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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-50.檻の只中、叫びは満ちて
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50-(0) こじ開け、叫ぶ

「少ーし……遅かったガネ?」

 白衣の“使徒”が哂っている。イセルナ達はこの眼前に広がる光景に少なからず青褪め、

絶句していた。

 つい先程まで閉ざされていた、この塔頂上を覆う石材のドーム。

 その中でアルスとエトナ、セドやサウル、ファルケンの五人が深手を負って倒れ込んでい

たのである。

「アルス君!」『アルス様っ!』

 イセルナが、リンファやサジが、次の瞬間には慌てて彼らの下へと駆け寄っていった。

 ゆっくりと身体を抱え起こそうとする。脇腹や胸、じわりとアルス達の身体は赤に染まっ

ており、その面積が出血の酷さを物語っている。

「盟約の下、我に示せ──水脈の中癒プラルヒール!」

 思わず眉を顰めて唇を噛み、それでもイセルナは呪文を唱えた。

 抱えたアルスの胸元に手をかざし、現れた水色の魔法陣、光と共に治療を施していく。

 周りでは、一緒に乗り込んできた仲間達も残る四人を囲っていた。リンファやサジは心配

そうにこちらを覗き込んでいるし、魔導の使えるトナン兵が同じように治療を始めていた。

更にマルタは竪琴ハープを抱えて聖譚曲オラトリオを歌い、アルス達を身体の芯から癒してくれている。

「……」

 その一方で、皆に介抱されるサウルの姿を、サフレだけはじっと目を細めて見つめるしかしな

かったのだが。

「すまねぇ……。助かった」

「礼なら後にしてくれ。こんな化け物を前にして聞ける台詞じゃねぇよ」

「全くだ。立てるか? エイルフィード伯、フォンティン侯、ファルケン王」

「ああ」

「何とか、な……」

 やがてトナンの兵達に支えられながら、セド達も何とか復帰しようとしていた。

 それでもセキエイやウル、四魔長は皆を守るようにずらりと横並びになり、身構えたまま

警戒を怠らない。

 そんな彼らの正面には──戦鬼ヴェルセーク。こちらを睥睨する漆黒の巨体。

 既にその両腕から形成された刃はルギスからの指示を待ち侘びており、今にも振りかぶられ

そうな程だ。

 アルスが、エトナが続いて意識を持ち直し、イセルナらに支えられて立ち上がる。五人か

ら三十人近くになった。それでもまるで打ち勝てるような気がしない。それはひとえにこの

鎧騎士の後方で佇むルギスやリュウゼン、黙したままの“教主”の威圧感故なのだろう。

「おい、何ぼさーっとしてんだよ。回復してっぞ、あいつら」

「構わんのだガネ。むしろ時間を掛けてもらった方が、こちらとしては好都合だろウ?」

 両手と頭に輪状の魔導具を装備しているリュウゼンが、中々ヴェルセークに迎撃の指示を

出さないルギスをちらっと見遣って言った。

 それでも当のルギス本人は尚も余裕綽々といった様子だ。眼鏡のブリッジを指で押さえて

そう応えると、リュウゼンはさも納得したかのように小さく頷きながら、そこはかとなく視

線を彼から逸らしている。

「……皆さん、気を付けてください。あの白衣の男……只者じゃない」

『えっ?』

「コーダスさ──戦鬼ヴェルセークにやられていたんじゃないの?」

「それも、あるけどね。だけど、あたし達にこの一撃を入れてきたのはあのガリ白衣だよ。

あいつ、一瞬で何個も魔導を使ってきたの。詠唱だって殆どなかった」

「お前らも気付いていたか。そうだよ。どうやらあいつも“色持ち”らしい。こりゃもう、

魔人どもれんちゅうは基本的に皆そうだと考えて間違いないだろう」

 まだ呼吸の荒いアルスの一言。エトナの言葉にセドが続き、彼はぎゅっと文様入りの手袋

を新しく着け替えていた。

 色持ち? イセルナ達は頭に疑問符を浮かべて一瞥したが、今は悠長に質問をしている時

ではない。少なくとも先ず交わすべきは、必要最低限の状況報告だ。

「四魔長の皆さんから話は伺いました。王達はうちの団員達で外に逃がしました。今、中程

の層で正義の盾イージス正義の剣カリバー、七星・ロミリアの兵力が追って来た魔人メア達を食い止めています。

市民の皆さんの避難も終了しました。後は大都を取り戻すだけです。だけ……なんですが」

「ああ、分かってる」

「コーダス君を、助けないとな。むしろ私達はその為にここに残ったようなものだよ」

 セドがサウルが、そう途中まで言い終わったイセルナを声で制し、肩越しにフッと微笑み

掛けて応えた。

 やはり初耳だったのだろう。リンファやサジ、サフレ達はそんな遠く眼下で続いている状

況を聞いて目を丸くしていたが、ちらと目を合わせたアルスとエトナの力強い首肯と眼差し

を見て全てを悟る。

「揃いも揃って……。いや、俺もその一員か。ま、シノ皇やハウゼン爺さん達が無事だって

ならもう気兼ねは要らねぇよな。第二ラウンドと洒落込もうぜ!」

 そして鎧戦斧ヴァシリコフを大きく振り払って呵々と笑ったファルケンの声が合図となった。前衛と後

衛。イセルナ達は二手に分かれ、一斉に得物を抜き放って身構えると戦闘態勢に入る。

『……ルギス。もう暫く“遊んで”やれ』

 するとそんな一同に応じたのか──いや、何処となく虚空をみていたような──“教主”

がそう呟き、命じた。

 仰せのままに。ルギスが眼鏡のブリッジを押さえたまま顔を上げ、もう片方の手をさっと

横に振って合図する。戦鬼ヴェルセークが吼えた。残りの間合いを一挙に詰め、両腕の刃を振るい、

四魔長やイセルナら前衛組と激しくぶつかっていく。

「この鎧もだが、あの白衣野郎には気をつけろ! さっきの感覚が、俺の記憶が正しければ

あいつは《白》だ。どんな相手の特性もコピーできる。下手に攻撃を撃つのは自分で自分の

首を締めるだけだぞ!」

 すかさず後衛組が詠唱に入る。そんな中でセドが叫んでいた。

 コピー。彼はさらりと口にしたが、イセルナ達にもそれがこちらにとり大きなネガティブ

材料であることくらいは解る。

 背後で魔法陣が、銃口が輝き、向けられていく。

 一対十人以上。なのに集まった切っ先は火花を散らすばかりで狂化霊装ヴェルセークの硬い装甲を中々

打ち破れない。

「ぐぅ……。リュウゼン、さん……っ!」

 セキエイは絞り出すように声を出していた。オーラで強化した拳で全身で、この行く手を

阻む鎧騎士を押し返そうとする。

「──」

 彼がその背後にみていたのは、リュウゼンだった。

 ヴェルセークに加え、ルギスの陰にそっと半分身を預けるようにして魔導具の制御に集中

している同じ鬼族どうほう

 ちらつくのは記憶。二人を繋ぐ、過去きおく

「何で……何であんたが“結社”にいるんだ!? やっぱ恨みなのか? テンドウさんが、

テンドウさんがあんなことになったから、あんたは──」

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