48-(1) 襲撃者、二人
デュゴー・スタンロイ以下、志士聖堂前の一個大隊の面々は戦慄していた。
すぐ向こうに魔人がいる。そっと静かに、その証である血のような赤い眼を光らせている。
現在のこの状況からすれば、彼らが“結社”の手の者であることは間違いない。
一斉に振り返った隊伍のまま、面々は銃口を剣先を彼らに向けていた。
自分達で敵うだろうか? 畏怖と忌避が混ざり合い、兵達の表情を硬くする。
いや、でも相手は二人だ。もしかしたら──。
「ふむ……。ざっと一個大隊といった所だの。贅沢を言い出せばきりがないが、まぁ十二分
だろう。どうだジーヴァ? ここは一つ、どちらが多くの首を獲るか競わぬか?」
「……勝手にやっていろ」
「ははは。相変わらずだのう」
故に数拍の油断がそこには差したのだろう。その間にも二人の魔人──ジーヴァとヴァハロ
は笑い合い、哂い合い、互いに肩を並べていた。
「──では。勝手にやらせて貰おう」
次の瞬間だった。場の雰囲気にそぐわぬ高笑いから、スッと調子を落とした呟き。手斧と
手槍、自身の得物を取り出すと、そうヴァハロはこちらに向かって一気に地面を蹴る。
「ッ!?」
「うっ、撃てぇ!」
その速さ、眼を見張りたるや。
隊伍前列(本来的には後列なのだが)の兵達は半ば反射的にこの脅威に鳥肌を立たせ、誰
からともなく引き金をひいていた。
無数に放たれる銃弾。しかしその一発たりとも当のヴァハロには届かない。
彼はまるでその軌道全てを見切っているかのように軽く、握った手斧を何度か動かすだけ
でこれをことごとく弾き、かわしてみせると、一瞬たりともそのスピードを緩めることなく
この最前列へと飛び込んでいく。
「──」
最後の一足で軽く中空に跳躍し、捻った身体を巻き戻すように振り下ろされる手斧。
それはほんの一瞬の出来事だった。その一撃はまるで空気そのものを削ぎ取るように抉り
込まれ、間合いに入った兵らを一まとめに薙ぎ倒す。
ごうんっと土埃が舞った。白目を剥いて血を撒いて視界に舞う同胞達。兵らはそんな刹那
の惨状に竦み、あちらかこちらかと銃口を向けようとするが、次の瞬間には土埃越しから飛
び出してきた手槍の、二撃目三撃目と続く断撃の餌食に次々となっていく。
「くっ……。散開しろ! 密集すれば的になるだけだ!」
土埃の向こう、判然としないが間違いなく味方が屠られていくそのさまに、デュゴーが慌
てて指示を飛ばしていた。
その声が聞こえるかいないか、訓練された筈の兵らが一斉に方々へ散っていく。ちょうど
上部がくり抜かれた細い三日月のような陣形である。大きく距離を取り直し、兵達は一斉に
銃口を向けた。土埃が晴れ、その先にヴァハロと倒れ伏した前列の兵らがみえる。
「……」
だが嗤っていた。彼は包囲されたその状況下で、ニッと口角を吊り上げていたのだ。
そしてその意味はすぐに知れる。ふいっと彼が何か力を込め、目に見えない波及が彼を中
心に広がった、その次の瞬間、引き金をひこうとしていた兵達が一斉に地面に叩きつけられ
たのである。
「ガッ!?」「ぐぇっ!?」
「つ、潰れ、る……」
彼らの傍には他に誰かがやって来たようには見えない。
いや──在った。目を凝らせば、地面にめり込む程に叩き付けられた彼らの全身頭上に、
何か暗くぼやっとしたオーラが揺らいでいるのが確認できる。
「おわっ! これは……力場?」
「皆、離れろ! よく分からんが、奴に呑まれるぞ!」
デュゴーとスタンロイ、そして一部の中列と後列の兵らが、慌ててその押し寄せてくる力
場の境界線を察知して飛び退いていた。
案の定、外側では何ともない。代わりに避け遅れた仲間達が彼の、ヴァハロの放った力に
