表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-48.希望と絶望の一進一退
291/434

48-(6) 翻す者、牙剥く者

 積み上げることは酷く困難なのに、いざ崩す──逆の向きを往こうとするとこうも容易で

あるものなのか。

 ジークらと別れたイセルナと団員達は、彼女が作り出す氷の坂道をひたすらに滑り降りて

いた。多少左右にうねっていても、その道筋は一直線に。遠く先が途切れた道が次々に追加

されながら、後ろからの風に押されながら、一同はこのスリルある滑走にて急ぐ。

「ひぁぁぁぁぁーッ!?」

「落ちる、落ちる! 団長ォ、ちょっと無茶過ぎませんかぁ!?」

「嗚呼、塔があんなに……。踏み外したら……死ぬな……」

「悠長に降りている暇はないでしょ! しっかり踏ん張っておきなさい。私とブルートとで

ちゃんと軌道調整してあげるから!」

「さ、寒い……」

 先を行く団員達の両足は、薄く氷の靴に覆われていた。

 言うなればスケート靴。そんな彼らの滑り流される位置を、最後尾から飛翔態のイセルナ

が確認、氷の道から落ちないように操作する。

 彼女も自身、冷気の翼で軽く浮いているのだが、その尾先はぴたりとこの氷道に繋がり、

行く先を造る冷気を供給している。氷系の持ち霊を従えているからこその芸当だ。つい先刻

まで必死に登っていた石廊群の間を、彼女達はぐんぐんと下っていく。

(……思った通り、上手く相手の裏を掻けたみたいね)

 ちらと肩越しにそんな頭上へ伸びている建造物らを見送りつつ、イセルナは思考を過ぎら

せていた。

 ブルートで確かめた時もそうだった。どうやらこの結界は、ある程度上昇してくる飛行体

を感知・妨害できるようになっているらしい。それはひとえに結社達やつら──最上層へ近付き

邪魔をして来る者を排除する為だろう。

 だが逆に考えれば“登らなければいい”のだ。実際こうして皆で下っているが、結界主か

らの妨害は無い。

(四魔長が下層したへ向かってくれて助かったわ。これが、良い報せになってくれるといいんだ

けど……)

