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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-50.檻の只中、叫びは満ちて
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50-(2) 憎悪の種

「前列交替っ! 防衛ラインを下げるなー!」

「団長達が天辺に着いたみたいだ」

「もうちょっとの辛抱だ、踏ん張れぇ!」

 迷宮内中層。各正規軍・冒険者連合と“結社”達との交戦は続いていた。

 扇形に展開した兵達は消耗を抑える為に前衛の人員を目まぐるしく入れ替え、迫るオート

マタ兵や魔獣らを迎撃している。場に残った、ダン以下ブルートバードの団員達も、遥か上

空で石のドームを破壊したとみえるイセルナ達を確認し、必死に耐え続ける。

 そんな左右両翼の兵を余所に、ダグラスら正義の盾・剣イージス・カリバーの正副長官率いる本隊は、その中央

にて“使徒”達と激しい鍔迫り合いを繰り広げていた。


 ──剣が槍が、魔導がぶつかる。

 フェニリア・フェイアン姉弟が繰り出すのは、炎鬼達と氷の大蛇だ。

 それらをヒュウガは、自在に操る大量の血で防ぐ。それらは全て、道中と此処で屠ってき

た者達のものである。

 猛火がぶつかって蒸発していく血色の水分。だが蒸発してもその本質は水。彼が一度その

“色相”で呼べばそれらはたちまち再び集結し、次には襲い掛かる氷の大蛇を無数の赤い槍

で撃ち砕いていく。

「ちっ」

「……流石は元・七星ね。大した錬度だわ」

「そっちこそ。普通ならとっくに串刺しになってる所なんだけどねえ?」

 姉弟はそれぞれに深く眉を顰めていた。一方で渦巻く血染めの水量を纏い、ヒュウガは尚

も悠々としている。

 ──エクリレーヌが祝福キスを与えた魔獣達が、文字通り混ざり合う。

 何体もの合成魔獣キマイラ。だがライナは怯まない。

 両手に雷剣の閃サンダーブレイドを、周囲には磁力で浮かばせ飛び交う無数の剣や銃を。彼女はその魔導の

二刀で襲い掛かるキマイラ達の骨肉を切り裂き、同時に後者を雨霰と弾丸のように降らせて

彼らの身体を蜂の巣にしていく。

「うぅ……。皆を、皆をぉ!!」

「他人の事を言えるつもり? あんたのそれは押し付けがましい愛情よ。いえ、愛情ですら

ない。魔獣ってだけで……苦しみなのよ。それを、あんたは」

 魔獣使いの少女はぼろぼろと涙を零し、されど眼前の相手への敵意を弱めることはない。

 ライナは珍しく真剣な面持ちをして呟いていた。

 それは魔人同士おなじだから。だから彼らに同朋意識を抱く彼女の気持ちが分からない訳では

ないし、だからこそその幼さに、繰り返すその愚弄を許せないと思う。

 ──セシルとヒルダは迫っていた。

 相手は正義の盾イージス長官・ダグラス。槍の名手である彼の得物を取れば自分達の勝ちだと思った。

 だが既にロミリアにその瘴気のオーラで斬り掛かるさまを見せてしまったこともあり、対

する彼は慎重だった。槍は近距離まで詰められた時の牽制用。彼はむしろ自身が持つ《地》

をフル活用し、周囲の石畳を次々と岩槍に変えては延ばし、或いは撃ち、迫ってくる二人を

遠ざけようとする。それでもセシルは剣と手を、ヒルダは全身でかわしたそれらに触れ、そ

の瘴気のオーラによって朽ちさせていく。

「やぁねえ。こんな物ばっかりで近付けさせてくれないなんて」

「無駄だ。俺達の前では、こんな攻撃は通じない」

「……通じずとも構わんさ。私はこれでもお前達で痛い目をみているをしっている

 あくまで相手を掻き乱そうとする、朽ちさせの男女。

 あくまで冷静に時間稼ぎを念頭に置く、さも地面のように堅い“槍聖”。

 立場も性格も、この両者が交わることはきっとない。

 ──ヘルゼルという男は、まさしく変幻自在の魔人メアであった。

 最初は巨大な合成獣キメラとして、次には巨大な鎧騎士に、更にそれから本来の鴉系鳥翼族ウィング・レイス

姿に。それでも腕と思っていたものは次の瞬間には大鉈に化けていたし、振り上げた脚は首狩り

の大鎌へと変ずる。

 これは幻術の一種だ。対するエレンツァはそう直感した。

 何と精巧なまやかしなことか。十中八九、これらを“本物”と認識して直撃を受けてしま

