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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-48.希望と絶望の一進一退
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48-(5) 彼が来る

「おぉぉぉーッ!!」

 時を前後し、志士聖堂前でも交戦が続いていた。

 デュゴーはジーヴァと、スタンロイはヴァハロと。それぞれに溶岩マグマと化して発射される

オーラ、その動きと一体化して襲い掛かるオーラの巨像がこの魔人メア二人を捉えようとする。

 だが戦況は終始こちらにとって厳しいものだった。

 何度も何度も突き出す拳と共に放たれるデュゴーの溶岩弾は、全てジーヴァに最小限の動

きで以ってかわされているし、巨躯というアドバンテージがある筈のスタンロイの巨像が放

つ斬撃は、先程から全てヴァハロに軽々と受け止められ、いなされている。

「ぐぅ……っ!」

 上から左右から。スタンロイとその巨像が繰り出す長刀がまたもう一度弾き返された。

 オーラは自身の延長、故に感触も反動も彼自身に返ってくる。思わず顔を顰めるその一方

で、対するヴァハロは手斧をついっと出すだけで嬉々とし、全くといっていいほどダメージ

を負っている様子はない。

「くそッ!」

 もう何発目か分からくなる、より大きく熱い溶岩弾デュゴーは放ったが、この白髪の剣士

はそれをあっさりと真っ二つにすると軽く疾走、残りの間合いを一気に詰めて来る。

 られる──。半ば反射的にデュゴーは攻撃の手を止め、防御に移った。オーラを全身に

隈なく行き渡らせ、即座に大量の溶岩マグマ壁として展開する。

 しかしそれでもジーヴァは迷いが無かった。音もなく片手で振りかぶったその刃を鋭く叩

き付け、この防御壁をたったの一撃で四散させてしまう。

「ぐっ!?」

 振り抜き、次いでやって来る筈の二撃目。今度のデュゴーは回避行動を取った。

 下半身を中心にオーラを滾らせ、溶岩マグマを流動させる。そうすると身体は自然と持ち上がり、

彼はその勢いのまま大きく頭上へ跳躍、二撃目を放ったジーヴァの上を越えてアーチを描く

ようにその溶岩マグマごと向こう側の地面に転がり込む。

「……ッ、くっ……!」

 直撃は免れた。だがデュゴーの負うダメージは決して少なくはなかった。

 片膝をつき、胸元に手を当て大きく肩で息をしている。見ればその軍服は深めのそれ数本

を始めとし、腕に頬に脚に無数の切り傷を抱えてしまっている。

「な、何て奴らだ……」

「デュゴー大佐が、スタンロイ大佐が、こうも一方的に押されるなんて……」

 聖堂の真前、下がらせていた部下達がそう酷く心配そうにこちらを見ていた。

 動いたので今はこの男を挟んで向こう側。その当のジーヴァはそんな雑兵など興味がない

のか、だらりと剣を手に下げたままカツンとゆっくりこちらに振り返ってきている。

(……勝ち目は、無さそうだな。やはり“結社”の魔人メアどもは化け物か……)

 乱れる呼吸が中々治まってくれない。デュゴーは静かに近付いてくるジーヴァの姿を、時

折ぼやっと霞んで見えるその姿を見つめながら考えていた。

 おそらく自分達は、ここで敗れるだろう。せめて部下達だけでも逃がせればいいのだが。

 いや、最早難しい話か。実際にぶつかってみて痛感した。彼ら二人は恐ろしく強い。仮に

殿しんがりを務めようとしても、安全圏までもたないだろう。何より、此処は結界に包まれた時から

既に敵の領内テリトリーだ。

「……?」

 そう、弱気な考えがじわじわと頭の中を満たしていく最中だった。ふとデュゴーはここに

来て、この状況が持つ不自然さに気付いたのである。

(ちょっと待て。大体何故、これほどの猛者がわざわざこんな所までやって来た? 此処は

志士聖堂。俺達以外、王の一人だって居やしない。こんな寂れた教会に何……が……)

 目を見開き、戦慄する。

 自身の思考がそうして言葉を紡ぐ、その道先の石を先んじて敷き詰めるように、彼の脳裏

には刹那ある「答え」が導き出されていたからだ。

 ──そうだ。ここは志士聖堂、英雄ハルヴェートら十二聖ゆかりの史跡。

 おかしいのだ。この巨大な迷宮、空間結界の中で“あの建物だけ”がこうして目の前に存

在していること自体、不自然なのだ。

 普通、この手の結界内では本来の景色を拝むことはできない。空間と空間の狭間に仮置き

のスペースを作り、そこに面々が移動しているからだ。

 ならば志士聖堂がこうして目の前にあるということは、つまり単純な空間結界ではない。

もっと複合的な構造をしたそれが形成されている事になる。

(……結社達やつらも“此処が何であるか”を知っている?)

 そうでもなければ説明がつかない。わざわざそんな面倒な構造の結界にする必然性がない

からだ。

 まさか、そうなのか?

