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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-46.暗き自由への闘避行
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46-(0) 聖堂、蹂躙の中

 当初人々が抱いていた予想の遥か上を往き、大都バベルロートは“結社”の手に落ちてしまった。

 最外周の城壁を残し、文字通りくり抜かれるように消え去った──巨大な空間結界に呑み

込まれた大都の街並みと人々。

 それは此処、元第二隔壁南部だったこの場所も例外ではない。

「──回線はまだ繋がらないのか?」

「は、はい。滅茶苦茶ですよ。結社れんちゅうってば、一帯のストリームを根こそぎ弄り回したみたい

で。小手先の挿げ替え程度じゃあ、とても……」

 場にいたのは“正義の盾イージス”所属の一個大隊。数にしておよそ一千。

 隊を率いる指揮官の片割れ、将校スタンロイはそんな機材を前にお手上げ状態の魔導兵ら

を見、静かに眉間の皺を寄せていた。

 この場この結界内の誰しもが抱いているであろう、焦り。

 だが己が無力さを併せたそんな感情を、末端の部下達にぶつける訳にもいかない。

「……そうか。頼む、できるだけ急いでくれ」

 踵を返し、大柄な身体を包む軍服を揺らし、スタンロイは屈み姿勢から立ち上がると一旦

彼らから離れた。足を向けたのはもう一方、こちらに背を向けて部下達と何やら話している

相棒の方だ。

「チッ、やっぱりか。すぐ戻ってくるように伝えろ。友軍からの支援が望めない以上、敵に

知られてしまっては全滅すら招きかねない」

「はっ!」「すぐに」

 スタンロイのような大柄ではないが、軍服の上からもその引き締まった身体が窺がえる男

だった。両手を腰に当てて仁王立ち。彼は報告に来たらしいその数名の部下達に指示を飛ば

し、そのままついっと無機質な灰色の空を見遣っている。

「デュゴー」

「ん? ああ、スタンロイか。回線の方そっちはどうだった?」

「駄目だな……。復旧にはまだまだ時間が掛かってしまうらしい」

 呼び掛けられて振り返ったのは、濃いめの人相。

 同じく同隊の指揮官でスタンロイの相棒、デュゴーだ。ただ書類の上では彼が指揮官でこ

ちらが副官という扱いになっている。更に付け加えるならば、二人はシノ達がダグラス一行

の来訪を受けた折、割って入ろうとしたダンに立ち塞がった側近その当人らでもある。

「……そっかあ。こりゃあいよいよどん詰まりだな。さっき遣ってた偵察要員達からの報告

が来たんだ。予想通り辺り一面、石の廊下と塔ばかり。加えてあちこちで“結社”の軍勢が

睨みを利かせてるんだとよ。精霊伝令も試したが……案の定沈黙してる。この結界の術者に

潰されてるんだと思うが……」

 ガシガシ。デュゴーは半端に逆立った髪を掻き毟りながら呟いていた。

 ふむ。スタンロイも口元に手を当てて沈黙する。

 やはり“結社”達の狙いは、自分たち武力ある者らを分断することなのだろう。

 ──邪魔されたくない。

 こんな大仕掛けを打ってまで、彼らが成そうとしていることとは……?

「王達が心配だな」

「長官達もな。あの人のことだから真っ先に助けに向かっていると思うんだが……如何せん

他の隊がどうなってるか分からねぇからな……」

 言って、二人はどちらからともなく空を仰いだ。

 いや──じっと、すぐ近くでそびえているある建物を見上げていた。

 志士聖堂。ゴルガニア帝国時代末期、かつて英雄ハルヴェートらが反撃の狼煙を上げ解放

軍を立ち上げたとされる教会。今建っているものは大戦後復元されたものだが、それでも歳

月の経過は如何ともし難く、歴史に思いを馳せるマニアでもない限りそう多くの人々が足を

向けることもなくなった史跡もとい記念館だ。

「……」

 相棒と共に、デュゴーはそんな、一見物寂しげな箱型の家屋を見上げながら思った。

 今回、自分達が命じられたのは此処の警備。

 妙だなとは思った。確かに歴史的には大切な場所なのかもしれないが、一個大隊を投入し

なければならない程の案件なのか。

「あの。デュゴー大佐、スタンロイ大佐」

「やはり、ここは多少リスクを取ってでも急ぎ友軍と合流した方がいいのでは……?」

 だが今は違う。暫し聖堂を見上げている自分達をみて不安になったのか、部下達がおずお

ずとそう行動を促してみようとしてくる。

「……いや、それは取らない。少なくとも回線が繋がるまでは待機する。そもそも俺達の任

務は此処なんだ。加勢に出るにしたってお互いの状況が把握できないこの状態じゃ、却って

味方の足を引っ張りかねない」

「焦る気持ちは我々とて同じさ。だが分断された中で戦い、お前達を失うような状況があち

こちで起これば起こるほど、それは結社れんちゅうの思惑通りになるだろう?」

「そういうこと。……そうホイホイ、犬死させる訳にはいかねぇよ」

 デュゴーが肩越しに、そしてスタンロイがそっと諭すように言った。

 部下達は頷きながらも、しかし本心までは同意に染まり切ってはいないようにみえた。形

こそ敬礼のポーズを取っていたが、表情は硬い。待機の列に戻っていく者、回線の再設定に

四苦八苦している者、或いは偵察に出て入ってをしている者。そんな面々の息遣いを、ただ

この空間の無機質さはひたすらに揉み消している。

(この街はハルヴェートゆかりの地。んでもって此処は更にピンポイントな場所……)

 デュゴーは思い返す。サミット開幕前、この任務を言い渡された時、相棒と共にダグラス

から告げられたある話のことを。

 結社やつらの狙いが“あれ”だというのなら、確かに此処は……。

(……何にしても滅茶苦茶だ。その為に世界に喧嘩を売ろうだなんて、馬鹿げてる)

 そう思って密かに嘆息を吐いた。やはり連中の思考というものは理解できない。

 だけども彼らは今現実にそれを実行に移している。英雄ゆかりの地に、数え切れないほど

の暴力を携えて荒らしに来ている。


 大きく構えているようでも、その内心はより深い悲劇を想起してはざわめいていた。

 そびえる石の摩天楼の頂。

 この時それは、まだ何一つ異変を起こしてはいなかった。

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