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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-49.その力、繋ぎ止めんが為
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49-(1) 剣と盾が揃う時

 使徒クロムの背中を、場の面々が唖然として見ていた。

 足元に転がっているのは陥没を作り、大破した二体目の狂化霊装ヴェルセーク。さも蒸気を上げている

かのようなその右腕は、鋼鉄のように黒く硬化されている。

「……」

 四つの黒球──王達が無事外に運ばれたこと、その嬉々も一緒に吹き飛ばした一撃。

 ダグラス隊やロミリア以下集まった傭兵達、イセルナ隊に加え他の使徒達も。

 誰もがまだその衝撃から立ち直っていないそのままに、クロムは黙々とこの倒れ伏した鎧

騎士を形成する内部の蛇腹を掴み出して引き千切り、中身──半ばミイラのようにやつれて

真っ白になった人間をその場に放り出す。

「何をしている。早く“黒姫”を離脱させろ」

「えっ?」

「セシルの瘴気を浴びたろう。急いで浄化しろ。今ならまだ間に合う筈だ」

 あっ……。ロミリアの部下達が、程なくして肩越しに告げる彼の言葉を理解し、コクコク

と頷いていた。急ぎ皆で彼女に肩を貸して運び出し、後事を仲間達に託して一足先に結界の

外へと離脱していく。ミザリーやウル、少なからぬ面々がについっと肩越しに顰めた視線を

遣り、佇んでいる。

「どういうつもり? クロム」

「裏切り、だよねえ……。美しくない。そんなことをしてどうなるのか、分からない君じゃ

なかろうに」

「万死に値するぞっ! 何故今更凡俗に? 我々の大義に何の不満があるというのだ!?」

「セシル!」「……大丈夫だ。それよりも、あいつを」

「やれやれ。これは死体がまた一つ増えるかねぇ?」

「クロおじさん……。何で……??」

 兵達の安堵。だがそれは勿論、そう長くは続かなかった。

 フェイアン、フェニリア、エクリレーヌ、セシルとヒルダにグノア、ヘルゼルら。使徒達

の眼光は総じて鋭く、強い非難のそれで、一斉に得物を向けて彼に迫ろうとしていた。

「クロムぅぅッ!! やっぱりそうか。やっぱりお前が、レノヴィンに手心をッ……!!」

「わわっ。お、落ち着きなよぉ、ヘイト……」

 その中でも特に、ヘイトの激昂は相当なものだった。

 少年の身には不釣合いな程に憎しみに満ちた眼光。今にもストリームを手足のように操っ

て攻撃を加えようとする勢い。それを、傍のアヴリルが慌てて押さえ込んでいる。

「……どういう事だ? 仲間割れか?」

「わ、分かりません。少なくともあの鎧騎士ヴェルセークを倒したとしか……」

 そして混乱しているのは、何よりもダグラス達だった。

 臨戦態勢はそのままに、されど怪訝に眉根を寄せて槍を剣を銃を構える面々。副官である

エレンツァも一応分析的にこの状況を観ようとしているが、ではその理由はとなると同じく

戸惑うばかりだ。

 合流していた傭兵達、イセルナと団員達、そして四魔長もそれは同様で、互いに顔を見合

わせてはクロムの方を見る。次にどう動けばいいのか? すぐには判じかねて動けない。

「何をしている。急げ。リュウゼン──この結界の主は最上部にいる。レノヴィンの片割れ

達も一緒だ。急がなければ……失うぞ」

『ッ!?』

 するとそんな面々を見て内心焦ったのだろうか、クロムが再びそうはっきりとこちらに向

かって促してきた。

 氷を纏うフェイアン、掌に炎鬼を作り始めるフェニリア、瘴気を漂わせるセシルとヒルダ

に義手から刃を迫り出させるグノア。イセルナと団員達、そして四魔長が真っ先に反応し、

互いの顔を見合わせる。

 やはりそうなのか……?

