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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-47.崩れぬが如きその魔宮
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47-(0) 階(きざはし)を登れ

 “結社”によって陥れられた、石廊の巨大迷宮下層。

 そこでは繰り返し、大きな爆発と激しい剣戟が響いている。

 地を、時には天に延びる石柱を破壊しながら。

 そんな空襲のような光景を避けるように。

 囚われの人々はこれらを大きく蛇行するように迂回し、抗う戦士達によって空けられた風

穴へと駆け込んでいく。

「ひゃっ、はァッ!」

「……くっ!」

 更に爆風。そこから飛び出してきたのは“正義の剣カリバー”副長官・グレンと──“結社”の

魔人メア・フェイアンだ。二人はぶつかり合った剣戟の後、互いに大きく後ろに跳び、一旦距離

を取り直す。

 一方は身長大の大剣を軽々と片手で持ち、爆風で汚れる軍服も気にせずその半裸の肉体美

のまま不敵に笑っていた。

 もう一方は逆に顰めっ面。剣こそ相手よりもずっと細身で見劣りするが、その纏うオーラ

から凍り付き生まれてくる大蛇達がこのてきを威嚇し続けている。

「……《炸》の色持ち、か」

「ああ。そういうお前は典型的な《氷》だな? 趣味悪い技してやがる」

 フェイアンが憎々しげに呟いた。されど当のグレンは呵々と笑いながら、むしろ彼の眷属

を小馬鹿にしている。

 能力を活かし、パワーで押しまくる無骨さ。

 心も体も凍て付かせる、曰くスマートな嗜虐性。

 そういう意味でも、この両者は対照的であると言えた。

 再びゆっくりと構えられる大剣と長剣、熱に中てられたようにより凍て付くように滾る互

いのオーラ。二人は再び得物を大きく振るって地面を蹴り、またその場で爆風と、その衝撃

すら喰おうとする冷気の大蛇達を暴れさせる。

「皆っ!」

「──」

 加えてこちらでも戦いは続いている。もう一人の副長官・ライナと魔人メア・エクリレーヌだ。

敵味方問わず引き寄せた武器による巨大な金属仕掛けの拳を、彼女が使役する魔獣達が

次々に襲い掛かって砕きにかかる。

 パワーでは横並びだったが、手数──鈍重さの克服では後者に軍配が上がったらしい。最

初は振り回すその腕で魔獣達を殴り飛ばしていたが、次々に組みついてくる彼らの重量に牙

に、遂にその金属の寄せ集めは形を崩し始める。

「おっ?」

「いっけぇぇぇ!」

 砕けて宙に舞う金属の塊、武器同士が絡み合ったもの。

 その合間をすり抜けて、弾き飛ばして魔獣達が迫ってくる。

「──雷剣の閃サンダーブレイド

 だがライナは落ち着いていた。反応は少し目を丸くしただけで、すぐに彼女は小声で詠唱

を済ませ、もう一方の手に黄色の魔法陣から迫り出す雷の長剣を繰り出す。

 迫っていた魔獣達の何体かが斬られ、悲鳴と流血を残して倒れた。それでもエクリレーヌ

と配下の魔獣達は全滅した訳ではなく、彼女を取り囲むようにしてじりっじりっと距離を詰

めようとする。

「むむ……皆を何度も何度も……。おねーちゃんだって私達と一緒でしょ? 何で邪魔する

のかなぁ!?」

「それはこっちの台詞だってば。そっちこそ解ってんの? あんた達みたいな極端なのがい

るから、魔人っていう存在あたしたちは誤解されてばっかりなんだって」

 言って、はぁとわざとらしくため息をついてみせ、ライナは雷剣をぶんと正面に向けた。

 凝縮された雷撃のエネルギーがバチバチと音を立て続けている。魔獣達、すっかりへそを

曲げたエクリレーヌの不機嫌顔を見遣りながら、彼女は嘯く。

「ねぇ、知ってる? 魔獣も魔人メアも、皆同じように血は流れてるんだよ」

「……? 当たり前じゃない」

「そう、当たり前。当たり前のように“こいつらにも鉄分は含まれてる”」

 次の瞬間だった。彼女がニッと笑いながらマナに力を込めたその瞬間、周囲にまたもや異

変が起こり始めたのだ。

 最初は魔獣達、次に交戦のハイレベルさに追従できないでいた“結社”の雑兵達。彼らは

彼女がオーラを滾らせた、その動きに合わせ、まるで引き寄せられるように一直線に飛んで

行き始めたのである。

 その先は、差し出された雷剣に。

 故に、彼らは総じて雷撃の餌食となり、刃に身を埋められていく。

「わっ! わっ……!?」

 近くの石柱にしがみつき、エクリレーヌは慌てて他の部下達とこの“引力”に耐えた。

 それでもライナ──の雷剣から放たれる力が凄まじい。その間にも魔獣やオートマタ兵、

覆面の戦士達が一人また一人と引き寄せられては、断末魔の叫びと共に焼かれ、切り刻まれ

ていく。

「エ、エリクレーヌ様! やっぱヤバイですよ、あの女!」

正義の剣カリバー副長官左席、ライナ・サーディス──色装ハ、《磁》デス……」

 ふふん。当のライナは迸る雷光の中でそう得意げに立っている。

 使徒すら苦戦させる力──いや、同じ魔人どうるい

 いわば歩く磁場となったその身に雷剣に、次々と“結社”の軍勢が吸い込まれていく。


(流石に、強いな……)

