46-(1) 希望の風穴(前編)
ゾルゲの、巨人族の身体が宙に弧を描きながら沈み込んでいく。
サフレ渾身の一撃がその鉄壁を砕いていた。周りにいた“結社”の兵達は落ちてくるその
影に慌て、隊伍もそこそこに散り散りに逃げ出す。
「や……やったあ!」
「凄ぇ……。ほ、本当にあいつらを倒しちまった……」
「よ、よしっ。今がチャンスだ! 総員、残りの奴らを囲い込めっ!」
一方、歓喜の声を上げたのは言うまでもなく守備隊以下連合軍の面々だ。
頭目を失って狼狽する“結社”達とは対照的に、彼らは今こそ好機と言わんばかりにこの
残存兵らを掃討しに掛かり出す。
「ぐっ……」
「マスター!?」「サフレ!」
「……大丈夫だ。流石にこれだけの威力を扱うとなると、消耗も相応のものらしいな……」
乱れた“結社”達の隊伍の隙を突き、味方の兵達があちこちで彼らを取り囲むようにして
倒し、確保している。
サフレはその左腕に纏った武装の顕現を解除し、思わずふらついて尻餅をついていた。
慌ててマルタが、ジーク達が駆け寄ってくる。だが当のサフレ本人は息を荒くしながらも
そう苦笑いを漏らすだけでこれを制し、霊石を一つ胸元に押し当てる。
マナの結晶は溶け出すように輝いていた。
だがそれも数秒のこと。気が付けば彼の手の中にあった霊石は綺麗さっぱりに消え去り、
代わりに彼を十二分に回復させる。
「……霊石さまさまだな」
「ああ。自分で言うのも何だが、用意し来て正解だったよ」
「ですねぇ。あとで皆さんにもお裾分けしましょう」
一度深呼吸をして、サフレは再び立ち上がっていた。ジークも一旦得物を収め、マルタも
笑みを浮かべてぽんと両手を合わせている。
先ず一つ、障害は排除された。残る雑兵もこれだけ味方が増えれば何とかなるだろう。
だがまだだ。むしろこの先、ここからが自分達にとって──。
「やったわね、ジーク。サフレ君もあんな奥の手を隠していたなんて」
ちょうどそんな時だった。進撃方向からみて後列、ジーク達の後方からリュカ達が追いつ
いてきた。リュカにオズ、ぞろぞろと味方の兵士達。加えてそこには飛行艇から降りて来た
レジーナとエリウッドの姿もある。
「そっちこそ。怪我してねぇか?」
「私達ハ大丈夫デス。負傷者コソ友軍ニ出テイマスガ、全員医務班ノ処置下ニアリマス」
「それよりも、例の物は見つかった? 私達が倒した子からは見つからなくて……」
「話はヴァレンティノ殿より聞きました。通行手形……のような物があれば、私達も結界の
中に入れる筈だと」
「ああ……。そうだったな」
茜色のランプ眼の横で、そうリュカが真剣な面持ちのまま言った。一緒についてきた兵士
達も逸る気持ちを抑え込みながら促してくる。
そうだった。のんびりと話し込んでいる暇はない。ジークはサフレ・マルタと顔を見合わ
せると、早速倒れたままのキリウス・ゾルゲ両名の下へと走った。
白目を剥いて動かすのも難しい大きな身体に苦戦しながらも、サフレとマルタが懐へよじ
登ろうとしている。ジークもちらとそんなさまに横目に遣り、辺りに折れた剣を撒き散らし
てやはり白目を剥いているキリウスの懐を探る。
「……ッ! リュカ姉!」
程なくしてそれは見つかった。リュカら仲間達は勿論の事、“結社”の残存兵を確保した
各部隊の面々もめいめいに合流しては集まってくる。
ジークはリュカに、この蟲人の剣士から抜き取ったそれを渡した。
一見すると、カードのように見えた。
金属質の、薄い長方形のカード。門外漢のジークには分からないが、どうやらその表面に
は複数行に渡りルーンらしき文字列が打ち込まれてあるらしい。
「……間違いないわ。これよ」
暫し渡されたそれを検め、リュカは力強く頷いた。
瞬間、わぁっと沸く周りの面々。彼女の推理の通り、結社は結界の内外を結ぶ手段──
通行手形を持っていたのだから。
そうなると、次に取るべき行動は決まっている。
リュカはこの手形──カードキーを再びジークに渡すと、周りの皆にもちゃんと聞こえる
ようにして言う。
「これを持って結界のある場所、城壁の向こうに行って。そこで使ってやれば結果内への道
が開かれる筈よ。形はカードだけど魔導具の一種には違いないから、ルーンの部分にマナを
込めてやれば貴方でも使えるわ」
「要するにこいつを錬氣してやりゃあいいんだな? 分かった。任せとけ」
一度カードキーに目を落として、しかし力強く頷き返してジークは言った。
ゾルゲを撃破した直後に比べ、敵の残存兵力は随分片付けられたようだ。今も見渡せる限
りあちこちで、倒されたり捕縛されたりしているオートマタ兵や覆面の戦士達の姿が確認で
きる。
「……それでなんだが。エリウッドさん、レジーナさん」
「うん。分かってる」
「此方のことなら任せておいてくれ。救出した人々は、僕らが責任を持って避難させるよ」
「大丈夫。手筈通り、こっちに追いつく前にお偉いさん達と話はつけておいたからさ。あり
ったけの飛行艇やら鋼車やら、出してくれるって」
「……。そうッスか」
ジーク達の憂いはそこだった。仮にこの先──大都中の人々を解放できたとしても“結社”
の魔の手から逃せなければ意味がない。だからこそ今ここにいる兵力全てを突入させる訳
にはいかなかった。……尤もジーク自身、端から巻き込む者達は最小限に留めておきたいと
いう思いがあったのだが。
『──』
レジーナ達に見送られて、ジークらは妨害する者のいなくなった城壁を越えた。
本来ならば大都六百万の人々が暮らす姿があった筈だが、今は瓦礫一つ無い巨大な空き地
へと変貌している。ぞろぞろとついてくる友軍。ジークとその仲間達は、今一度彼らに振り
返ると、叫ぶ。
「準備はいいな? これから俺達は結界の中に突入する。言うまでもなく俺達の目的は捕ま
った人達全員の救出だ。敵の数はさっきの比じゃねぇだろうが、避けられる戦いはできるだ
け避けて進んでくれ!」
「それと道中、可能限り中にいる味方達にも通行手形のことを伝えて。敵の全員って訳じゃ
ないだろうけど、内部にも同じく所持している奴らがいる筈。それをこちらが回収できれば
できるほど、生存率は跳ね上がるわ」
「そして結社の魔人に直接挑むようなことはしないこと。奴らは強敵だ、僕らでも勝てる保証
はない。中でも特に……黒騎士風の大男には注意してくれ。あれには理性が無いと思われる。
何よりも人々の救出を最優先して、全力で逃げるんだ」
応ッ! 救出部隊の面々が力強い声を返した。
リュカにサフレ、マルタにオズ。ジークは再度この仲間達を見遣ると、後ろに向き直って
その手に握ったカードキーに力を込める。