 徐々に心が急けていく。見えない何か押し出されるように、身体が脚が動き出す。

 だけど……だけどこのままでは、彼が。

「行け! ブルートバード!」

『させるかぁっ!』

 それでも、くわっと叫んだクロムの一喝が合図となった。

 次の瞬間、石廊の先へ向かうイセルナ達、させじと切っ先を向け直して襲い掛かろうとす

る使徒達と残り一体のヴェルセーク、そしてこれを防がんと飛び出すダグラス達の三者三様

の動きが三つ巴の様相を呈そうとする。

『──ッ!?』

 だが、その直後だったのである。

 まるで三者が交わる、そこに割って入るかのように突如として足元──遥か眼下から、お

びただしいエネルギーの奔流が噴き出してきたのだった。

 面々の視界が一瞬にして眩しく染まる。バリバリッと、辺りに無数の滾り──磁力の片鱗

が奔っていく。現れたのは同じく無数の影だった。人やモノ、兵士達や武器の類・金属類。

それらがまるで噴水で押し出されたが如く、一斉に空を舞って来たのである。

「あ、あぁぁぁぁぁーッ!?」

「ちょっ、ライナさん、高いです高いです! 無茶過ぎますってぇぇぇ!!」

「つべこべ言わない! 下層したから急いで登って来るには、こうでもしなくちゃ間に合わない

でしょ!」

 ライナ・サーディスだった。正義の剣カリバー副長官の片割れ、魔人兄妹の一人だ。

 この眩いばかりの一発は彼女の仕業だったのだ。持てる力を総動員し、磁力であらゆる仲

間達を引き寄せ、自身も盾だった物らしき金属板の上に腕を組んで仁王立ち。部下や傭兵達

こもごもの兵力を、殆ど無理やりにこの場に持ち込んでみせたのである。

「いっけぇぇぇーッ!!」

 そして、降り注いだ。彼女のその合図、振り払った手と共に、この磁力で浮かばされた兵

達が一斉にこちらに向かって急降下してきたのだった。

 三者三様にその顔が引き攣っていた。それらは磁力の反発──加速力を得た数え切れない

程の兵士達の突撃であり、持ち主なき武器らの高速の投擲である。

 使徒達が、ダグラス隊や傭兵達が、イセルナ隊と四魔長が、咄嗟にその場で防御に専念せ

ざるを得なかった。

 ライナの放つ無数の武器と兵士らが滑空しながら舞う。だがそれらの標的はしっかり制御

されており、どうやらこの四方八方からの突撃全ては使徒達に向かっているようだった。

 斬り伏せられた、撃ち落とされた。それでも使徒達は各々に──鬱陶しそうにこれらを捌

き、その位置関係から巻き込まれざるを得ないクロムも、先ほど倒したヴェルセークの装甲

を盾代わりにしながら同じく黙々と凌いでいる。

「わわわわっ!? な、何で? 何であの人が……」

「追いかけて来たんだろうね。全く、スマートじゃない──」

 そんな時だった。邪魔をしてくる無数の鉄屑や時々兵士、それらを氷漬けにして落下させ

ていくフェイアンに向かって、大きな人影が二つ、襲い掛かってきたのだ。

「どっ」「せいっ!」

 爆発と猛火。中空から斬りかかってきたのは、グレンとダンだった。

 フェイアンが咄嗟に氷の武装と共にこの大剣と戦斧を受け止め、周囲に赤く赤く爆発の炎

が飛び散る。それら二つと彼の長剣が、ギリギリと激しく鍔迫り合いを起こした。立ち込め

る煙や土埃は激しく広範囲に渡り、三者を──特にクロムを、他の使徒達から遠ざける。

「調子に……乗るなよっ!」

 氷の大蛇達オロチがお返しにと、グレンとダン目掛けて襲い掛かった。

 牙を剥く冷気の塊。だがそれを二人はすんでの所でかわし、焔のそれでいなし欠けさせ、

密かに距離を取り直していたクロムのすぐ前へと着地する。

「ダン! それにシフォンに皆……ユイさんも」

