表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-6.君の声が聞こえる
28/434

6-(4) 新団員と難題

 立て続けに起こった襲撃事件の後。

 ジーク達はサフレ、マルタの両名を連れてホームへと戻っていた。

 営業時間もとうに過ぎた、酒場『蒼染の鳥』店内。

 そのテーブル席の一角に隣り合って座る二人と対面する形で、イセルナら創立メンバーと

ジークが陣取り、団員らはその両者をぐるりと取り囲むように人垣を作っている。

「……つまり、オートマタの嬢ちゃんを助ける為にあの黒ずくめ連中からの──ジークの剣

を奪って来いっていう要求を呑んだ、と」

「はい……」

 ダン達は改めてサフレから事情を聞きだし、整理をしていた。

 項垂れ気味に膝の上に手を乗せ、言葉少なげに頷くサフレ。その傍らでは攫われていた当

人であるマルタが心苦しそうにこのマスターの横顔を見つめている。

 そこまでして、この嬢ちゃんを助けなきゃいけないと思ったのか……。

 ダンは正直内心で唸っていた。

 使い魔を持った経験などないが、そういった存在を持つ術者とはもっと淡白な性分ではな

いのか? 勝手な推論ながらそう思う。確かに目の前の彼女はヒトと大差ない外見だ。旅の

相棒でもあるのなら情が移っているのも分からなくないが……。

「にしても、何であいつらと戦わなかったんだ? 俺やリンさんとあれだけやり合えるなら

十分渡り合えたろうに」

「……君は馬鹿か。自分の力を信じていない訳ではないが、一対複数人を相手に戦うなんて

分が悪過ぎる。それに……マルタが向こうに捕らわれていたんだ。力任せに解決しようとす

るのはリスクが大きい」

「バッ……!? だ、だからって俺らを狙うってのは──」

「マスターは優しい方ですから。私は、幸せ者です」

「……マルタ。そういう事は一々口にしなくていい」

「はい。マスター」

 そんな中でジークは疑問をぶつけていたが、あくまでサフレは冷静に言い返していた。

 一見ちぐはぐなような二人。しかしそんな主とジークを、マルタのぽわぽわとした微笑み

が中和する。

 サフレは小さくわざとらしい咳払いをし、自身の従者を窘めていた。

 それでも何だかいい雰囲気の二人。そんな様を見たジークもまた追求する事を止め、何故

か自身まで恥ずかしくなったように視線を逸らして頬を掻く。

(……案外、似てるのかもな。ジークもこいつも)