えば、本当にこの身体は真っ二つに切り裂かれてしまうだろう。

 だから彼女は、彼からの攻撃を防御するよりも、大きく回避することに心血を注いだ。

 そしてそんな合間を縫って放つは《雲》。紫色をした魔力の雲がヘルゼルを覆い、無数の

落雷や鋭い雹を降らせて攻撃する。しかしヘルゼルはこれを巨大に化け直すことで一挙に弾

き返すと、けろりとして彼女を見下ろしていた。

「ほう……。君も中々のテクニシャンみたいだな。でも、足りない。俺を倒そうってんなら

そんな火力じゃ間に合わないぞ?」

「……心配要らないわ。すぐにそんな口、利けなくなるから」

 化けていてもいなくても、変わらずその態度は大きい。

 再びエレンツァはオーラを紫雲に変え、その濃くなっていく暗さに力を込める。

 ──グノアは焦燥を抱えていた。

 機械の義手、掌から放たれる光線レーザー。それはかつてオーキス公を殺害した彼の必殺技だ。

 なのにこの男、グレン・サーディスはそれを何度も何度も弾き返している。高速で飛んで

来ている筈なこの光線を大剣の腹で軽くいなし、或いはそのオーラに触れた瞬間爆ぜさせて

無力にしてくるのである。

 魔人メアの、武人の年季が違うか……。思ったが後悔するには遅過ぎる。

 グレンが地面を蹴っていた。それこそ猛烈な加速で。

 咄嗟に義手から刃を迫り出し、応戦する。つんざくような金属音が響き、身体の生身な部

分にぎしぎしと痛みを伝えてくる。この義肢が狂化霊装ヴェルセークと同じ素材でなければ……とうに

粉微塵になっているだろう。

「おいおい、どうした? お前“使徒”にしちゃ随分と弱いな。ハズレ引いちまったか?」

「し、失敬な! 確かに私は新参だが……もうあの頃の私とは違う!」

 くわっと叫び、近距離からの光線レーザー

 だがグレンはこれをやはり軽々とかわしていた。同時にすくい上げるように大剣を振り抜

いてからの爆発。《炸》の力。グノアは義手を損傷させられながら吹き飛ばされていたが、

それでも素材が持つ再生能力に助けられる格好になる。

「……何故だ?」

「んぅ?」

「何故だ。何故お前達は凡俗の、ヒトの味方をする? 正義の盾イージスの二人はともかく、お前達

兄妹は我々と同じ魔人メアだろう!?」

 五者五様、いやそれ以上の数の交戦。

 自動的に修復されていく義手を庇いながら、グノアはのそりと起き上がって叫んだ。その

眼は明らかな血色の赤で、彼もまた魔人メアの身であることを知らしめる。

『──』

 そんな訴えに、他の使徒達も耳を傾けていたらしい。彼らはそれぞれに対峙する相手と距

離を取り直すとゆっくりとこちらを向き、ぎろりと同じく赤い眼を土埃舞う戦場の中に並べ

て光らせる。


『どうして? あの子達だって生きてるんだよ? 何で苛めるの?』

 かつて少女は怖かった。大人達はその分け隔てない──動物も魔獣も変わらず愛で、その

為の素質に恵まれていた彼女を忌み子として扱うようになった。

 殺された。少女が連れ帰った手負いの魔獣を、大人達は寄って集って殺した。

 あれは悪い生き物なんだ。いちゃいけない存在なんだ。そう言って彼らは棍棒を、慣れな

い剣を振り下ろす。どれだけ少女が叫んでも、止めてくれなかった。がしりと彼女は周りの

大人達に捕らえられ、処分ざんさつの一部始終を見せられ、やがて……棄てられた。

『で、出て行け! こ、この化け物がッ!』

 かつての仲間を、彼らはいとも容易く裏切った。

 冒険者としてとある町に逗留していた男とその持ち霊。彼らはある日、町の人々から付近

の街道沿いに棲み付いた魔獣を討伐してくれと依頼を受ける。

 抜かったと言えばそうなのだろう。本来の目的であるその魔獣を倒すことはできたが──

二人は瘴気に中てられてしまった。

 半ば不死身となった身体、半身を百足に変えられてしまったパートナー。

 それでも彼らは町に戻った。せめて脅威は去ったと伝えたかった。……或いは彼らなら受

け入れてると期待していたからか。

 しかしその淡い思いは打ち砕かれる。魔人メアと化した二人を人々は恐れ、化け物と罵り、

石を投げ武器を取って追い払わんとしたのだ。

『ふん……。何一つ力も持たない若造に、何ができる』

 青年は打ちのめされていた。武装した兵らを率いる官吏に見下され、彼らの暴力によって

