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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-49.その力、繋ぎ止めんが為
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49-(4) 鬼気と狂喜と

 メディアが伝え始めた市民、そして王達救出の報に、世界各地の“結社”に抗う者達は歓

喜に沸いていた。

 これで、後は……。

 脅威の最前線ないし、その周辺で戦う力ある者達。

 ただ逃れ隠れ、恐怖と不安とそして憤りを、その胸の内に募らせるしかない力なき者達。

 光が差すかのようだった。結社やつらのもたらすその暗雲に、一条また一条と光が差し込んでくる。

「──嗚呼、よかった。陛下達は無事なんだな……?」

「おい、確認急げ! 大都げんばとの連絡を!」

「あ、ありがとうございました。お陰で助かりました」

「いえいえ。どういたしまして」

 顕界ミドガルド東方、トナン皇国。留守を任されていた皇国守備隊の面々は“海皇”シャルロットら

と固い握手を交わし、眼下の兵達はもう一踏ん張りと威勢を上げる。

「──ふむ。これで一先ず生命は守られたか」

「──これで神託御座オラクルも、明日は我が身と動いてくれればいいが……」

 顕界ミドガルド北方、王都クリスヴェイル。

 古界パンゲア中央、古都ケルン・アーク近郊。

 最強の男“仏”のバークスは、また一纏めに大型のオートマタ兵や魔獣、覆面の戦士達を

空間ごと真っ二つにして背を向け、竜族の大家“青龍公”セイオンは空を飛び交い制圧する

仲間達を見上げながらそう呟く。

「──あぁ? ファルケンがまだ中に? ハハハッ、あいつらしい!」

「──ロミリアが負傷? ほほう……」

 顕界ミドガルド西方、王都グランヴァール近郊。同じく南方、導都ウィルホルム。

 陸戦の覇王“獅子王”グラムベルは、そんなファルケン王の武勇たちまわりを知らされ呵々と笑い、

無数の暗器で貫かれた死体の山を作る“万装”のセロは、そんな同じ七星がみせた「弱み」

にほくそ笑む。

「──よっしゃぁ! ジーク達がやってくれたぞ!」

「もう暫くの辛抱だ。お前ら、歯ァ食い縛れ!」

 そして彼ら、梟響の街アウルベルツを守る面々もまた同様だった。

 メディアが伝える大都げんちの様子、ジークなかま達が成し遂げつつある偉業への賞賛と少々気の早い

勝ち鬨。

 応ッ! 守備隊、何より冒険者らがそれぞれの得物を掲げて叫んでいた。反対に“結社”

