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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-49.その力、繋ぎ止めんが為
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49-(3) 信じてみる

『……ジーク・レノヴィンとその仲間達。彼らは……私が逃がした』

 それはまだシフォン達と合流する前、中層の一角で一騎打ちを続けていた時に遡る。

 不意に構えを解いた相手・クロムの発したその言葉に、ダンは戦斧を構えたまま大きく目

を見開いて固まっていた。

『ど、どういうことだよ? てめぇが逃がした? ジーク達は……生きてるのか!?』

 ダンがもう一度確認するように問う。クロムがそれにコクと、静かに首肯している。

『ああ。傷を癒し、もう大都ここまで来ている。外で番をしていた信徒らも、彼らに倒されたよ』

 かれの言葉を全面的に信用する訳にはいかない。

 だがダンは、はっきりとその情報に驚き、そして深く安堵していた。

 あの野郎……冷や冷やさせやがって。

 クロムが黙している中、そんな彼の誰にともない呟きが、この無機質な石廊に霧散させら

れては消えていく。

『しかしお前、正気か? 生きてるって話もそうだが、ジーク達を逃がしたとなるとお仲間

さんらが黙っちゃいねぇだろうに』

 故にダンはすぐ、そう怪訝な眼差しを向けて訊ねていた。じっと、その当のクロムはこち

らを見つめたまま黙していた。そこには迷い──のような気配が少なからず窺える。

『……私は、とどめを刺すことができなかった。フォーザリアで彼と戦い、勝ったにも関わ

らず、あの時私は倒れ伏す彼らを殺すことができなかった……』

 たっぷり数拍の間、逡巡。

 しかしダンに件の第一声を放った時から覚悟を決めてはいたのだろう。深く眉間に皺を寄

せ、ずっと抱えていたものを吐き出すように、彼はやがて語り出す。

『彼は必死に生きていた。私に、この世界に、立ち向かわんとする姿があった。憎しみ……

怒り……いや、それだけではない。もっとそれらすら越えるものを彼は持ち、私にぶつけて

きたのだと思う。……泣いていたんだ。人の生き死にを手前が決めるなと、手前の勝手で他

人を殺すんじゃないと。敵である筈の私を、泣いてまで剣を向け、止めようとしていた』

『……』

『おかしな少年だよ。叫ぶ言葉と実際の行動がちぐはぐなのに、なのに私に“迷い”を呼び

起こしてくれた』

『ははっ、なーるほど。絆されたって訳か。そうだな、あいつは……真っ直ぐ過ぎる。でも

だから歪んでるんだ。根本的にな。そういう意味じゃあ、確かにあいつとお前は似た者同士

かもしれねえ』

 呵々、ダンは笑っていた。肩に斧を担いだまま、しかしもうマナの炎は燃やさず、そう彼

が訥々と語る言葉から思いから、その時何があったのかを悟っていく。

 クロムは黙っていた。軽く片眉を上げこそしたが、その“似た者同士ことば”自体に異議を唱え

る様子もない。

 ダンは笑っていた。何となく解った気がした。

