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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-48.希望と絶望の一進一退
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48-(2) やがて集束する(前編)

 動かなくなった同類を見て、残った二体の狂化霊装ヴェルセークが咆哮を上げた。

 広大な石廊に響き、ややあって消え入る。するとまるでそれが合図だったかのように、彼

らの周囲にオートマタ兵や魔獣達が転移されてくる。

「……奴らも必死らしいな」

「あっ、踵を……! 皆さん、突破します、ついて来てください!」

 ダグラス以下、場の連合軍は即座に動き出した。

 オートマタ兵や魔獣達──間違いなく“結社”からの援軍──の向こうで先の鎧騎士達が

急にピタと、まるで何者かに命じられたように大人しくなり踵を返していたのだ。

 再び狙い始めるのは上空の黒い筋、逃げる四魔長。それを追う数名の魔人メア達への援護攻撃。

ダグラスとエレンツァを先頭に、主力部隊がこの雑兵達の壁にぶつかっていく。

「どけぇッ!」

 槍の石突で地面を叩きながら、ダグラスが叫んだ。

 するとどうだろう。彼が纏ったオーラは踏み込んだその両脚を伝って地面を這い、真っ直

ぐに“結社”の兵達に向かって無数の石槍を走らせる。

 軌道上にいた面々が吹き飛んでいた。それでも勢いは止まらず、その切っ先は更に内一体

のヴェルセークの背後を捉え、串刺しにする。

「……っ!」

 ぐぐっと広げた掌を腕を伸ばし、エレンツァがその手にマナを込めた。

 放たれたのは紫雲。オーラから変質し、低空を駆け抜けていく数条の雲。

 それらは、再び狙いを上空の四魔長らに向けようとするもう一体のヴェルセークを包囲す

るようにして回り込むと、その方々から次々に雷撃を落としてこれを掃おうとする。

「今だっ、長官殿たちに続けー!」

「俺達も負けてらんねーぞ、やっちまえ!」

 正義の盾イージスの兵士達と、合流したこもごもの傭兵・守備隊員達。両者は互いに無理くりの威勢

を上げると、早速二人が崩した隊伍の隙からこの群れを叩き潰しに掛かる。

「“黒姫”殿!」

 ロミリアに呼び掛ける声があったのは、ちょうどそんな最中だった。

 つんざくような速さと剛、巧みな槍捌きでオートマタ兵達や魔獣をも薙ぎ倒していたダグ

ラスが、部下達と共に援護の魔導を撃とうとしていた彼女に向かって叫んだのである。

「此処は我々が食い止めます。その間に彼らを──四魔長の保護を! 王達に何かがあった

筈です、追ってください! いざという時に魔人達やつらとやり合えるのは……私達ではなく、貴女

がた七星クラスだ」

 敵味方入り乱れる中で、そう彼は確かに言っていた。ロミリアはスッと目を細めて、彼の

そんな懇願を読む。

 ──余計な体裁など、抱えている暇はなかった。

 彼自身、痛いほどに知らしめられていたからだ。此処へ辿り着くまでの途中、あの白髪の

剣士と竜族ドラグネスの戦士──“結社”の魔人メアらに自分達はまるで歯が立たなかった。向こうが本気

で潰しに来ていなかった、そう気取れていたにも拘わらずだ。

 自分達は“盾”だ。

 しかしその盾であることの矜持が目的を見失わせるなら、幾らでもかなぐり捨ててやる。

守るべきものらを守れずして、何が盾か。

「……分かりましたわ」

 既に他の七星達が、七星連合レギオン本部が動いている──その手筈をかねてより知っていた、

いやその仲介主であるロミリアは静かに承諾していた。

 何だ、案外融通が利くんじゃない──。正直もっと堅物な人物だと認識していたロミリア

だったが、どうやら少々(その忠誠心の評価を)修正する必要がありそうだった。

 それでも彼女は内一隊を彼らのサポートに回し、両者がぶつかる脇を迂回してきた方向で

待っていた自身の主力部隊らと合流、その右手に延びている次なる登り坂と階段群を目指そ

うとする。

「ぜぇっ、ぜぇっ……」

