとの折衝を続けていた。

 それでも開拓それ自体、個々の商談は現在進行形で進んでいる。あまり悠長にしている状

況ではなかった。態度を明らかにする必要があった。このままでは……この来つつある波に

地底セカイ全体が呑まれてしまう。

『……何とか、皆に俺への委任を取り付けられねぇか? ちゃんと開拓連中むこうさんとは、話し合い

を持たなきゃなんねえ』

 だが当の首長テンドウは、そのギリギリまで土着の皆と進出せんとする者達との融和を望

んでいたらしい。

 部下達にすら頭を下げ、彼は整えようとしていた。

 より沢山の多彩な幸福を。

 それは彼が実際に残したとされる一節であり、また長らく門閥に固執しがちな人々に光を

差そうとした、彼なりの期待だったのかもしれない。

 だが……事態はそんな彼の思いとは裏腹に疾走する。

 当のテンドウ自身が暗殺されたのだ。

 犯人は開拓反対を訴えるとある門閥ファミリーの数名。その身柄は犯行直後ほどなくして確保され、

後日彼の後を追わされることになる。


“敵だ! 奴らは俺達の土地を奪いに来たんだ!”

“テンドウは鬼族オーグの恥晒しだ。いつまでも「決めない」からこうなる……!”


 四つの頭が一つ欠けた。しかしこの事件によって、それまで辛うじて賛否双方に割れてい

たパワーバランスが激しく後者に傾くことになる。

 大きなうねり共に、排斥が始まった。中には開拓に対し期待を掛ける者もいたが、重なり

合っていく力の連鎖の前には、その声を上げることすらままならない。

 やがてそれらは、大きな軍事衝突へと発展した。

 門閥ファミリーらを御する力が足りなくなった中で暴れ出す反対派の魔族達、襲撃される開拓者、

そんな彼らの保護の為に動き出す地上──統務院が投じた連合軍。

 残る四魔長および万魔連合グリモワールの面々はこの状況を憂いた。悔いた。

 こんな事になるのは本意ではない。だが不行き届きであると指摘されれば否めない。

 結果、終戦の交渉は地上側に優位な形で進まざるを得なかった。顕界ミドガルドから始まった開拓は、

かくして地底層の各世界へも広がっていくことになったのである。

『──』

 それが、切欠。

 リュウゼンはテンドウ亡き後、他の幹部達と共に争いの矢面に立たされていた。

 怒号、悲鳴、爆音。止められなかった。リュウゼンは自身も発生した武力衝突に巻き込ま

れて深手を負い、瘴気立ち込める谷底へと落ちていった。


 ……それから、どれだけの時間が経ったのだろう。

 彼の耳には聞こえていた。心を削り取るように不快な、機械仕掛けの摩擦音。掘削音。

 確かに文明水準は向上した。機巧技術と魔導、両者を組み合わせた多くの技術が地底層の

世界にも伝えられ、やがて時の流れと共に人々はかつてその受け入れを巡って喧々諤々とな

ったことすらも忘れて笑っている。各門閥ファミリーが幅を利かせる構造は残ったままだったが、それ

でも随分と活気がついたように思う。今では物見遊山に地上へ足を運ぶ魔族も少なくない。

時代が……確かに歯車を回しながら動き出していた。

(──る、さい)

 それでも、彼には耳障りだった。身を堕とし、激しい空虚さの中で無限とも錯覚する時間

を過ごした彼にとって、それは耐え難い苦しみであった。

 両の瞳がすっかりと色彩を失っている。仰向けの身体はじっと淡い水面に浮かんでいる。

 ガコンガコン。開拓に邁進する世界の足音が、騒々しく耳元で鳴り響く。

(この世界は……五月蝿過ぎる……)