 おそらくあいつだからこそ成し得たのだろう。救い──この世界に生き、抗うやり方は違って

いても、似ているからこそ奴に思い至らせることが出来た……。

『……たとえ今を生きる者達を敵に回してでも、私は世界に“救い”をもたらしたかった。

だが違うんだ。客体は、他でもない今を生きる者達の筈だったのに。なのに私は、彼のよう

に、この今に存在全てを懸けて生きる者達を軽んじてしまっていた……』

『……難しく考え過ぎだと思うがね。さっきも言ったろ? その救いとやらは、どこか雲の

上のお偉いさんが施すモンじゃねぇんだって。自分で見つけるモンだ。必要な時にこっちか

ら選ぶモンだろ? お前もジークも……デカ過ぎるんだよ。手前で全部背負い込むな。ヒト

はそんなに万能じゃねえ。仮に不幸ばっかの人生でも、それがそいつの人生だ。その選択に

各自責任を持つすじをとおすってのが、生きるってことだろうがよ。それを全員が全員分“幸せ”にしよう

だなんて……端っから無茶もいいとこだ』

『……』

 仏頂面の表情かおに言い知れぬ影を作ったまま、クロムは黙り込んでいた。

 見つめる。自分の埋め合わせに、他人を使うな──彼が口にした言葉が、更に重しとなっ

て圧し掛かってくるかのように錯覚する。

『かも、しれないな。だが彼は……ジーク・レノヴィンは、それを為そうとしている』

『ああ。だから危なっかしくて放っておけねぇんだよ。弟ともども、あいつらはどこまでも

どこまでも“信じて”やがるからなぁ』

『……そのようだ。だから、あの時私も迷ったのだろう。まだ強き信仰は残っている。彼ら

を全て切り捨ててしまうには早いと思った。もう少し……私はヒトを信じてみたいと思う』

『ふぅん?』

 苦笑、値踏み、そして含み笑い。ダンはやっと、そう明確に表明したクロムの向けてくる

眼差しを見ていた。

 即ち裏切り──もといこちらにとっては味方の登場。

 予想外ではあったが、内心感謝もしていた。少なくとも彼がこうして心変わりをしていな

ければ、きっと今頃ジーク達は亡き人になっていただろうから。

『そりゃありがたいが……これまでの罪が消える訳じゃねぇぜ?』

『分かっている。覚悟なら……できている』

『……そっか』

 ならいい。

 再度じっと試すように睨み付けて、ダンは破顔した。

 クロムは言った。背負ってみせると。それでももう一度ヒトを信じたいのだと言った。

 ならば自分はもう責めまい。そもそもこの先、この戦いが終われば、間違いなく彼には有

象無象からの“制裁”が待っている筈で──。

「むっ!?」

 そんな時だった。そう可笑しな安堵をついていたのに、不意にクロムが硬化した拳を振る

って襲い掛かってきたのだ。突然のことに、ダンは咄嗟に戦斧でこの一撃を受け止める。

 てめぇ、言った傍から……!

 だが様子がおかしい。見た目こそ交戦している体だが、先刻までとは力の入り方が明らか

に甘いのだ。

『クロム』

 すると何処からか声が聞こえてきた。気だるい男の声。ダンには覚えがあった。

 もしかしてあの鬼族オーグの術師か? という事は、やはりこの結界も……?

