45-(2) 戦姫武踏
「次弾装填完了っ!」
「てーッ!!」
打金の街に黒い影達が迫る。
街を囲う城門の上に陣取った守備兵らは慌しく砲弾を装填しては放ち、装填しては放ちを
繰り返していた。
だが結社も結社でしぶとい。攻城戦となる──頭上からの砲撃に遭うことは予め想定して
いたのか、軍勢の前面を鎧に身を包んだずんぐりむっくりのオートマタ兵を集め、こちらの
砲撃への耐久力をつけている。加えて砲撃と砲撃の間、そのタイムラグを縫って鉤爪を装備
した──今まで多く目撃されてきた──黒衣のオートマタ兵が我先にと駆け出し、城壁面へ
張り付こうとしてくる。
「盟約の下、我に示せ──烈火の矢!」
「盟約の下、我に示せ──雷撃の落!」
だがそれらを、砲兵らと入れ違うように次々と魔導兵らが撃ち落としていた。
各列数人単位で並んだ彼ら。詠唱による隙を作らぬよう、各人が時間差を設けて詠唱を繰
り返し、発動の瞬間に前へ出て眼下の“結社”達を攻撃、すぐに後ろの仲間と交替する。
「よしっ……防げてる!」
「シルビア様の指示は的確だったな。この態勢を維持しろ、登って来る奴らを一体一体確実
に撃ち落すんだ!」
守備兵らは手応えを感じていた。領主夫人からのアドバイスに深く感謝しつつ、銃剣を握
った歩兵達も身を乗り出して仲間達を援護している。
「魔力が切れてきた奴は補給班へ! 霊石を受け取ってくれ!」
「弾薬が足りない! 追加を頼む!」
だが……それは必ずしも自分達の“勝利”とイコールではない。それは場にいる面々の多
くが共有し、抱いていた不安であった。
どだい篭城戦なのである。いずれ蓄えてある物資は尽きる。その時、この拮抗は容易に崩
れてしまうだろう。
領主が戻ってくるまで?
王都が勝つまで?
消え去ってしまった大都が取り戻されるまで?
……終わりが見えないのだ。自分達は一体、どれだけ耐えしのげばいいのか。
「上空に敵影を確認! 数、およそ百!」
「ちっ、またか。魔導兵、迎撃を!」
そうして、もう何度目か分からない敵の空襲部隊が姿をみせる。
鳥の姿をしたオートマタ兵の群れだった。
薄灰色の身体と翼、青白い仮面のような顔にくちばし。双眼鏡で確認するとやはりその足
には筒状の爆弾が握られている。内側から崩しに掛かるつもりだ。
慌てて魔導兵の一部が離れ、隊伍を作り直した。
今度は一点集中ではなく広範囲を。複数人による呪文の詠唱が始まる。
「──鳥がんなモン」
「──運ぶでないわっ!」
しかしそんな迎撃よりも早く、この鳥型オートマタらを撃ち落した者達がいた。
最初に飛んできた──投げられたのは数本の投擲針。そして続けざまにそれらを、大きく
跳躍した何者かが手にした大鎚でぶっ叩いたのだ。
重量の差。粉微塵に砕ける投擲針。だが彼らの目的はそこではなく、鎚がインパクトした、
その直後の効果にこそあった。
『グァッ……!?』
喉を絞められたような悲鳴と共に、鳥型たちは吹き飛ばされた。大鎚から放たれた衝撃波
がその身体をボロボロに千切っては捨てたのである。
ずんっ、と大きく着地する音がした。すとんと、押し殺した足音がした。
「ふむ。危ない所だった」
「つーか、下手すりゃあ城壁ごと吹き飛んでますよ。あれ……」
守備兵らが驚いて振り返る。
するとそこには巨人族の戦士と人族の密偵。
「よく耐えたわね。後は私達が何とかするわ」
そしてこの二人の従者を率いて仁王立ちする、領主令嬢・シンシアの姿があった。
「ホーキンス殿! マクレガー殿!」
「お、お嬢様!? 何故ここに!?」
「ここに居られては危険です! ……というより、街内に敵が」
「ええ。それなら始末しましたわ。今頃追撃に来ていた部隊が被害の確認と皆の避難誘導を
している筈よ」
「ま、倒したの殆ど俺達ッスけどね」
目を瞬き、おろおろとする隊員らにあくまでシンシアは強気で不敵だった。そのすぐ横で
キースがぼそっと補足をするが、当の彼女に思いっきり足の甲を踏まれ、黙らせられる。
「……行くわよ、カルヴィン!」
声を殺して蹲るこの従者をじとっと一瞥した後、数歩前に出たシンシアは叫んだ。
次の瞬間、彼女の頭上に現れたのは持ち霊・カルヴァーキス。人馬の姿をし、隆々とした
肉体に鎧を纏った、自称・鉄と戦の精霊。
彼女が大きく片手を挙げる。するとどうだろう、カルヴィンは鈍色の巨大な炎となってこ
の相棒を包んだのだ。
時間にしてほんの数秒のことだった。だが場に居合わせた守備隊の面々、或いは眼下で見