 ちらと僅かに眉根を寄せるジークを一瞥して。

 ダンはふと思考を切り替える。

 そう思うと、急にフッと心持ちが軽くなったような気がした。

 ちょいと馬鹿ではあるが、こういうのは嫌いじゃない──。

 相手がたとえ厳密にはヒトではなくとも、大切な誰かならば全力で守ろうとする……そん

な狭義心溢れる精神は。

「それにしても困ったわね。サフレ君はあくまでけしかけられた刺客で、あの黒ずくめに関

しては何も知らなかっただなんて……」

「ああ。そうだな」

 すると隣に座るイセルナがマイペースに呟き、ダンも頷き返して同意を示した。

 この二人をわざわざホームまで連れ帰ってきたのは、そもそもジークを狙ったあの黒衣の

一団についての手掛かりを探る為でもある。

「すみません、お力になれなくて。迷惑ばかり……」

「あ~いや、そう畏まるな。知らないもんはどうしようもねぇよ」

 マルタがサフレが再三に渡り謝罪をするが、ダンらはもう咎めるつもりはなかった。

 確かに迷惑を被ったのは事実だが、それだけ必死だったのだろう。現に彼女を取り戻した

後はこちらに加勢してくれた。

「でも驚いたね。ジークの剣が魔導具だったなんて」

「ジーク、リン。念のため確認するけど、確かなのよね?」

「ああ……間違いない。確かにこの目で見た」

「みたいッスね。何が何だか分からないまま終わってましたけど……」

 だからこそ話題は自然とサフレへの批難ではなく、そもそも狙われる理由となったジーク

の刀について及んでいく。

 当のジーク本人は皆目分からないといった具合でバツの悪い顔をしていたが、このまま素

通りできる問題ではない事は確かだった。傍に立てかけられた刀の一本をおもむろに手に取

りながら、シフォンが言う。

「おかしいよね。魔導具なら僕やイセルナ、ハロルド、魔導の心得のある皆がとっくに気付

いていた筈なんだけど」

「全くだ。何で今まで誰も気付かなかったんだよ? それなりに付き合い長いだろ、俺達」

 ダンは言ったが皆は頷けずに押し黙っていた。

 皆、気付けなかったのだ。クランの一員になってからずっと、ジークは魔導は使えない、

一介の剣士だとばかり思っていた。

「……これは、可能性なんだけどね」

 そんな中、ジーク本人もどう反応していいか分からずに黙っていると、ゆたりと口を開い

たのはハロルドだった。眼鏡のブリッジを押さえて視線をシフォンの握る刀に移し、

「おそらくジークの剣は、封印が施されていたのではないかと思うんだ。現に今は普段通り

のそれに戻っている。今回リンファ達が見たのは、一時的に解除されたものじゃないかな」

 皆が注目する中でそんな推測を口にする。

 ジークを含め、場の面々が沈黙していた。

 それは多くが魔導を扱えぬ故に圧倒されていたからではない。さらりと彼が口走った言葉

の通りだとすれば、それは……。

「封印? 俺の刀が……?」

「となると、少なくとも流通している普通の魔導具というわけではなさそうだね」

「だな。何でそんな物がってもあるが、どうして奴らが本人も知らないそんな事を知ってた

かってのも引っ掛かる」

 やはり今回の一件が単なる物盗りの類では済まないらしいという事だからあって。

 疑問符と不安が、場を覆い尽くそうとしていた。

「父さんと母さんの刀が、何で……」

 傍らに控えさせた愛刀らを手にして、そう一人呟くジーク。

 周りの団員らも、その人垣の中に埋もれていたアルスやエトナも、そしてじっとそんな彼

を見つめている手当てを受けた姿が痛々しいリンファも、それぞれが重い沈黙の中に浸る。

「……それは、追々調べればいいわ」

 だがそんな沈黙を解いたのは、イセルナだった。

 静かだが澄んだ力のある声。その団長の一声に皆の視線が一斉に注がれる。

「それよりも、これではっきりした事があるわね。今回の一件はまだ終わっていない。あの

黒ずくめの一団はまだ何処かで蠢いている筈よ」

 そして彼女は、そう言うと微笑を湛えた眼差しでサフレとマルタを見遣った。

「それで、貴方達はこれからどうするつもり?」

「え? 私達、ですか?」

「……そうですね。取ってある宿に戻るのは、危険かもしれません」

 マルタは小首を傾げていたが、サフレは彼女の言わんとする事に気付いたようだった。

 神妙な反省顔から真剣な顔つきに。

 ちらほらと互いを見比べている団員らの見守る中、彼は顎に手を当てて繋げる。

「奴らは僕らもまとめて“処分する”と言っていました。このまま真っ直ぐ宿に戻ったとし

ても、待ち伏せされて襲われるかもしれない」

「……さしずめ口封じって所か」