『王達が逃げ出した。四魔長に運ばれてる。正義の盾イージスの主力や“黒姫”と合流する気だ。

手形にそこの座標を送る。そいつをいなしたらすぐに飛べ』

 声だけがそう耳に届いて、やがて気配が消えた。

 暫く鍔迫り合いのままの二人。だがこの気配が完全に遠退いたのを確認するように、やや

あってからクロムが、ゆっくりと拳をダンから離して後退っていく。

『……さっきのは?』

『リュウゼン。私と同じ使徒の一人だ。空門の魔導に長じている。逃げ出した王達を捕まえ

てくるよう、私達に連絡をしているらしい』

 カードキーに独りでに浮かび上がった文様ルーンを確認しながら、クロムが言った。

どうやら事態は刻一刻と変化しているらしい。そっと斧を下げ、ダンが訊ねる。

『で? どうするんだ? こっちにつくってのはバレずに済んだみたいだが』

『そうだな……。一先ず私は他の使徒達と合流する。貴方は下層したに向かってくれ。まだ加勢

が必要な筈だ。後はこちらで何とかしてみよう』


「兄貴!」

「はは、相変わらずおいしい所持ってくよねー」

 血塊の柱からすとんと降りるヒュウガを眺め、グレンとライナが各々に反応していた。

 もうっと土埃が無機質な空気に溶けていく。使徒──“結社”の魔人メア達やその配下の軍勢

が身構えている中、彼は悠々とした足取りでこちら側に歩いてくる。

「……ふむ?」

 ちらり、きょろきょろ。その視線は何度かこの場周囲を確かめるようなものだった。

 遥か高く石廊の上で対峙する両陣営。弟妹きょうだい達や正義の盾イージス、寄せ集まった傭兵達。クラン・

ブルートバードの面々に、グレンや“紅猫”に庇われるようにして他の使徒らと隔てられて

いる一人の魔人おとこ──。

「ほほう。どうやら思っていた以上に面白いことになっているようじゃないか。王達は脱出

した後かな? 結社かれらの戦力も随分こちらに集まっているようにみえる……」

 表情は笑顔なのに、とんでもない威圧感だった。

 職務上、普段から面識のあるダグラスやエレンツァ、先刻助けに入って貰ったイセルナな

どは比較的平然としているが、場の傭兵・兵士達の少なからずがその存在感に身を硬くし、

ごくりと息を呑んでいる。

 使徒達、特に直前まで彼とやり合っていた筈のアヴリルとヘイトが顰めっ面をしていた。

 リュウゼンからの交信は彼もあの場で聞いているのだ。次から次へと、追いついて邪魔し

に来やがって……。

「ブルートバード! 寄り道は終わりだ。君達は最上層てっぺんに向かえ! こいつらは俺たち正義の剣カリバー

正義の盾イージスで押さえ込む!」

「勝手に──いや、実際それが次善か。そういう事だ、急いでくれ! この悪趣味な結界か

ら大都を解放するんだ! アルス皇子やファルケン王が……まだあそこにはいる!」

「は、はい!」

「だったら俺達も連れてけ! このままやられっ放しなんて性に合わねぇ!」

「蛮勇だけど同感ね。皇子かれも助けなきゃ……妖魔族ディモートの名折れよ」

「ふむ……」「おーっ!」

「おい坊さん、あんたも行ってやってくれ。戦力的にあっちにも人手が要る筈だ」

「そうだな。イセルナ達を頼んだ。信用、みせてくれよ?」

「……ああ。すまない」

 手に下げた長剣をひゅんと振るって、ヒュウガがそう部下達を率いて叫んでいた。その巻

き込まれに一瞬ダグラスは眉を顰めたが、すぐに呑み込んで同様の指示と促しを飛ばす。

 イセルナと団員達が、四魔長が頷き駆け出していた。グレンとダンに促されて、やや後方

にいたクロムも少し遅れてこれに続く。

「野郎ぉ! 逃がすかぁッ!」

「ちょ、ちょっとヘイト! 単独行動は」

「忙しねぇな。どっちを殺る? 最上層むこうはルギスとリュウゼンくらいだが」

「彼がいるならそうそうやられはしないわよ。それより」

「邪魔になりそうなのはあいつらだね。王達を追いかけるそとにしろ上を守るなかにしろ、放っておけば

面倒な相手が揃ってる」

「じゃあ、決まりだね」

「……あれ? そういう言えばバトちゃんは……?」

 そんな彼を憎悪の表情かおと怒声で追いかけ、ヘイトが飛びして行った。それを止めようと

アヴリルも地面を蹴り、残る六人(と一体)が一斉に迫ってくるヒュウガ・ダグラス達を迎え

撃つ。


 正義の剣カリバー長官ヒュウガは、炎と氷──フェニリア・フェイアン姉弟と。

 同じく副長官グレンとライナは、それぞれ半人半機のグノア、魔獣使いエクリレーヌと。

 正義の盾カリバー長官ダグラスは、セシル及びその持ち霊もとい、魔獣のヒルダと。

 その副官であるエレンツァは、再び合成獣キマイラに化けたヘルゼルと。


 更にダンら傭兵が中心となり、残るオートマタ兵や魔獣達と激突、大波を作る。

 そうしてこの中層は、にわかに主戦場としての性格を帯び始めた。

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