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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-47.崩れぬが如きその魔宮
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47-(5) 未来(あす)の行先

 部分的とはいえ復旧した回線を通じ、ダグラス達は迷宮内の各友軍と早速こちらの状況を

伝え、情報交換を行った。

 そこで判ったことは三つ。下層の市民や王達の救出に向かう自分達を邪魔する為なのか、

この迷宮内に使徒──“結社”の魔人メア達が散開し始めていること。そんな逃げ場のない状況

下で、死んだとされていたあのジーク・レノヴィン一行が現れた──この結界からの脱出手

段を見出してくれたこと。そして彼らを始め、やはり自分達と同じく多くの友軍が既に王達

の救出の為に石廊を登っているのだということだった。

 ダグラス──正義の盾イージスは、それらを踏まえて皆に呼び掛けた。

 先刻から上空でゆるゆると降下している黒い筋。それらが迷宮の最上層から飛び出して来

た以上、王達に起こった何か、安否に関係がある筈。故に急ぎ、周辺にいる各隊でその正体

を確認しよう──と。

「……あの。あそこ、何かいませんか?」

「む?」

 右に左に、折れ曲がっては少しずつ登っていく石廊。

 そんな呼び掛けが功を奏したのか、近隣から合流を果たした各隊によって心許なかった兵

力は随分と大きなものになった。

 その勢いのまま、立ちはだかる“結社”の軍勢と何度も激突してはこれを倒し、突破して

進む。そしてこれら援軍の中にはジーク・レノヴィンと共に戦った──結界の外でその脱出

口を見出した大都守備隊と各国軍の連合軍、その一部も何時しか加わっていた。

「本当だ。何か……立っている?」

 再三、敵雑兵らとの交戦を勝利で飾り、ダグラスはそう少し離れた所を指差す部下の一人

に倣って目を凝らした。

 確かにそこには人型の何かが立っているようだった。

 もう少し進んだ石廊の先。道の端ぎりぎりに立っているのは三人分。だが、遠目にしてい

るとはいえ、ただの人影にしては大き過ぎないか。

「誰か、双眼鏡を」

「はっ!」

 すぐに部下に命じ、差し出された双眼鏡を受け取る。

 そこで再び目を凝らしたダグラスが見たのは……三体の黒い鎧騎士だった。

「げぇっ!? ま、拙いですよ、長官殿!」

「あれ、例の黒騎士です! 仲間達が外の城門ゲートでボコボコにされた……!」

「何だって?」

 すると重なる連合隊の面々の声。彼らもまた自前の双眼鏡で件の正体を確認している。

 それは思ってもみなかった正体だった。

 狂化霊装ヴェルセーク──確か、トナン内乱の報告書ではそう呼ばれた黒騎士が暴れたという。外見的

特徴もその報告内容と合致する。ただ……あそこにいるのは一体だけではなく三体だし、

何より彼らは漆黒というよりは黒に濃紫が混ざっているような色合いだ。

(つまり“結社”はあの黒騎士を複数──或いは量産しているということか? むぅ。また

一つ脅威が……ん?)

