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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-46.暗き自由への闘避行
274/434

46-(2) 希望の風穴(後編)

 結界──迷宮内の下層では、まさに人の荒波が唸り続けていた。

 絶え間なく響き渡るのは人々の重なりもつれる足音、助けを求める叫び声。六百万プラス

アルファの心と体が逃げ惑う姿がある。

「逃がさないよ~!」

 そんな人々を、千差万別、魔獣の群れが執拗に追いかけていた。

 率いるのは一見すると幼い少女──“結社”の魔人メアが一人、エクリレーヌだ。牙を剥き、

獰猛な眼を滾らせる怪物達すらも、彼女にかかれば従順な僕と化す。

 そんな魔の軍勢を、逃げる人々から庇うように、傭兵・各国軍の兵達が入り乱れて幅広の

肉壁を作っていた。一人で足りないなら二人、二人で足りないなら三人四人。彼らは必死の

形相で武器を振るい、突き出し、迫る魔獣達を何とかして止めようとしている。

「……やれやれ。死守って奴かい? スマートじゃないね」

 だが魔人メアはもう一人いた。

 纏った青紫のマント、気障ったらしい言動。氷を操る魔剣士・フェイアンだった。

 魔獣達とはまた別に配下の兵らを率い、並走。彼は飄々としながらも半ば霞みかけるよう

な速さでこの肉壁もりびとたちへと迫る。

「──ガッ!?」

 流れるようにスマートに。かわす暇さえ与えなかった一閃は、加えて巨大な冷気を纏って

襲い掛かっていた。

「こ、凍っ……!?」

「痛でぇ! 痛で……冷てぇ!」

 一瞬で防御陣の一角が崩され、そこにいた兵らがごろごろと地面を転がっていた。

 ただ斬られただけではない。凍てついていた。傷口は勿論、その周り、或いは全身に至る

まで。彼らは一瞬にして冷気の剣技にやられ、苦しみながらも満足に動けない。

「くっ!」

「お、おい! 待──」

 それでも退かぬ勇猛な者達は少なくなかった。いや……実情、蛮勇というべきか。

 突撃してきたが故に半ば囲まれるようになっていたフェイアンに向け、他の兵達が剣を振

りかざし、銃口を向け、反撃しようとしていた。

 だが当のフェイアンは嗤っている。スッと彼らに流し目を寄越し、刹那、目視できない速

さで一陣の風が円状に駆け抜ける。

 ……またもや冷気だった。そう彼らが悟った時にはもう既に遅く、彼らは一網打尽に凍ら

され、白目を剥いてゴンッと地面に倒れ込むしかない。

「もう~! フェイちゃん、気を付けてよー。こっちまで寒い寒いなっちゃうよ~」

「ああ……。すまないね」

 追いついてくる魔獣達の群れ、その巨大な獅子のような一体に乗ったエクリレーヌが頬を

膨らませて叫んでいた。

 しかしフェイアンは相変わらず気障に笑うだけだった。

 ざらり。尚も冷気を纏い続ける剣を一振りし、

「……さっさと、殺さないとね」

 ただそう、刀身に瞳を映している。


「──ま、拙いですよ! ユーティリア殿!」

 そんな防衛陣形が一波また一波と崩されるのをみて、ユイが焦っていた。

 隣に立っているのはシフォン、そしてブルートバード及びトナン近衛隊の面々。ダンに後

事を任され迷宮下層にいた戦力と合流したシフォン達は、先刻から魔人メア二人を加え

た“結社”達の追撃から人々を守らんとしていた。

 背後には逃げる大都の市民。前方には、着実に切り崩されていく同胞達。

 以前と同様、ユイは魔導具“不視錯装インビジヴル”で不可視とした剣を構え、この敵勢を見遣っている。

 だが一点、彼女には間違いなく変化があった。

 恐れである。トナン内乱、自身の鮮血をも厭わなかったジークとの交戦、そして何よりも

魔人メアという常人では先ず敵わない強大な存在──。そんな彼女の切っ先は、半ば無意識の内

に震えていた。

(さて。どうしたものか……)

 ちらりとそんな若輩の副隊長を横目にし、シフォンは弓を片手に目を凝らしていた。

 そっとその得物を持ち上げる。迫ってくるフェイアン・エクリレーヌ両名をその視界の中

に収めようとする。

 彼女と同様、彼らの強さ恐ろしさは自分も身に染みて味わっている。正直イセルナやダン

もいないこの状況で──あの友も知れぬ状況で、太刀打ちができるものなのか?