 そんなこの加勢してくれた魔人兄妹のさまを遠目に見遣りながら、シフォンは思った。

 ともかく、彼らが味方についてくれたことでこちらはぐんと作戦行動が進んでいる。一時

はギリギリまで迫られていた“結社”の軍勢が、大分こちらから逸れてくれている。

 迷宮内に囚われた大都の市民達、その救出活動が続けられていた。少し前、ジーク達が突

入し、開けてくれた外への脱出口を皮切りに、見渡せば方々で迷宮内に風穴が空き始めてい

るのが分かる。

 リュカさんのアドバイス通り、下層や更に上層へ散っていった同志達が“結社”達から件

通行手形カードキーを奪い取っているのだろう。もう一切閉ざされた獄、ではない。

「……」

 だがシフォンは尚もその渋面を崩してはいなかった。他の仲間達と共に、列を作って風穴

から逃げていく人々の盾として、残存する敵兵らを射落しつつ、冷静に自分なりにこの状況

を分析している。

 状況は──好転しているようにみえる。実際友のあの登場は皆の士気を上げ、こうして今

も着実に人々が避難する道筋をつけてくれた。

 だが……どうなのだろう? 自分達は“間に合う”のか? 大都の市民六百万と未だ上層

に捕らわれていると思われる王達──シノさんやアルス君。彼ら全てをすっかりしっかり救

い出すまでに、この好調は維持されるのか。

 疑問符だった。後は本当に時間が、友らが解決してくれるのか?

 外からの情報では、ここが空間結界に閉ざされたとほぼ同時、世界中に“結社”の軍勢が

現れたそうだ。

 その要求は──聖浄器。自分達を人質に、各国に祀られているアーティファクトを一網打

尽にしようといった目論見。悠長に待っているだけでは……間に合わないかもしれない。

 果たして、自分は何ができただろう? できているのだろう?

 大都六百万の民すら、遠き故郷すら、自分はこの手で直接守れていないじゃないか。結局

友に──ジーク・レノヴィンという“英雄”に頼ってのみ、自分達は安堵している。

 “結社”の魔人メア一人、一番に立ち向かうべき相手とも、まともにぶつかれず。

 友をただ一人、この時代のうねりから、平穏に据え置いてやることもできない──。

「ユーティリア殿!」

「……っ!?」

 そんな最中だった。はたとユイの呼び声がし、シフォンは気配を覚った。

 死角から一人、覆面の戦士が迫っていた。弓を番えていた彼の、ちょうど左脇腹へと組み

付くような位置取りになる。

「ガッ──!?」

 だが照準を向け直す、それよりも早く仕留めていたのはオズだった。

 この覆面の背後よりぬっと。そのまま彼が影に気付いて振り向くよりも先に、その鋼鉄の

拳で一発。地面に叩き潰してこれを倒す。

「大丈夫デスカ?」

「……ああ。ありがとう、すまない」

 イエ。言ってオズは茜色のランプ眼を瞬かせ、再びぐるんと半身を捻った。片手がガシャ

コンと砲身状になり、やって来る敵兵らを爆破している。

「すみません! 前衛は私達なのに……!」

「いや、いいんだ。僕も少し油断していたよ」

 取りこぼしを詫びながら、人質を逃がすまいと襲ってくる敵を不可視の剣で斬り捨てる。

 ユイは仲間達とずらりと壁の隊列を作りながらシフォンに言った。彼も苦笑を殺し、改め

て目の前の現実に意識を集中させて、一射一射と確実に敵を射抜いていく。

「──お~い、皆ーっ!」

 ちょうどそんな時だった。人々が逃げていく、その風穴の向こうから傭兵姿の仲間が何人

か、こちらに向かって駆けて来たのだ。

「吉報がある。さっき、ライネルト総長が声明を出した。七星連合レギオンが正式に加勢してくれる

ってよ!」

「七星も動き出してるそうだ。主だった都や街に援軍が行っているらしい!」

「心配することはねぇ! こっちはこっちで全力で助けるぞ!」

 数拍唖然、されどややあって歓喜。

 守備隊、各国軍、傭兵達。渾然一体となった人間の壁が、また一層士気を滾らせ『応!』

と叫ぶ。

「何でぇ……。結局七星連合れんちゅうが持っていくのかよ」

「ま、何でもいいけどねー。お上の面子なんてあたし達の知ったことじゃないんだし」

 グレンとライナ、その傘下の兵士らもニヤリとほくそ笑んでいた。当然、一方の“結社”

側の面々は、面白くないといった剣呑な雰囲気を放っている。

 爆発する剣と凍て付く剣、引き寄せ合った金属らの拳と魔獣らの牙。互いの力が尚もぎり

ぎりっとぶつかっては激しく軋みをあげる。

「主だった……。と、皇国トナンもでしょうか?」

「だと思うよ。とりあえずこれで、ハロルド達の心配はしなくてよさそうだけど……」

 剣を振るいマナの矢を放って。二人は皆は、互いに顔を見合わせ、それぞれにそれぞれの

安堵の息を漏らした。

 外堀が──埋まっていく。

 これで後は、いよいよ迷宮の上層──少し前に闇が奔り、その後蓋をされるように石で閉

ざされてしまったあそこだけになる。

『……』

 シフォン達は、各々に誰からともなくその遥か頂上を見上げて──顰めていた。

 ジーク達。彼らが登って行った筈の、その中枢を。

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