「あ~、確かにそういやそんな事言ってたっけ……」

 そんなやり取り。

 やっと危うい状況がまだ続きかねない事を理解し、マルタはあたふたと慌てている。

 そんな彼女をサフレはそっと手を握ってやる事で宥めていた。

 ──大丈夫。今度こそ、僕が守る。

 まるでそう言いたいかのように小さく頷いて。

「だからね? 私から提案があります」

「は、はい」「……何でしょう?」

「二人とも、うちのクランに入らない?」

 そして次の瞬間、イセルナがそう言うと面々は思わず驚きの声を重ねたのであった。

「イセルナ……。お前、何言ってんだ?」

「ふむ? 団長の方針なら従うけど、でも彼らは事情があったとはいえ、ジークやリンファ

を襲った張本人とその連れだよ。いいの?」

「だからこそよ」

 そんな皆に、イセルナはフッと笑っていた。

 今回の当事者、ジークとリンファに視線を向けて彼女は言う。

「さっきも言ったように、私達もサフレ君、マルタちゃんも今回黒ずくめの一団と敵対した

訳よね? そして狙いはジークの剣らしいという事も分かっている。向こうとしてはできる

限り余計な外野は始末したい筈よ」

「……だからむしろ、こいつらを取り込んで徒党を組んで対抗しようって事か。まぁ理屈は

分かるが、ジーク達がなぁ……。どうなんだ?」

「えぇ……俺は別にいいッスよ。確かにやり合いはしましたけど、事情も分かりましたし。

もう終わった事ですし。団長の決めたことなら、俺は従います」

「私も構わないよ。私自身、暫くは怪我で満足に戦えないだろうし、彼らなら充分穴埋めに

もなってくれるだろうと思う。実際に剣を交えたのだから保障する」

「そっか……。ならいいんだが」

 少し虚を衝かれた感じだったが、ダンもそして当事者であるジークもリンファも異存はな

かった。ダンはどうにも毒気を抜かれたようで少々目を瞬かせると、ぐるりと皆に「お前ら

もいいのか?」と意思を問い、各々の首肯を確認して取りつける。

「決まりね。それでいいかしら? サフレ君、マルタちゃん」

「……えっと」

「は、はい! ありがとうございます。お世話になりますっ!」

 そして改めてイセルナが問い掛け、戸惑うサフレに変わってマルタが感涙に瞳を潤ませな

がらぶんっと頭を下げていた。

 やや遅れてサフレも彼女に倣うように頭を下げ、承諾の意思を示す。

 ジーク達はホッと一息をついたように互いを見返していた。

「……よし。じゃあ新団員誕生か。ハロルド!」

「そう来ると思ったよ」

 そして切り替えが早いのもこの業界の者達の性質で。

 ダンが大きく深呼吸をして振り向くと、ハロルドは既にカウンターへと歩み寄り酒と肴の

準備を始めていた。

「さて皆。今夜は新団員歓迎の宴といこうか」

『うい~ッス!!』

 ハロルドが酒瓶を片手にそう言うと。

 場の団員達は訓練された兵隊よろしく歓喜の声で返事を重ねる。


 そして深夜の酒場で宴は始まった。

 とはいっても、むしろダンらは口実を作って酒を飲みたかっただけなのかもしれない。

 用意された酒と肴。それらを囲んで大いに語り、笑い、飲み食いする。

「~~~♪」

 その輪の中で、マルタがハープ片手に美しい音色を奏でていた。

 荒っぽい冒険者の中では些か繊細過ぎる曲調だったかもしれないが、戦いにもこうした休

息にも癒しを与えてくれる彼女の特技に、皆は惚れ惚れと聴き入り、宴の酒が進んでいく。

「……なに主役がぽつねんとしてんだよ」

 そんな宴席の中で、一人そんな相棒の姿をぼうっと眺めていたサフレに、酒瓶を片手にし

たジークが近付いて来た。

 少し驚いたような彼だったが、もう警戒するような謂れはない。

 一瞬視線を交じらせただけで彼はジークが隣に座るのをあっさりと許容する。

「飲めよ。和解の杯って事でさ。……飲めるよな? 年格好は俺に近いみたいだし」

「ああ。今年で十九になる。嗜む程度にはイケる口だ」

「それを聞いて安心した。まぁうちには酒豪が二人いるから、くれぐれも気を付けとけ?」

「……肝に銘じておく」

 ジークが卓上で重ねられたグラスから二人分を取り、酒を注いだ。

 小振りのグラスに満たされた酒が二杯。二人はそれぞれにその透明な杯を手に取り、

「ま、よろしくな」

「こちらこそ。マルタ共々、世話になる」

 カチンと静かに乾杯の音を鳴らす。

「……」

 そんな二人の後ろ姿を、銀髪な黒ローブの──クランの引き篭もり少女・ステラが物陰か

ら覗き込んでいた。

 何だか騒々しく皆が出て行ったと思ったら、どうも団員が増えたとかなんとか。

 アルスの事もあるのに、自分はどうしたらいいのだろう……?