 それでも……止まらない。氷の角柱群と魔獣達の突進が、とうとう五列目の防衛ラインを

越えていた。

 これ以上の切り込みを許していれば、奴らの射程が後ろの彼らに届いてしまう。

 だが、今度は一体何処に逃がす?

 ここは“結社”の張った空間結界の中なのだ。元より出口など用意されている筈もない。

それを分かっていて一纏めに彼らを誘導したのは……間違いだったのだろうか。

(間に合わなかった、のか?)

 弓を番えていた。マナの矢が一本から十本、十本から百本に膨れ上がる。このまま散弾と

して放つか、巨大なそれにするか。だがこの一発で奴らがどうにかなるとは考え難い。

 それでもシフォンは迎え撃つ覚悟を決めていた。クランの仲間達、ユイやトナン近衛隊の

面々もごくりと息を呑み、各々の得物を握り締めている。

 魔獣の群れが迫っている。冷気を振りまきながら魔人メアの剣士が迫っている。

 鮮血、悲鳴、残響。

 ぎりぎりまで引き付けられたシフォンの矢は、今にも放たれようとし──。

『おぉぉぉぉぉーッ!!』

 その瞬間だった。シフォン達と“結社”達、その双方にさも割って入るかのように、突然

灰色の中空がほらが開くように沈み込んだのだ。

 聞こえてきたのは多数の雄たけび。飛び出してきたのは武装した幾人もの兵達。

「……ぬっ?」

 そしてシフォン達は確かに見た。そこには、その先頭にはジークとリュカら、出奔の際に

同行して行った仲間達がいたことを。

 ジーク達はすぐに状況を理解したようだ。どちゃどちゃと着地しながらシフォン達と背後

の市民、迫ってくるフェイアンらを見て、誰にから言われずとも立ちはだかったのだ。

「──紅梅ッ!」

「──来い、石鱗の怪蛇ファヴニール!」

「──騎士団シュヴァリエル!」

「──ま、戦歌マーチっ!」

「──閃滅砲レーザーカノン、発射」

 巨大に膨れ上がった紅い斬撃と岩蛇、無数の白い騎士達と機械の掌から放たれた閃光。

 更にマルタによる強化が加わって、迫っていたフェイアンらは瞬く間にその攻撃の渦に呑

まれていったように見えた。事実、あまりに突然で強烈な出来事にぽかんとしている兵達の

前で、彼ら五人とついてきた多くの者達が、大きく舞い上がった爆風の真正面に立っていた

のだから。

「……ジーク?」「お、皇子!?」

「よう。無事だったか?」

 だがあまりぼうっとはしていられない。

 ややあってハッと我に返ったシフォン達は、信じたくとも信じられないといった様子で彼

らの下へと駆け寄ろうとする。ざわざわ。それが何を意味するのか、他の傭兵・各国軍らも

気付くに至ってざわめき始めている。

「そうか……生きて、いたんだな」

「ああ。悪ぃ、ちゃんと伝えられなくて。こっちも色々あってよ」

 半身を返して苦笑する共に、シフォンは小さく首を振って同じような表情を返していた。

 これでも冒険者のイロハを教え、酒を酌み交わし、友となった青年である。フォーザリア

の一件からどう生き延びたのかは分からないが、間違いなくこうして彼は彼らは生きていた

のだ。そして──自分達を助けに来てくれたのだ。

「でも一体どうやってこの中へ? ここは空間結界なのに……」

「ああ、それなら」

通行手形カードキーがあったんです。外で城壁を守っていた“結社”達を倒して手に入れました。きっと

内部こちらでも同様の物を持っている者達がいる筈です。それさえあれば、私達のように結界を出入

りすることができるようになる──」

 シフォンの問いを皮切りに、ジーク達は早速これまでの状況を伝えた。