「──らぁッ!」

 セキエイの渾身の拳を、ルギスは悠々と防いでみせていた。

 魔導で目の前に出現させた岩の防壁。彼はそこへ更にオーラを伝わせて包み、この防壁を

鋼鉄のように黒々と変化させたのである。

 暫しの拮抗、いや耐久。ヴェルセークの隙を縫ってルギスの眼前まで飛び込んだセキエイ

だったが、その一撃は虚しく力負けし、大きく弾き飛ばされる。

「やはり気に食わんな……。あの時と一緒で、過激派きさまらという者はあまりに無慮に多くものを

切り捨て過ぎる」

 その反対側で、ウルが回り込んでいた。右腕に巨大な槍──角錐型の具現装アームズを出現させる

と、そのまま巨体を活かしてルギスを突こうとする。

「ふん……」

 しかしルギスは変わらず落ち着き払い、その掌をこれへと向けていた。

 眼鏡越しに見つめた瞳の光。それがある程度彼の間合いに迫ったその瞬間、角柱はまるで

見えない何かに押し潰されるようにして先端から大きく陥没、彼に届くよりも前にド派手に

地面に叩きつけられて消えてしまう。

領域選定フィールド・セット!」

 それでも更に、アルスとエトナによる中和結界オペレーション。ルギスを薄緑の結界が包み込み、施術が

始まろうとする。

 だがルギスはこの現象をざっと睥睨すると「ほう?」と笑ってすらいた。

 まるで何かを計算するような眼差しで結界を、遠くでマナのオペ具を編むアルス達を順繰

りに見遣り、腕に巻いた装置を何度か操作していく。

「これが話に聞いていたオペレーションとやらカ。だが甘いネ、ムラがあるヨ?」

 一撃だった。次の瞬間、ルギスは片手を上げると掌に魔法陣を出現させ、そのまま焔の術

でいとも軽々と結界を粉々にしてみせる。

「ぐッ!?」「きゃっ──!」

『アルス様っ!』

 反動を受け、アルスとエトナはその場で大きくぐらついた。リンファとサジ、トナンの戦

士数名がこれを慌てて支えに掛かる。

 イセルナがこれを横目で見ていた。できれば戦力的に二人には前衛──ヴェルセーク破壊

に加わって欲しいのだが、皇国近衛隊という立場が立場なだけに無理強いはできまい。それ

に決して優勢にもなっていない攻めにメンバーを割き過ぎて彼を失うようなことになれば、

それこそジークに殺されるかもしれない。

「ぬぅ……ファルケン王!」

「おうっ! はぁぁぁーッ!!」

 サフレ・サウル親子が槍で絡め取り、ファルケンの鎧戦斧ヴァシリコフが何度目ともしれぬ部位破壊を

達成する。

 だが駄目だった。やはりヴェルセークの装甲は壊れたままにはならず、すぐに自己修復を

始めてしまう。加えてその時間を稼ぐ為、今はルギスが後方から魔導攻撃の雨霰を撃って皆

を引き離しに掛かってくる。

 セキエイやウルもファルケン達も、ミザリーやリリザベート、セドら後衛組も後退と散開

に走らざるを得なかった。そしてその間にヴェルセークは修復を完了し、また理性なき咆哮

を撒き散らして立ちはだかる。

「父さん……」「コーダス……」

「チッ、やっぱ駄目か。根本的に急所じゃねえ。あの鎧を引っぺがす、コーダスを引っ張り

出す何かがあると思うんだが……」

 セドが焦りを隠し切れぬまま呟いていた。ヴェルセーク──コーダス・レノヴィンである

筈のそれが刃を握って襲い掛かってくる。

 飛翔態のイセルナが割って入った。何本もの氷の柱で四肢の重心をずらし、攻撃を逸らさ

せる。唸る黒騎士。それでも氷程度ではすぐに両腕を振るって砕かれ、次にはファルケン達

の三方一斉攻撃でまたもや押し合いになる。

『イセルナ』

「……大丈夫よ。引き続きマナの充填をお願い」

 ふらつくのを相棒ブルートに気遣われ、それでもイセルナは踏ん張って剣を構えた。

 すぐ前では前衛組がヴェルセークを止めようと必死になっている。後衛組も後方のルギス

から放たれる魔導を空中で迎撃し合い、少しでもその援護をと奮戦している。

(おかしいわね……)

 だが、イセルナは別のことを考えていた。違和感、とでも言うべきだろうか。

 王達は逃がした。団員達みんなが外に出て行くのをしっかりとこの目で見ているし、正義の盾イージス

正義の剣カリバー、他の兵達が魔人メアらを食い止めてくれている筈だ。

 なのに──彼らは抵抗している。明け渡さない。王達という人質が手元を離れ、聖浄器を

奪い取る担保を失った今、結社れんちゅうの作戦は半ば崩壊しているというのに。

(……もしかして。奴らにはまだ、別の目的がある……?)

 改めて剣を握り直す。

 そしてイセルナはそう静かに、この留まり続けている“結社”らの姿をじっと観る。

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