「お、重い……」

 そんな中だった。ダグラス達と“結社”達の人波の向こう側、そこをのろのろと逆走して

いる面々が視界に映ったのである。

 どうやら彼らはヴェルセーク──先刻ロミリアが倒した方の、機能を停止したその残骸を

回収しているらしかった。そういえば撃破直後、僅かな間を縫いエレンツァ女史が『彼らの

戦力を知る好機です。貴方達はあれを回収して、一旦技師班のいるグループと合流を図って

ください』などと指示をしていたっけ。

 当の狂化霊装ヴェルセークの鎧は完全に砕けていた。

 その装甲は右半身を中心として大きく破損、あの時は何か球のようなものと繋がっていた

配管も一緒に粉微塵にしたと記憶しているが、おそらくはあれが動力機構だったのだろう。

観るにもう再び動き出すような様子はない。

「……しかし、こりゃあどういうことなんだ?」

 だが、厄介な相手が一体倒れたというのに、彼らの表情は総じて険しかった。

 ロミリアが、彼女の部下達が遠巻きに目を凝らす。

 するとそこには、大穴の開いた鎧の中には人が──真っ白にやつれた一人の人間が入って

いたのである。

「わ、分かんねぇよ。俺達は専門家じゃねぇし」

「ああ。でも……人間、だよな? これ。もう半分ミイラみたいになってるけど」

「やっぱそうなのかな……。あの鎧野郎に“中の人”がいるってことに、なるんだよな」

 それが意味するもの。一介の傭兵や兵士であっても、その推論をすることはそう難しい事

ではなかった。

 ただ、易々とは受け入れ難い。

 何せ相手は魔獣のような化け物、ないし人形の類だとばかり思っていたのだ。なのにそこ

へ“人間”を混ぜ込まれたら──自分達は一体何と戦っているのか分からなくなる。

「……団長。やはり」

「ええ。多分間違いないでしょうね」

 部下達に先へと促されながらも、ロミリアはそう言葉少なげに問うてくる彼らに一度明言

しておかざるを得なかった。

狂化霊装ヴェルセークは──“人間を核にした兵器”よ」

 とりわけて騒いだ訳ではない。だが部下達の心、その水面下に動揺が走っていたのは明ら

かだった。

 こと魔導の専門家達が多いこの面子である。その発想が技術が、どれだけ気違いじみてい

るのか、彼らには悪寒が走るほどに解る。

「……そう驚くことはないわ。これまでも“結社”は非人道的な行いを何度も重ねてきた。

自分達の目的の為には手段を選ばない──それが戦力としてああなっただけよ」

 だが一方のロミリアは淡々としている。いや、皆が動揺しているからこそ、そう冷静に努

めているのだろうか。

「大体、私達だって仕事ビジネスとして数え切れないほど魔獣を殺してきたわ。時には人間だって殺

してきた。結社れんちゅうとの戦いではオートマタ達だって。……命を奪っていることには、何ら変わり

なんてないのよ」

「団長……」

「それは、そうですが……」

 だから部下達も解っていたのだろう。顔こそ辛そうに顰めていたが、彼女を責めるような

言葉は誰からも出なかった。

 沈黙。ロミリア達は気丈に背を向けて登り坂に差し掛かり、ごく自然に空を見上げる。

「お、おい! あれ!」

 ちょうどそんな時だったのだ。後方、交戦していたダグラス達が──石槍と雷雲で二体の

ヴェルセークを阻んでいたまさしくその頭上に、件の黒い筋、妖魔族ディモートの眷属達がこちらに

向かって降りて来たのである。

 ダグラス達が兵らが目を見開き、この無機質なこの空を仰いだ。

 ヴェルセークは石廊の端に向かおうとして彼らに押さえられている。無数に刺さった石槍

と繰り返し受けた雷撃、それらのダメージから装甲を修復するのに手一杯のようだ。

 ロミリアと部下達も一斉に振り返っていた。面々と共に頭上を見据える。

「やっと見つけた……!」

 そしてそこには流動する黒い筋──まん丸な蝙蝠型の眷属達による足場と、

「お願い、早くこれを外に!」

 それに乗って滑って、四人の魔人おってから逃げ込んで来る、ミザリー以下四魔長の姿があって。

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