よって一様に押し潰されてしまっているのが見える。
「魔導……じゃねぇよな。詠唱の暇はなかった」
「ああ。おそらくこれは──」
そして将二人がこの正体に勘付き始めたのと前後し、ヴァハロがその中心から歩き始めて
いた。ゆたり。両手に手斧と手槍を下げ、そして一気に彼らの方へと地面を蹴る。
ひぃっ……!? 兵達はすっかり対応が遅れていた。改めて魔人の恐ろしさというものを
目の当たりにし、全身が強張っている。
だがそんな部下達を庇って、他ならぬデュゴーとスタンロイが躍り出ていた。
片や両手に現出させた大型手甲型の魔導具。片や身の丈以上もある重厚な長刀。
ヴァハロの嬉々とした強襲に、二人が放った一撃が食い込んだ。
デュゴーはその滾らせたオーラを溶岩に変え、灼熱の拳を。スタンロイはその長刀を同じ
姿形をした巨大な刃型のオーラで覆い、渾身の横薙ぎを。ヴァハロの、薄暗い波動を纏った
手斧がこの二人によって食い止められていた。
「……ほう?」
「ぐっ!」
「お、重い……ッ!?」
しかしそれでも力押しの勝負はヴァハロに大きく分があったらしかった。
相手の一撃を食い止めること数秒。デュゴーとスタンロイは堪らず大きく後ろに弾き飛ば
されていた。
小さく感心したように一瞬目を丸くしたヴァハロは、ひらりと中空へ飛び退くと、静かに
そして何事もなかったかのように着地する。二人に向かって飛び出したことで先の力場は途
切れたらしく、その周囲には押し潰されて失神、地面に埋もれた兵達の姿が在る。
「大佐!」
「……大丈夫だ」
「下がってろ。あいつら、マジでやべぇぞ」
慌てて受け止め、支えてくれた部下達が表情を引き攣らせている。
だが二人に慰みを受けている暇はなかった。スタンロイは長刀を杖代わりにしてぐぐっと
立ち上がり、その横をデュゴーが拳を振りかぶりながら踏み出す。
「っ、らぁッ!!」
力いっぱい込めた錬氣、オーラが瞬く間に煮え立つ溶岩と為り、その突き出された拳の形
をとってヴァハロに襲い掛かった。
自分へと一直線に向かってくる高熱の塊。
だが当のヴァハロはそれをのんびりと眺めたまま、逃げようともしない。
「──」
次の瞬間だった。それまで後ろに立っていた筈のジーヴァが、一瞬にして彼の前で飛び出
してきたのだ。
文字通り霞むような速さ。既に手は腰の剣に。
目にも留まらぬ抜刀が繰り出されていた。するとどうだろう。ヴァハロを、彼を呑み込も
うとしてたデュゴーの一撃はまるで鎮火されるように四散し、地面に落ちるその時には元の
オーラ、大量のマナに戻って還っていったのである。
「うんむ。流石だの」
「……あの二人が頭のようだな。各個撃破しておくぞ。作戦の邪魔になる」
「ん、相分かった。ではどちらを獲る?」
『……』
デュゴーがスタンロイが、隊の兵士達が愕然としていた。まるで効いていない。我らが隊
長達の一撃すら、奴らは涼しい顔をして捌いた──。
「ば、化け物だ」
「どうすんだよ? 防げるのか? 最初の何発かで五十人近くやられてるんだぞ?」
「よ、弱気になるんじゃない! わ、我々は正義の盾。警備対象は何としてでも守ってみせ
る……!」
だが、そんな兵士達の怯えながらの勇みに、この二人の大佐はそっとそれを制しながら再
び前へと出ていた。
「無理すんな。そういうのを蛮勇っつーんだよ」
「下がっていろ。特に“色持ち”でない者は、優先的に」
ボコボコ。静かに滾らせたデュゴーのオーラが大量の溶岩となって流動する。
ズズ……。ゆっくりと滾らせたスタンロイのオーラが、彼の全身をなぞるように、その姿
そっくりな巨像を形成する。
魔人二人と将校二人。
彼らは互いにその気配と力を見つめ、構える。