 きゅっと物陰、裏口の戸を握り締めると彼女は緊張と不安で静かに震える。

「ステラ?」

 すると、ふとレナと共に給仕に回っていたミアがその姿に気付いてやって来た。

 重なった沢山の皿を、軽々と片手で持ち運んでいる。

「本当だ~。気になったんだ?」

 ビクリと身体を震わせるステラ。しかしそれでもレナとミア、友人二人は運んでいた食器

を流しの中に放り込むと二人してずいっと近寄ってくる。

「……うん。また団員が増えたんだって?」

「うん、そう。あそこでジークと飲んでいるのがサフレ。皆に囲まれてハープを弾いて歌っ

てるのがマルタ」

「そっか。じゃ、じゃあ私はこれで──」

「待って」

 だが立ち去ろうとするステラを、ミアははしっと掴んで止めた。

 レナが小首を傾げている中、彼女はおどおどしているステラを暫し見つめてから言う。

「……ステラも、混ざろう?」

「えっ」

「あ、いいね。折角の歓迎会だもん。無理強いはできないけど……」

 それが意地悪ではないことはよく分かっていた(もしかしたらミアは、以前のアルスの件

のお返しのつもりだったのかもしれないが)。

 だからこそ、ステラはあまり強く拒むことができずに押し黙ったままで、

「よし。行こう」

「う、あ? ちょ、ちょっと……!?」

「ふふっ。ゴーゴー」

 結局そのまま友人二人にエスコートされる格好となってしまう。

「お? ステラじゃねぇか。どうだ、お前も飲むか?」

「いきなりボクらの友達に酒を勧めないで」

「なっ……。ミア、そんな冷たい目で見なく」

「……」

「す、すんません……。自重します。ハイ」

 かといってダンら宴の中心、団員らはステラを見て畏まる事は敢えてしなかった。むしろ

顔を出してくれた事自体に素直に喜んでいるようでもあった。

 副団長の親馬鹿ぶりと力関係に、どっと団員らが酔いで赤くなった顔のまま大笑いする。

 ダン当人は不服そうだったが、かといって本気で怒っているわけもない。

「マルタちゃん。紹介するね」

「ボク達の友達の、ステラ」

「うっ。こ、こんばんは……」

 女子陣は女子陣で、負に中てられた少女と魔導により創られた少女が出会いを果たす。

「こんばんは。初めまして。……えぇとウィザードさん? でもこの感じ、魔人さん?」

「ッ!? いや、あの」

「……そうでしたか。よろしくお願いします」

「うん。あの、怖がらないの?」

「……? 私は別にステラさんから何かされた訳じゃないですよ? それにマスターにも日

頃から『他人を肩書で判断するな』と言われています。皆さんのお友達なら、きっと貴方も

いい人です」

 ステラは呆然としていた。

 冷静に考えればそうなのかもしれない。或いはオートマタであるからこそ、主たるサフレ

の言葉に忠実であるからなのかもしれない。

「……うん。ありが、とう」

 それでもステラには充分だった。

 ぼろりと、何かが一枚脱げたように涙が零れる。

「ふぇ!? ど、どうなさったんですか? 私、何かまたドジを……」

「ううん。何でもないんだよ。ステラちゃんはただ、嬉しかっただけ」

「……というかその言葉。普段からドジしてるって言っているようなものじゃ……?」

 彼女達は四人になっていた。

 また一つ、ブルートバードに絆が芽生え始める。


 だが一つだけ……例外がそこにはあった。

 ダンやイセルナら大半の団員達、ミアら新生女子グループ、そしてシフォンやリンファも

加わり飲んでいるジークとサフレの四人。それ以外の。

「…………」

 それは、アルスだった。

 歓迎の宴。皆が束の間の享楽を愉しむ中で、彼とその持ち霊たるエトナだけは、密かに店

の外、裏口から見える中庭を眺めてぼんやりとしていたのだ。

 店内で騒いでいる面々の声が意識に遠くを掠めている。

 兄さんも、リンファさんも無事だった。

 それでも……今の自分に、良い光は見えない。

 アルスは大きくため息をつき、あの日の事を思い出す。

『……いいぜ。俺がお前の指導教官になってやる』

『! 本当ですか!?』

『ああ』

 それは自分が所属ラボを決めようとし、ブレアの下を訪れた日の事だ。

 自分の過去の苦しみとそこから抱いた夢を、願いを聞き、確かに彼は自分を受け持ってく

れると言ってくれたのだ。

『俺もいい加減、窓際な研究生活には飽きてた所だしな』

 だが、彼はもう一つ自分達に告げたのだ。

 肩越しにじっと見据えた、冗談など一切通じない力強い眼。

『但し……。一つ、条件がある』

『条件、ですか?』

『そうだ。さしずめ、お前が俺に教えを請うに足る資格とでもいった所か』

 やや不安げに問い返す自分に、ブレアは言う。

 そしてその不安は……すぐに現実のものとなったのだった。

『──アルス・レノヴィン。お前の持ち霊・エトゥルリーナを契約解除しろすてろ

 淡々と、そんな条件なんだいを突きつけられると共に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