上げるオートマタ兵や信徒らは少なからぬ驚きで立ち止まっていた。
「──」
そこには、生まれ変わったシンシアの姿があった。
言うなれば、戦乙女。
額に巻かれたサークレットには燃えるような赤い宝玉が添えられ、その身体も濃い銀色の
部分鎧が覆う。加えてその方々から伸び、垣間見える真紅のローブはその細やかな金の刺繍
も相まって気高いコントラストを演出している。
「お、お嬢様……」
「これは……精霊との融合」
『然様。名付けて“戦姫態”!』
「う、うるさいわね! 恥ずかしいからその呼び方は止めなさいよ!?」
尤も、凛とした佇まいはそう長くは続かなかった。契約者と一体化したカルヴィンがそう
口上を挙げるに、当のシンシアが真っ赤になって否定しようとしていたからだ。
思わず、面々が苦笑いを零す。だがそれは決して嘲笑の類ではない。
「……私だって、少しは成長してるのよ」
解っていたからだ。
それが、この撥ねっ返りの強い令嬢が積み重ねてきた努力の結晶なのだと。
「ゲド、キース。援護なさい」
「ははっ!」「ういッス」
そしてシンシアが城壁のど真ん中に立つ。左右にずらりと砲台と魔導兵が並んでいる。
“結社”の軍勢もそれが新たな攻撃の兆候だと理解したようだった。一度は歩みを緩めた
その進軍を、先程よりも一層激しく速くして城壁に迫り来る。
「焔よ──」
次の瞬間だった。そんな敵を眼下に、シンシアは先ず右手を彼らの方へとかざした。
するとその腕を中心にぐるりと灯ったのは鈍色の炎。まるでリボルバーの弾倉のように彼
女の指示を待って揺らめく。
「ッ……!」
一旦その右腕を引き絞り、シンシアはぐんと前に突き出した。
するとどうだろう。その瞬間、鈍色の炎達は一斉に順繰りに射出され、高速で“結社”の
軍勢に叩き込まれていったのだ。
──それだけではない。炎のように揺らめいていたそれらはインパクトの数拍前には硬質
の鋼と化し、鎧のオートマタ兵も他の者達も、ことごとく貫いていたのである。
「今度はこっちよ!」
それでもシンシアは攻撃の手を止めることはなかった。今度は左腕、灯ったのは眩しい程
の赤い炎達。それらは同じく突き出された拳を合図に“結社”達の隊伍へと飛んでいき、着
弾と共に大爆発を起こしていく。
「うーん……やっぱ凄ぇな」
「はは、当然だ。何せ我らの主なのだからな」
へいへい。キースが苦笑いを零し、ひょいひょいと投げてくる投擲針を次々に大鎚の一振り
で粉微塵にしながらゲドは笑っていた。
快活。インパクトの瞬間に飛んでゆく衝撃波。
震撃の鎚──彼が得物としている、インパクトすると衝撃波を放つ大槌型の魔導具。ゲド
とキースの二人はその性質を利用して眼下の軍勢を遠隔攻撃していたのである。
「おぉ……」
「よしっ、我々もお嬢様達に続くぞ! 砲兵・魔導兵、攻撃再開!」
それからは怒涛の射撃だった。硬質の鈍い炎と爆発の赤い炎、上空から叩き付けてくるか
の如き衝撃波。それらに続いて砲撃と魔導が入れ替わり立ち代りに降り注いだ。
しかし……それでも数の不利は否めなかった。
倒しているのは確かな筈だ。だが相手は、少なくともオートマタ兵は、殆ど無尽蔵に供給
されているように見受けられる。
「……キリが無いわね。うちには王器がある訳じゃないのに。やっぱり……ここがお父様の
街だから?」
「でしょうね。揺さぶりっつーか意趣返しっつーか。奥方とも話してましたけど、伯爵は自
他共に認めるレノヴィン一派ですからねぇ。その領地が攻撃を受けてる、その事実自体が王
都のお偉いさん方にはプレッシャーになっている筈でしょうから」
相棒に投擲針を、インパクトと衝撃波を放つ切欠になるものを投げ与え続けながらキース
は答えた。二度三度。シンシアは新たに習得したこの姿・力を振るいつつも、そんな敵の
戦略──卑劣さに歯痒い思いを、悔しさを覚えざるをえなかった。
「耐えなさい! こんな奴らに屈するなんて……お父様が許しても私が許さないわよ!」
集める。鈍色の灯を剛槍に、赤色の灯を炎槍に。
叫び、鼓舞しながらシンシアはその二振りを投げつけた。また一層、迫り来る“結社”の
軍勢に地面ごと爆ぜが生じ、大きくその隊伍が乱れる。
「ほっ、報告します!」
そんな最中だった。一人の守備兵があたふたと、酷く慌てた様子でこの城壁上へと駆け上
がってくると、びしりと敬礼のポーズを取ってから言う。
「さ、先程各メディアが速報を。ば、大都に──」