 だがややあってダグラスは気付いた。

 この量産型達の視線が一様に──例の空中で蛇行する、あの黒い筋を向いていたことに。

 嫌な予感がした。双眼鏡を彼らから件の黒い筋の方へ、倍率を一気に大きくして確認して

みると、そこには確かにいたのだった。

「……四魔長!」

「えっ? ほ、本当だ」

「で、でも何で? 何であの四人だけ?」

「分からないわ。でも王達に何かあったのは確かでしょうね。まさか彼らだけが我が身可愛

さに逃げ出した──逃げ出せたというのは、ちょっと無理があるし……」

「そうだな。それに、あれはどう見ても……」

 ダグラスを見て他の面々もレンズを向ける。そこにはミザリーら四人が流動する黒い足場

の上を滑りながら、猛然と追ってくる赤眼の魔人メア──フェニリア達から必死に逃げている姿

があった。

 遠目に見えていた黒い筋は、妖魔族ディモートの眷属が作る足場だったのだ。

 時折繰り広げられる爆発、焔や一条の光は、彼ら“結社”の魔人メア達が彼女らを撃ち落とそう

としているもので……。

 更に危うい状況は重なる。この逃亡を繰り広げるミザリー達を狙い、三体の量産型ヴェル

セークらが波打つ腕の装甲から投擲用と思われる刃を生成し始めたのだ。

 機械のように一糸乱れぬその予備動作。ダグラス達一同は血相を変えて慌てる。

「拙い、止めるんだ!」

 叫び命じられるのとほぼ同時、兵達が一斉に銃の引き金をひいていた。

 銃弾。だがそれらは全て頼りない金属音と共に弾かれ、ヴェルセーク達に掠り傷一つ負わ

せられない。

 ちらり。三体は一瞬、ほんの一瞬だけこちらを見たが、歯牙にもかけなかった。

 脅威にあらずと判断されたのか、それとも撃ち落すことが最優先と命令されているのか。

 量産型ヴェルセークらはまた一層大きく投擲刃を振りかぶる。向こうの空中では尚も四魔

長と“結社”の魔人メア達が逃亡と追撃を続けており、気付いているのかも怪しい。

「くっ……!」

「間に合わない……!」

 ダグラスがエレンツァが、槍にマナの紫雲にと力を込めて止めようとする。だがこのまま

では届かない。間に合わない。

 面々の焦りが、悲鳴が、場に満ちようとして──。

『──!?』

 爆ぜた。次の瞬間ヴェルセーク達を、何処からか飛んできた多数の魔導が絨毯爆撃よろし

く巻き込んでいったのだ。

 濛々と黒煙が上がる。その中でヴェルセーク達は損傷した装甲を自動修復し、ゆっくりと

しかしギロリと、起き上がりながらフルフェイスの下から赤い眼を光らせる。

「間に合ったみたいね」

 そしてダグラス達は見た。ヴェルセーク達を挟んで向こう側、反対側から延びて来る石廊

の上に、フィットした黒ローブを纏う眞法族ウィザード率いる一団がいつの間にか姿を見せているのを。

「く……“黒姫”ロミリアだ!」

「七星の、軍勢」

「た、助かった……!」

 のそり。するとヴェルセーク達は彼女たち──現れたこのロミリア一派に向き直り、黒煙

の中から這い出してきた。

「……」

 魔導師を中心に構成された一団。

 だが彼女は、そんな友軍と敵それぞれの反応に、ただじっと何処か不服そうな表情で以っ

て佇んでいるだけで。


「下がっていなさい」

 のしのしと迫ってくる量産型ヴェルセーク達を前に、ロミリアはそうそっと部下達を下が

らせながら一人歩き始めた。

 ちょうど、彼ら三体を石廊の端に対し背を向けさせるように。

 ぐるりと距離を取りながら迂回し、彼女はダグラス一行の方へ、ちょうど上空から見れ

ば九十度の半円を描くように移動する。

「オ、オォ……ッ!」

 だが、当の相手方はそんな仕切り直しなど待ってくれないようである。すっかり標的を彼

女に向け直したヴェルセーク達は、それぞれに獣のような唸り声を上げると、一斉に地面を

蹴って襲い掛かってきたのだ。

 ダグラス達が、そして彼女の部下達はまだ比較的落ち着いていて、それを目撃する。

「──」

 ロミリアは落ち着いていた。迫ってくるのは狂気の鎧騎士達なのに、むしろ突っ込んで来

るその真正面に立ち、じっと目を凝らして何かを見つめているかのようだった。

「……盟約の下、我に示せ」

 三体、続けざまにうねった刃が彼女に向けて振り下ろされた。

 なのに彼女には掠りすらしていない。

 まるでそう動いてくるものと分かっていたかのように彼女はサッと身を低くしながら半身

を捻ると、あっという間に三体目、最後に一撃を入れようとしてきたヴェルセークの右脇腹

へと潜り込む。


 《占》の眼──それが私の、色持ちとしての能力だ。

 要するに予知。マナを込めたこの瞳には、数秒先──或いはもっともっと先の未来の映像

が映り込む。その特性自体はまるで戦闘には向いていないけれど、こうして回避行動・身体

の捌き方さえ熟知していれば、貧弱な魔導師であってもほぼ確実に相手の虚を突くゼロ距離

へと潜り込める。

 ……だから、という訳ではないけれど。驕っているつもりはないのだけど。

 ジーク・レノヴィンが西方ヴァルドーへ向かうと聞いた後、自分は彼ら兄弟の未来を診てみたことが

ある。

 兄は、何処か薄暗い場所で力尽き、倒れているイメージだった。

 弟は、捕らわれた貴族達を助けようとしているのか、一人特攻していくイメージだった。

 私の占いは当たる。それはストリームから読み取った、世界の断片だから。世俗がすがる

ような個人的な統計学ではなく、霊的な無数の星々が描き続ける生命の軌跡だから。

 なのに……今やそれら当初の観測は覆っている。

 兄はフォーザリアの大規模テロから生還し、今もこの戦いを率いる英雄となりつつある。

 そんな兄の生還を知ったからか、弟も打つ手を変え、王達を冥魔導で丸ごと包み込んで逃

がすなんていう奇策を実行してみせた。

 ……変わり始めている。未来がその道程が、明らかに違うものになっている。

 これはつまり、それだけ彼らが強い「星」を持っている、ということなのだろうか?