の側はまた聞き或いは確かめ、ざわざわと不安に呑まれつつあるようだ。

「こっちには“剣聖”だっているんだ。もう負けはしねぇ!」

「……此処の戦いは、な。だがまだ安否が確認できていない者達がいるだろう?」

『あっ──』

「ジークやアルスが、まだ」

「だな。話の通りだとすると、皆を逃がしてまだ連中を押さえてるとか、その辺か」

「それに結界を脱出できたからといって安心はできない。市民六百万プラス王達という大人

数を、捌き安全な所まで輸送しなければ保護とは言えないよ」

 それでも、皆に合流した剣聖リオは仏頂面のままくすりとも笑わなかった。

 傭兵達の硬直、ミアの呟き。グノーシュが剣を肩に担ぎ、ハロルドがそうこの戦塵舞い散

る状況の中で、あくまで冷静に指摘する。

「大丈夫……かなぁ?」

 両手の指いっぱいに付与術エンチャントのピンを挟んだまま、クレアが言う。

 戦いは続いている。その言葉に、まだ誰も答えられない。


「──ふん」

『っ……』

 迷宮の最上層へと向かう石廊、複雑に螺旋を描く路の途上。

 衝撃で舞った土埃を払い、バトナスが立ち塞がっていた。

 ジークにリュカ、サフレにマルタと、リンファ、サジ。六人と随伴するトナンの戦士達は

各々一斉に武器を抜き放ち、この魔人メア一人に気圧されている。

「あの時言ったよなあ……? 次に会った時には、てめぇら全員ぶっ殺すって」

 魔獣化させた右手をギチギチッと鳴らしながら、そうバトナスは言った。

 眼光は血の色、魔人メアの色。狂喜の中にあるその犬歯は鋭い。少しばかり余裕綽々とジーク

達を見渡してから、彼はハハッと嗤っていた。

「上に行くんだろ? でもその必要はねぇ。ここが、てめぇらの終着点ゴールだ!」

 もう一方の左手を、首筋から両頬を、彼は加えて魔獣化させた。

 赤黒い肌に鋭い両手の爪、気色悪いことにそれらの表面にぽつぽつと、いぼのような眼球

や牙を持つ口が生える。ジークが二刀を交差させた。サフレとサジが槍を、リンファが太刀

を構えて皆の前面に立とうとする。

「ま、マスター、ジークさん、あれ!」

 だがそんな時だった。今にもぶつかろうとしていたジーク達の後ろで、ふとマルタがずっ

と向こう側──バトナスの背後、最上層に向かって飛んでいく黒い筋を指差したのである。

「イセルナさん達がいます! 一緒にあの時の──四魔長さん達も!」

「団長が? 加勢はどうなったんだよ?」

「さてな。少なくとも味方を見捨ててどうこうしようって人じゃない筈だけど……」

 ちらっと、肩越しにジークが眉根を寄せていた。隣でサフレが手槍を構えている。確かに

彼が言うように、彼女が何の無策に登り直しているとは思わないが──。

「……ちっ。何やってんだ。あいつらはどうした? 囲ったんじゃねぇのかよ」

 するとその一方で、バトナスが何やら呟いている。

 舌打ち。背後へ眼を遣って上空の黒い筋に顔を顰める。

 ジークはじっと考え込んでいた。だがそれも束の間のこと、彼はきゅっと唇を結んでさも

意を決すように二刀を握り締めると、次の瞬間、仲間達に言う。

「サフレ、リンさん。皆を連れて先に行っててくれ。団長達に追いつくんだ。こいつは……

俺とリュカ姉でヤる」

「ジーク……?」

「無茶です! 相手は“結社”の魔人メアですよ!?」

「他でもない私達が、ジーク様を見捨てる訳にはいきません!」

「見捨てろなんて言ってねえじゃないッスか。どうしたって魔人達こいつらは最大の障害なんだ。

他の連中が何処で何してるかは分かんねぇけど、このまま放っておく訳にはいかねぇでしょ」

 サフレとリンファ、サジ。絶句と諫言という違いこそあれど、その反応は一致していた。

 同じくトナンの戦士達、マルタもコクコクと頷いている。それでもジークはバトナスから

じっと目を離さずに続けていた。

 こいつらは──皆が安全に逃げ切るまでは、誰かが止めなきゃならない。

「……すみません皆さん。私からもお願いします。イセルナさんだけじゃなく四魔長までが

最上層あそこに舞い戻ろうとしているということは、下で託せる味方や状況の好転があった筈です。

目的を見失わないでください。最上層あそこが解放されれば……この戦いは終わる」

 それでも結局、そう諭すリュカの言葉と眼差しにサフレ達は折れざるをえなかった。

 頷く二人。四人と戦士達は、互いに顔を見合わせて覚悟を決める。

「──すまない。頼んだ」

「させるかよぉ!!」

 大きく迂回して登り坂の方へ駆け出そうとする彼ら。それを勿論、バトナスは易々と見逃

してくれる筈もなかった。ザリッと半身を返し、地面を蹴ってこれをねじ伏せようとする。

それをリュカが、ジークが、決死の覚悟で止めに掛かる。

騎士団シュヴァリエル!」

 宙に素早く文様ルーンを描き、リュカが使い魔を呼び出した。

 中身なき白亜の甲冑兵団。彼らはなだれ込むようにバトナスの進路上に立ち塞がり、二重

三重と防壁を作る。

「邪魔、だァ!」

 しかしそれを、バトナスはあっさりと破ってみせた。

 空間ごともぎ取らん程に、高速で魔獣化した拳が軌跡を描く。強靭で鋭い爪。その一閃は

あっという間に甲冑兵らを切り刻み、尚も四方八方から密着してくる彼らをボロ雑巾のよう

に千切っては投げ、千切っては投げて舞う残骸とする。

「──ッ!」

 そんな中へ、続けざまにジークが飛び込んでいた。

 紅と蒼、初っ端から六華を解放した状態の二刀、叩き込むような一閃。

 だがバトナスはすぐに反応し、魔獣な両手の甲で受け止めていた。火花が散り、弾いて反

撃しては二刀が飛ぶ。ジークと共に、互いに円を描くように相手の懐を窺いながら、数度激

しく撃ち合う。

「おいおい……。なに余所見してんだよ……」

 なのに、鬼気迫っていた。

 ガギンッと二刀をバトナスに押し付け、火花を散らし、ジークはこれまでにないほどギラ

ついた眼でこの魔人メアを睨んでいたのである。

「いきなり嘘か? 俺達を殺すって言ったのは、てめぇだろうがよ」

 大きく二人から間合いを取り直し、リュカが不安そうに胸を掻き抱いてその鍔迫り合いを

見つめていた。

 残骸になり消滅していく騎士団シュヴァリエル達。そんな彼の突然の変貌を、後ろ髪を引かれながらも、

走り去るサフレやリンファ達が見遣っている。

「……」

 バトナスが、じっと眉根を寄せてこの少年を睨み返していた。

 挑発。解ってはいるが、今この瞬間、全身の血が酷く沸き立ってくるのが分かる。

「逃げんのかよ? 俺なんだろ? ってみろよ。俺を……ぶっ潰すんだろう?」

 ぷつん。されど彼の理性は、程なくしてその闘争本能が凌駕した。


 ニタリ。この魔人バトナスは嗤う。

 狂喜のそれに。

 壊して毀して殺すことが、愉しくて愉しくて仕方ないという表情かおになる。

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