 一先ず使徒達および“結社”の軍勢を押し返すことはできたようだ。流石に魔人メア達をこの

奇襲で獲ることはできなかったが、オートマタ兵や魔獣──配下の雑兵はかなり削り取れた

と思われる。

「おう、イセルナか! 無事だったみてぇだな」

「大丈夫かい? カードキーの話、ジーク達から聞いたよ」

「イセルナ・カートン──認証プロセス完了。マスターノ上官殿マスターデスネ」

下層したにいた人々の避難は、先程完了しました。後は大都このまちを取り戻すだけです!」

 ユイの報せに、少なからぬ仲間達が嬉々とする。

 ライナの磁力で宙を舞わされていた兵士達も含め、下層にいた面々がいよいよ合流を果た

しつつあった。次々と足場に降り立ち、ずらりと並んでいた。

 ライナ・グレン以下正義の剣カリバーの兵達、ダンら団員や傭兵達、そして各国の軍や大都の守備

隊。尚も居座り濛々とくゆる土埃と黒煙の中、新たに戦力を補充したイセルナ達一同は、改

めてこの使徒達と相対そうとする。

「そう……よかった……」

「で、ですがどうしたっていうんです? その男は使徒です。“結社”の魔人メアなんですよ?

何故彼が、貴方達に庇われて──」

「ああ。それなら……」

「心配すんな。色々あってな、今は俺達の味方だよ」

 そして疑問だったクロムの挙動も確信へ。エレンツァが皆を代表して問う声に、グレンか

らダンへ、ニカッと妙に清々しい笑顔が返ってくる。

「味、方……?」

「こっちについたってのか? まさか……」

 当然面々はざわついていた。ダンはそう言うものの、兵達の視線はそうすぐには信用する

には足らない。実際正規軍を率いる立場のダグラスも槍を片手にじっと目を細めていたし、

彼を睨むヘイトの眼光は益々憎悪を帯び続けている。

「……マーフィ殿の言葉を信じよう。もし本当に私達と共に戦ってくれるなら、これほど心

強い助っ人は他にいない!」

 それでも、この勢いを自ら萎めさせる訳にはいかなかった。尚もざわつく皆々を鎮めるよ

うに、ダグラスがびしりと力を込めた声で叫ぶ。

 対峙していた。大連合と使徒、および“結社”の軍勢達。

 確かに王達は逃がした。だがまだ安心はできない。

 この恐ろしき敵達をもう暫し食い止められなければ──きっと奴らは皆を追い殺す。

「……小癪な。狂装兵ヴェルセークっ!」

 そんな中、先にけしかけたのは、グノアだった。

 右顔面を機械の面で覆い、前髪で隠れ、されど確かに眼を血走らせて振り払う手。それを

合図として、残っていた三体目のヴェルセークが両腕から巨大な刃を形成する。

 だが──その攻撃、その一歩目から蹂躙されたのだった。

 やや濃紫の、量産型の鎧騎士。その堅牢な筈の装甲へと次の瞬間、多数の赤々とした柱が

飛んで来たかと思うとこれを貫いたからだ。

「なっ……!?」

 グノアが、他の使徒達が咄嗟に避ける。大きく飛び退く。次々に赤い柱が、その彼らの立

っていた場所に突き刺さっていく。

 血だった。よく見るとそれは凝結されて巨大な針となった、血の角柱だったのである。

「──やれやれ。やっと追いついた」

 再び舞った土埃、傭兵達の「おおっ!」と漏れる歓声と、舌打ちする使徒達。

 くるり。ヴェルセークを串刺しにして動かなくさせた、その血柱の端に立って振り返った

のは……ヒュウガ・サーディスだった。


 相変わらず飄々と微笑わらったまま、彼はぶらりと剣を手に下げている。

 感嘆。沈黙。

 正義を名乗る剣と盾が、今ここに揃い踏みとなる。

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