 レノヴィン兄弟。彼らは、その意図するしないに関わらず、多くの人々の運命を“違う”

方向へと引き寄せているのかもしれない。


(私も、まだまだね……)

 詠唱の途中、されどロミリアは小さく自嘲わらっていた。

 スローモーションな世界。皆がゆっくりゆっくりと驚きで目を見開こうとしているのが分

かる。この量産型ヴェルセークもまだ次の動作に移れていない。……こちらの未来は、ちゃんと自分が握

れている。

螺旋の拒砲ギノラジア・ラーヴァ

 かざした掌、現れた灰色の魔法陣。次の瞬間、このヴェルセークは横っ腹からの強烈な衝

撃をもろに受けた。

 放たれたのは巨大な球形の波動。

 インパクトがあったその一点、そこからさも空気も空間も全てを弾き飛ばし──否定する

ように衝撃が伝い、更にそのエネルギーは縁でギュルルと螺旋を描くようにこの鎧騎士の装

甲をねじ切っていく。

 あれだけ堅牢だった筈の装甲が、あっという間に粉砕されていった。

 八割方、顔面を残して右上半身が丸々砕け散る。中身の身体も尚メキメキと衝撃を受けて

大きくひしゃげ──そして、そんな鎧の奥に在ったどす黒い球が、全身を結んでいた蛇腹の

配管ごと千切れ砕けると、このヴェルセークは自己修復すらもできずにどうっと倒れ込む。

「なっ……!?」

「い、一撃で……!?」

 ほんの数秒のことだった。残り二体のヴェルセークは、同機の一つが破壊されたことによ

うやく気付いて半身を返している。主にダグラス達、守備隊など連合軍の面々は特に素直に

この早業に驚き、興奮気味に歓声を上げていた。

「団長」

「……大丈夫よ。まだ二体いるわ。レヴェンガート長官らと共に、援護しなさい」


「──ああ、分かった。此方は幸い何ともない。そっちはその黒い筋とやらを追っているん

だな? なら我々も……って、あれ? おい。また回線が──」

 志士聖堂前。ようやく繋がった回線にすがりつき、状況を確認していたデュゴー・スタン

ロイ以下一同であったが、それも程なくして途切れてしまった。

 どうやら向こうでまた大きな戦闘が始まってしまったらしい。暫し粘ってみたが、装置に

向かっていた技師兵が唇を結んで首を横に振ってみせる。

「……予断を許さない状況は続いているらしいな」

「ああ。だが少しの間でも情報を確認できてよかった。これで俺達も動ける」

 軍服の上着を翻し、デュゴーは立ち上がった。その後ろでは既にびしりと隊伍を整えた、

当大隊一千人が準備を完了している。

「スタンロイ、兵を分けるぞ。俺は長官達と合流しに行く。五百・五百か、四百・六百か。

とにかくこっちの守備はお前が指揮を執ってくれ」

「うむ……。気を付けろよ?」

 ああ。スタンロイの承諾と呟きにデュゴーはニッと笑った。その八重歯がちらっとだけだ

が見えた。早速相棒は兵達にざっと指示をし、兵力を半分に分けている。

「──ようやく出撃か。こちらとしてはもっと早く出て行ってもらいたかったのだが」

「何を言う? 戦える相手が減ってしまうではないか」

 そんな時だった。ふとこのデュゴーら大隊の、志士聖堂の前に、招かざる客がやって来た

のである。

 デュゴーがスタンロイが、兵達が、一斉にその気配に気付いて振り向き、身構える。

 だが当の彼らはそんな面々をまるで気にしていない。至って真面目で理解に苦しむ言動を

するこの一時の相方に、そのもう一人が只々ジト目を寄越すだけだ。

「……この戦闘狂が」

 かつん。息を呑む面々の前に彼らが、たった二人の男達が現れる。

 ようやく口を閉じ、彼らはついっとこちらを見遣ってくる。


 ジーヴァとヴァハロ。

 “結社”に属する魔人メア──使徒の二人だった。

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