 今回奴らが、そもそも大都このみやこに攻めて来た理由は──。

「ぬ、おぉぉぉッ!?」

 そんな時だった。はたとまるでデュゴーの意識を引き戻すように、スタンロイの苦痛の声

が聞こえてきたのだ。

 ハッと我に返ってその方向を見る。するとそこには巨像と共に、ヴァハロとの鍔迫り合い

にまた押し負けようとしている相棒かれの姿があった。

「ふむ……。自身のオーラを半物質化し、直接的な攻撃力へと変換する──《像》の色装に

類するものか」

 だがしかし──。ヴァハロは嗤っていた。さも愉しそうに口元を緩め、それまで猶予を与

えていたかのような鍔迫り合いをお終いにする。

 左右に振り払った手斧と手槍、先程よりも大きく仰け反ったスタンロイとその巨像。

 ヴァハロはだんっと地面を蹴っていた。そのまま彼は一気に上昇、巨像の顔面辺りまで滞

空すると、

「我には及ばぬ!」

 握るその手斧にぼやっと薄暗い球状のオーラを纏わせ、真っ直ぐにこれを振り下ろすよう

に叩き込んだのである。

「ガッ!? ァ──」

 激震だった。あれだけ巨大なスタンロイの巨像、オーラの塊がその一撃によってまたたく

間に崩壊し、無数の残骸となって飛び散っていった。そしてスタンロイ自身も、感覚が同期

されているその性質上、全身を粉砕されるが如き大ダメージを受けて吐血、白目を剥く。

「スタンローイ!」

 デュゴーが悲鳴のような叫びを上げていた。傍観するしかなかった部下達も皆、総じて真

っ青になって絶叫、ないし絶句している。

 地面は巨大な陥没を作っていた。その中心に昏倒し、二度と動かなくなったスタンロイの

無惨な姿が倒れ込む。顔が、胸が押し潰されていた。デュゴー達が言葉を失う中、その一撃

を放った張本人たるヴァハロが軽やかに着地して小さく息をついている。

「く、そぉぉぉぉぉーッ!!」

 痛む身体に無茶を通し、デュゴーが吼えた。再び全身にオーラを滾らせ、溶岩マグマと一体化する。

 男泣きをしつつあった。溢れる感情が痛みを忘れさせてくれた。

 相棒にして長年の好敵手ライバル、そんな彼が殺された。この職務に就いている以上いつ逝っても

おかしくはないとはいえ、これでは理不尽過ぎるではないか。

「……」

 なのにジーヴァは酷く冷淡だった。殆ど表情一つ変えず、剣を手に下げたまま一瞬眉根を

寄せた程度の反応しかない。

 先に地面を蹴ったのはデュゴーだった。次いでジーヴァがそれに続く。

 互いに切り結んだ、その直後だった。

 中段に剣を振り抜いたこの白髪の剣士を背景に、デュゴーはその大量の溶岩鎧ごとばっさ

りと斬られ、今度こそ大量に鮮血を撒き散らして倒れ伏す。

「そ、そんな……!」

「二人がやられた……。あの“色持ち”の二人が、こうもあっさりと……」

 斬り飛ばされた溶岩マグマがあちこちに飛び散り、程なくして全てマナに不可視に還って消えて

いく。デュゴーはどくどくとその身体で血だまりを作り、うつ伏せになったまま動けない。

(長、官……。自分達は、任務を──)

 それは、ちょうどそんな最中に訪れたのである。

 出血に伴い曖昧になっていく意識、霞んでいく視界。その五感に、ふと何者かの影が差し

たのだった。

「──なんだ。殆ど片付いているのか」

 この場にそぐわない、ぱっと聞く限り穏やかな声だった。

 声質からして男性だろうか。何処か遠くで風が吹く、その中でそっとこちらを見つめてい

る、そんなイメージがデュゴーの脳裏に去来する。

「!? 貴方様は」

「まさか、御身自ら……」

 だがその一方で、この魔人メア二人──ジーヴァとヴァハロは驚きを隠せなかったようだ。それ

ぞれ武器を下げ直し、この人物の近くまでわざわざ駆けつけてまで片手に胸を当てて頭を

垂れ、敬意を表している。

「うん。想定以上に観測値が芳しくなくってね……少しでも早く事を運ぶ方がいいだろうと

思って加勢に来たんだ。さっき“彼ら”には伝えておいたよ」

 故に、少なくともこの人物がただならぬ者であることは明らかだった。

 彼は目深に芥子色からしいろのフードを被って素顔を隠し、全身を同じ色のマントで覆っている。

(何なんだ……? こいつらは一体、何者なんだ……?)

 兵士達は突然の──それこそ寸前までその存在に気付かなかったことも含め、押し寄せる

恐怖の念に怯えており、デュゴーもその場に倒れたまま、気配だけでこの状況が少なくとも

自分達にとっての朗報ではないことを悟っている。

「……」

 ややもすれば遠退いていく彼の意識。

 そんな中、このフードの人物はゆっくりと、残された兵士達に振り向いて。

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