 知っての通り大都が“結社”によって丸々空間結界に呑まれてしまったこと、けれど彼ら

も内外を繋ぐ手段が必要である筈と考え、実際にその機能を果たすツールを使って皆を助け

に来たこと。そして外ではレジーナとエリウッド、避難準備をしてくれている味方達が待機

している、早く人々を逃がしてやってくれという指示。

 シフォン達は頷き、そして少なからず安堵の表情を浮かべた。

 見ればまだ結界に開いた風穴──脱出口は開いている。ジークは持っていたカードキーを

シフォンに託し、面々は市民らを誘導し始めた。

「オズ。お前はここに残ってくれないか? シフォン達と一緒に皆を守ってやってくれ。俺

達はまだ母さんやアルス達を助けて来ないといけねぇ。……シフォン達のことは分かってる

よな? クランの皆とか、味方の話はしたろ?」

「ハイ。記録状態ハ万全デス。デスガ宜シイノデスカ? 戦力ハ少シデモソチラニ割リ当テ

タ方ガ……」

「かもな。でも俺達の一番の目的は助けることで、ドンパチやることじゃねぇよ。気持ちだ

け受け取っとく。それに……捕まってる中にはアルスがいるんだ。あいつがこの状況で何も

しないで大人しくしてるなんて、思えねぇしな」

 そしてオズは一旦ジーク達と別行動を取ることになった。

 目的はシフォン達のサポート。戦闘用キジン一体だけでも戦力は飛躍的に増すだろう。

当の本人はマスターであるジーク達の身を案じたが、それでも彼はそうニカッと不敵に笑っ

てみせて言う。

「……あ、あの。ジーク、皇子」

「うん?」

「その、こんな所で謝罪するのも不躾かと思うのですが……その、内乱の際は本当に申し訳

ありませんでした! あの時、貴方さまがシノ様のご子息だとはつゆ知らず……!」

「……あ~、どっかで見た顔だなと思ったらサジのおっさんの娘か。いいよ、気にすんな。

もう終わったことだ。おっさんとも仲直りしたんだろ? それよりも今は……目の前のこと

に集中してくれると助かる」

「ぁ。は、はいっ!」 

 だが、そう意を決して話しかけてきたユイを何の気なしにあしらい、ジーク達四人とその

他大勢という二手に分かれようとしていた、その時だった。

「……そう、はっ、させないぞっ!」

「うぅぅ……。ボロボロだよぉ~……」

 ジーク達の反撃によって瓦礫の山になっていた向こうから、冷気の蛇と数体の大柄な魔獣

がその蓋を弾き飛ばしていたのだ。

 フェイアンは乱れた髪を服の汚れを拭い、エクリレーヌはけほけほと咽ながらも失ってし

まった配下の魔獣達トモダチを想って涙を浮かべている。

「チッ──」

 もう少し、時間稼ぎが足りなかったか。ジーク達は慌てて振り返り、これと対峙する。

 人々の避難は続いていた。今攻撃されるのは宜しくない。

 二刀、弓、槍にハープに機巧の武装。或いは剣や銃といった諸々の武器。

 尚も倒れないこの魔人二人きょうてきに、ジークら場に集い生き残った者達全てが、その得物を握り

締めて必死に立ちはだかろうとする。

「……ん?」

 しかし二度目の衝突は起こらなかった。次の瞬間、フェイアンの頭上から突如何者かが飛

び降りるようにして襲ってきたからである。

 影が差し半ば反射的に空を仰いだフェイアンに、鋭くも重い斬撃が振り下ろされていた。

 だがそれだけではない。咄嗟に彼がこの一撃を剣で受けた瞬間、まるでそれが点火の合図

とでもなったかのように辺りを巻き込んで大きな爆発が起こったのだ。

「な、何だ……?」

『──♪』