ボロ雑巾のように放り出された。

 国策として、村が接収されるという。自分の故郷が巨大な工業プラントになるという。

 勿論村人らには移住先が用意され、相応の保証金も出ることが約束されていた。だから大

半の村人達は、お上の言う事だからと仕方なく受け入れ、しかし青年や一部の同志だけがこ

の開拓話に反発し続けた。

 故に振るわれた。一向に言う事を聞かない民草へ、役人達は強硬策に出た。

 交渉の場と聞かされてやって来た青年達を、兵らが襲った。勿論青年達は武器など持って

いない。仮に持って来ていても勝てたかどうか。そしてこの一件は既に他の村人達には了解

を──もとい黙認の確約を取り付けてあったらしい。

 半殺しに遭った。それでも充分だと思ったのだろう。だが青年の怒りに火が点いた。

 たとえ一人になってでも闘ってやる──。しかしそんな思いは虚しく、彼は只々蹂躙され

るだけに終わった。血だらけになってその場に倒れ、そう侮蔑を隠さない官吏自身によって

脚蹴りにされ、高く崖の下へと放り出されていく。

『いいな? 俺達が迎えに来るまでそこを動いちゃいけないよ』

 それは残虐な嘘だった。まだ幼い姉弟は置き去りにされたのだと、後年知った。

 口減らしだった。姉弟らの故郷は貧しく、全員が全員を養うだけの稼ぎと実りを得られな

かったのだ。親の亡くなった者、身寄りのない年寄り、村に迷惑を掛ける悪童。そういった

村にとって“要らない”者達が一斉に目隠しをして連れられ、何処とも知れない洞窟の中へ

と置き去りにされた。

 そこは忌避地ダンジョンだった。即ち魔獣の巣窟。その事実に気付く頃には、姉弟達の少なからずが

餌食になっていった。死んでいった。二人は必死になって生き延びた。這いつくばって雑草

で空腹をごまかし、泥水を飲んで、飢えに耐えた。

 魔人メアに為ったのは……それから何年、見知らぬ地で生き延び続けた頃だろう。

 行く当てなど無かった。あの頃一緒に放り込まれた仲間は、皆死んでいった。だからあの

日手を差し伸べてくれた“結社かれら”は恩人だ。様々なことを学び、彼らは見違えるほどに強く

なった。

 そして姉弟ふたりが先ず望んだのは──帰郷だった。

 燃え盛る家々。凍て付き粉々にされたかつての同郷の人々。

 そう自らの手で故郷を滅ぼし、二人はこの時ようやく「卒業」を果たす。


 兵達が怯えていた。使徒達かれらは言葉こそ発さなかったが、その紅い双眸から向けられるもの

の正体と苛烈さに、少なからぬ者達が半ば本能で嗅ぎ取っていたからだ。

 怨憎。おぞましいまでの憎しみ。

 グノアだけではない。周りに立つ他の魔人メア達が、気付けばさも自分達を親の仇でもあるか

のような眼光で睨み付けていたのである。

「──そっちこそ、どういうつもりさ。こんな事をしたって、自分の首を自分で絞めるよう

なものだろうに」

 だがそんな連合軍らの中で、ほぼ唯一平然としている男がいた。

 ヒュウガ・サーディスである。弟グレンと妹ライナもややあってこれに同調するように顔

を見合わせて頷き、大剣を雷剣を肩に担ぎ、両手にぶら下げて睨み返している。

「そもそも話を持ってきたのは統務院の方だからな。俺達はそれを傭兵として受けたってだ

けだぜ? てめぇらに文句言われる筋合いなんてあるかよ」

「でも、ちょうど良かったって思ってる。あたしら魔人メアが公に役立っているってのが広く知

られれば、やたらめったら怖がられてる同胞達を助けることにもなるしさ?」

 二人が言葉を引き継ぐ。ざわっと味方の兵達がどよめいていた。

 やはりなのか……。それでもダグラスや他の名のある者達はある程度聞き及んでいた噂だ

ったらしく、そっと彼ら三兄妹の横顔を見遣りながら目を細めている。

「それに……魔獣を間引く為の組織のトップに、その親戚がいたら筋が通らないだろ?」

 はは。ヒュウガは笑っていた。だがその笑顔はちっとも明るくない。線目な表情かおには確か

に静かな陰が差しており、むしろ威圧感を辺りに振り撒いている。

「大体、変わらないさ。そうやって憎しみだけをぶつけても──“世界は変わらない”」

 ヒュゥン。

 たっぷりと血の滴った長剣を一度軽く拭うように振るうと、ヒュウガは言った。

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