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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-48.希望と絶望の一進一退
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48-(4) 序列三位

 あんなに近いのにすぐそこなのに、届かない。

 ドーム状に閉じられた迷宮の最上層。アルス達五人は尚も結界主のリュウゼンを、立ち塞

がってくる戦鬼ヴェルセーク──狂気に囚われたままのコーダスを押さえることができないでいた。

「うおぉぉぉッ!」

 しつこく沸いて来るオートマタ兵らをセドの“灼雷”が吹き飛ばし、濛々と立つ土埃の中

で、アルス達は何とかヴェルセークを止めようとしている。

 サウルの銀律錬装アルゲン・アルモルによる幾本もの分厚い鎖が、アルスとエトナの放つ強化コーティングされたマナ

の糸束が四方八方から彼を縛り上げる。そうして必死に押さえ込まれた隙に、鎧戦斧ヴァシリコフを大きく

振りかぶって跳んだファルケンの一撃が叩き込まれる。

 ざっくり。胸元を確かに深々と裂傷。

 だが何度繰り返しても、砕けた装甲はすぐに自己修復を始めるばかりだった。そしてこの

一撃も例に漏れず、結晶が凝結するように傷が塞がっていくと、ヴェルセークの咆哮を伴っ

た拳が放ち返される。

「ぐぅっ……!」

 咄嗟に斧を前面に構え、ファルケンはこれを防御した。それでも相手のパワーはやはり尋

常ではなく、大きくアルス達のいる方へと弾き飛ばされてしまう。

 四人が駆け寄ってきた。それでも彼は気丈に「大丈夫だ」と言う。

 これで一体何度目だろう。鎖も糸も拳を振るわれる直前にはもたず破られ、ただビリリッ

とその反動ばかりが手に腕に全身にと伝わってくる。

「……ふむ。存外粘るものだネェ。縁者の情、という奴なのだろうカ」

「呑気なこと言ってる場合か。さっさと始末しちまえよ、やかましいんだから」

 そんなアルス達の奮闘──引き下がらぬさまを、ルギスは何処か面白そうに眺めていた。

 こちらにまでむわっと吹いてくる“灼雷”の余波。彼は片手で軽く庇を作りながら、この

状況すら観察対象としているかのようだ。

「……急いだ方がいいぞ。さっき逃げた四魔長あいつら正義の盾イージスと合流しようとしてる。ヘルゼル

の奴ら、油断したな。連中、外への脱出口を探す気だぞ?」

「ああ、それなら手は打ったのだガネ。外の狂化霊装ヴェルセーク達をあちらへ移送させておいた。撃ち

落させるヨ」

『──ッ!?』

 相変わらず気だるげに、そしてジト目で話し掛けているリュウゼンとのやり取りに、次の

瞬間アルス達は目を大きく見開いて動揺した。

「外にも、いたのか……?」

「おいおい拙いぞ。こんなのが他にも遣られてるとなると……」

「ず、ずるくない? 何体もなんて無茶だよぉ」

「……相手は“結社”だからね。絶対に有り得ない話ではない、けど……」

 すぐ前方でフシューッと排気をしている戦鬼ヴェルセークの姿がある。エトナ以下、場の面々が少な

からず愕然を顔面に貼り付けていた。アルスは眉を顰めながらも思う。

 今ここにいるヴェルセーク──父さんはこの世に一人だ。だとすれば結社やつらによって同じ

ような目に遭った人達が他にもいる? この狂気の黒騎士が複数。即ちそれは連中がヴェル

セークの量産化に着手しているということではないのか……?

「ん~……。でももう一体やられるっぽいぞ。あいつは……“黒姫”か」

 そして更に報せは続いた。それ自体は吉報だったが、されどこの、彼が魔導具越しに視て

いるであろうその状況を好転させるには弱い。

 黒姫。七星の一人“黒姫”ロミリアのことか。彼女が運よく加勢に来てくれているのなら

心強いが、ここから飛び出していった魔人メアは四人。いくら七星クラスの猛者といってもこれ

では分が悪い。

 チッと軽く舌打ちをしているリュウゼンを、隣に立つルギス──と更にその頭上に浮かん

でいる“教主”を遠巻きに眺めながら、アルスは静かに強く唇を噛んだ。

 状況が、思いの外激しく二転三転している。

 それらがこちらに有利な内は構わないが、逆に裏を返せばすぐにそんな好転は覆されてし

まう、摘み取られてしまいうる危険性を孕んでいる。

 そもそも……“この結界を今解くべきかどうか”すら怪しくなってきたのだ。

 一刻も早く人々を解放できれば良いことは勿論だ。だがそれを阻もうと敵の主戦力がそち

らに流れて行っているこの状況がある以上、それはリスク上昇ではないのか? 害為す者達

がわんさかとやって来る中でこの結界──空間的な分断を元に戻して一つにしてしまえば、

むしろ人々を徒に殺めさせてしまうだけではないのか?