 ジークが、場の面々が突然のことに目を瞬いている。

 それでも第三の横槍は更に続いた。濛々と立ち込める土埃。その中に誰かがいるのを一同

が見つけ始めたその瞬間、急にめいめいの武器という武器が目に見えない力に引っ張られ始

めたのである。

 ジークがサフレが、思わず飛んで行きそうになった得物をぐっと押し留めた。

 だがそれでも引っ張り去られた武器は少なくなく、それらは全て土埃の向こうの主へと引

き寄せられていく。

『──インパクトっ!』

 それは、さながら鉄屑でできた巨大な拳のようだった。

 銃や剣といった金属質の武器。それらが見えない力で組み上げられたかと思うと、その拳

は真っ直ぐにもう一人の魔人メア──エクリレーヌとその配下の魔獣達へと直撃する。

 ……轟音と共に、土埃の塊が二つに増えた。

 一方は、焦げて更に服装の乱れたフェイアンと鍔迫り合いをしている、身長大の大剣を振

り下ろした腹筋バキバキの半裸に軍服を羽織った大男。

 もう一方は、先程の鉄屑パンチを腕に装着──纏わせてにんまりを笑っている、小柄だが

負けん気の強そうな軍服の女性だった。

「グレン・サーディス、ライナ・サーディス……」

 フェイアンが、それまで見せたことのない苦しげな表情をしながら声を絞り出した。

 そしてその発言でようやく一同は状況を把握することになる。ぽかんとしている、その中

の一人であるジークの傍で、サフレとシフォンが呟き出す。

「サーディス兄妹? 正義の剣カリバー長官の、魔人メア三兄妹か」

「二人、だね。長兄の──“赤雨せきう”のヒュウガの姿が見えないが……」

正義の剣カリバー? じゃ、じゃあ、あいつらは一応味方ってことに、なるのか?」

「……おう、そういうこった。何か急にド派手になったなーと思ったら、生きてたんだな。

ジーク・レノヴィン」

 鍔迫り合いから弾き返す動作へ。再びフェイアンを、一発目よりは大きくない爆発で冷気

ごと吹き飛ばしつつ、肩越しに振り向いたグレンが言った。石壁にめりこんでふらついてい

るエクリレーヌと魔獣達を見遣りながら、ライナも兄のそれに続く。

「ふふ、面白くなってきた♪ そーだよ。こいつらはあたし達に任せなさい。王達ならずう

っと上──此処の天辺にいるみたい。前に爆発があったから、向こうでもドンパチやってる

かもだけど」

「……分かった、そっちは俺達が助けに行く! あんたらはここの皆と一緒に避難させてる

人達を守ってくれ!」

「それと、外には複数の黒騎士がいる可能性があるわ。トナンでアズサ皇を殺した、あの鎧

騎士よ! どこまで自律駆動しているのかは分からないけど、私達が来た北門以外には極力

近付かないで!」

「鎧……? ああ、報告書のアレか」

「オッケー、任せといてよ。こちとら無敵の正義の剣カリバーさんですよーっと……」

 言いながら大剣を、鉄屑の拳を振りかぶり、二人は快諾してくれた。

 加えて配下の部下達なのだろう。上階の下りの石廊から彼らと同じ軍服姿の兵達が大挙し

て駆け下りて来ていた。

 妙に不遜──不敵な物言いだが、その肩書きと見せ付けられた実力は確かなものだ。

 気を取り直し、ジーク達はシフォンらと顔を見合わせた。

 

“皆を頼む”

“そっちもな”

 

 これ以上多くを語らずとも頷き合い、守る力を託した四人は、そんな更なる加勢と入れ違

うように長く延びる石廊を登り始めていく。

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