 希望的観測。イセルナはあたふたする団員達の背中を視界に映しながら道の先を観た。

 マルタが目を凝らして見つけてくれた行き先、四魔長や正義の盾イージス、七星ロミリアらの錯綜

する中層付近。見ればそこでは、降りて来た四魔長らが彼らに何やら訴えかけているでは

ないか。そして彼らを追い、四人の魔人メア黒騎士ヴェルセーク達が合流、これを討ち捕らえんと迫ろうと

していた。

「皆武器を構えて! 突撃するわよ!」

 ラスト数十リロ(=数十メートル)は半ばイセルナによる力押しだった。

 冷気の翼を大きく持ち上げ、打つ。それによって生じた吹雪の勢いと射出される氷の刃。

団員達は一斉に雄たけびを上げ、目的のそこへ繋がった氷道から跳躍、四魔長らに襲い掛か

ろうとしていたオートマタ兵や魔獣達を次々に奇襲し始める。

「なっ……!?」

「おわっ、凍っ──」

「おい見ろ! “蒼鳥”のイセルナだ!」

「と、いうことは……。クラン・ブルートバード……?」

 まさしく横槍といった状況。ダグラスやエレンツァ以下正義の盾イージスの面々、集まっていた諸々

の傭兵・兵士達、四魔長が逃げ込んで来たことで登るを止めていたロミリアとその部下達。

 オートマタ兵や魔獣を始め、量産型ヴェルセーク二体も足元から凍て付き、身動きを阻ま

れていた。フェニリア、セシル、ヘルゼル、グノア。四人の魔人メア達もこの敵方の加勢に少な

からず眉を顰め、それでも邪魔な氷はフェニリアの炎が焼き払う。

「ご無事ですか、四魔長! 皆さん!」

「ああ、何とかな……」

「それで、一体全体どうしたっていうんです?」

「貴方がたはオブザーバーとしてサミット会場にいた筈でしょう? シノさ──王達はどう

したんです? まだ最上層てっぺんにいるんですか?」

 イセルナが、そして団員達がそう矢継ぎ早に問うてきた事で、面々にも彼女達が何故この

タイミングで駆けつけて来たのかが解ったようだ。ダグラスやロミリア達が互いに、緊張し

た面持ちで、ちらと顔を見合わせる。

「王達なら──此処よ。この無明の闇沼ブラックホールの中。アルス皇子の機転で、彼らは私達がここまで

運んできたの」

 ミザリーが言った。残る三人の四魔長もそれぞれに黒球──王達をその中に梱包した魔導

のそれを取り出し、見せてくる。イセルナと団員達は静かに目を見開き、そして少しばかり

嬉しそうな表情かおを浮かべた。

「つい先程レヴェンガート長官から聞いた。ジーク・レノヴィンが結界このばの脱出口を見つけて

くれたという。通行手形といったな。お前達は持っておらんか?」

「あ、はい。それなら……」

 ウルの引き継いだ言葉、問いにイセルナはすぐさま応じた。

 懐から取り出してみせたカードキー。瞬間、一同が抑え切れぬ歓喜で声を上げる。一方勿

論の事ながらフェニリア達“結社”側はこれを由々しきと捉えている。

「でかした! イケるぞ!」

「急いで外に繋いで! 王達をお願い!」

『──させるかぁ!』

 イセルナ達に四魔長から黒球が託されるのと、フェニリアら魔人メア達が動いたのはほぼ同時

の事だった。再び両軍が激しく激突する。炎とレーザー、巨大な獅子に変化しての前脚蹴り、

ヴェルセークらが振り下してくる黒刃。それらをダグラスの岩槍、エレンツァの紫雲、イセ

ルナの氷冷とロミリア達の魔導がすんでの所で防ぐ。

「急いで! シノさん達を、早く!」

 限界ぎりぎりまで冷気と氷の衣・翼を広げたイセルナが叫ぶ。そんな彼女達に庇われる格

好となった団員達はコクコクと頷き、大慌ててで彼女から受け取ったカードキーを使用、開

いた風穴から四つの黒球を抱えて駆け出していく。

「逃がさん……!」

 だが、逃げ切るのを待ってくれているような相手ではなかった。

 魔人メアの一人“侵将”セシル、そしてその持ち霊──魔獣のヒルダが他の誰よりも先んじて

追撃に掛かろうとしたのだ。

 滾らせたオーラは瘴気、触れるものを朽ちさせる力。

 彼らはイセルナが広げ阻む氷の壁、翼を溶かしこれを突破すると、この団員達の背後を獲

ろうとしたのである。

「──ッ!」

 しかしこちら側もそれに対応してくる者がいた。ロミリアである。

 彼女は陰影の眷属シャドウサヴァントでヴェルセークの内一体を絡み留めていたが、セシルとヒルダのそれを

見、一目散に踵を返して疾走──振り下ろされるその剣から団員達を庇って割り込み、その

一撃を瘴気がこもったそれをもろに受けてしまう。

「ぐっ……!」

「団長ォ!」「くそっ! あいつら……!」

「余所見をする暇は……無いわよ。押し返しなさい!」

 部下達を中心に悲鳴が上がる。だがロミリア本人は気丈にもそう顔を顰めながらも叫び、

セシルの振り下ろした刃をがしりと握っていた。

 彼とその持ち霊が眉を寄せる。ギチッ、瘴気が食い込むのに動かせない。進めない。

 背後で団員達が目を見開き、しかしこれを間隙だと悟ってくれ、脱出を完了させていた。

 そのさまを、直後ロミリアは気配で感じ、

「“あの子”には──指一本触れさせない……ッ!!」

 至近距離の彼ら二人に、次の瞬間、渾身の攻撃魔導を浴びせて吹き飛ばす。

「“黒姫”殿!」

「畜生! もうちょっとなんだ、押さえろ! 押し返せぇッ!」

 イセルナ達は半ば激高したように戦っていた。

 フェニリアの炎が激しく襲い掛かる、グノアの手甲剣が兵士らを斬り捨てていく。それで

も一同は防衛ラインを自ら下げようとはしなかった。獅子に化けたヘルゼルが突っ込んで来

て仲間達がどれだけ吹き飛ばされようとも、ここを譲る訳にはいかない。

『──』

 だが状況は更に悪化した。そんな防戦の最中“結社”側に他数名の魔人メア達が空間転移して

きたのだ。

 フェイアンとエクリレーヌ、アヴリル、ヘイト、そしてクロム。

 面々はその光景に隠しきれぬ絶望の表情を浮かべた。黒い靄や青い奔流──空間転移の余

波がこの五人の周りにバチバチ濛々と四散していく。

 そこへ二体のヴェルセーク達、フェニリアらも振り向いて合流しようとしていた。

 五人が中空からそっと、降りて来る。彼女達がこれで確実だなと出迎える。

 だが。

「……ぬんッ!!」

 予想外の事が起きた。着地する寸前、新しく召集されてきた魔人メアの内クロムが、その右腕

を真っ黒に硬化させたかと思うと突然、傍にいたヴェルセークを一体、全力で殴り伏せたの

である。

 イセルナ達、そして“結社”達もが驚愕し、唖然としていた。

 このヴェルセーク自身も完全に不意打ちだっただろう。彼に懐へ踏み込まれるのを許し、

右脇腹から思いっ切り一撃を喰らった。砕け散る装甲。中に伝う黒い球体と蛇腹の配管が皆

の視界に入り、その巨体が叩き付けられるようにしてその場に沈み込む。

「……。えっ?」

 ようやく兵士の誰かがそんな間抜けな声を絞り出す。

 他の使徒達が深く眉根を寄せ、当のヴェルセークは地面に大きな陥没とひび割れを作った

後、ぐったりと沈黙している。

「──」

 “鉱僧”クロム。

 拳を握ったまま俯き加減に佇む彼が、この戦いに新たな局面を告げようとしている。


(ドンパチやってるみたいだな……)

 一方その頃、リンファとサジ、トナン近衛隊の面々を加えたジークらはひたすら石廊を登

っていた。

 変わり映えのしない石畳、無機質な空と、延々と続くような螺旋構造。

 少し前から眼下では大きな爆音や剣戟の音が聞こえている。おそらくイセルナ達が向こう

に合流したのだろう。母やアルスに、王達について、何か判明しているといいが……。

「──ッ!? 避けろっ!」

 そんな時だった。ふとひた走る自分達の背後に気配が──スッと暗く影が差して、ジーク

は同じく気取ったリンファやサジ、サフレらと共に逸早く動いていた。

 直後、真っ直ぐに何かが降って来る。轟音を響かせてついさっきまでいたその巨大な石畳

の踊り場を打ち抜かんとした何かがいる。

 半ば反射的に散り散りになり、顔を引き攣らせ得物を抜き放つ面々。ごくりとジークが息

を呑むのに合わせるように、その濛と上がった土埃の中からこの張本人が進み出てくる。

「……ふん」

 右手は魔獣のそれに、打ち抜かれた石畳の部分は深々と穴を。

 “結社”の魔人メア──使徒。

 不敵に笑う“武狂”バトナスの姿が、そこにはあったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