(どうすればいい? 僕の見立ては、甘かったのか……)

 アルスは自分の至らなさに内心苛立たしくなった。

 守る、守りたいものがどだい多過ぎるのか? まだまだ、自分の力など──。

『逃がすな。我々にはまだ暫し、彼らが必要だ』

 そんな時だった。それまでだんまりだった“教主”が心持ち視線を足元、ルギスとリュウ

ゼンへと落とし、そう指示をしていたのだ。

 そして辺りに染み入るように響くこの発言にアルスはハッと顔を上げ、とある一抹の思考

を過ぎらせる。

(まだ? あいつらは“何か”を、待っている……?)

 各国の聖浄器のことだろうか。だがそういった意味には感じられない。大体奴らは一度、

王器がそれではないと白状してしまった王を爆殺しているのだ。いくら人質として根こそぎ

捕らえたという経緯があるにせよ、その発言からくるニュアンスとは微妙に噛み合あってい

ない──全くの無機質な態度ではない──部分がある、ような気がする。

『リュウゼン、四魔長の逃げた先に使徒達を集めろ。民衆や細々とした雑兵どもは後回しで

構わん。王達を捕らえ直せ』

「了解ッス」

 そして非情な声は放たれた。

 一度は迷宮内に散って行った使徒──魔人メア達を集結させよと“教主”が命じる。

リュウゼンはその命令に応じ、すぐさま何やら魔導具越しに通信と藍色の魔法陣──おそら

くは面々を空間転移させる準備に掛かる。

「くっ……!」

「止めろぉぉぉッ!」

 アルス達は疲弊する身体に鞭打って叫んだ。もう一度各々の武器を振り出してこれを防ご

うとした。

 銀の鎖刃と緑の手術刀メス、弓形態に換えた鎧戦斧ヴァシリコフの矢と狙いを定めて撃とうとするセドの文様

入り手袋。

 だが、届かない。鎖刃と手術刀メスはそれぞれヴェルセークの両手に握り取られて潰され、矢

は直後交差させた装甲がギィンッと弾き返す。この黒騎士の、禍々しい視界穴越しの眼光が、

そうはさせぬとアルス達を睥睨する。

「あいつさえ……あいつさえ何とかできれば……っ!」

 突進してくるヴェルセークをすんでの所でかわし、五人はばらばらの方向に散っていた。

 そんな中でセドはごろごろと石畳の上を転がると、このヴェルセークの脇を疾走、突破を

果たしてがら空きになったその先──ルギスとリュウゼンに向かってぐるんと迂回するよう

な軌道の“灼雷”を放つ。

『──』

 だがそんな渾身の一発もまた届かなかったのだ。

 少しばかりルギスがゆらっとリュウゼンの前に立つ。するとそうしながら軽く片手を前方

に差し出した直後、セドが放った“灼雷”は彼が滾らせた水のような大量のオーラによって

文字通り消火されてしまったのである。

「なっ……」

 しかも、それだけでは終わらない。

 次の瞬間、ルギスはもう一度ぐっと掌を広げてみせると、一瞬にしてこのドーム状に閉じ

られていた空間を幾つもの“マス目”に分割、そのそれぞれに位置していたアルス達五人を

一挙に岩槍の魔導で足元から攻撃してみせたのである。

『ガァッ──!?』

 ものの数秒も掛からぬ早業だった。

 一瞬世界がモノクロになり、マス目状に分割されていた場。

 だがアルス達が気付いた時にはその世界は元通りの本来の色彩に戻り、ただ岩槍で各々が

吹き飛ばされ鮮血を流して宙を舞うという結果だけが現れている。

 五人は次々に転がり落ち、倒れた。

 ダメージは即死ではないものの、決して浅くはない。何より殆ど防御する暇も回避する暇

も──いや、認識する暇も充分になかったのだから。

「ど、どういう事だ? 一体、何が起きた?」

「み……皆さん、大丈夫……ですか?」

「何とかね。だが、これは……」

「な、何? さっきの何!? 今急に足元からにゅーって……!」

「……」

 アルス達は動揺を隠せないでいた。痛んだ身体を引きずり、互いに懸命に声を掛ける。

 だがその中で、一番愕然として両手を両膝をついていたのは、セドだった。

「どういうことだ? 最初のは《水》だろ? なのに次のあれは俺の──《盤》の色装じゃ

ねぇか……」

 衝撃、そして過ぎった可能性に絶望。

 するとルギスは、まるでそんな彼の彼らの心中が見えているかのように、消えゆく黒煙の

中で眼鏡のブリッジを触り、嗤う。

「おやおや、私に戦闘能力がないト? 見た目ばかりで判断しないで欲しいのだガネ。これ

でも私は上位──序列第三位だガネ」

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